明けましておめでとうございます。
上海の外灘で人が亡くなる事故があったが、
中国人も、新暦の元旦を随分盛大に祝うようになったのだと、違う感慨を覚えた。
とりあえず上海にいる友人の生存は確認したが、
私の友人は、そんなとこ行くわけないじゃない、と回答する人ばかりだった。
類は友を呼ぶ。
上海に住んでいる日本人の友人に、
「今日は朝から近所の神社にお参りして、
お雑煮食べて、これから日本酒を飲む」とメッセージを送ったら、
「いいな~」と本気のメールが返ってきた。
日本にいると見えないかもしれないけれど、日本の新年は美しい。
今日は神社で、高校生くらいの兄弟が、
まず境内に入るときに一礼、
そして神前で「二礼、二拍手、一礼」をピシッと決めた後、
最後、境内から退出するときに一礼をして、
足早に家族の待つ車に乗り込んでいった。
受験のためのお参りかもしれない。
でも、少し照れながらも、真面目にお参りしている姿は、
その後ろ姿が美しかった。
昨年最後にぎりぎり読み終わった本は『チャイナセブン』。
これは、渡辺一枝さんのメルマガで紹介されており、
私が上海に行ったばかりに報道された薄煕来のことを、
一番信頼できる情報として発信をしていた遠藤誉さんの著書だったことから
2014年中に読まねばならないと思った一冊だった。
読みながら、反日の後ろにある、習近平の本物の覚悟に社会主義国である中国の
最後のチャンスを感じた。
共産党の一党支配は、決して賛成しないけれど、
共産党としての意義を守りつつ、
みなが最低限の生活をできるようになるための最後のチャンスだと思う。
そして、今年最初に読んだ本は『日本の宗教 本当は何がすごいのか』。
神道では、最初に日本の自然があり、そこから神が生まれた。
よく中国人に、神道は軍国主義とイコールで、
経典はなく、経典となるようなものは、戦前の法律だと言われ、
「神道はそうじゃなくて自然で、その自然を歌に詠んでいた昔の人がいて、
万葉集は言霊の世界で、そこには」と反論するものの、
文字で書かれていないものはないものと同じという中国人の価値観を
打ち破るだけの論理を私はもたなかった。
これは、中国人に対してだけでなく、
他の外国人と話すときにも、いつも言葉に窮するところだった。
でも、自然から神が生まれたという点、一神教とはここが違うということが、ものすごく納得できた。
私はいつも上海から帰ると、羽田からリムジンバスで新宿に向かった。
その理由は、富士山を見ながら、首都高を通って、
東京におわします神に触れながら帰りたかったから。
富士山を見ると、背筋が伸びた。
だからリムジンバスの中で大声で騒ぐ中国人の子供たちを、
「ここは日本です。静かになさい」と、中国語で一喝したこともある。
中国人に、東京から富士山は、新幹線で約1時間くらいの距離で、
まあ例えるなら、上海から杭州にある山を見るようなもので、と言った途端、
「ありえない!」という答えが返ってくる。
上海の大気汚染はひどくて、100メートル先が見えないくらいなのに、
杭州の山なんて、絶対見えるわけない、と。
日本と中国はすごく近くて、しかも全然似てない。
日本に帰国して、いま、はじめて勇気を出して、
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を聴いた。
東京の復興能力を見るたびに、家康ってすごかったんだなあ、と思う。
私の母が、私を産むとき、すでにレコード盤のラフマニノフを持ってたんだ。
これは、東京が守られてるからだと思う。
守りたいよなあ。東京を。
上海の外灘で人が亡くなる事故があったが、
中国人も、新暦の元旦を随分盛大に祝うようになったのだと、違う感慨を覚えた。
とりあえず上海にいる友人の生存は確認したが、
私の友人は、そんなとこ行くわけないじゃない、と回答する人ばかりだった。
類は友を呼ぶ。
上海に住んでいる日本人の友人に、
「今日は朝から近所の神社にお参りして、
お雑煮食べて、これから日本酒を飲む」とメッセージを送ったら、
「いいな~」と本気のメールが返ってきた。
日本にいると見えないかもしれないけれど、日本の新年は美しい。
今日は神社で、高校生くらいの兄弟が、
まず境内に入るときに一礼、
そして神前で「二礼、二拍手、一礼」をピシッと決めた後、
最後、境内から退出するときに一礼をして、
足早に家族の待つ車に乗り込んでいった。
受験のためのお参りかもしれない。
でも、少し照れながらも、真面目にお参りしている姿は、
その後ろ姿が美しかった。
昨年最後にぎりぎり読み終わった本は『チャイナセブン』。
これは、渡辺一枝さんのメルマガで紹介されており、
私が上海に行ったばかりに報道された薄煕来のことを、
一番信頼できる情報として発信をしていた遠藤誉さんの著書だったことから
2014年中に読まねばならないと思った一冊だった。
読みながら、反日の後ろにある、習近平の本物の覚悟に社会主義国である中国の
最後のチャンスを感じた。
共産党の一党支配は、決して賛成しないけれど、
共産党としての意義を守りつつ、
みなが最低限の生活をできるようになるための最後のチャンスだと思う。
そして、今年最初に読んだ本は『日本の宗教 本当は何がすごいのか』。
神道では、最初に日本の自然があり、そこから神が生まれた。
よく中国人に、神道は軍国主義とイコールで、
経典はなく、経典となるようなものは、戦前の法律だと言われ、
「神道はそうじゃなくて自然で、その自然を歌に詠んでいた昔の人がいて、
万葉集は言霊の世界で、そこには」と反論するものの、
文字で書かれていないものはないものと同じという中国人の価値観を
打ち破るだけの論理を私はもたなかった。
これは、中国人に対してだけでなく、
他の外国人と話すときにも、いつも言葉に窮するところだった。
でも、自然から神が生まれたという点、一神教とはここが違うということが、ものすごく納得できた。
私はいつも上海から帰ると、羽田からリムジンバスで新宿に向かった。
その理由は、富士山を見ながら、首都高を通って、
東京におわします神に触れながら帰りたかったから。
富士山を見ると、背筋が伸びた。
だからリムジンバスの中で大声で騒ぐ中国人の子供たちを、
「ここは日本です。静かになさい」と、中国語で一喝したこともある。
中国人に、東京から富士山は、新幹線で約1時間くらいの距離で、
まあ例えるなら、上海から杭州にある山を見るようなもので、と言った途端、
「ありえない!」という答えが返ってくる。
上海の大気汚染はひどくて、100メートル先が見えないくらいなのに、
杭州の山なんて、絶対見えるわけない、と。
日本と中国はすごく近くて、しかも全然似てない。
日本に帰国して、いま、はじめて勇気を出して、
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を聴いた。
東京の復興能力を見るたびに、家康ってすごかったんだなあ、と思う。
私の母が、私を産むとき、すでにレコード盤のラフマニノフを持ってたんだ。
これは、東京が守られてるからだと思う。
守りたいよなあ。東京を。