ゆっくり読書

読んだ本の感想を中心に、日々、思ったことをつれづれに記します。

瀋陽

2014-06-26 21:17:03 | Weblog
瀋陽。かつての奉天。

もちろん、大和ホテルに泊まった。



約100年建っても、堂々としている。

 

多くの要人が泊まり、いまは人民たちがホールで結婚披露宴を開いている。



場違いな騒々しさと、あつかましさに満ちていた。
まあ、TPOのない国民性だからしょうがない。



部屋には共産党の要人が泊まったことを示すプレートが掲げられていた。
ダライ・ラマ14世も宿泊しているのだけど、共産党的には悪しき存在なので表示はない。
でも、共産党としては比較的認めているパンチェン・ラマ10世のプレートはあった。
すべては、共産党の価値観に支配されているのが中国の「公」というものだ。

大和ホテルの隣は、旧満鉄病院。いまでも病院。



大和ホテルから奉天駅までの道。
かつての奉天郵便局は、いまでも郵便局として使われている。



久しぶりに見た。自転車に乗っている人民。
最近、上海では自分の足で漕ぐような乗り物は、外国人くらいしか乗っていない。

奉天駅。



駅の中。



改札からすぐにホームに行ける。
日本が設計するとこうなる。
中国が設計すると、人民が一極集中で殺到しないように、
ぐるぐる無駄な道を通るような設計になる。

奉天駅の前の道。



長距離列車駅の駅前にしては、比較的カオスではなかった。

そして、918記念館へ。918は満州事変のこと。



無駄にデカいモニュメント。

こちらは当時の橋脚。



展示館の中身は、相変わらずのパネル展示。
まあ、当時の満洲はそれこそカオスだったわけなので、
中国側にもちゃんと資料が残っていないんだろう。

だが、それにしても、柳条湖の記念碑が、記念館の敷地の外に、
誰からも見捨てられたようにひっそりと立っていたのは、
共産党の歴史観を物語っているようだったぞ。

その後、瀋陽故宮博物院へ。
金の都がおかれ、満州族の皇帝たちは、北京の紫禁城よりもこちらを愛したと言う。



人民とツバメが多かった。



建物の中は、カビの匂いなのだろうか、すごく妙な匂いがしていて、
気分が悪くなって早々に退散。
張作霖と張学良の私邸へ。



西安事変のおかげで共産党の英雄になったかもしれないけど、
張さん、あなたの私邸は、贅を尽くし過ぎです。



やり過ぎでしょう。
今だったら倹約令にひっかかるし、だいたい当時の奉天市民や農民は、
100年分も税金を前納させられて、大変だったと思うよ。

そして、マネロン。
確かに私有の銀行を持っていたら、それこそ錬金術だ。



それにしても、蝋人形が好きな土地柄だ。
ここにもたくさんいた。

その後、ゆっくり昼食を食べて飛行場へ。



相変わらず、遅れる。
1時間待ったのだが、ちゃんとアナウンスもされない。

まあ、これが中国だ。

奉天の人たちは、男性も女性も身体が大きくて、
この人たちにしてみたら、まさしく日本人は「小日本人」に見えただろう。
上海人みたいな薄っぺらい、ひょろひょろ体型の人たちに、
小さいと言われる筋合いはないといつも思うが、
ここであれば、納得する。

奉天は、満洲らしく、大地の広がりを感じる町だった。
でも、観光だったら大連のほうが面白いな。


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2 コメント

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加油! (yuu)
2014-06-27 15:47:05
随分前に「月」の写真でコメントさせて頂きました。

ワタクシの来海前から、りょうさんの日々のブログを楽しみにしておりました。

掲載される画像が本当に素敵で。。。
旅の記事になると、なんだか自分もその世界に居るかのようでした!

もう日本に帰国されたんですね~
上海にいらっしゃる間に一度お目に掛かりたかったです。(って、見ず知らずの人にそう気軽に会えませんね~ 笑)

日本でも自分らしく頑張り過ぎずに頑張ってくださいね!

そして、日本発のブログをこれからも楽しみにしております。

加油!加油!


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ありがとうございます (りょう)
2014-06-28 16:57:38
コメントありがとうございます。
せっかくなので、上海にいる間にお会いしたかったですね。
これからも仕事の関係で上海は出張に行くことがあると思いますから、タイミングが合うようなら、ぜひ一度お食事でもしましょう。

中国の旅行は、まだ行き残しているところがあるので、これからもちょくちょく出掛ける予定です。

これからもよろしくお願いします。
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