父からの手紙が届いた。父はメールもしないし、電話ではあまり込み入った話もできないので、たまにこうやって手紙が送られてくる。
私もその方がいいし、私自身もこっちに来た時の様子などや伝えたいことがあると、手紙にまとめて渡している。
先日、こっちに2泊した時の母はほぼ穏やかで(2泊目の夜にお父さんが浮気していると取り乱したくらい)、帰りの車の中では涙ぐんでいたらしい。(何の涙かはわからないけど)
しかし、その後家に帰ってからが大変だったらしく、また物を投げまくったらしい。しかも父も頭に来たらしく、目覚まし時計を投げつけてしまったと書いてある。だから、そういう時は放っておいて、しばらくして落ち着いてから声を掛けてと手紙には書いておいたのだが。
しかも、その日半日で3回も大暴れしたと書いてある。
父も「どうも自分に不満があるようだ」と書いてはいるが、実際自分が母にどんな仕打ちをしてきたのかの自覚はないだろう。「自分が完璧主義だからいけなかった」とよく言っているが、自分の価値観だけで母を自分の想い通りにしようとして、母に説教や人間性を否定するようなことを言い続けていたんだから。
とにかく母の妄想では、父の浮気相手は2人3人とどんどん増えているらしい。しかし、前回の母の様子を見て実感したが、この妄想を否定しても無理だし、意味はない。どうしたらいいのか。父親と顔を合わせないのが一番かもしれないが、でもきっと離れることもできないだろう。
今まで父に対する不満をずっと我慢して我慢して生きて来たのが、今は歯止めが効かなくなって爆発しているんだろう。まさに母の復讐だ。本人にそういう意識は全くないだろうし、どうしていいのかもわからないんだろうけど。私から言わせれば、父も自業自得だ。
しかし、一方では父に捨てられたらどうしようという不安も母にはあるんだろう。この間うちに泊まった時も私が気づかない内に父に2~3度電話して、いつ迎えに来てくれるのか…と聞いていたらしいし。
とにかくそんな中でも母は3度の食事は作っているらしいし、父もなんとかやっていると言うので、今の調子でたまに会いに行ったり、こっちに連れて来たりするしかない。
そして、父の手紙の2枚目には、私の能力に驚いたと書いてある。私がいろいろ手紙にまとめているのを読んで、そう思ったらしい。そして、思いやりがあると。まぁ思いやりがあるとしたらそれは母に対してだし(父のことは正直どうでもいい。母が少しでも穏やかに暮らすためだ)、やっぱり自分の今の生活が大事だし乱されたくないという思いからあれこれやっているというのもある。
そして、「さすが僕の子だ」と書いてある。相変わらず自己評価が高くてあきれる。確かに文章を書いたりまとめたりするのは好きだけど(父も母の症状を紙にまとめて主治医の先生に渡したりしている)、こんなに身勝手で自分が一番正しくて、未だに自分の状況が飲みこめてない人と一緒にされたくない。
それに私が男だったら立派な仕事ができていただろうとかずれたことも書いてある。性別の問題ではなく私の性格、生き方がそうなんだからしょうがない。そもそも自分に自信がないし、人前で自分の意見を言うのも苦手だし、とにかく前に出たくない、責任を負いたくない、なりゆき任せ人任せの人間だ。
そういう所も家庭環境に多少の原因はあるのかとずっと思っていた。でも、そう思いながらもこの年まで自分で自分を変えることもできなかった。
父親に褒められた記憶はほぼないし、小さい頃父はよく「お粗末」と言っていた。まだ私が「お粗末」と「ガッツ石松」の区別もつかない頃からだ。でも、それがネガティブな意味を持つことだけはわかっていた。それはテレビとか政治に対してだったり、時には私達家族に対してだったように記憶している。
私は父にちょっと注意されただけで、涙がぽろぽろこぼれた。泣けばそんなことで泣くな…と怒られる。ずーっと私は父に自分から話しかけることができなかった。父に伝えないといけないことがある時は、いつも母を介してだった。結婚して子供ができてだんだん少しずつ話せるようになり(その当時はそんなに父のことを嫌いじゃなかった。やっぱり7年前が決定的だ)、こんなに何の緊張感もなく話せるようになったのはここ数年だろう。父に対して所詮こういう人なんだと見切りをつけて、いろんな感情もわいてこなくなかったからだろう。
あれから母にはハガキを一枚送っただけで、電話はしていない。(本当に思いやりがあったら、毎日でも電話しているよな)
今夜くらいはちょっと電話してみるか。
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