いないはずです。でも、それで
は人の上に立つことはできませ
んし、真の友を得ることはでき
ません。
織田信長は、人を道具として役
に立つか判断し行動した結果、
直近の茶会を含め、明智光秀の
動きを秀吉や家康から情報を
得られなかった。
トルストイは、「人と会うとき、
相手が自分にどんなふうに役立
つかを考えないで、自分がどん
なふうに相手に奉仕できるかを
考えるがよい」と言っています
が、少しでも人のことを先に
考えられる人になりたいもので
す。
1980年代後半から1990年代にかけ
て大流行していた「ポケベル」。
「ポケットベルを持つ恋人同士
は、終わりが早い」という説(?)
があったらしい。
お互いの居場所や行動を常に
把握したい、いつでもどこでも
連絡を取りあいたい、という
気持ちは、わからなくはない。
「でも、それが実現してごらん
よ。あんがい興醒めだよ。
まったく謎がないっていうの
は、想像力の働く余地がない
ってことで、それって恋愛を
つまらなくさせるだけじゃな
いのかなあ」
なるほど、恋の炎にとっては、
安心より不安のほうが、油と
なるわけか。私などは、不安
による大炎上と同じくらい、
安心によるトロ火も悪くない
なあと思う。が、たしかに、
恋愛には、会いたいなあとか
声を聞きたいなあとか今どう
しているかなあといった思い
をつのらせる「タメの時間」
は必要だ。
それプラス、実際に会ったり、
電話をしたりしたいという
「はじける時間」とがあって、
二つの時間のめりはりが、恋
を生き生きとさせる。
携帯電話というのはだぶん、そ
のめりはりを、無くしてしまう
ものなのだろう。
題は、「タメの時間」から「は
じける時間」へと移りゆく瞬間
をドラマチックに約束の時間
に向かって、ためられた思いが
大きければ大きいほど、はじける
勢いも強い。
やっと会えた喜びを、体いっぱ
いに表しながら駆けてくる彼女。
たとえ50メートル先にいると
わかっていても、一刻早く抱き
あいたいという思いが、彼女を
走らせる。髪のクローズアップ
が、躍動感とスピードを感じて
欲しい。
さらに自分の胸でその勢いを
感じた者ならではの実感。
両手を広げ、彼女を抱きしめた
彼は、自分自身の胸にな
かに、地平を感じた「青き」か
ら海と空をイメージした。
この瞬間、自分は彼女にとって
の世界なのだ。
描きたかったのは、映画のシーン
だ。クロード・ルルーシュ監督
『男と女』。主人公の二人が浜辺
で再会して、抱きあってくるくる
回る、あの場面である。