次々と灯る街の明かり。この
街のどこかに私を必要として
くれる人がいるのだろうか。
私が誰かを必要としているよ
うに。胸の底から淋しさがわ
いてくる。
黄昏の空をやがて闇が覆い
尽くすように、このままでは
いつか淋しさが心を覆い尽く
してしまうのだろう。
街のどこかに私を必要として
くれる人がいるのだろうか。
私が誰かを必要としているよ
うに。胸の底から淋しさがわ
いてくる。
黄昏の空をやがて闇が覆い
尽くすように、このままでは
いつか淋しさが心を覆い尽く
してしまうのだろう。
万葉の昔から現代にいたるまで、
脈々と恋の歌は詠まれ続けてきた。
人を思い、恋をする気持ちという
のは、いつの時代にも変わらない
ものだなあと思う。が、いっぽう、
それぞれの恋のありかたには、や
はり時代が反映しているなあとも
思う。
たとえば、「今こむといひし
ばかりに長月の有明の月を待ちい
でつるかな 素性」「やすらはで
ねなましものをさよふけてかた
ぶくまでの月を見しかな 赤染
衛門」という歌など、通い婚の時
代ならではの「待つ女の思い」が
よく出ている。
歌は、東京時代のマンション暮ら
しでの一首だ。スタートしたばか
りの結婚生活。送り出してくれた
妻は、夫が背を向けたとたん「ガ
チャリ」と鍵をかけた。甘いムー
ドいた男は、いっぺんに夢から覚
めるような心地だ。もちろん妻に
してみれば、防犯上当然のことを
したまでである。が、なんとなく
引っ掛かる心が、この歌を生んだ。
男のほうが、女よりずっとロマン
チストかもしれない。
ありふれた日常の中、そんな、ち
ょっと引っ掛かりやズレの感覚を
感じる方もいるのでは。