<信濃毎日新聞社説>原発再稼動 無責任振りが目に余る
鹿児島県の伊藤祐一郎知事と県議会が、九州電力川内原発の再稼働を認めた。 原発が立地する薩摩川内市の市長と議会は既に同意しており、地元同意の手続きは「完了」したことになる。
再稼働に向けた一連の動きで浮かび上がったのは、地元同意の範囲や住民の避難計画といった重要な問題を棚上げにしてきた政府の怠慢だ。誰が再稼働を最終的に判断するのか、責任の所在もはっきりしない。
こんなずさんな手続きを、他の原発でも繰り返すのか。
<曖昧な地元の範囲>
納得できない問題の一つが「地元同意」だ。川内原発で、薩摩川内市と鹿児島県だけが対象となるのは、両自治体が九電と安全協定を結んでいるためだ。電力各社はこれまで、主に立地自治体のみを「地元」としてきた。ただ、薩摩川内市の岩切秀雄市長が「『同意』ではない。法的に地元市長の手続きは何もない」と話したように、法律に基づいた手続きではない。
東京電力福島第1原発の事故で、放射性物質は立地自治体を超え広範囲に飛び散った。深刻な影響を目の当たりにした各地の原発の周辺市町村から、立地自治体並みの「発言権」を求める訴えが相次いだのは当然と言える。
こうした要請を承知していながら、政府は地元同意について検討してこなかった。鹿児島県内でも、半径30キロ圏内の自治体の議会や住民が「地元」に加えるよう要求している。が、「薩摩川内市と県のみ」とする伊藤知事の見解が、事実上のルールになった。
宮沢洋一経済産業相も3日、鹿児島県を訪ねた際、地元の範囲について「県などの判断だ」と言い放った。あまりに無責任だ。範囲の基準を示さないのならせめて、要求している自治体の同意を得るよう、九電や鹿児島県に促すことはできたはずだ。
政府が最終判断するという法的根拠もない。責任の所在が曖昧なまま、鹿児島県側は国主導を、政府は地元の意向を演出し、手続きを急いできた感が強い。
住民の避難計画の不備も見過ごせない。国は福島の事故後、避難対策を準備する地域を、原発の半径10キロ圏から30キロ圏に広げた。
自治体の避難計画づくりは難航している。入院患者や施設入所者の移送手段、受け入れ先が見つからない。原発に近い方の住民から順次避難するという内容が目立つけれど、住民は「パニックになったら役に立たない」などと実効性を疑っている。
<不安は置き去りに>
避難計画の内容を審査する仕組みも、政府は整えていない。川内原発の再稼働が現実味を増した9月、急きょ鹿児島県の自治体の避難計画を点検し、安倍晋三首相が「具体的、合理的と確認した」と太鼓判を押した。これも根拠があっての判断ではない。
川内原発再稼働の住民説明会では、追加した1回を除き、避難計画に対する質問を受け付けなかった。住民の強い不安を拭えないまま、薩摩川内市と鹿児島県は同意に踏み切っている。
地元同意の範囲や、住民の理解を得られる避難計画は本来、再稼働の是非を諮る前に、整えておかなければならない。「福島の経験と教訓を生かす」という首相の言葉とは裏腹に、原発の施設面の審査を原子力規制委員会に委ねる間、同等に重要な課題について、政府は何ら手を打ってこなかったと言っていい。
宮沢経産相は鹿児島で「事故が起きた場合は、国が責任を持って対処する」と述べている。
国民は、事故後の福島を見ている。第1原発では汚染水の増加に歯止めがかからず、廃炉の先行きも見通せない。今も13万人近くが帰郷できず、国と東電が仕切る賠償や支援策は避難者らの生活再建に結び付いていない。
<安倍首相が説明を>
国が責任を持って対処すると強調したところで、どれだけの人が安心できるだろう。
福島の除染や廃炉に国費が投じられているように、「国の責任」は、国民が負担を引き受けることを意味する。その国民の多くは再稼働に反対している。
福島の事故原因は究明できていない。「核のごみ」の処分法や処分先も決まっていない。一方、自然エネルギーの発電設備は急速に増えてきている。
こうした状況でなぜ、民意を押し切ってまで原発にこだわるのか。どれくらいの期間、何基の稼働を必要とするのか。説得力のある説明は聞こえてこない。
原子力政策のこれからを含め、川内原発再稼働の必要性、鹿児島県内での手続きの受け止め、今後の再稼働に政府としてどう臨むのか―といった点を、安倍首相自身が国民の前に出て、丁寧に説明するよう求める。
地元住民や国民の不安、憤りを置き去りにしたまま、なし崩しに再稼働することは許されない。
<川内原発、鹿児島知事が同意表明 再稼働「やむを得ない」>
鹿児島県の伊藤祐一郎知事は7日、県議会臨時議会本会議後に記者会見し、九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県薩摩川内市)の再稼働について「やむを得ない」と述べ、同意を表明した。知事の同意で地元手続きは完了した形だが、原子力規制委員会の審査などが残っており、再稼働は年明け以降の見通し。
ただ事故時の避難計画には不備が目立つほか、被害を受ける可能性がある周辺自治体の意向が反映されないなど多くの課題を残した。
広範囲に被害が広がる原発事故に備えるための避難計画は、実効性を疑問視する声が根強いが、伊藤知事は「命の問題は発生しない」と指摘した。