<毎日新聞:論点>沖縄県知事選が示した民意
米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設問題を最大の争点にした沖縄県知事選で、反対を掲げた翁長雄志・前那覇市長が当選した。保革共闘態勢で臨んだ翁長氏の勝利は、県内移設反対への明確な民意と言えるが、政府は予定通り移設を進める構え。安倍晋三首相は18日に解散・総選挙を表明し、「沖縄の声」は早くもかき消されつつある。
○沖縄の新たな時代の到来 野里洋・元琉球新報論説委員長
米軍基地の重圧に戦後69年間耐えてきた沖縄県民は我慢の限界を超えつつある。辺野古移設反対を訴えた翁長雄志氏の当選は「沖縄はもう我慢できない。基地問題を根本的に解決してほしい」という政府への意思表示であり、沖縄の基地の実情にほとんど関心を示さない全国民に対する異議申し立てでもある。
昨年11月に沖縄県連所属の自民党国会議員5人が「県外移設」の公約を破り、辺野古移設容認を表明した。自民党の石破茂幹事長(当時)がうなだれている5人を並べて記者会見したシーンに、沖縄の人たちは「そこまでやるか」と衝撃を受けた。1879年に琉球王国が明治政府により強権的に解体され、日本の一地方となった「琉球処分」と重ね合わせる人が多かった。
更に「県外移設の方が早い」と言っていた仲井真弘多知事が昨年末に辺野古沿岸部の埋め立てを承認した。首相から要求額より多い振興策を提示され「いい正月を迎えられる」と発言した。沖縄の代表者の言葉によって沖縄の人間は誇りを傷つけられたのだ。
それに対して、翁長氏は「イデオロギーよりアイデンティティー(存在証明)だ」と訴えた。それに呼応して「保革が争っている時代はもう過ぎた。今こそウチナーンチュ(沖縄の人)の心を全国に見せる時だ」と県民が結集した結果が、約10万票の大差につながったのだと思う。
沖縄では米軍統治下の1950年代に「島ぐるみ闘争」があった。米軍が「銃剣とブルドーザー」で土地を奪って基地を造ったうえ、土地を一括して買い上げると言い出した。当時の沖縄は非常に貧しかったが「先祖から受け継いだ土地が永久に米軍のものになってしまう」と保守も革新もすべての枠を乗り越え、一括買い上げを撤回させた。
更に本土復帰の4年前、68年には現在の知事選にあたる初の主席公選が行われた。「基地の即時無条件全面返還」を訴えた屋良朝苗(やらちょうびょう)氏と「今すぐ復帰すると戦前のようなイモとハダシの貧しい生活に戻る」と主張した西銘(にしめ)順治氏の事実上の一騎打ちになり、屋良氏が勝利した。
私は46年前の主席公選を取材したが、その時と同じ熱気を、約1万5000人を集めた翁長氏の総決起大会でも感じた。主席公選の時は「沖縄に夜明けが来た」と思ったが、保守と革新が共闘して移設反対を訴える新たな姿に「沖縄に新しい時代が来た」と確信した。沖縄にとって今回の知事選は島ぐるみ闘争、初の主席公選に続く重大な意味を持つ歴史的な闘いだった。
国土面積の0・6%の沖縄に全国の74%の米軍専用施設を置く理由について、政府は「抑止力のため」と説明してきたが、そんな説明は後からの理屈付けに過ぎないことをウチナーンチュはもう分かっている。選挙結果に関わらず政府は移設を進めるとしているが、政治的に不可能だ。これだけの圧勝で示された民意を無視すれば「琉球処分だ」「日本に民主主義はないのか」という反発が必ず出てきて、これまで以上に反対運動が強まるだろう。
既成事実をつくってカネをちらつかせる日本政府のやり方がおかしいのではないか、いつまでも米国にモノが言えない日本でいいのか、ということを今回の知事選が問題提起していると政府、本土の人たちは受け止めるべきだ。【聞き手・佐藤敬一】
○普天間「県外」は米に負担 猪口邦子 自民党沖縄振興調査会長
米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設に反対する沖縄県民の気持ちは重く受け止める。しかし、一刻も早い普天間の危険性除去も重要だ。そのために、辺野古移設をやり抜かなければならない。翁長雄志氏は辺野古の埋め立て承認の撤回も検討すると述べたが、沖縄県と政府がこれまで積み上げた内容や、どうすれば普天間の危険性を早期に除去できるかにもぜひ考えを寄せていただきたい。
日米同盟に限らず、同盟国間では双方が相手の負担を深く理解し、それを小さくする努力を間断なく続けることが大事だ。普天間を県外、国外に移設すれば、米国は到底対応できない負担を負うことになる。それは同盟国としての信義に関わる問題だ。
日米安保条約は長きにわたり不可能とさえ思われた平和を日本にもたらしてきた。それは沖縄の米軍基地の抑止力で保たれた部分が大きく、沖縄の負担は極端に重い。基地の負担を全国で受け入れるべきだとの翁長氏の主張はもっともだ。政府・与党は、あらゆる形で負担軽減の努力をしていく。新型輸送機オスプレイの訓練移転を積極的に進めており、千葉県の木更津駐屯地などに負担を分担する努力をしている。嘉手納以南の基地返還もスムーズに進めていく方針だ。
他方で、国が抱えるさまざまな負担の中には、特定の人、特定の地域にしか負えない性質のものもある。国民がそれをどう認識し、どう感謝し、それに対する思いをどう表現するかは、繊細さが問われる問題だ。
自民党沖縄振興調査会は、今年も大型の沖縄振興予算を概算要求した。沖縄振興策は予算編成で特に重点化されている。沖縄振興特別措置法に基づく振興策であり、時々の政治情勢で決まる予算とは異なる扱いをしているからだ。
沖縄の発展のためにできることはすべてやるという、安倍内閣の決意は、不退転で持続的なものだと信じてもらいたい。昨年末、安倍晋三首相が仲井真弘多知事と約束した2021年度まで3000億円台の振興予算は変わらずに実施する。この方針は国全体としての「沖縄に対する思い」の表現と言える。
第二次世界大戦で、多大な犠牲を出した沖縄の戦争被害を後々の世代は決して忘れてはいけない。また、本土が主権を回復し高度成長期に発展していく中で、沖縄は本土返還されない時代が長かった。開発振興の空白期間を取り戻さないといけない。今なお取り戻していない部分を、必ず近いうちに取り戻すという決意で振興予算を組んでいる。これは知事選の結果で後退したり揺らいだりすることはあり得ない。
沖縄は、抑止力の維持において常に重要な役割を果たしてきたが、近年の中国の海洋進出の活発化で、沖縄周辺の領海警備の重要性はより大きくなった。地域の発展は最大の抑止力でもある。沖縄は今後、特に若年世代の雇用率、教育機会を強化することで、さらに将来的な経済発展のポテンシャルを高めていくことが可能だ。本土から遠いという地理的な不利益性は、アジア全体を見渡す視野を持つことで物流拠点としての有利性に転換できる。沖縄は観光だけでなく物流、製造業などによる経済発展でより大きな存在になることができる。それこそが平和の礎にもなると考える。【聞き手・飼手勇介】
○下請け地方自治への氾濫 江上能義・早稲田大学院教授(政治学)
仲井真弘多知事は前回選挙で米軍普天間飛行場の県内移設反対を掲げて当選し、昨年1月には県内全市町村長が安倍晋三首相に県内移設断念を求める「建白書」を提出した。知事選の結果は、明白だった県民の意思にくさびを打ち、仲井真氏を移設容認へと懐柔した安倍政権への強烈なしっぺ返しだ。外交、安全保障は国策だが、民主主義国家では地域住民の意思の積み上げによって決められなければならない。地方自治を国の下請けのように扱う、安倍自民党政権の古い中央集権的体質が問われている。
琉球大で約25年間教員を務め沖縄の政治を観察してきたものとして、結果は初めから見えていた。前回選挙の公約を破った仲井真氏は「裏切り者」であり、県民は過去の選挙を通じ、そうした政治姿勢に対し厳しい審判を下す県民性を示してきた。国の経済振興策の見返りに、県内に移す形で新たに基地を建設する仲井真氏の選択は、基地の重圧に耐えてきた沖縄の怒りと誇りを呼び起こし、住民の民意に基づく地域主権を求めるうねりにつながった。
かつて基地問題は、西側陣営を志向する保守と、社会主義や非同盟志向の革新とが日米同盟の是非などそれぞれのイデオロギーに基づいて争った。今回の選挙で沖縄の保守が分裂し、自民党県連幹事長まで務めた翁長雄志氏が革新と共闘できたのは、冷戦終結後にイデオロギー対立が影を潜め、政府の経済振興策に依存したい国家志向派と、自立した地域経済を模索する地方分権派との争いへと対立の構図が変わったからだ。
だが安倍政権の説得によって生まれた国家志向派の主張にはほころびが目立った。市街地にあって危険な普天間飛行場について、仲井真氏は「安倍首相が5年以内の運用停止を約束した」と訴えたが、米軍はそんな要請は受けていないと明言した。県民は公約違反に続きうそを重ねていると受け止めた。また、自治体にとって基地受け入れに対する政府の補助金、交付金の魅力はあるが、沖縄経済界の間では、地元のニーズに合わない大型施設が増え、潤うのは特定の業界だけで地域のプラスにならないという認識が広がっている。
9月に英国からの独立住民投票があったスコットランドに滞在し地域主権を研究している。独立論の主な動機は民族主義かと思っていたが、実際には環境や社会保障を重視する住民の声が自由競争重視の保守党政権に届かないという不満からくる、民意反映への欲求の高まりだった。石破茂地方創生担当相が自民党幹事長だった時「基地の場所は政府が決める」と発言したように、安倍自民党政権の中央集権的体質は変わらないだろう。沖縄でも今後、真の民主主義を実現しようと独立論が勢いを強め、日米同盟に影響を与えていく可能性がある。
知事選で基地を巡り争われた中央と地方の関係は、沖縄だけでなく日本全体の問題だ。安倍政権は重要課題と位置づけた地方創生法案を成立させ衆院を解散する。地域の取り組みを支援するというものの具体性に乏しく、自治体に総合戦略を出すよう求めており、人口減少対策という国家目標の下請けを自治体にやらせたいようだ。地域の将来を決める政治をどんな政府に託すのか、総選挙を機に一人一人が考えていかなければならない。【聞き手・吉富裕倫】
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◇2014年沖縄県知事選
仲井真弘多(なかいまひろかず)知事の任期満了に伴い、11月16日に投開票された。3選を目指す仲井真氏は知事選の候補として初めて米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の同県名護市辺野古への移設推進を掲げ、県内移設の是非が最大の争点となった。
現職と新人の計4人が争う中、移設に反対する無所属新人の前那覇市長、翁長雄志(おながたけし)氏が36万820票を獲得し、26万1076票の次点となった仲井真氏に約10万票の大差をつけて初当選した。
翁長氏は自民を除名された那覇市議のほか、共産、生活、社民、地域政党沖縄社会大衆が支援し知事選初の保革共闘態勢で臨んだ。仲井真氏は首長の多くが支援し自民、次世代の推薦を受けたが、県本部が移設反対の公明は自主投票だった。