エコノミストの中でも正反対の見解が論じられています。実体経済に身をおき、日々生活している国民から見れば、加藤出氏の見方は正しいと思います。国債、国の借金を中央銀行が肩代わりするような政策が正しいはずがありません。また、歴史の教訓、戦時資金の調達を国債に負わせ、ハイパーインフレで国民生活を窮乏のどん底に落とした旧日本軍、旧天皇制政府のでたらめな財政政策の教訓として、中央銀行の独立確保、国債の日銀購入を禁じたことを見れば明らかです。
<毎日新聞論点>日銀の追加金融緩和
日銀が10月末、電撃的な追加金融緩和に踏み切った。市場に驚きが広がり、急激な株高と円安が進行した。4月の消費増税後、日本経済が停滞し、アベノミクスが正念場を迎える中、追加緩和は景気をてこ入れできるのか。
□「成長なし」現実勅旨を 加藤出・東短栄サーチ社長チーフエコノミスト
日銀の追加緩和は株式市場や為替市場にとってはサプライズとなり、株高と円安を演出することには成功した。しかし、金融緩和はあくまで「痛み止め」に過ぎない。それだけで経済成長は実現できないという現実を、政府・日銀は直視すべきだ。
日銀が現在採用している金融政策は、人々の期待に働きかける効果に重きを置いている。「物価上昇率を2%にする」という日銀の説明を皆が信じれば、企業や消費者は物価上昇を前提に行動するようになり、おのずと物価は上がっていく−−というものだ。半面、「期待」をつなぎ留めるには、実際には政策効果が薄れていても「うまくいっている」と強弁し続けるしかない。今回も黒田東彦総裁は追加緩和直前まで「物価は想定通り上昇する」と国会などで明言しており、市場との対話や国民への説明責任という面でも課題を残した。
◇借金穴埋め懸念
金融政策で時間を稼いでいる間に、政府による財政政策や成長戦略で経済成長を促すのがアベノミクスの狙いだ。だが、経済が十分に浮上する前に昨年春に打った大規模金融緩和という「痛み止め」の効果が薄れ、再び薬に手を出したというのが、今回の追加緩和だ。しかし、新たな痛み止めは二番煎じに過ぎず、最初に打った薬ほどの効果は期待できない。むしろ投薬を重ねたことで、追加緩和の弊害はより大きくなった。
最大の問題は、日銀が大量の国債を買い支えることで、政府の借金が増え続ける危険性を実感しづらくしていることだ。黒田総裁は追加緩和に「消費再増税を予定通り実施してほしい」という政府へのメッセージを込めたはずだ。だが、追加緩和で痛みが薄らぎ、財政再建を多少遅らせても大丈夫だという緩みが生じる余地が拡大した。「増税を促す」という狙いが裏目に出る恐れがある。
日本の財政赤字は欧米に比べ突出している。日銀が大量のお金を刷って国の借金を穴埋めしている状況が強まっている。米連邦準備制度理事会(FRB)のように今後、国債の買い入れを縮小して、金融緩和からの「出口」を探ろうとすれば、金利上昇などを通じた大きな摩擦は避けられない。緩和規模が拡大するほど摩擦は増し、「出口」は難しくなる。財政ファイナンス(中央銀行による国の借金の穴埋め)は政府・中央銀行にとって禁じ手だ。日本への信認が失われれば、資産の海外流出など日本経済が根幹から揺らぎかねない。日銀政策委員9人のうち4人が追加緩和に反対したのも、こうしたリスクを懸念したためだろう。
日銀が追加緩和で打ち出した上場投資信託(ETF)の買い入れ規模の拡大も問題を抱えている。ETF購入は株価上昇に直結するため、効果が高いようにも見えるが、実態は中央銀行による株価操作に近い。日銀がETFの購入規模を減らせば、株価下落を招く。大量の株式を持つ日銀も損失の恐れを抱えることになり、やはり「出口」が極めて見えにくい政策と言わねばならない。
日銀執行部はなぜ追加緩和を急いだのか。日銀が追加緩和と同時に発表した「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」では、2015年度の消費者物価指数の上昇率(生鮮食品、消費増税の影響を除く)見通しが1・7%にとどまり、15年春までに2%という日銀の公約実現が事実上、不可能なことが明らかになった。せめて強気の姿勢だけでも見せ続けなければ政策効果が失われてしまうとの危機感があったのではないか。
◇物価目標見直せ
しかし、日銀は2%目標の早期実現という戦略を見直すべき局面にある。日銀の想定通り物価が上がれば、消費増税の影響も含めて3年間で物価が9%以上急騰することになる。企業業績の改善に伴う賃上げペースをはるかに上回るスピードであり、消費は大きな打撃を受ける。急激な物価上昇は経済にマイナスだ。
成長戦略が具現化するには時間がかかる。日銀はもっと腰を据えて物価上昇を促し、その間に政府や民間が経済成長に向けた取り組みを強めるというアベノミクスの原点に立ち返るべきだ。サプライズ緩和という「奇襲」は何度も使える手ではない。
◇円安・株高、効果は高い−−嶋中雄二、三菱UFJモルガン・スタンレー証券 景気循環研究所長
日銀は絶妙なタイミングで追加緩和に踏み切った。サプライズを伴ったため、急激な円安・株高が起こるなど初期効果が非常に高く、人々のデフレ脱却への期待をつなぎ留めることに成功した。原油価格の低迷長期化などの特殊要因がなければ、日銀が目指す2%の物価上昇率は2015年度に達成されるとみている。
◇賃金上昇も期待
追加緩和の約2週間前に書いたリポートで、私は日銀に速やかに追加緩和すべきだと説いた。天候不順や消費増税の影響が重なり、日本経済が「ミニ景気後退」の様相を呈していることや、原油急落で消費者物価指数の上昇率縮小が続くことが予想され、日銀の物価目標達成が不確実になったことが理由だ。黒田東彦総裁は、13年4月から2年程度での目標達成を約束している以上、期限を延ばしたり目標水準を下げたりするのではなく、達成に努力している姿を示し、説明責任を果たすべきだと判断したのだろう。黒田総裁は否定しているが、政府に消費再増税を促す意図もあったとみている。
私は昨年3月、資金供給量(マネタリーベース)をどのくらい増やせば物価上昇目標を達成できるか試算し、年35〜40%程度の伸び率に安定させればよいとの結論を得た。追加緩和により、15年末は、14年末の当初予定残高から最大35%の伸びになり、効果が十分期待できる。
しかも効果は持続する。米連邦準備制度理事会(FRB)が10月末、資金を大量に供給する量的緩和策を終了し、今後は米金利の上昇が見込まれる。一方、日銀の追加緩和により、日本の金利は低落状態が続くと予想される。ドル買い・円売りが強まり、円安とそれを好感した株高の流れが当面続くだろう。
株高は株式保有者の消費拡大を促し、企業の生産増加につながる。株高で恩恵を受けるのは株を持つ富裕層だけという指摘があるが、生産拡大や保有株の価格上昇で企業収益が押し上げられれば、そこで働く人の賃金が増える効果も期待できる。
生産が増えれば設備投資や雇用も増える。低金利も設備投資を後押しする。新規求人数が増える中、人手不足を背景に賃金は上がり、さらに消費が増え、生産が拡大するという好循環が続くだろう。日銀は不動産投資信託なども買い増すので、不動産や住宅投資の拡大も見込める。
日銀の金融緩和で物価が上昇しても「賃金は増えず、家計の負担が増す」という批判は根強い。確かに消費税率が5%から8%に上がった分、家計の負担は増しているが、来年の春闘では、足元の好調な企業収益が賃上げに反映されるはずだ。今は過渡期であり、賃金上昇は物価上昇に次第に追いつくだろう。
追加緩和で円安が一段と進み、地方や中小企業を中心に輸入原材料の価格高騰を懸念する声も多い。しかし、原油価格は下落しており、円安でもガソリン価格は下がっている。もちろん企業の規模や業種、地域によってマイナス面はあり、負担の大きい中小企業などへの対策は必要だが、現状程度の円安はトータルでは日本経済にとってプラスといえる。
◇観光立国で成長
政府は円安と共生する成長戦略を推進すべきだ。地方を潤す最大の可能性を秘めているのは観光立国だ。私たちの試算では、円安が10円進むと訪日外国人が39万人増える。ビザの緩和や消費税免除の対象商品拡大も追い風となって、全国各地に格安航空会社(LCC)や客船で外国人観光客が訪れており、地方の重要な景気刺激策となっている。円安が定着すれば海外移転した工場が国内回帰する可能性もある。
野田佳彦前首相が衆院解散を宣言した12年11月14日と比べて、日経平均株価は倍近くになり、労働者1人当たりの現金給与総額の増減率もマイナスからプラスに転じた。アベノミクスは成功していると言える。金融政策の正常化が困難になるとの指摘もあるが、米国はリーマン・ショック後の大規模な金融緩和を3回縮小しても、一度も景気後退になっていない。日銀は上昇率2%の物価安定目標を達成するまで、大規模な金融緩和を続けるべきだ。