先日、今年も自殺者が3万人を超えたことが報道されていた。これで、14年?連続であるらしい。
3万人と一言で言うが、わが精華町の人口が3万6000人ほどで、それに匹敵する。1年間で1つの町が消えていることになる。ちなみに、3万人を365日で割ると、1日平均82人が自殺していることになる。3万人の命の後ろには、少なくとも6万人の両親、祖父母や子どもたち、友人たちまで入れれば、相当の数の人たちを悲しませていることになる。最近では「自殺」ではなく「自死」という言葉を使う方もいる。
ある宗教者の言葉だが、「待つということができること それは未来があるからこそである」
未来が見通せなくなると、待てなくなる。一般人は「そんなに急いでどうする」という感覚で接するのだろうが、将来を悲観した人は「待つ」ことができないのであろう。事実、借金していれば、日が経つにつれて利息は大きく膨らんでいく。返済の見通しがなければ、未来など考えられないのだ。
今の社会にすり合わせて考えてみると、正規雇用が激減し、非正規雇用が激増している。そして、非正規雇用の人たちは、都合のいい調整弁として働かされている。景気が落ち込めば、いつクビになるのか分からないという不安を絶えず抱えて暮らしているのだ。
私も、議員になる前は社会福祉施設の職員だった。給与など待遇はさほど良くはなかったが、借金してまでして生活するほどでもなかった。福祉現場というのは、ボランティア感覚とはずいぶん違う。高齢者や障害者に親切にし、自己満足している訳にはいかないのだ。高齢者にも障害者にも人権がある。保護や支援を受けているからと言って「自己決定権・選択権」が否定されたり制限されてはならない。また、高齢であることや障害を持っていることで(最近ではオレオレ詐欺に代表される)さまざまなトラブルに巻き込まれることがある。ギャンブルや裏社会と関わった経験があったり、借金癖がある場合などは、なかなか抜け出せず泥沼に巻き込まれることもある。現職時代には、やくざ屋さんとも渡り合ったし、とあるカルト宗教団体とも向き合ったことがある。
もし、そのような現場の第一線で働く者が、「明日の自分の生活」が心配でならなかったら、「他人事など考えていられない」だろう。借金話などに関われば、下手すれば自分も巻き込まれる可能性だってある。福祉現場に限らず、自分本位ではなく他人の事も視野に入れて、また教育などは即効的な効果ではなく子どもたちの10年後20年後の姿を夢見て働いているのだ。それは、「未来を見通す余裕があり、その時を待てる立場にある」からでもある。
派遣切り、ネット難民・・・といった活字が新聞紙上をにぎわせている。1年前も同じように日比谷公園などでテントが張られた。1年が経過したが、今年も「派遣村」が設置されるようだ。しかも、今年は「一歩前進?」で行政が運営する「官制の派遣村」が誕生するとのこと。
そのことを止めろとは言わないが、政府・政治は派遣村が出現しなくてもいい社会を作る気はないのかと思う。
1人でも多くの国民が、未来に希望が持てる、希望まで行かなくても「待てる時間」を持てる=自殺を踏みとどめられる=環境を1日も早く構築すべきではないか。
3万人と一言で言うが、わが精華町の人口が3万6000人ほどで、それに匹敵する。1年間で1つの町が消えていることになる。ちなみに、3万人を365日で割ると、1日平均82人が自殺していることになる。3万人の命の後ろには、少なくとも6万人の両親、祖父母や子どもたち、友人たちまで入れれば、相当の数の人たちを悲しませていることになる。最近では「自殺」ではなく「自死」という言葉を使う方もいる。
ある宗教者の言葉だが、「待つということができること それは未来があるからこそである」
未来が見通せなくなると、待てなくなる。一般人は「そんなに急いでどうする」という感覚で接するのだろうが、将来を悲観した人は「待つ」ことができないのであろう。事実、借金していれば、日が経つにつれて利息は大きく膨らんでいく。返済の見通しがなければ、未来など考えられないのだ。
今の社会にすり合わせて考えてみると、正規雇用が激減し、非正規雇用が激増している。そして、非正規雇用の人たちは、都合のいい調整弁として働かされている。景気が落ち込めば、いつクビになるのか分からないという不安を絶えず抱えて暮らしているのだ。
私も、議員になる前は社会福祉施設の職員だった。給与など待遇はさほど良くはなかったが、借金してまでして生活するほどでもなかった。福祉現場というのは、ボランティア感覚とはずいぶん違う。高齢者や障害者に親切にし、自己満足している訳にはいかないのだ。高齢者にも障害者にも人権がある。保護や支援を受けているからと言って「自己決定権・選択権」が否定されたり制限されてはならない。また、高齢であることや障害を持っていることで(最近ではオレオレ詐欺に代表される)さまざまなトラブルに巻き込まれることがある。ギャンブルや裏社会と関わった経験があったり、借金癖がある場合などは、なかなか抜け出せず泥沼に巻き込まれることもある。現職時代には、やくざ屋さんとも渡り合ったし、とあるカルト宗教団体とも向き合ったことがある。
もし、そのような現場の第一線で働く者が、「明日の自分の生活」が心配でならなかったら、「他人事など考えていられない」だろう。借金話などに関われば、下手すれば自分も巻き込まれる可能性だってある。福祉現場に限らず、自分本位ではなく他人の事も視野に入れて、また教育などは即効的な効果ではなく子どもたちの10年後20年後の姿を夢見て働いているのだ。それは、「未来を見通す余裕があり、その時を待てる立場にある」からでもある。
派遣切り、ネット難民・・・といった活字が新聞紙上をにぎわせている。1年前も同じように日比谷公園などでテントが張られた。1年が経過したが、今年も「派遣村」が設置されるようだ。しかも、今年は「一歩前進?」で行政が運営する「官制の派遣村」が誕生するとのこと。
そのことを止めろとは言わないが、政府・政治は派遣村が出現しなくてもいい社会を作る気はないのかと思う。
1人でも多くの国民が、未来に希望が持てる、希望まで行かなくても「待てる時間」を持てる=自殺を踏みとどめられる=環境を1日も早く構築すべきではないか。