Nonsection Radical

撮影と本の空間

あるなし確認

2014年06月20日 | Weblog
仕事帰りに大阪駅前。
ニコンサロンで写真展。
久しぶりにジュンク堂。
手帳にあるリストを確認しながら欲しい本の在庫を確認。
その他にも新刊を確認。
そろそろなくなりそうだと予感のする新書を1冊購入。
岸本佐知子さまの本を確認、いつか買う事を決心。




七条通から若宮通へ
京都府京都市下京区夷之町,竹屋町,井筒町,鍵屋町,蛭子水町
撮影 2014年4月13日 日曜日 12時15分
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子どもだってそうそうバカじゃない

2014年06月19日 | Weblog
大阪の方でテレビの放送作家していたり、小説を書いたりして、最近は某放送局のなんとか委員とかしているオッサンがいるらしいけど、テレビは視ないし、この人の小説も読まないので、個人的にはまったく存在意義のない人なんだけど、どこかの講演の質疑応答で教育問題について”持論”を述べてニュース素材になっているらしい。
そもそもこのオッサンがなぜ教育問題を語るのか、あるいは語らせるのかがわからないんだよ。
なにか特別に教育問題に関して研究、実践をしているわけでもない「シロート」なんだから、語る事など所詮シロートのたわごとでしかないだろうに。
だから、そんな話を聞く会を催したところこそ、教育を考えるシロートであって、バカじゃないのとこちらがハズカシくなるんだけど、きっとシロートがシロートのたわごとを聞いて、どうでもいいような考えを持ってしまって、ロクでもない教育をすすめようとするんだろうと思うと将来が暗く感じられるよ。
共同通信の配信記事では
「日教組は何十年間も、純粋無垢な子どもたちに贖罪意識を教え込んでいる。まず『日本は素晴らしい』ということを教えなければいけない」と持論を展開。
その上で「日本人でいることが恥ずかしいと教え込まれた子どもたちは立派な大人になれない」などと述べた。
とある。
バカじゃないの?
なにがバカかと言うと、子どもが純粋無垢で、教え込まれた子どもはそれを信じてしまうと思っている「純粋無垢さ」がさ。
いやいや、このオッサンは放送作家で、小説も書くというから、純粋無垢さを装って、テレビや小説のように、ない事をあるように言っているだけ、かもしれない。
そうでなければ単なるバカであろう。
子どもの存在を純粋無垢だと決めつけて、言われた事を素直に信じる”バカ”だと信じるのなら、それこそ子どもから「オトナは純粋無垢で、言われた事を素直に信じ込むバカ」だと思われるだろうね。
子どもだってそうそうバカじゃないんだから。
オトナの言う事を素直に信じ込むなんて事は危なくてやってられないよ。
キチンとオトナの事情や裏側、立場なんかを読み取って、そこに隠れされている嘘やエゴなんかの”ダークマター”を知っているんだから。
当然子どもは日教組のかぶれたセンコーの嘘くささも嗅ぎ取るし、保護者のエゴにも反応するし、教育を語る者のイイカゲンさだって感じているさ。
だから子どもだって生きづらいんだよ。
知っていても何も出来ない立場だからさ。
このオッサンを始め、会を催したオッサン連中(”青年”会議所というオッサン連中の集まりらしい)は、子どもを純粋無垢な存在にしておいて、自分らのシロート考えを素直に信じるようにしたいのかもしれないな。
どうでもいいシロートのたわごとを信じさせるには、純粋無垢なバカじゃないと無理だからね。
こういうたちの悪いシロートオヤジがいるから、子どもはますます生きづらくなっていくんだよなぁと、元コドモの現在オッサンは思うんだけどねぇ。




京町堀1丁目の街並み 1
大阪府大阪市西区京町堀1丁目
撮影 2014年5月24日 土曜日 16時05分
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雑誌

2014年06月18日 | Weblog
ためてあった新聞をまとめ読み。
ほとんど夕刊と別刷り。
これらにはいわゆる”ニュース”ではない取材記事やコラムなど、雑報の類いが満載だ。
短い文章が多いけど、中身は濃い。
執筆者も多彩だ。
”ニュース”もこれぐらいバラエティに富んだ内容だと面白いのに。
不思議な事にこれらの文章の多くはネットでも閲覧出来るのだろうが、どうも紙で読む方が楽だ。
タブレット端末などがあれば状況はまた違うのだろうけど、ベッドに寝転がって開く紙面の方が読みやすいし頭にも入りやすい。
こういう”記事”だけの新聞や雑誌があったらなぁ、と思うのだけど、作る方は大変だろと思う一方で、新聞で毎日これだけ出せるのだから出来ないわけもないだろうなどとお気軽に考えている。
いわゆる週刊誌などはこれに近いはずなのだろうが、どうも週刊○○などというものに手が伸びなくなって久しい。
メインがセンセーションな記事で構成しようとするその気持ちが萎えるんではないかと思う。
軽く、静かに、奥深い話でイイのだ。
それでは売れないと思う根性が読者を遠ざけていないか。
もっともそんな地味な雑誌など買う人など逆に限られてしまうのが実情だろうけど。
でも、そんな雑誌が読みたいのだね。
雑報がたくさんある雑誌。
良質な話題満載で、誰でも安心して読めて、それでいて楽しめるし、考えさせられるし、時間を有効に使ったと思えるようなもの。
オッサン臭くもないし、オバハン好みでもなく、幼稚でもないし、政治的でもなく、文学的でもないもの。
すべて編集方針次第だろうなぁ。
そんな雑誌を作れる編集者って今はもういないのかなぁ。
そんな雑誌に書いてみたいと思う人はいないのかなぁ。
そんな雑誌を読んで見たいと思う人はいないのかなぁ。





魚棚通り
長崎県諫早市八坂町
撮影 2014年3月22日 土曜日 10時20分
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オトコは手間がかかる、のか

2014年06月17日 | Weblog
内閣府の調査で、結婚しない理由の一位が女性は「自由を失いたくない」、男性は「経済的余裕がない」ということだと言う。
詳しい内容を見てみないとなんとも言えない新聞記事だが、少なくとも「何言ってやんでぇ」と言うオトコは少子化に手を貸している側である事は確かだろう。
男女二つの意見を合わせて考えられるのは、金を稼がないオトコと結婚してもワリにあわないと女性が感じているらしいという事だ。
多くもない給料であっても生きていくためには仕方がないと諦めて結婚していたオンナも、さすがにこれだけ給料が低いとやってられないと思うほどなんだろうと思う。
だって、オトコって結婚してもほとんど何もしないじゃない。
給料稼いできてるだろ、というのは、結婚しなくても働いているんだから結婚生活のために働いている理由にはならないだろ。
だからオンナは“優しく”「自分だけのためにお仕事なさったら?」と戒めているとも言える。
結婚したというだけで、2倍の量の家事もしなければならないし、子育てもしなければ、おまけに両方の親の介護も強制される。
ついでに、何も出来ない亭主の面倒を見て、おそらく老後の世話まで亭主が死ぬまでしなければならない。
稼ぎの悪い亭主の分もパートで補わないといけないし、キチンと働こうと思っても社会が拒否をする。
その現実に対して「自由を失いたくない」と思って何が不思議なのだ。
どうせ働くのなら、どうせ介護をするのなら、自分のために働きたいし、自分の親だけで介護は勘弁して欲しいと思って当たり前だろう。
こういう調査結果に対して、出てくる”対策”というのが、結婚して子育てして働ける環境をオンナに用意する必要、となるのだが、本当は結婚して楽になったし、子育ても楽しいし、シアワセだと思えるように夫が生活と気持ちを改める事なんだと思う。
つまりこれはオンナの問題ではなく、オトコの問題なのだ。
オトコ側の改革がないかぎり「オトコは時々いればいい」状態は変わらないだろう。
オンナは自分の周りの事だけで手一杯なんだから。




天神御旅商店街
京都府京都市中京区西ノ京御輿岡町,西ノ京伯楽町,西ノ京大炊御門町,西ノ京中保町,西ノ京北円町
撮影 2014年3月8日 土曜日 17時25分
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6月16日 月曜日

2014年06月16日 | Weblog
週末の運動不足がたたり昨夜は寝つかれず。
心配事ひとつ連絡つかず。
張り替えた網戸をすぐにニャンコの破られた。
肩こりのために最後のサロンパスを使用。
夏用サンダルを探すが適するもの見つからず。
キャットフード代金振り込み。ペイジー読み取れず。





東園田町の街並み
兵庫県尼崎市東園田町4,5,2,3丁目
撮影 2014年5月1日 木曜日 13時05分
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