斑入りギボウシが咲きました。
終戦記念日にこれからも平和で過ごせるようにお祈りします。
ネットサーフィンして見つけたブログのメモ
「大和心を語る ねずさんの ひとりごと 」小名木善行さんのブログに記載されていました。
一部抜粋
今日8月6日は広島に原爆が投下された日です。
つつしんで哀悼の意を表し、黙祷を捧げたいと思います。
8月6日に広島上空に投下された原爆、通称「リトルボーイ」は、「ウラン235型」原爆です。
次いで8月9日に長崎に投下された通称「Fat Man」は、「プルトニウム型」原爆です。
そしてこの二つは、まったく種類の異なる原爆です。
2つの「種類が違っていた」という事実そのものに、たいへんに大きな意味があります。
このことについて、米国で原爆開発のマンハッタン計画を担当した ロス・アラモス研究所は、広島、長崎への原爆投下のあと、次の公式見解を述べています。
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「我々は、史上二度の『原爆実験』に成功した」
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これは実に衝撃的な声明です。
「我々は実験に成功した」というのです。
あの二度にわたる原爆が「実験」だというのです。
そして、「実験」だからこそ広島と長崎には、それぞれ別な種類の原爆が投下されたのです。
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そしてそのような事実があったからこそ、日本は、広島、長崎に原爆が投下されたとき、それがすぐに新型爆弾(原子爆弾)だとすぐにわかったのです。
日本は、原爆後、すぐにスイスを通じて米国政府に抗議文を出しています。
その抗議文です。
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【米機の新型爆弾による攻撃に対する抗議文】
今月6日、米国航空機は、広島市の市街地区に対し新型爆弾を投下し、瞬時にして多数の市民を殺傷し同市の大半を潰滅させました。
広島市は、何ら特殊の軍事的防衛機能や、そのための施設を施していない普通の一地方都市です。
同市全体を、ひとつの軍事目標にするような性質を持つ町ではありません。
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もし大東亜戦争がなかったら、500年続いた欧米列強による有色人種への植民地支配は、21世紀となった今日でも、なお続いていたことでしょう。
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日本はなぜ実験に使われたのか。
その答えは、「日本に報復能力がなかったから」です。
私たちは、そこから大切なことを学ぶ必要があると思います。
それは、正義には常に「報復能力」が必要だ、ということです。
「報復能力」がなければ、人の命も道徳も正義も、すべて踏みにじられてしまう。それが世界の現実だということです。
もうひとつたいせつなことは、昭和天皇が、世界が核競争になることを未然に防ぐため、技術レベルでは原爆を開発することができ、それを米国に撃ち込むことさえできたにもかかわらず、それを人類のためにと、却下されたということです。
おりがみ作品とJtrim額縁 まとめてHPにUPしてます。
ブログ訪問有難うございました。