さて話を続けましょう。
三十三回忌で父親の回忌法要を辞め、父親がこの家のご先祖様として崇める事にした正一は、皆の前で初めて息子としての想いを吐露します。
正一 「もともと横浜の出身だったオヤジがこの街にたどり着いたのは軍隊の赴任地だったからだそうだ。戦後復員したオヤジを待っていたのは焼け野原の横浜だった、家も家族も空襲で無くして天涯孤独となったオヤジは新天地を求めてここに来たんだ。そうして孤軍奮闘。角田工芸を作って四十三年。この街の文化人として尊敬される様になった。お前達も祖父さんの葬式を憶えてるだろう」
聖司 「ええ、はっきり覚えてます」
奈美恵 「トウチャンが来る前にその話になったの、すごい人出だったって」
文子 「本当にすごかったよね」
正一 「そうか・・・・」
今は父親の歳を超えてしまった自分を顧みながら、父を思うと親子の影響がいかに大きかったか思い知るのでした。
正一 「・・・俺はそんな親父が誇らしかった。俺も裸一貫から自分の人生を作れる男になりたかった。だから親不孝だが東京に出たんだ。俺は親父の後ろ姿に追いつこうと頑張った。そのお陰で小さいながら角田技工という自分の城を持つことができたんだ・・・・つくづくそうだったんだなって、この歳になって思うんだ。・・遅いよkな」
正一には施主として弔い上げの他に果たさなければならない大きな仕事がありました。
正一 「いや、なんだかしんみりさせちまったな、悪い悪い。まあとにかくそんな親子だったってこった。・・ええと・・・弔い上げの事は話したな」
聖司 「はい、聞きました」
正一 「そうか。・・・コレは今言った方がいいかな・・・」
聖司 「な,何ですか」
正一 「いやよう、俺も歳だしな、これを機に墓じまいしょうと思ってるんだ」
文子 「そうだよね、その気持ちわかるよ。まあまあ墓参りするには遠すぎる」
聖司 「何ですか、墓じまいって」
正一 「墓じまいって言うのはな、今ここに有る角田家を墓を撤去するって事だ」
奈美恵 「撤去って・・お墓を無くすって事?」
文子 「そう。この泉水寺のお墓を解体して更地にするのさ。今多いんだよ、そういう人が」
聖司 「じゃ、角田家本家の墓が無くなるんですか!それはまずいんじゃないですか」
正一 「オイオイ、あわてるなよ。墓を無くすって事じゃねえよ」
聖司 「でも・・」
正一 「ここの墓はオヤジが金が出来てから建立(こんりゅう)した墓だ。だから元々ご先祖様が入ってるわけじゃねえ。ここには入ってるのはオヤジとお袋、それと女房の美枝の遺骨が入ってるだけだ」
奈美恵 「じゃ、どうするの」
正一 「墓を移すんだよ」
聖司 「墓を移す?」
正一 「そうだ、菩提寺を変えるんだ」
つまり北海道にある本家の墓をみんなが住んでいる東京に移すという事でした。
正一のすべてをさらけだした説明に納得した一同は、本家の正一を初めて身近に感じるのでした。
正一 「なあ、聖司。俺の人生の中で唯一の悔いは後継者を作れなかったことだ。オヤジの跡継ぎとして次に続く者を残せなかった事だ。・・残念ながら俺の血脈は俺の代で終わる。・・まあそれはいい。こっちに墓が移ったらオヤジやお袋がご先祖様だ、暫くすりゃあ美枝もご先祖様の仲間入りだ。りっぱな角田一家の墓がこっちに出来るんだ。佳奈も入れてやってくれ」
聖司 「きっと母も喜びます」
奈美恵 「そうだね」
正一 「俺も遅かれ早かれ入る墓だ。俺が逝ったらお前が角田家の当主になって墓を守るんだ。いいな」
奈美恵 「トウチャン、こんな時に変なこと言わないでよ」
正一 「いや、こういう時だから言っておかなきゃならない事もあるんだ。わかるよな、聖司」
聖司 「はい,わかります。どこまで出来るかわりませんが角田の墓、守らしてもらいます」
正一 「まあ、よろしく頼む」
11に続く。
撮影鏡田伸幸
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