新横浜 占いの真龍堂

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占術をツールとしたカウンセリングルームです

神社めぐり 1222 若一王子神社

2020-03-26 06:16:53 | 占い
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全国の国宝・重要建造物がある神社を巡ります

今回は 若一王子神社 です

御祭神

伊弉冉尊(いざなみのみこと)
仁品王(にしなおう)
妹耶姫(いもやひめ)
若一王子(にゃくいちおうじ)

本神社は垂仁天皇の御代に仁品王が社を建て伊弉冉尊を奉祀したのに始まり、
後にこの地方の人等により此の地の創始の神として、
仁品王とその后妹耶姫が崇敬のあまり合祀されました。
降って仁科氏安曇郷(安曇野)を領して居住すると、
崇敬すること大変深く嘉祥2年(849)に創建がなされたと伝えられております。

仁科家が累代社殿の修造を加えて来ましたが、
仁科盛遠宿禰が遥々と熊野権現(熊野那智大社)に詣で
第五殿に祀る「若一王子」を勧請してより、若一王子の宮と称されました。
代々領主の尊崇益々篤くその後度々造営修理が加えられた安曇野の古社であって、
特に松本城主の崇敬篤く現在の本殿は戦国末期の弘治2年(1556)に
仁科盛康によって造営され、更に江戸初期の承応3年(1654)
社殿の大修造がなされ、その時附された自紋は今尚現存しています。

当初若一王子権現と称しましたが、維新の際現社号に改められ、
昭和6年に県社に昇格、昭和51年には別表神社(旧官国幣社格)に加列され、
神仏習合の姿をそのままに残した仁科の里の大社として
歴史と伝統を今に伝えています。

御本殿(昭和25年重要文化財指定)

様式は四隅に柱を立てた一間社で隅木入春日造りです。
拳鼻(こぶしばな)を幾重にも付けていること、
各種の組物の形が重厚であること等々、
この社殿は比類希にして、荘厳で複雑な架構(かこう)法が特色で、
室町時代末期の地方色を示しており、
昭和25年に重要文化財の指定を受けています。

◇所在地

長野県大町市大字大町2097

◇最寄りの駅

JR大糸線北大町駅

<若一王子神社 ホームページより >
http://nyakuichi.jp/



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◇3月は 

 3(火) 6(金) 10(火) 13(金) 

17(火) 24(火) 27(金) 31(火)

7(土) 11(水) 21(土) 25(水)

☆今月は 22(日)  鑑定いたします

午後1時から鑑定いたします



真龍堂のHPから予約できます
空き状況を確認して予約してください

※鑑定中の場合やご予約が入っている場合もありますが、

予約システム・お問い合わせフォーム・お電話・メール

から、まずはお気軽にご連絡ください

電話に出られない時もありますが必ず折り返し連絡しております

※指定曜日(時間)以外でも可能でしたら対応させていただいております


電話 080-6597-7388


メール ma@shinryu-do.com






神社めぐり 1221 筑摩神社(つかまじんじゃ)

2020-03-25 06:32:38 | 占い
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全国の国宝・重要建造物がある神社を巡ります

今回は 筑摩神社 です

筑摩(つかま)神社は古来からこの地に鎮座し、
筑摩八幡宮、あるいは国府八幡宮の名でよばれてきました。

八幡宮の社号でよばれるようになってからは、
祭神は中央の誉田別尊(ほむたわけのみこと 応神天皇)、
左方の気長足姫(おきながたらしひめのみこと 神功皇后)、
右方の多紀理姫命(たぎりひめのみこと)・狭霧姫命(さぎりひめのみこと)・
多岐津姫命(たぎつひめのみこと)の三神であったようです。

中世になって小笠原氏が筑摩郡に入ると、
源氏の守護神として小笠原氏の厚い信仰を受けました。

筑摩神社は本殿を中心に玉垣がめぐらされ、
前方(南)には桃山時代建造の拝殿をもち、宝蔵、額殿、舞殿、
かつて筑摩神社の別当寺(神社に付属しておかれた寺院)であった
安養寺の鐘楼、神門、鳥居など一連の建造物があります。

社域は東西に100間(180m)、南北に66間(119m)といわれ、
その大門は遠く南に伸び、筑摩の中を走っています。

中世に国府八幡とよばれたのは、
平安時代の初めに松本に信濃の国府がおかれたからで、
国府の所在地に近いところからその名が生じたものです。

別当安養寺の銅鐘(筑摩神社銅鐘 松本市指定重要文化財)の銘文にも
その記名があります。
本殿は松本小笠原中興の英主といわれる政康が
永享11年(1439)に建築・寄進したものです。
その後数回の補修がありましたが、室町時代の手法を各所に残しています。
本殿は三間社流造(さんげんしゃながれづくり)で、
当地方の神社建築の中では最大です。
軒は二重の繁垂木(しげだるき)、屋根は緩い曲線の檜皮葺(ひわだぶき)です。
正面の階段は四段で、登り勾欄(こうらん)があります。
階段を上ると勾欄は左右に伸び、北部の脇障子で止まっています。
室町時代の様式が顕著なものとして向拝・妻飾りの斗きょう(きょうは木へんに共)
及び蝦虹梁(えびこうりょう)、登り勾欄の擬宝珠(ぎぼし)の形態などを
挙げることができ、後世の補修による部分も、各時代の特色がよく出ています。
室町時代の代表的な神社建築です。

◇所在地

松本市筑摩2-6-1

◇最寄りの駅

JR中央本線松本駅からタクシーで10分

<松本市 ホームページより >
https://www.city.matsumoto.nagano.jp/smph/miryoku/bunkazai/takara/kuni/kenzoubutu/tukamajinjahonden.html



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◇3月は 

 3(火) 6(金) 10(火) 13(金) 

17(火) 24(火) 27(金) 31(火)

7(土) 11(水) 21(土) 25(水)

☆今月は 22(日)  鑑定いたします

午後1時から鑑定いたします



真龍堂のHPから予約できます
空き状況を確認して予約してください

※鑑定中の場合やご予約が入っている場合もありますが、

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神社めぐり 1220 健御名方富命彦神別神社

2020-03-24 06:26:30 | 占い
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全国の国宝・重要建造物がある神社を巡ります

今回は 健御名方富命彦神別神社 です

御祭神

健御名方命(たけみなかたのみこと)

相殿神 庭津女命(にわつひめのみこと)
知奴命(ちぬのみこと)
麻背命(ませのみこと
沙南豆良姫命(さなづらひめのみこと)
相殿神 八須良雄命(やすらをのみこと)
武彦根命(たけひこねのみこと)
合併神 手力男命(たぢからをのみこと)
思兼命(おもいかねのみこと)
表春命(うわはるのみこと)
保食神(うけもちのみこと)
合併神 伊弉冊尊(いざなきのみこと )
火産霊神(ほむすびのかみ)
健御名方富命(たけみなかたのみこと)
境内社祭神名
若宮八幡社: 大鷦鷯尊(おおさざきのみこと:仁徳天皇)
伊勢社: 天照大御神(あまてらすおおみかみ)
豊受大御神(とようけおおみかみ)

宮司宅に残る江戸期の文書には、
「白雉3年(652)創建」をうたっているが、真偽の程は不明であり、
創建不詳である。その道の専門家によると本殿上の大石を地元では昔から
「影向石(ようごうせき)」とか「鎮座石(ちんざいし)」と言い伝え、
今も石上に御幣が立つが、これを磐座(いわくら)と考え、
相当古くから信仰の場であったようである。
そこへ鎌倉から室町へ懸けて小領主(地頭)からの保護を受け、
江戸期にも飯山藩主の祈願所として神社が整備され、
寛政元年(1789)に京都吉田家より式内名神大社の現社号允許、
明治13年に郷社から県社に昇格した。

常磐牧跡の水田開拓に係わってきた神社と考えられている。


◇所在地

飯山市大字豊田字伊豆木原3681-1

◇最寄りの駅

JR飯山線 戸狩野沢温泉駅

<長野県神社庁 ホームページより >
http://www.nagano-jinjacho.jp/shibu/01hokusin/01hansui/takeminato.htm



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◇3月は 

 3(火) 6(金) 10(火) 13(金) 

17(火) 24(火) 27(金) 31(火)

7(土) 11(水) 21(土) 25(水)

☆今月は 22(日)  鑑定いたします

午後1時から鑑定いたします



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神社めぐり 1219 新海三社神社

2020-03-23 06:32:33 | 占い
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全国の国宝・重要建造物がある神社を巡ります

今回は 新海三社神社 です

御祭神

興波岐命(オキハギノミコト):東本社
建御名方命(タケミナカタノミコト):中本社
事代主命(コトシロヌシノミコト) 誉田別命(ホムダワケノミコト):西本社

創立

建御名方命の御子興波岐命は新開(ニイサクノ)神・大県神・
八県宿禰(ヤノアガタスクネ)神とも称され、
田口に本拠を構えて千曲川等の河川の氾濫原や平地を開拓した集団の長であり、
佐久地方開拓の祖神として古墳時代にこの地に祀られました。
八県宿禰神は貞観十年(868)正五位下を授けられています。

佐久郡三庄三十六郷の総社

建御名方命と事代主命は国土経営に大功をたてられ、
興波岐命の御父神、御伯父神であらせられるので、
ともに斎祀して新海三社神社と称するに至りました。
佐久郡の人々は興波岐命の神恩に感謝し、祭典も盛大に行われ、
佐久郡の社家は佐久郡三庄三十六郷の総社である当神社の祭典に出仕しました。
御神幸は往時、岩村田・春日・志賀・上平尾・余地等に出掛け、
古くは東御市本海野への御神幸がありました。
神主が御霊代(ミタマシロ)を奉じて騎馬にて御神幸(巡行)し、
御神幸先には御仮屋を建て神事を行いました。

武将の崇敬

源頼朝は草津方面に遊猟の節、当神社に参詣、
源氏の祖神誉田別命(八幡さま)を祀るよう沙汰されると共に社殿を修理再建し、
社領を寄進しました。
足利氏も当神社のことを沙汰し、武田信玄は永禄八年(1565)
上州箕輪城攻略の際、祈願文を奉り、天正年間には修築を行わせています。
徳川氏も造営の内助費を下付し、竜岡藩主も祈願所とし、
鉾、手水舎等の寄進や修復の寄付などをしています。



◇所在地

長野県佐久市田口宮代2394

◇最寄りの駅

JR小海線臼田駅からタクシーで10分

<新海三社神社 ホームページより >
http://www.shinkaisansya-jinja.jp/



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◇3月は 

 3(火) 6(金) 10(火) 13(金) 

17(火) 24(火) 27(金) 31(火)

7(土) 11(水) 21(土) 25(水)

☆今月は 22(日)  鑑定いたします

午後1時から鑑定いたします



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神社めぐり 1218 小菅神社

2020-03-22 06:49:12 | 占い
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今回は 小菅神社 です

小菅神社は古来、戸隠山・飯綱山と併せて奥信濃三山と称せられた
修験道の霊山、小菅山に有り、奥社と里社がある。

神社の創立は今より約一三八〇年前舒明天皇の代(六二九~六四一)に
修験道の開祖、役小角が諸国遍歴折、当地に逍遥してその山容の秀麗と霊気に感じ
絶頂に登って神人(素盞雄尊即馬頭観世音の化身)の霊告を受け、
岩窟内に祠を建て馬頭観世音を祀り(素盞雄尊)、
瞑目合掌していると熊野・金峯・白山・立山・山王・走湯・戸隠の七カ所の諸神が
忽然と現れる。小角は霊感に驚喜して此の八神を岩窟内に祀る。

当時は神仏融合(混合)時代で小菅山の馬頭観世音の垂迹は素盞雄尊である。

このように、八ヶ所の権現をお祀りしたところから八所権現と称された。
是が現在の奥社の起源である。後に、行基菩薩登拝され
八所権現の本地の尊像を彫刻し、一堂を建て加弥吉利堂(カヤキリドウ)と
名付けられた。これが今の馬頭観世音の前身である。

桓武天皇延暦年中征夷大将軍坂上田村麿東夷征伐の折に参拝し戦勝を祈り、
凱旋後平城天皇の大同元年(八〇六)にその報賽として
八所権現の本宮と加弥吉利堂を再建した。

小菅神社由来記によると、桓武天皇の御代に勅使鷲尾中将元隆が、
東夷退治の祈願使として下向されたと伝えられ、
それより平城・嵯峨両天皇(八〇六~八二二)の勅願所となった。
更に元隆寺を創立して、金堂・講堂・三重塔・仁王門・鐘楼等建築し、
続いて上・中・下の院三十六坊を完成し、
広壮麗美を極め盛時は修験者僧侶三百余名居たと云われている。

永禄年中(一一六〇)小菅地域は後白河法皇の奇進により
京都禅林寺(若王子神社)の庄園に属し、戸隠・飯縄と並んで修験の道場として
著名であった。

建久八年(一一九八)源頼朝公が善光寺参詣の折、
當山にも参拝され社領七百貫文を寄進された。

南北朝時代、正平十一年(一三五七)小菅寺合戦が有り
岳南(中野)地方に勢力のあった高梨氏(北朝武家方)が當山に拠守したが、
岳北地方に勢力があった市河氏(南朝宮方)が大菅口より攻め入り勝利した。
小菅寺は市河氏に属したと云われる。


◇所在地

長野県飯山市大字瑞穂6043番地

◇最寄りの駅

JR北陸新幹線 飯山駅

<小菅神社 ホームページより >
http://kosugejinja.jp/



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◇3月は 

 3(火) 6(金) 10(火) 13(金) 

17(火) 24(火) 27(金) 31(火)

7(土) 11(水) 21(土) 25(水)

☆今月は 22(日)  鑑定いたします

午後1時から鑑定いたします



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