手作りの趣味を持つ「お絵描きやさん」

北海道産のパートナーNと暮らすワーキングババ
娘3人・孫ッチが3人、休みなし
品川生まれの品川育ちです

北海道も暑かったべや 13 そろそろ帰宅

2015年09月10日 | 日記

帰宅する日も雨天

どれだけ三女の運転に試練を与えるのか? ま、そういう時も必要よね 

遠くまで見える限り曇天~

数日前に通った工事中の道路 この日に通ったのは数日前に工事していた道でした

逆に写真の工事している道は数日前に通りました 

コーティングチョコを剥がすようにユンボがアスファルトをめくっていました

2-3日前に通っていた道が変わってしまっているのは予想はしていたけれど、やはりビックリ!

すぐに田舎道~

家すらなくなってきました

風の力を使って効果を生み出す防雪柵というのだそうです

初めて見た時は農作物に関係するものかと思っていました

雨の中の陸別の道の駅

夏休みというのに私たちともう一組が雨宿り

りくべつ鉄道は1.6kmの鉄道の運転が可能なのです!

やりたかったのですが

三女の運転で札幌までの遠距離運転にかかる時間が心配で断念しました

明治43年にJRの駅として陸別駅開業しました

この「送信・解錠」と書かれている赤い箱は何なのか・・・?

風景印を探しながら「大誉地」へ行く国道から横道へ入ります

本当にこの先に町があるというのだろうかと不安になる運転手・・・確かに!

大誉地は「およち」と読みます(本州に住んでいる人間はほぼ100%読めないと思う)

大誉地のメインストリートに郵便局がありました

 

大誉地から少し走って、明治43年開業の木造の上陸別駅舎

将官・皇族・大臣等、貴賓の送迎を想定して車寄せとしての駅前広場が作られたと言われています

なぜなら(バロン西も一時期勤務していたという)陸軍軍馬補充部の最寄り駅だったから

駅の看板は珍しいホーロー製でした

駅舎本体から看板が付けられている屋根は1.5mほど伸びています

車寄せに停められるであろう馬車や自動車に乗降までの間の庇だったのでしょう

今の状況では想像も出来ませんが、きっと町の誇りでもあった駅だったと想像に難くありません

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廃線になった線路に沿って高速のICへ向かいます 


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