サードウェイ(第三の道) ~白井信雄のサスティナブル・スタイル

地域の足もとから、持続可能な自立共生社会を目指して

環境配慮行動(緩和行動)とリスク対応行動(適応行動)の規定要因の違い

2013年08月13日 | リスクマネジメント

1.はじめに

 

 気候変動(地球温暖化)の影響は、地球規模で発生することから、自らの居住する地域あるいは生活者自身の問題として捉えにくい。このため、廃棄物問題への取組みや身近な環境保全等と比較して、気候変動は地域の取組課題となりにくく、地域住民の主体的な取組みを引き出しにくい面がある。

 

 しかし、気象庁(2012年)1)が指摘しているように、日本国内の1990年代以降の気候データをみると、年平均気温の上昇や日最高気温が35℃以上(猛暑日)の日数の増加、日最低気温が0℃未満(冬日)の日数の減少、 日降水量100mm 以上あるいは200mm以上の大雨の年間日数の増加等が顕在化している.気候変動の影響は、将来における地球規模の影響ではなく、現在の地域の足元で発生している。

 

 こうした気候変動の影響を実感することで、気候変動を自らが被害を受ける問題、あるいは自らを守るために取り組むべき課題として捉えることができ、気候変動に対する地域住民の主体的な意識・行動を引き出す可能性があると考えられる。

 

 また、気候変動への対策は、従来より、緩和策(温室効果ガスの排出削減)を中心に進められてきた。しかし、環境省(2012年)2)に記述されたように、緩和策を最大限に実施したとしても、気候変動の進行は不可避であり、緩和策の最大限の実行に加えて、安全・安心の確保という観点から適応策の導入が必要である。適応策の認知度が低い状況にあるなか、気候変動の影響の実感を高めることで、適応策の普及を促すことが可能になると考えられる。

 

 気候変動の影響実感と意識・行動に関する研究として、環境心理学あるいは環境マーケティング、リスク心理学に関する研究がある.これらの研究のうち、関心範囲を概観し、整理する。

 

2.環境配慮意識・行動の心理プロセスと規定因

 

 環境配慮意識・行動に関する研究は、Schwartz(1977)3)による規範活性化理論、Aizen(1991)4)による計画的行動理論(Theoryof Planned Behavior:TPB)を基礎としている。規範活性化理論は、利他的行動の実行において、行動の「重要性認知」、行動を行う自分の「責任感」、自分が行動を行うべきとする「道徳意識」の形成といった3つの規範活性化過程を説明している。計画的行動理論は、行動を実施する「意思」は、行動に対する「態度」、「主観的な規範」、「行動の実施可能性」によって、規定されると説明している.

 

 これらを基盤とした環境配慮意識・行動意識モデルには、広瀬(1994)5)、戸塚ら(2001)6)、三阪(2003)7)によるモデル等がある.これらのモデルは、環境配慮行動に至る心理プロセスをいくつかの段階に分け、各段階を規定する対象行動に関する認知要因を分析している。例えば、広瀬(1994)のモデルは、問題解決意図と行動実施意図の2段階で心理プロセスを捉えている。三阪(2003)は、環境問題を知ることから環境配慮行動にいたるまでの心理プロセスを、「認知・知識・関心・動機・行動意図・行動」の6段階に分け、より詳細な検討を可能にしたモデルを構築している。

 

 これらのモデルを応用した研究では、環境配慮行動として、リサイクル行動やごみ減量行動8)、9)、10)、グリーン購入11)、気候変動防止行動(緩和行動)12)等を扱っている。栗島・工藤(2009)13)は、緩和行動の目標意図の形成に地球温暖化のリスク認知が影響し、行動の実践には「行動の実行可能性」と「コスト・ベネフィットの評価」が影響するという分析をしている。さらに、緩和行動は社会的便益であり、社会と個人の便益にジレンマのある行動の実施には、「社会評価(他者の動向)」が影響すると考察している。

 

3.リスク対応行動の心理プロセスと規定因

 

 気候変動の緩和行動は環境配慮行動(利他的であり,報酬が間接的)として扱われるが,適応行動は環境配慮行動というより,自らの健康・安全を守るというリスク対応行動(利己的な行動であり,報酬が直接的)としての特性を強く持つ。緩和行動も,将来リスクへの対応が自分に還元されるというリスク対応行動ともいえるが,適応行動よりも緩和行動の報酬は間接的であり,環境配慮行動としての特性を強く持つ。

 

 リスク対応行動の基盤となる研究としては、個人の健康・安全行動を説明するRogers(1983) 14)の「防護動機理論」(protection motivation theory)がある。「脅威の生成確率」、「深刻さ」、「不適応行動の内的報酬、外的報酬」の4要因が「脅威評価」を決定し、「対処行動の効果性」、「コスト」、「自己効力」の3要因が「対処評価」を決定し、これら2つの評価が防護動機に影響すると仮定している。

 

 また、Trimpop(1994)15)の「リスク動機理論」では、パーソナリティとリスク状況認知要因が生理的、感情的、認知的等からなるリスク認知に影響を与えることを指摘しているように、生理面や感情面の要因が働くことが特徴といえる。上市・楠見(1998)16)は、リスクのタイプによってリスク対応行動の規定構造が異なることを分析し、リスク対応行動の規定プロセスには、「不安」や「後悔予期」によって行動が規定される「感情的プロセス」と知識やリスク認知、コスト認知によって行動が規定される「認知的プロセス」があることを示唆している。

 

 大友・広瀬(2007)17)は、Gibbons(1998)18)等を踏まえて、自然災害のリスク対応行動におけるコストとベネフィットの時間的ずれがある中での行動決定を説明するため、「目標思考型行動理論」と「状況依存型決定」とを用いて説明している。前者は、「個人の意思に基づいた行動決定により行動が発現するプロセス」を説明し、後者は「社会的環境的状況にさらされることで、個人の意思とは無関係にリスクを許容する非意図的決定による行動が発現するプロセス」である。

 

 なお、緩和策に関する意識・行動を分析した研究は多いが、適応策の研究は途上にあり、気候変動影響・適応策に関する意識・行動を研究した例は多くない。そうしたなか、馬場ら(2011)19)が、全国及び2010年の猛暑の影響が大きかった地域(神奈川県、埼玉県、山梨県、石川県)の一般市民を対象に実施したWEBモニター調査の結果を報告している。

 

4.環境配慮行動とリスク対応行動の規定構造の共通点と相違点

 

 環境配慮行動にせよ、リスク対応行動にせよ、問題への関心から行動実施に至るプロセスとその規定因を構造化している点では共通する。また、行動の規定因として、問題の危機認知、行動実施のコストとベネフィット、他者の動向や社会的状況を取り上げている点が共通する。

 

 一方、環境配慮行動とリスク対応行動の規定因の違いがある。環境配慮行動は、利他的行動であるため、Aizen(1991)4)がいう社会的規範が行動を規定し、栗島・工藤(2009)13)が指摘する社会と自己の便益間のジレンマが行動の実施を阻害する。これに対して、リスク対応行動は利己的な自己防御であり、環境配慮行動のような阻害側面を持たないが、大友・広瀬(2007)17)がいうリスク対応のコストとベネフィットの時間的ずれやリスク発生の不確実性があるため、感情的なプロセスが行動に与える影響のウエイトが大きく可能性がある。

 

 以上のような既往研究の知見をもとに、緩和行動を環境心理学の成果により、適応行動をリスク心理学の成果により説明し、両者の規定構造の共通点や相違点を比較・分析できると考えられるが、そうした研究はこれまで実施されていない。

 

5.「気候変動の影響実感」に着目する意義

 

 「気候変動の影響実感」という認知が意識・行動を規定する可能性に注目してみよう。環境心理学あるいはリスク心理学の既存モデルでは、気候変動等の問題に対する知識や危機認知は扱われているが、「気候変動の影響実感」を扱っていない。

 

 「気候変動の影響実感」は,環境配慮行動あるいはリスク対応行動における阻害側面を解消させる可能性がある。自らが気候変動の影響を被っていると実感されれば,緩和行動という利他的な傾向を持つ行動は,さらに利己的な防御行動としての側面を強くする可能性がある。また,将来の可能性のあるリスクではなく,確実に現在,起こっていると実感されれば,適応行動というリスク対応における「感情的プロセス」が解消され,「認知的プロセス」に基づく合理的な行動実施が促される可能性がある。つまり,「気候変動の影響実感」は,緩和行動と適応行動の各々の阻害要因を解消する可能性がある。

 

 緩和行動と適応行動の2つの異なる行動の規定要因を同時に分析するものとし、環境配慮行動やリスク対応行動の中で意識・行動の規定として組み込まれていなかった「気候変動の影響実感」という問題実感を認知要因としてとりあげ、それが緩和行動と適応行動の実施を促進する可能性に注目したい。

 

参考文献:

1) 気象庁(2012)気候変動監視レポート2011,17-27.

2) 環境省(2012)第四次環境基本計画,67-77.

3) Schwartz,S.H.(1977)Normative influences on altruism.;Advances in experimental social psychology, vol.14, 222-280.

4) Ajzen,I.(1991)The Theory of pl anned behavior.Organizational Behavior and Human DecisionProcesses 1991; 50, 179-211.

5) 広瀬幸雄(1994)環境配慮的行動の規定因について,社会心理学研究 10(1), 44-55.

6) 戸塚唯氏・早川昌範・深田博己(2001)環境ホルモン対処行動意図に影響を及ぼす要因の検討--防護動機理論の枠組みを用いて,実験社会心理学研究 41(1),26-36.

7) 三阪和弘(2003)環境教育における心理プロセスモデルの検討,環境教育 13(1),3-14.

8) 杉浦淳吉・大沼進・野波寛・広瀬幸雄(1998)環境ボランティアの活動が地域住民のリサイクルに関する認知・行動に及ぼす効果,社会心理学研究 13(2),143-151.

9) 野波寛・杉浦淳吉・大沼進・山川肇・広瀬幸雄(1997)資源リサイクル行動の意志決定における多様なメディアの役割-パス解析モデルを用いた検討-,心理学研究 68(4),264-271.

10) 西尾チヅル(2005)消費者のゴミ減量行動の規定要因,消費者行動研究 Vol.11 No.1,2.

11) 高橋寛彦(2007)「消費者購買行動意思決定モデル」を基礎とした環境配慮型消費の構造分析:「環境感応度」の活用を中心に,現代社会文化研究 (38), 65-82.

12) 杉本崇・松本安生(2010)地球温暖化対策の行動規定要因に関する研究--効果と負担に対する主観的認知の影響,人間科学研究年報4,103-113.

13) 栗島英明・工藤祐揮(2009)二酸化炭素排出削減につながる行動実践の規定因の分析,環境情報科学論文集23,245-250.

14)  Rogers,R.W.(1983)Cognitive and physiological processes in fear appeals and attitude change :A revised theory of protection motivation.;Social psychphysioology:A source book,153-176.

15) Trimpop,R.M.(1994)The Psychology of Risk Taking Behavior (Advances in Psychology) ,North-Holland

16) 上市秀雄・楠見孝(1998)損失状況におけるリスク行動の個人差を規定する要因:共分散構造分析法による検討,日本リスク研究学会誌10(1),65-72.

17) 大友章司・広瀬幸雄(2007)自然災害のリスク関連行動における状況依存型決定と目標志向型決定の2重プロセス,社会心理学研究23(2),140-151.

18)  Gibbsons, F. X.(1998)Reasoned Action and Social Relation : Willingness and Intention as Independent Predictor of Health Risk, Journal of Personality and Social Psychology 74(5), 1164-1180.

19) 馬場健司・杉本卓也・窪田ひろみ・肱岡靖明・田中充(2011)市民の気候変動適応策への態度形成の規定因-気候変動リスクと施策ベネフィット認知,手続き的公正感と信頼感の影響-,土木学会論文集G(環境),67(6), 405-413.

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