■持続可能性とは他者に配慮すること
持続可能な発展の概念は、1970年代・1980年代から提示され、1990年代のリオ宣言において確立された。
1970年代において、クーマーは「環境制約下での成長」という観点で持続可能性を定義したが、1980年代の世界自然保護戦略あるいはブルントラント委員会報告においては開発と保全の調和を持続可能な開発と表し、保全とは将来世代と現代世代を両立させる生物圏利用の管理と定義した。
クーマーと世界自然保護戦略の両方とも、主体と他者の両立・調和という観点で持続可能性を定義しているが、前者にとっての他者は人間社会に対する環境であり、世界自然保護戦略では現在世代に対して将来世代である。つまり、両者の定義は、主体と他者の範囲設定に違いがある。
その後、1990年代のリオ宣言では開発と環境保護、2000年代のヨハネスブルグ宣言では経済開発及び社会開発と環境保護の関係において、持続可能性を定義している。この場合の主体は開発(あるいは経済・社会)であり、他者は環境である。
以上のように、持続可能性の定義は時代とともに変遷があるがあるものの、主体が自己充足を追求する結果として、公害問題やエネルギーの枯渇等の問題が発生しているという認識に立ち、持続可能性とは、主体が自己以外の他者に配慮することであると捉えられている。
ここでいう他者は、現在世代に対する将来世代であり、経済・社会に対して環境であり、自国に対して他国、人間の経済・社会に対して他生物及び自然環境である。つまり、時間軸、空間軸、生物軸において多様な他者があり、それを内部化する配慮が持続可能性において重要だと論じられてきた。
■主体の活力、リスクへの対応、健全な基盤の形成
他者に配慮しても自分たちが元気でなければ持続可能ではないので、「主体の活力」が大事になる。この活力の一つの側面が経済である。経済的ではない社会面も「主体の活力」として重要である。
2000年代には、環境と経済(社会)の統合的発展という考え方が強調されたが、これは「他者への配慮」だけでなく、それと「主体の活力」を両立させる方向を重視するとして、持続可能な発展の概念が拡張されたと捉えることができる。
さらに、政策や国民意識を大きく変えた契機となったのが東日本大震災である。持続可能性においては、生存こそが最優先課題であり、生存できることすら保証がない脆弱な状況であることが顕わになった。これを踏まえて、持続可能性の規範に追加されるべきが、「リスクへの対応」である。
平常時に他者への配慮や主体の活力があったとしても、自然災害に対する備えや回復力を備えていない状況では、持続可能とはいえない。「他者への配慮」が利他を内部化するマネジメントだとすると、「リスクへの対応」は利己のマネジメントである。
「健全な基盤の形成」は、将来も活用可能なストックの形成が将来の活動を規定するという考え方である。ストックが次世代の活動を規定するとしたら、フローの量や質を改善するだけでなく、ストックのマネジメントが重要である。
■「Triple Bottom Line」と4つの規範との関連
企業経営分野では「Triple Bottom Line」という観点で持続可能性を捉える考え方が定着してきた。これは、GRI (Global Reporting Initiative)の持続可能性報告ガイドラインで示された考え方で、企業の環境報告書を持続可能性報告書に発展させたキーコンセプトである。ボトムラインとは企業の決算報告書の最終行を指し、最終行に収益・損失という経済面だけを書くのではなく、社会面の人権配慮や社会貢献、環境面の環境や資源への配慮についても記述することを意味する。
つまり、環境、経済、社会の3領域(Triple Bottom Line)を総合的に捉え、すべてが一定の水準にあることを持続可能性と見なしているのである。この環境面は「他者への配慮」の一側面であり、経済と社会は「主体の活力」に対応すると捉えることができ、上述の4つの規範はTriple Bottom Lineの規範を包含し、さらに拡張的で汎用的である。
■規範の相互作用(ダイナミズム)(5つ目の規範)
Triple Bottom Lineの考え方を踏襲する持続可能な発展に係る指標が多く作成されている。これらの指標の運用では、各分野毎の指標を独立的に見なし、対象とする指標をすべて一定の水準で満たすことを目的とする。
しかし、筆者は、このことに違和感を感じる。例えば、ある地域において、環境保全と経済発展の両方がよい水準にあったとしても、環境保全に地域住民が参加していなかったり、地域環境を活かす企業が地域に存在しない場合に、十分に持続可能な状態にあると言えるだろうか。
規範間の相互作用による、動的な規範の統合的向上があることが重要であり、その相互作用があることも持続可能性の規範に含めるべきではないだろうか。つまり、持続可能な発展のためには、4つの独立規範に対して、それの相互作用が必要という5つ目の規範を追加する必要がある。
■社会変革の代替的規範(6つ目の規範)
4つの独立的な規範+それらの相互作用を重視する5つめの規範を共有したとして、その実現を具体化する場合に、同じ規範を充たそうとしているにも関わらず、違う社会を構想することがないだろうか。
例えば、高度技術への依存度、グローバル経済の容認度、行政や大企業の主導性等を肯定的に是認する立場と、これまでの社会経済の発展構造を批判的に捉え、適正技術やハイタッチ、小さな経済、住民の主導性を重視する立場で、同じ規範を共有したとしても、持続可能な発展の具体像が異なるのではないだろうか。
この(現在の社会経済システムの変革の重視度に係る)社会変革に係る規範を、持続可能な発展の6つの規範とする。この規範は代替的な側面を持ち、いずれかを是とするには合意形成が難しい。この代替的な社会変革の規範は、どちらの規範に基づくかを明示して具体化し、議論を進めることが重要である。
筆者は、代替案として示された持続可能な発展の具体像を組み合わせること、さらに代替案を重ねあわて重層的に共存させること、将来的には社会変革を実現するとしてもそれへのソフトランディングを行う工程を描くことが重要だと考えている。
*参考文献等省略