館林「龍神酒造」を訪ねる
座敷の前に細長い池がある。その池に小さな石橋がかかっていた。池には鯉が何匹も泳いでいる。池に落ちる滝があるでしよう。あの水が仕込み水なんです。内では浄水器を利用してにいます。浄水器が汚れてくると鯉が暴れ去わり始めるんですよ。鯉を見て、そろそろ浄水器の掃除をしなければにいけないな、と思うんです。龍神酒造の製造部長・堀越さんは酒蔵を案内してくれながら池の端で水についての説明があった。浄水器のフィルターが汚れると水中の酸素が小なくなる。水質管理の道具に魚を使う。初めて聞く話だった。
「ツツジの名所で有名な群馬県館林に龍神酒造はある。もう十年ぐらいになるだろうか。「尾瀬の雪どけ」という銘柄で親しまれている特定名称酒がある。館林と尾瀬、遠く離れている。
「内の仕込み水は渡瀬川水系の水なんてすわ。この水は遠く、尾瀬のあたりで染み込んだ水が何百牟もかけて湧き出たもののようなんです。尾瀬の雪どけ水が龍神の仕込み水だから、館林と尾瀬は遠く離れていますが、まぁーいいだろうと思いましてね、銘柄に『尾瀬の雪どけ』と命名しました」。
ちょび髭を生やし、ロマンスグレーの恰幅のよい社長さんの弁舌は爽やかに続く。
「私は醸造学を学んだわけではありませんけれども、12年間、南部杜氏会に通いましてね、酒造りを勉強したんです。昔のような旦那様では通らない時代になりましたからね」。
酒蔵の社長自ら、岩手県石鳥谷にある南部杜氏会にまで足を運び、酒造りを一から勉強したという。このような社長、初めてであった。
「南部杜氏が蔵人を連れて酒造りに毎年来てくれていたんですがね、蔵人が高齢になり一人減り、二人減りしていきました。私は洗米の手作業にこだわりました。蔵人は大吟醸の酒を醸す場合、手で米を洗うことに抵抗はありませんでしたが、本醸造の酒も手で米を洗えと言うと強い抵抗がありました。こんなこともあって蔵人がいなくなってしまいました。そこで私は大学を卒業した者を年間雇用で雇いました。初めて酒造りをする者は何も知りませんでしたので、本醸造の酒の洗米を手作業で行うことに抵抗はありませんでした。だから内の酒はすべて洗米は手作業です。井戸から汲み上げた水を一日タンクに寝かせて、その水を使って洗米するわけですから、冬場の洗米は手が千切れるほど冷たい作業です。冬場の酒造りはこれで上手くにいったわけですがね。夏場が困りました。私は地ビールの研究をさせました。夏場は地ビール造りを始めました。これで二毛作が実現しまし た。地ビールは夏場が忙しい。日本酒の造りは冬場が忙しい。従業員は皆、年間雇用。二毛作、これはもしかしたら、これからの酒蔵の生きる道かもしれない。私は社長さんの後ろ姿をじっと見ていました。数年前、龍神酒造さんをツツジ見物の帰り寄った時には、ピールエ場はなかったので十年の歴史はないのだろう。しかしパリモンドセレクションでオゼノユキドケ、バイツェンビールは3年連続入賞してにいるという。
年間雇用の従業員の一人が南部杜氏会の杜氏試験に合格しているという。未来の酒蔵を見るような見学であった。