醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  463号  白井一道

2017-07-20 15:43:12 | 日記
 
 パックス・アメリカーナの終焉

侘輔 先日、ネットで不破哲三氏の「日本共産党95周年記念講演」を聞いたんだ。この中で不破氏が述べたことで印象に残った話があった。
呑助 どんなことを言っていたの。
侘助 20世紀は大国が世界を支配する世紀だったが、21世紀は大国の世界支配が終わり、世界中の国々が協力して世界の平和・安全を築いていく時代だと述べていた。
呑助 そうですか。
侘助 パックス・ロマーナ以来2000年間大国が世界を支配する時代が続いてきたが、いよいよ大国の世界支配が終わる時代を迎えるのかと言う感慨のようなものを感じたな。
呑助 「パックス・ロマーナ」とは、何なんです?
侘助 今から2000年前、ローマ帝国という強大な帝国が地中海周辺地域にあったんだ。その地中海の周辺地域には言葉の違う人々がそれぞれ自分たちの国を作っていたが、ローマ帝国が周辺地域の国々を属国として支配し、徴税をしていた。
呑助 周辺地域の国々はローマ帝国の支配に抵抗しなかったんですかね。
侘助 厳しい抵抗をし、戦争になった。最も厳しく抵抗したのがササン朝ペルシアという国だった。しかし、その他の国は抵抗する軍事力をすべてローマ軍によって破壊されてしまった。
呑助 ローマ帝国に反抗することができなくなってしまったんですね。
侘助 ローマ皇帝は「破壊、殺戮、略奪を誤って『支配』と呼び、そこに廃墟を作ったとき誤って『平和』と名づける」と言ったと言う。
呑助 ローマ人が平和になったということなんですね。
侘助 そうなんだ。だから「パックス・ロマーナ」とはラテン語でね。ローマ人の平和ということ。
呑助 なるほどね。
侘助 だから「パックス・アメリカーナ」といったら、アメリカの世界支配が安定し、アメリカの強大な軍事力に対抗する武力を持つ国が無く、アメリカ政府の言うことに背く国がないということなのかな。
呑助 ソ連という国がありましたよね。ソ連はアメリカと戦っていたんじゃないんですか。
侘助 冷戦だね。核兵器製造をし、にらみ合い合っていた戦争だね。だからこの時代は「パックス・ロッソアメリカーナ」と言われていたんだ。アメリカとソ連が世界を西側と東側に分け、世界を支配した。この時代はアメリカとソ連の平和時代なのかな。西側世界はアメリカが支配し、東側はソ連が支配した時代。
呑助 じゃー、ソ連が崩壊した後、アメリカの世界支配が続いてきたということですか。
侘助 そうなんじゃないかな。そのアメリカの世界支配が揺らいできたというのが21世紀入って、顕著になったというだと思うよ。
呑助 2001年9月11日、アメリカニューヨークツインタワーがイスラム過激派によって爆破されたことはアメリカ世界支配の終わりの象徴的な出来事なんですね。
侘助 そうかもしれないなぁー。それ以来、テロとの戦争が西アジアを中心にして、始まったが、その戦いは今、ヨーロッパ諸国でも始まっている。英独仏、スペインでもね。

醸楽庵だより  462号  白井一道

2017-07-20 15:43:12 | 日記
 
 無常観は日本の美意識

侘輔 無常観というのは、日本の伝統的な美意識だと言っていいんだと思うんだ。しかしこの無常観というものは仏教からきている教えの一つだからね、仏教はインドで生まれた宗教だよね。
呑助 高校の頃、国語の授業で教わりましたよ。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ」。暗唱させられたんですよ。
侘助 『平家物語』だよね。
呑助 そうですよ。『平家物語』ですよ。この中に「諸行無常」という言葉が出て来るんですよね。
侘助 今からおよそ800年前の物語だよね。この中に仏教の教え「諸行無常・諸法無我・涅槃寂静」の思想が反映しているんじゃないかと思うんだ。
呑助 日本文化というのは、インドや中国の文化を受け入れて創られてきているんですね。
侘助 何といっても文字そのものが中国語を表現する文字を借用して日本語を表しているだからね。
呑助 漢字ですね。
侘助 そう、その他にも中国文化の影響を受けている。漢字と一緒に仏教も儒教も律令といった統治のあり方も中国から日本は学んだ。
呑助 中国は文明の誕生地だったんですね。
侘助 だから、中国の文化的影響下に誕生した国々を東アジア世界なんて言う場合があるんだ。
呑助 日本で言うと奈良時代の頃に中国文化の影響下に日本は国家体制を整えていったんですかね。
侘助 そうだと思うんだ。10世紀になると平安時代になるよね。このころから中国文化から抜け出し、日本文化が花開くんだ。そのころから無常観という美意識が形成されていくようなんだ。
呑助 インドや中国には無常観という美意識はないんですか。
侘助 そのようだよ。
呑助 仏教の教えの中の一つ、諸行無常の中から無常観という美意識が造られていったということですか。
侘助 「諸行無常」というのは、すべてのものは常なるものではない。即ち、移り変わっていくということだよね。ここから「無常観」という美意識が生まれた。
呑助 無常なるものになぜ日本人は美を発見したんでしょうかね。
侘助 無常なるものを表現した800年ぐらい前の随筆があるんだ。それが『方丈記』だ。この中で「無常」というものを鴨長明は表現している。「時の流れの中で、モノの姿にしみじみ感じ入る」。これが無常観というものではないかと作家の玄侑宗久氏は著書『無常という力』の中で述べている。
呑助 インド人や中国人は無常なるものに「感じ入る」ということはなかったんでしょうかね。
侘助 日本人ほど強くかんじることがなかったんじゃないのかな。
呑助 それはどうしてなんでしようかね。
侘助 玄侑宗久氏は福島県に住んでいる。原発事故を経験して『方丈記』が身に沁みて感じると言っている。世界的に見るならば日本は小さな島国に地震が頻発する。木と紙と泥で出来た家は火事になるとすべて焼ける。