3000日ぶりに泳いだ。今日はクラゲ天国だった。クラゲプールを泳いでるみたいだった。綺麗だけど、ちょっと不安。ぷよぷよ顔にあたるとちょっと怖い。稲村ジェーン並みの荒波でちょっと疲れました。30日間エセ断食してたせいか、ちょっと体力落ちたかも。休暇でビーチで1週間キャンプをするという兄ちゃんたちに混ぜてもらって、いっしょに朝ごはん。寧ろテント設営のお手伝い。朝ごはんは「これはレースだからな」っつって、皆は5分ぐらいで食べてた。ヨルダンの南部方言を教えてもらう。「私について考えて」が 「私の方を見て」という意味になるらしい。わからんでもない。ポエジーを感じるが。うすうす感づいてはいたが、おいらはアラビア語方言の一つであるヨルダン方言の標準訛りのテキストで勉強してるので、なんか、この街の言葉が、よくわからない。今までいろんなことに不安を感じてちょっと引きこもり気味で目立たないようにしていたので、これからはどんどん目立っていこうと思う。常に三線を担いで歩いているぐらいがちょうどいいかもしれない。カモがネギ背負って歩いているように。いつも素通りするバス停で紅茶をいっぱい頼んでまったりしようとしてたら、いつも「どこ行くんだ?どこだ?どこだ?」って言ってくるおっちゃん(かどうかはわからんが)が今日は「どこ行くんだ?行くんだ?」って、空のペットボトルをのどにぐいぐい押してきた。笑顔で。何度も思うが、世界は、この世界は、私が感じている世界なので、私の経験なので、私の感覚や感性から生まれる経験なので、簡単に変わる。海はええなー。「ぼくは日本人だよ」って言っても、「韓国にはいつ帰るんだい?」とか「家族は今でもみんなインドに住んでるのか?」とか聞いてくるから、ほんと、いろいろ messed up してるんだとおもう。メッシーなのだ。俺の頭の中もメッシーだよ。ちょっと前まで、ボスニアヘルツェゴビナもプノンペンもイスラエルもパレスチナもサラエボも東ティモールもチェチェンも全部ごっちゃごっちゃだったよ。言葉だけでは頭に入ってこないし。全体を見て部分を見てまた全体を見て、って行ったり来たりするといいね。今BGMはドビュッシーの作品集「映像」「版画」です。「水の反映」はきいてみるといいよ。気温は今45度ぐらいだと思う。「正しい」とか「間違い」とかは屁理屈で、世間も宇宙もこちらに都合よく優しく振舞ってくれるとは限らないのだから、こちらが強くなればいいのだ、どっちにしろ。しかし「強くならなければならない」とか言って苦しくなったりすることもあるから、強くなれるなら強くなればいいし、なれないならば強くならなくてもいい。だいたいからしてルールや縛り人の世のものだしもうちょっと自由というか ふわふわ しててもいいと思う。クラゲはどのような感覚世界を持っているのか。感覚器官はありそうだけど意識はあるのかな。赤外線カメラにだってipodにだって感覚器官はあるもんな。自分の知ってる事しか知りはしないけど、知らないことが知ってる世界の外にいっぱいいっぱい広く広く広がっていると思ってる方が、知ってる世界の奥行きもちょっとは広がりそうな気もする。
クラゲプール
稲村ジェーン
しゃばーぶたちとふとぅーる
アカバの方言
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