今朝は25.4℃と熱帯夜に逆戻り、雲は多いが34.4℃迄上がり、蒸し暑い猛暑日
一歩手前と厳しい残暑に。
この暑さも来週中頃までのようで、”暑さ寒さも彼岸まで”となってほしい。
13時半、32.6℃、57%
NHKラジオ深夜便・今日の誕生日の花はイネ科の「ススキ・薄・芒」
道端や草原、山地や空き地などで気軽に見つけられ、別名として秋に七草の一
道端や草原、山地や空き地などで気軽に見つけられ、別名として秋に七草の一
つ「オバナ・尾花」や屋根材などとして有用な「カヤ・茅・萱 」とも呼ばれる
多年草の山野草です。
花言葉は生命力の強さから 「活力」とされる。
平城京跡のススキは「オギ・荻」と呼ばれる種類で、花穂が出たばかりです。
期
昨日は登美ヶ丘南公民館の講座「大和文華館・学芸員と芸術鑑賞(春夏期)」
最後の「文人サークルへようこそ、淇園・鶴亭・蕪村たちがお出迎え」
会期もあと10日ほどになり、初公開の鶴亭作品を含め45件に。
講師は学芸部課長「宮崎もも」さん、丁寧に説明して頂けました。
文人とは、科挙に及第した為政者(官僚)の階級で、修身(心の楽しみ)とし
て詩・書・画を嗜むことが理想とされたが、政治の世界から距離を置く人も。
文人画とは、文人が描いた絵でお金のためではなく、自らの人格形成、修練の
楽しみとして描く「文人墨戯(ぼくぎ)」とも。のちに職業文人も現れる。
スタイルとして山水画と花鳥図があり、山水画が好まれ、元の成立とともに
漢人の間で、14世紀に発達する。
さらに明末から清の16世紀、経済活動が盛んとなり、文人画を求め、主体は
南宋画となる。
これが日本にもたらされた画譜や江戸時代1661年に来日した禅宗・黄檗宗僧に
より伝わる。
*京都国立博物館、平成新館で特別展「東福寺」
会期:2023年10月7日(土)~12月3日(日)
その後日本では町人や武士などの身分を越えた文化交流が盛んとなる
*花鳥図の四君子とは、
蘭(春)人里離れ冬を乗り越え咲き、香りがよい=徳がある
竹(夏)常緑で高いことから高潔と
菊(秋)香りがやることで、徳があると
梅(冬)厳しい冬に咲くことで、徳がある
Ⅰ.中国・文人画の展開
「紫竹庵図」伝管道昇筆 1296年
「冬景山水図」陸治筆、明時代
「閑屋秋思図」高其佩 筆、清時代 指頭図(指の腹や爪を使って描く)
江戸中期に後に「淇園」が取り入れる
Ⅱ.中国から日本へ 文人文化の伝播
文人画の渡来数は極小で、禅僧が持ちこんだものや図譜を模写したもの
「芥子園画伝」
「太平山水図集」
Ⅲ.日本 文人サークルの豊かな交流
A淇園・鶴亭サークル
「柳沢淇園」は江戸中期、大和郡山藩の家臣で武芸百般に通じ、池大雅
の才能を見抜き中国文人画を伝え、大雅により日本文人画は大成する。
更に少年期の木村蒹葭堂にも画技を伝え、画の師として大雅を紹介した
「鶴亭」は江戸中期の黄檗僧、大阪にて「沈南蘋」の花鳥画を広めた。
木村蒹葭堂が画の弟子となり、柳沢淇園、池大雅、黄檗僧などと交友する
この二人の接点は、現在東大阪の庄屋「中西宗兵衛」宅だったと。
「指墨竹図」柳沢淇園筆 江戸時代 個人蔵
「指墨於中茂賢之欄川之亭」と書かれ、中西茂賢の邸で書かれた
「墨竹図」鶴亭筆 柳沢淇園賛 個人蔵
北山七僧の書斎で記される「於定武閣上」とまた、柳沢淇園が二度
賛を、一度目は右下、二度目は左下に小さく記す。
なお表具の背面に大コレクターの木村蒹葭堂の所蔵印がある。
淇園・鶴亭・七僧・蒹葭堂に広がる交流があったことがわかる。
「墨竹・墨蘭図」鶴亭筆 1760年 個人蔵 十枚(初公開)
淇園の指墨竹図と共に所蔵され、中西家のために制作されたようだ。
「芋茎図」 鶴亭筆 個人蔵 初公開
中西家からの贈り物に対しての返礼です。
「雁来紅に小禽図」個人蔵 初公開
沈南蘋の好んだ雁来紅(ハゲイトウ・葉鶏頭)
「七老戯楽図」 池大雅筆
「釣瓶に鶏図」 伊藤若冲筆
B与謝野蕪村・呉春サークル
新しい知識人・俳諧には中国の漢詩の教養が必要、「蕪村」に学んだ
「呉春」1752-1811は淇園・鶴亭サークルを受け継ぎ、俳諧も好んだ中西家
そして上田公長と交流を持ち、縦のつながりとなる。
「蘭石図屏風」与謝蕪村筆 当館所蔵 四曲一双
元は襖を屏風にされ、大津の芝山家の宴会で畳の上で、酔った勢い
で描かれたようで、畳の目の線が見える。
「春林書屋図」 呉春筆 当館所蔵
呉春は与謝野蕪村より文人画等を学び、没後円山応挙に写生画風を学ぶ
「三俳人図」上田公長筆 関西大学図書館蔵
松尾芭蕉「花の雲鐘は上野か浅草か」
和田希因 「分入れハ人の背戸なり山さくら 」
宝井其角「初さくら・・・」
C「半江・竹田サークル」
19世紀前期に京阪を中心に交流を持った伊勢の「岡田半江」と豊後国岡藩
「田能村竹田」、竹田は隠居して京・大阪へと往来して交流を深めた
「山水図巻」部分 岡田半江 関西大学図書館蔵
半江は半翠らとともに1841年6月に淀川で舟遊びをして、興に乗り描き
半翠に贈る (一部)
「輪墨隋身帖」田能村竹田 当館蔵
「山陽詩鈔」頼山陽 大阪府立中之島図書館蔵
「四君子図」山本梅逸筆 1839年 当館蔵 梅逸は名古屋生れ
D”最後の文人”鉄斎
富岡鉄斎は明治 ・大正期の文人画家 、 儒学者 、 教員で画作はあくまで
余技とみなし、過去の画家達に敬意を向けながら、ダイナミックな筆と
奔放な色づかいによって、新たな文人画様式を大成させた。
鉄斎は愛媛県の近藤家との付き合いがあり、近藤家から当館に寄贈され
かなりの作品を所蔵している。
「山中閑居図」富岡鉄斎筆1917年