【感謝と夢の話】
先日の長文投稿に、予想以上のご理解と励ましを頂いて…とても幸せです。
「生きてて良かった」とは軽い言葉では無いですが、何かある度に「生きてて良かった」と思えるって、大切なことだなって思います。
それと同時に、現実は…《連続性のある夢》とも
よく似ているな…と思うことがあります。
私は連続性のある夢(何日か、何週間か、何ヶ月かごとに夢の続きを見る場合のある夢、しかも、同じ夢を繰り返し見たり、その夢の続きが何年か一部ずっと欠けていたのに、何年か後にその空白の部分が埋まったりしました。)を見ることがあるのですが、
…夢の中の建物はいつも奇想天外に美しかったり変わっていたりして、見てから何年か後に、それが現実になったりすることもあって、
やっぱり私達の潜在意識はどこかでみんなと繋がっているのかしらと思ったりもします。
例えば…アートアクアリウムでは壁に金魚がいたりしますが、私の夢の中のオフィスビルでは、
床がガラス?なのかな…透明で、下を魚が泳いでいたり、オフィスの壁の一部を錦鯉が泳いでいたり、オフィスの受付前にはミニチュア太鼓橋がかかっていたりするんです。
空飛ぶタクシーはないけれど、
6〜8人乗りのミニバスは、道路ではなく空中にあって、でもランダムに飛ぶのではなく、空のそう高く無いところにケーブルがあって、
空中でもケーブルで規制されるようになっています。
大木と根を利用した栽培とオーガニックな暮らしに特化した地域では、大木の中に家があり、
家と大木が共存しています。(水も、エネルギーも大木から頂いているようです)
車で山頂へ行くと、そこで駐車券を受け取って、3〜4人のりの小さな飛行機(プライベートジェットより小さいヘリコプターより静かで最先端の戦闘機みたいな形だけど、攻撃性を感じないフォルムのもの)でみんな地方まで飛んだりします。
海辺に遊園地があったり、山間にある神社は観光地化して賑わっていたりして、美味しいものを食べたり、現実ではまだ実現出来なそうなアトラクションを楽しんだりして、目が覚めると…(また遊園地のチケット代が浮いてしまった…なんてアコギなことを考えているのは多分私くらいなんだろうか…😓)
現実にもあったら絶対みんなを連れて行きたいのは、山を丸っと一つ使った天然のお水のウォーターパークです。(ウォーターパークっていうか、ウォーターマウンテンなのかもしれませんが)いわゆるチューブと呼ばれる滑り台が、途中途中に壮大な休憩地点を設けながら連続していて、途中で何度も、急降下的な激しいバージョンなのか、子連れやカップル向けのゆるいバージョンなのか、いわゆる走り屋さんたちが通りたがる山のクネクネ道で山肌を絶景を見ながら流れるバージョンなのか無数に選択でき、階段でもう一度登るルートや、エスカレーター、足湯やサウナ、日光浴しながらの売店や休憩スペースもあって、
とにかく楽しいんです。(好きすぎてもう何回同じ場所に夢で行ったかわからないです。)
…って、夢の話ってあまり人にしたことが無いな、と思って書いてみました。
実は、「これって私とロブの過去世からインスピレーションを見てみているのかなぁ?」と思った連続性のある夢も…見たことがあります。
(これは、現実世界で太陽に虹がかかった日、沖縄で、御嶽に偶然連れて行って頂いた後、ずっと見ることの出来ないかった抜けていた部分を見て…さすがに…「人間ってやっぱりスピリチュアルな生き物なのかもねぇ」と思ったものです。)
夢がどんなに楽しくて素敵で自由でも、
今は目覚める度に
ありがとう、ただいま、と思います。
みんながいる現世が好きです。
と、まとまりない投稿になってしまったが、
こんな長文も…誰かが読んで、何かの感情をシェアできたら嬉しいな。
See you!
HiromiEva 宏美