何を考え何を想い何するの

神戸の山の暮らしから。
育児のこと、日々の手シゴト、身の廻りの自然のこと。
悩み進む楽しく愛おしい日々。

たんじょうび

2007年08月01日 | 日々のこと

今日は私の誕生日。

35歳になった。

35歳になって いまだ 自分のやりたいコトは…?自分に出来ることは…? なんて模索している私は、まだまだ甘ちゃんなんやろうなぁ。 けれど、だからと言ってこんなもんかと思ってしまうのも嫌なので やはりまだ あがいていくつもり。

諦めたら この先なんにも変わらないからナ。

想って動いている限りは ちょっとづづでも自分の進みたい方向に近づいていくだろう。

で 

私は ずっと 誕生日ってものがよくわかっていなかったナ。と思わされている。

コドモの頃はただプレゼントをもらえるとか、ケーキが食べられるとか、そんなことが嬉しかったのだが、ある程度の年齢になると周りの人が「おめでとう」と言ってくれることが何となく嬉しいというか、そんな感覚があるだけで。(けれど 自分の大事な人に自分の誕生日を忘れられると めちゃくちゃ寂しいのだが。)

で、 自分に娘が産まれて、娘の誕生日、本当になんと感慨深かったことか!それで 「誕生日」ってものを理解できるようになった気がするのだ。

誕生日って 「ソコに その人が生きている喜び」 を一年を区切りに祝うことなのだろう。

だから、自分の誕生日は、

周りの人と一緒にいる喜びを感じる日’というか、誰かに祝ってもらわなくっちゃ嬉しいハズがないわけで。

単純なのだが その基本的な‘感覚’が 自分に子供が産まれてやっと 心の底から わかった!! 

なので、私から家族や友人への「誕生日おめでとう」は今までとは想いが違います。よ。

普通は こんなこと誰でも理解していることなんやろカナ。

さて

いま 製作している絵本の絵本展テーマは「BIRTHDAY」。

まぁ 上に書いたようなことをストレートに絵本にしてもベタすぎ&説教臭いので、また違うストーリーなんだが 根底にはそんな想いも込めて作った。

まだ これから 印刷、製本作業が残っているので、8/10納品まで 頑張って仕上げなければ。

またお知らせします。

そうそう、

満月の日に産気づくって話は 妊婦のときに よく話題になっていた。

ちょうど私の臨月のときの満月2005年4月11日産まれの子は私の周りだけで4人もいる!  娘はこの満月を乗り切って、さらに予定日を9日も遅れて産まれてきたのだが。

で、私の誕生日 1972年8月1日も 同級生に同じ誕生日の人が何人かいたことを思い出し、きっとこの日は満月だったのでは…と思っているこの頃。

もうひとつ。

最近、韓国人の友人が出来たのだが、面白い話をきいた。

韓国では 0歳という概念がなく、産まれた時は既に1歳なんだと。それでなんと1月1日がくると、2歳になる! 誕生日に歳をとるという考え方じゃないんやって~。(大晦日に産まれた子は翌日には2歳というわけ)

日本の「かぞえどし」の考え方と同じになるのかなぁ。

だから、

何か日本で書類を書いたりする場合など、その年の誕生日を迎えてない場合は 韓国での歳より二歳若くなるとのこと。 誕生日を祝ったりするのかなど その辺は あまり詳しく聞かなかったので 今度会った時に聞いてみよう。

年齢のことひとつとっても 文化っていろいろなんやなぁ。

と、なんだか おもしろ感心したのだった。

8/3 追記

知人に、誕生日は「自分が生きていることを周りの人に感謝する日」だと指摘され。

そうです、そのとおりだ!

娘の誕生日はかなぁり周囲にしみじみと感謝を感じたけれど、自分の誕生日に家族や友人に感謝する心は持ってなかった…よ。 ふむふむ。