(※作中に言及のあるマーモットは、こちらの地球の愛くるしい生き物とはまったくべつの生物ですm(_ _)m)
今回は、前回の前文に続き、中世の食事関係のことについて何か書いてみようかな~と思ったり♪
前回トップ画にした「ドイツ修道院のハーブ料理」にしても、飽食の時代と呼ばれて久しい先進諸国において……中世時代の粗食と言いますか、飢餓と隣り合わせだった中世時代、少ない食糧の中からいかにして栄養を摂取し病気を防ぐかという問題があり、そんな中から生まれたレシピを見習おう――ということだったと思うんですよね。
飲みすぎや食べすぎによる中風や卒中などになったのは貴族だけであって、その後、砂糖の大量消費によって虫歯になったり、歯が黒くなったのも最初は貴族からだったようで、それが現在、ある意味すべてわたしたちに当てはまるというか(^^;)
肉類が毎日のように食卓に上るのは貴族だけだったらしく、庶民はもっぱらパンと豆と野菜のスープ、ザウアークラフト(キャベツの酢漬け)といったような食事だったとか。また、このキャベツ、庶民にとってはあまりに馴染みのありすぎる野菜だったことから嫌われていた……みたいにも本に書いてありました。。。
>>野菜をどの程度食べるかはそれぞれの土地の状況によった。どこにでもあり、最も嫌われたのはキャベツである。掘っ立て小屋でも城塞でも、またイタリアからスカンディナヴィアまで広く知られていた。中央および東ヨーロッパではこれらはザウアークラウト(キャベツの酢漬け)として樽の中に保存されていた。ヒヨコマメ、レンズマメ、ソラマメのような(旧世界由来の品種はこれくらいなのだが)豆類は貧民にとって貴重なタンパク源だった。これらはそのまま、あるいは乾燥後に調理され、冬のために備蓄された。カリフラワー、ケール、カブのような緑黄色野菜はあまり一般的ではなかった。根菜はニンジン、カブ、ビートなどが食べられていた。ほとんどの野菜はスープやシチューとして調理され、生野菜で作られるサラダはルネサンス時代までヨーロッパの食卓にのぼることはなかった。
(「中世ヨーロッパの城塞」マール社より)
これと同じ言及については、他にも二冊くらいの本の中で「中世の食糧事情」として大体同じようなことが書いてあったと思います。でも、今はむしろ逆ですよね。トンカツとキャベツを一緒に食べると良いと言われても、トンカツだけ食べてキャベツは一口も食べないとか結構普通だったり。また、今はヒヨコマメ、レンズマメ、ソラマメといった豆類は栄養の力が高く見直されているような気がします。
「ドイツ修道院のハーブ料理」にも、えんどう豆やソラマメについて、次のように書いてあったり
>>えんどう豆=古代から栽培されている豆で、病人にも健康な人にも勧められる。身体を温める効果のある野菜です。ヒルデガルトは「もし内臓の病気を持っているなら、えんどう豆を柔らかく煮て、バターかひまわり油をからめ、熱いうちに食べるとよい」と勧めています。肥満の人には、肉や魚を少なくしてえんどう豆を添え、多く摂ることを勧めています。
>>そら豆=野菜の中の薬とも言われ、ホメロス(※)は「英雄の食物」と絶賛しています。ローマ時代にはゲルマン人やスラヴ人の死者崇拝に欠かせないものとして葬儀の後などに食されていました。
カール大帝により庭園の植物として広まり、ヒルデガルトはそれを「病人にも安心して食すことができ、体内の水分を排出させる働きがある。胃の不快や腸の痛みがあるときには、そら豆をゆでてスープのようにして飲むと良い」と記しています。(※ホメロス=前8世紀頃のギリシャの詩人。小アジアのイオニア地方の生まれ。ヨーロッパ最古の詩人)。
(『ドイツ修道院のハーブ料理~中世の聖女、ヒルデガルトの薬草学をひもとく~』野田浩資先生著/誠文堂新光社)
「ドイツ修道院のハーブ料理」なので、当然ハーブについての紹介にも言及があるわけですが、結構前からあるハーブ流行りについても、中世の人々はそもそも、腐りかけた肉の匂いや味をごまかすためにスパイスやハーブを使用していたり、肉や魚があまり食べられない庶民の食卓となると、「サラダ」と言えば何やら聞こえがいいけれど、そこらへんに生える植物で毒性のないものはなんでも食べた……といった食糧事情があったと思うわけです。。。
次の引用は、シェイクスピアの「ヘンリー六世」についての、サラダに関連した文章の引用となりますm(_ _)m
>>時はヘンリー六世(在位1422~1461年)の御世。ヘンリー六世の父ヘンリー五世は、イギリス人自慢の王だ。ジョン王の時代にフランスから受けた屈辱を見事晴らしてくれたからだ。ヘンリー五世はアザンクールの戦い(1415年)で、フランスに勝利し、ジョンが失ったノルマンディーと南フランスの一部を取り戻したばかりでなく、シャルル六世の娘カトリーヌを妻にむかえ、フランス王の王位継承権までも手に入れた。
しかし、英仏の平和もつかのまで、ヘンリー五世がわずか九か月にしかならない王子(ヘンリー六世)を残して他界したことから、ふたたび戦いの火ぶたが切って落とされ、国内では内乱が勃発する。長じてもヘンリー六世は父の叡智や武勇のひとかけらさえ見せず、内乱は打ち続き、貴族のみならず、国王に愛想をつかした民衆もまた立ち上がった。
ケント州の民衆の反乱軍はジャック・ケードなる首領に率いられていた。ケードは戦勝の記録を更新しながら前進し、ついに、ロンドンに攻め入る。ケードはみずからを、王家の血筋を引くモーティマー卿と名のり、「王位簒奪者ヘンリーにかわって即位する」と豪語していたが、その身元は怪しく、反乱軍といってもならず者の集団に近かった。始め、民衆は、「世直し」をかかげるケードを熱狂的に支持した。だが、無差別の暴力と殺戮に明けくれる、ロンドン入りをしてからのケードには愛想をつかす。ついに反乱軍の暴徒も、国王側の甘言に乗せられてケードを見捨てる。
シェイクスピアが依拠した、エドワード・ホールの歴史年代記『ランカスター、ヨーク両家の統一』(1548年)によると、その後、ケードは包囲網を突破し、変装してたくみに国内を逃げのびるが、ケントの郷士(騎士に次ぐ身分で、紳士階級に属する)アレグザンダー・アイデンの庭に潜んでいるところを発見され、アイデンの手にかかってあえない最期をとげる。ケードの首は、見せしめのためにロンドン橋に晒された。
シェイクスピア作『ヘンリー六世第二部』、アイデンの庭園の場を見てみよう。
ケード:「野心なんか糞くらえ!剣を手にしながら、飢え死にしかかっているおれも糞くらえ!この五日間、森のなかに隠れたまま外をのぞきもしなかった。おれを捕まえようと、このあたり一帯に網が張りめぐらされているからだ。だが、もう我慢できん。腹ペコで死にそうだ。寿命を一千年のばしてやるといわれたって、もう隠れちゃおれん。だから、こうやって煉瓦の壁をよじのぼり、この庭にしのびこんだのだ。食えそうな草か、サラダ用の野菜でもないかな。なにせこの暑さだ、サラダを食えば、胃が冷えて気分がよくなること受けあいだ。「サラダ」とは、おれのためにあるような言葉。「サラダ」にはヘルメットの意味もある。このヘルメットがなかったら、おれの頭は矛槍で何度ぶち割られていたかわからない。大威張りで行進している最中に喉が乾くと、「サラダ」のヘルメットは一クォート入りの酒盃がわりにもなったっけ。今度もまた、サラダの厄介になり、腹を満たそうか」(四幕十場)
「サラダ」の原文は、”sallet”。salletはsaladの異綴りで、「サラダ」のこと。また、salletには、戦場でかぶる丸い形の頭覆いの意味もある。ヘルメットと訳してみたが、ぴたりといいあててはいない。戦場では、敵の頭蓋骨が酒盃がわりに使われることもあった。サラダを盗みに庭にしのびこんだケードは、サラダ=ヘルメットをかぶって戦った過去の武勇を思いだす。
(「中世の食卓から」石井美樹子先生著/ちくま文庫より)
こちらの「中世の食卓から」という本、前回書いた4~5千円する本の代わりを探していて見つけたものだったんですけど、買ってとても良かったです♪
何故かというと、聖書やシェイクスピアからの引用が豊富で、そうした関連からもシェイクスピア作品を読むのがさらに楽しみになってきました。他にも引用紹介したい箇所がいくつもあったので、また再び言及してみたいと思っています
それではまた~!!
惑星シェイクスピア。-【17】-
結局のところ、ハムレットたちは四旬節の頃から五旬祭の頃合まで約一か月の間、キルデス・ギルデンスターン侯の治める城砦都市に滞在した。本当はもっと早くに出立する予定であったが、ギルデンスターン自身が「いやいや、王子さま。出来ましたらもう少しだけ……」と、繰り返し引き留めたわけであった。
そのことの内には当然理由があり、キルデスにしてみれば王子一行がローゼンクランツ公爵領へ入る前に、彼らの装備品等について十分整えてから公爵とはお会いして欲しいと考えていた。また、そのような準備も何もさせずにハムレット王子を出立させたとすれば、むしろそれはギルデンスターン侯爵家にとって恥辱ともなることだったのである。
そこで、鎧その他を採寸し、それが出来上がるまでの間、キルデスは叔父としての愛情、また親友の忘れ形見への深い思いから、ハムレットたちにローゼンクランツ公の城においてどのように振るまうべきかを教え、また馬上試合の作法、槍や剣、盾の扱い方に至るまで――事細かく礼儀作法を伝授してもいたわけであった。
「ローレンツ・ローゼンクランツ公は、実に馬がお好きな方でしてな。とにかく、話すことが何もなくなったとすれば、馬の話だけしていれば大変ご機嫌になるという、そのようなお方です。まあ、一種の馬気違い……いやいや、ウォッホン。ハムレット王子もきっと、公がお持ちのよく訓練された騎兵の一団を見たとすれば驚くことでしょう。そして、ハムレット王子のお味方になるのはこれから、ローゼンクランツ公爵おひとりだけではございません。ローゼンクランツ領の隣の州であるライオネス州のライオネル伯爵も……わたしと同じく五千の騎兵を持って、ハムレット王子の元へ馳せ参じてくださることでしょう」
事実、ハムレットは城郭から、城外へ馳せ参じたこれらの騎兵が軍事教練を行なう姿を見て、武者震いにも似た感動の思いに打たれていた。無論、彼らはギルデンスターン侯爵のために命を賭けようというのであって、田舎の僧院出身の、よく知りもしない自分のために出兵しようというのではないだろう。だが、ギルデンスターンの恭しいまでの自分に対する立ち居振るまいから、ハムレットにはわかっていた。これから、ローゼンクランツ公爵もライオネル伯爵も、同じように王子である自分をもてなし、その前で指折りの将軍や自分の気に入りの戦士らに、馬上で槍試合をさせたり、あるいはレスリングをさせ、いかに屈強な兵士を抱えているかを見せつけようとすることだろう。
ハムレットはこのことに戸惑うのと同時、(慣れなくてはいけないのだ)と、何度となく自分の心に言い聞かせた。ヴィンゲン寺院を出た瞬間から、すでに賽(サイコロ)は振られているのだ。また、ハムレット自身ギルデンスターン陣営の勇の者から直に乗馬法や剣や槍の稽古をつけてもらっていた。さらに、その合間に兵法についても教えられ、夜には侯爵である自分の叔父と、今後の政治的展望について忌憚のない意見を交わし合うという毎日であった。
「まだ確約の段には至っておりませんが、それでも外苑州の諸侯はすでにハムレットさまのお味方といって差し支えありますまい。そして、その時点で内苑七州のクローディアス王率いる兵力とは拮抗する軍勢を手に入れたといって過言ではありますまい。いえ、数の上ではもしかしたら、クローディアス王のほうが少しばかり優勢である可能性もありますが……問題はそこではないのです。何よりも一番大切なことは、我々には悪王クローディアスにはない、大義があるということです」
「大義……」
ハムレットにしても、一応わかってはいた。キルデスが毎日してくれる、<西王朝>国内の政治的実情がどのようなものであるかということは……また、キルデスはなるべく直截的な言い方をしないよう気をつけていたが、ハムレットは先王エリオディアスの息子として、彼らにとっても利用価値があるということなのだということも――すぐにそれと悟っていた。
「叔父上。そういえば、レンスブルックが随分愉快な、こんな言い方をしていましたよ。クローディアス王に代わって王となってくれる者がいたとしたら、それが自分のような片目のない醜い小男でも、あるいはかたわのらい病持ちのびっこでも……この国の民は誰もが諸手を挙げて喜ぶだろうというくらい、民たちは圧政に苦しんでいると……」
「そうですな。王都のあるテセリオン州はともかくとして、他の公爵領を除いた内苑州の諸侯はみな苦しい立場でしょうな。おそらく、ハムレットさまもテセウスへ上った際にはよくおわかりになることでしょう。王都自体は食糧物資も豊富で、まるでこの世の楽園の如くの生活を送れるのを――人々は普通とすら思っているかもしれません。ですが、王都から一歩外へ出た途端、見た目はすぐそれとは気づかないでしょうが、貴族たちから重税を取り立てられるがゆえに、民はみな苦しんでいます。簡単にいえば、どんなに働いても畑から産出したものはことごとくすべてといってもいいほど税として取り立てられてしまうからなのです。我々外苑州の諸侯は、王都から離れている分、結果として広い領土を治めることが出来ます。ゆえに、税を納めても少しくらいはどうにかゆとりが出来ますからな。ところが、内苑州の諸侯は、民たちが飢えていても知らん顔で、ものみなすべて奪ってゆくのが当然といった統治法なのですよ」
「だが、それではいずれ先細りとなって、貴族たちだって困ることになるのでは……?」
ふたりはその日もキルデスの書斎にて、ゴブレットにシードルを満たし、チーズや干し果物を食べつつ、政治談議に耽っていた。ハムレットはこの場所が好きだった。とりわけ、何十冊となく並ぶ立派な金箔推しの本を手に取ると、中を読む前からワクワクしてしまう。これらは、ギルデンスターン侯爵家に伝わる、代々の蔵書の品ということであった。
「内苑州の諸侯は、農民たちに対して<生かさず殺さずの法>を取っているのですよ。確かに、貴族たちの民に対する税の取り立ては酷いものですが、税のほうを直接取り立てるのは貴族ではなく、当然下級役人たちですからな。役人たちもまた、生活のほうはさして豊かではない。貴族たちはその点、実にうまくやるのですよ。実際のところ、農民たちの生活苦による憎しみは、大抵の場合役人たちに向かい、領主に直接向かうことは稀です。何故なら農民たちにしてみれば貴族というのは雲の上の存在であって、時々なんとか伯爵さまが道を通りかかるとなれば、それが重税を取り立てている直接の重罪人とも思わず、頭を下げてひれ伏すといった具合なのですから」
「そんな馬鹿な……いくらなんでも、民というものがそこまで愚かとは思えません」
ギルデンスターン侯爵は首を振った。ハムレット王子がいずれ……外苑州の諸侯の旗頭として軍を進めていったとすれば、それがどんなものかは直に見ればわかることだろう。だが、一時に色々なことを説明せずとも、黙っていてもそのうちわかることについては、キルデスはなるべく説明を端折ることにしていた。ゆえに、この時もただ、ギベルネスが見たとすれば「笑ってしまうくらい不正確」な地図を指差し、こう続けたのであった。
「我が国における農民の識字率なるものは、おそらく三十パーセントにも満たないのではないか……というのは、ユリウスがしていた話です。また、こちらはディオルグの話ですが、<東王朝>においては農民というのは<西王朝>ほど虐げられて労働に従事してはいないという話。つまり、飢えて餓死者まで出る……というくらい搾り取られることはないということでしたな。また、不作の年には税を軽減されることもあると。ですから、ユリウスはもしかしたら、<西王朝>が<東王朝>に戦で負け、<東王朝>の王が東西の国を遥か彼方の昔にあったひとつの国のように統一したとすれば、<西王朝>のもっとも貧しい民にとってはそれこそが救いになるかもしれぬと……冗談で言っていたことまであったくらいでして」
「なるほど。我が師ユリウスは、<西王朝>のために随分遠くまでものを見る目と頭脳を持っていたのですね。ですが叔父上、農民に対して<生かさず殺さず>というのは、実際のところどうやってそのようにするのですか?飢えて餓死者も出るほど貧しかったとすれば……農民の人口は減る一方であり、仮に子供が次々生まれてきたとしても、養っていくことすらままならない。農地を耕す民が少なくなれば、当然税収のほうも減るという悪循環に陥り、とてもひとつの州としてやりくりしていけると思えないのですが……」
キルデスはここで、重苦しい溜息をついた。ハムレット王子のために、多少見栄を張り、領内でも一番のご馳走を供してきた彼ではあったが、実は普段はもっと質素な暮らしをしている。また、ハムレット一行が去ったとすれば、その日からキルデスも彼の家族も前と同じ清貧な生活へ戻ることになるだろう。
「まあ、そこのところは下級役人がうまくやって、ギリギリどうにか生きていける程度絞りとり、農民たちのほうでは絞りカスだけを受け取って、どうにかこうにかやりくりしていくわけですな。たとえとして言うなれば、首を絞めて苦しい思いはさせるが殺すことまではしない……だが、民たちのほうではこう思っていることでしょう。『そんなくらいなら、いっそのことこの細く骨ばった首を絞めて殺してくれ』と。実際、怒りが頂点に達した農民たちが一揆を起こすこともありますが、貴族たちが軍まで差し向け、力でねじ伏せることは稀です。むしろ、下級役人をある種の生贄として農民たちの好きなようにさせ、貧しさの憂さ晴らしをさせるといった具合なのですよ。なんともおぞましいことですが……」
「叔父上……いえ、ギルデンスターン侯爵。オレは決めましたよ。今まではまだ、いかな悪王とはいえ、クローディアス王を倒してこのオレこそが代わって王となることなど、本当にそんなことが可能なのだろうかと、まるで自分が夢見物語の主人公であるようにしか思えませんでした。ですが、その夢見物語を必ず現実にしてみせるという強い意志が、叔父上から話を聞くたびごとに沸々と湧いてきました。ヴィンゲン寺院の暮らしだって、極めて粗末なもので、決して裕福とは言えないものでした。それでも、人と人との間で殺しあってまで食べ物を奪いあうとか、自分の指でも炙って食べたいほど飢えるということまでは……決して起きえませんでしたから。オレはこう思います。民たちが理性を失っても仕方のない獣に墜ちるくらいに飢えるというのは……それは、間違いなく国の責任なのです。誰もがたっぷり食べてげっぷの出るくらいというのは無理でも、それでも州の頂点に賢い領主さえ立っていたならば、民のひとりびとりにもっとマシな生活を送らせてあげることが可能なはずです。オレは……今の今まで、一体自分はなんのために王になるのだろうかと自問していました。確かに、オレの父のエリオディアスが弟に暗殺されたというのであれば、その仇を取りたい気持ちはある。けれどもしそう出来たとして、そのあとは?みな、クローディアス王は民を虐げる悪王だという。だが、オレが彼に替わって王になれたとして――善政を敷いてすべての民の腹を満たし、幸福にすることなど本当に出来るのだろうかと。ですが、毎日夜眠る前に考えるのです。我が師ユリウスはどんなに困難でもそれをこそやれと、そのために自分の命を賭けてまで、オレの命を助け、息子のように時に厳しく育ててくれたのではないかと……」
この時、キルデスの瞳に一気に涙が溢れたのが何故か、その涙の深い意味についてハムレットが知ることになるのは、もっとあとのことである。ゆえに、ハムレットはキルデスが感動のあまり切なく流れる涙をハンカチによってしきりと拭う姿を見た時……そのことをもう少し表面的なところで理解した。王だった親友の息子が、その遺志を継ぐ決意をしたことに対し、半ば喜びの、半ば哀惜の涙を流したという、そうしたことなのではないかと。
「ハムレット王子、よくぞ申してくださった。その決意こそ、わたしのみならず、これから王子の味方となる諸侯のすべてに必要なものですぞ。外苑州の領主たちは、<ハムレット王子が僭王を斃すべく兵を挙げ立ち上がった>と聞いただけで、それが何を意味するかを理解し、すぐにも王子の元へ馳せ参じようとすることでしょう。ですが、ナーヴィ=ムルンガ平原を越え、内苑州の一番外側の州であるバリン州へ入る頃には……王子の大義を聞いた者は誰しも、震え上がることでしょうな。何故かといえば、貧しく虐げられたる者たちは、最低でも今よりも生活のほうがマシになると考えて喜びに打ち震え、逆に為政者たちはとうとう自分たちの上に裁きの鉄槌が下ることになったのだと、魂の底から震え上がることになるでしょうから」
「こんなことを今の段階で叔父上にお聞きするのは、いかに血の繋がりのある親戚とはいえ、オレにしても恥かしいのですが……内苑州の諸侯たちはその時、どのような手に打って出ると思いますか?オレとしては、なるべくならば無駄な血を砂漠に流したくない。かといって、一度王都テセウスへ攻め上ると決めた以上、一人の兵士も死なせずに、犠牲もなく大義を達成することは出来ない……それでお聞きしたいのですが、内苑州の諸侯とは、どういった方々なのですか?」
今までにも、キルデスの口から、あるいは将軍たちを集めた宴などにおいて、内苑州の諸侯らの名は何度か出たことはあった。だが、最初からまったく手を結ぶ方策はないのかどうか、講和の道を探ることは不可能なのかどうか……ハムレットとしてはその点を何より知りたかったのである。
「そうですな」キルデスは過去への郷愁と呪わしい思いへの狭間で苦しみつつ、それらを一旦断ち切ることにした。普段、政務に就いている時には思い出しもしないのと同様に。「王都テセウスを含むテセリオン州は、王の直轄領です。まあ、こう申してはなんですが、『一国の王が民を満足させるのに必要なのは、パンとサーカスだ』と言われるとおり、ここでの生活は豊かです。ようするに、他の州から巻き上げ吸い取ったものによって成り立っている生活ですから、残りのすべての州が災害や飢饉、あるいは戦争などによってよほど疲弊しない限りは平穏無事といったところでしょう。そして、次に王都に近いのが……ふたりの公爵によって代々治められているアデライール州とモンテヴェール州です。この二公爵は、代々王州を直轄領とする王に仕えており、言わば王の仕事を補佐する重要な政治的任務を担って来ました。現在、アデライール州を治めているのはアベラルド=アグラヴェイン公爵で、モンテヴェール州を治めているのはモルディガン=モルドレット公爵です。このふたりは幼き頃よりクローディアス王と親友同士であり、ゆえにクローディアスが王位に就いて以後は、彼ら三人で権力の甘い汁に与り続けてきたという関係性。ゆえに、交渉の余地はまずもってほとんどありません。他のラングロフト州やクロリエンス州なども現在の公爵家とそれぞれ縁戚関係にありますから、おそらく大義や正義についていかに説かれようとも、最後まで抵抗する公算のほうが高いやも知れませぬ。レティシア州についてはわかりませんが、現在のレティシア侯爵の奥方は、妖精のような美貌によって知られたアグラヴェイン家の次女、アンジェラさまですし……さらにバリン州についてはヴァイス・ヴァランクス男爵やかの一族の者を説得するだけ無駄と考え、力でねじ伏せるしかないのではないかと思われます」
キルデスはここで、地図の砂漠三州以外の外苑州――メレアガンス州、それに海から近い場所に州都のあるロットバルト州を指差して続けた。
「おそらくは我々の味方についてくださるに違いない、外苑州にてもっとも豊かなメレアガンス州とロットバルト州にしても……何分、このように王都から遠い我が城へまでもネズミが紛れ込んでおるくらいですからな。少しでもおかしな動きをすればそれと勘付かれ、すぐに密告者から連絡が行き、それがクローディアス王の御耳に入ることを恐れるあまり、英断を下すのを迷われるという可能性はあります。また、ヴァランクス男爵の前に代々バリン州を治めてきたサミュエル・ボウルズ伯がクローディアス王に忠言した結果、釜茹で刑の上をゆく硫酸風呂にて拷問死したゆえに……その二の舞になることをメドゥック=メレアガンス伯爵も、ロドリゴ=ロットバルト伯爵も心の底から恐れているということがあるわけです」
「まさか、そんな……」
ハムレットは口にしたくもない想像をした。クローディアス王の反逆者に対する処罰は断固たるもので、その悪い噂については王都より遠く離れたヴィンゲン寺院にまで届いているほどだったからである。
「そうです。一族郎党、それがもし孫の赤ん坊であれ、多くの場合三等親の者にまでその害は及ぶと言われています。ギロチン刑などによって死ぬというのであれば、まだしも温情をかけられたほうだと言えましょうな。首と両手両足に綱をかけて牛や馬に引かせ、体を引き裂かれる刑罰や、州内を引き回され、石打ち刑にされるなど……なんにせよ、惨い最期が待っているわけですから、その前に自害する者のほうが多いほどです。かといって、ラングロフト州のラグラン=ラングドック侯爵もクロリエンス州のフローリアン=クロリエンス侯爵もわかってはいるのですよ。自分たちが領主として正しくないことに手を染めているということは……ですが、逆らえば死ぬのは自分だけではありませんからね。わたしが彼らの立場でも、悪の力に抗しえない自分に絶望しつつも、きっと同じことをしたでしょう」
「では、ボウルズ伯爵の次にバリン州の領主となったというヴァランクス男爵はどのような方なのですか?」
外苑州の諸侯は味方につく公算が高いとハムレットは聞かされていたが、それでいった場合、万事がある程度うまくいったとして――自分たちが最初にぶち当たる脅威の壁が、バリン州のヴァランクス男爵ではないかという気がしたからである。
だが、ハムレットにしても、そう楽観的な物の見方をしていたわけではない。今のところ、話として聞く限り、ローゼンクランツ公爵とライオネル伯爵は自分の味方をしてくれそうだと感じてはいる。だが、他のメレアガンス州やロットバルト州の領主たちは果たしてどうなのだろう。先ほど、キルデスは『ネズミが城内に紛れこんでいる』と言った。同じようにクローディアス王の間者たちが他の領主たちの領内へ紛れ込んで弱味を掴み、『一度ハムレットの味方をする振りだけして、いざという時には背後から刺せ』と、そのようにこっそり命じていることなど絶対ないと、一体誰に言い切ることが出来るだろうか。
「難しいところですね。実はわたしたち……というのは、わたしやローゼンクランツ公爵やライオネル伯爵も、そこのところは読めない気がしているのです。外苑州の諸侯が前王エリオディアスの息子であるハムレット王子を旗頭として攻め上ったとすれば――今や飛ぶ鳥を落とす勢いのこちらの軍勢についたほうが得策だとヴァランクス男爵が考えたとすれば無血開城もありえないことではないかもしれません。ですが、ヴァランクス男爵が別名血ぬられ男爵と呼ばれているとおり……元は鍛冶職人に過ぎなかった男がクローディアス王に気に入られ、男爵という爵位と広い領地を与えられたのですからな。ハムレット王子が『もし自分の味方につけば、伯爵の位を与えてやろう』と言ったところで、果たしてこちらの言うことを聞きますものかどうか」
「なるほど……叔父上、本当に何も知らない自分が恥かしくなるばかりなのですが、ヴァランクス男爵が血ぬられ男爵と呼ばれるそもそもの理由とはなんなのですか?民たちから血が一滴も残らぬほど税を取り立てているという、そうした意味ですか?」
(もしそうであれば、説得する必要すらない)と、ハムレットは心の内で義憤に燃えた。そのくらい、彼はまだこの世において知るべきことについて何も知らぬほど――その精神はこの時まだ純潔そのものだったのである。
「それもありますが……」この話をするのはいかにも気が進まない、といったように、キルデスは溜息を着く。「ヴァイス・ヴァランクス男爵は、もともとバリン州の出身者ではありません。王都に出入りする一介の鍛冶職人で、義父ともども実にクローディアス王に気に入られることに成功したのですな。これはあくまでも噂によれば、ということではあるのですが……彼は父と一緒に創意工夫を凝らした拷問器具のいくつかを開発するなどし、拷問部屋にて一緒にその効果を眺めて楽しむといった拷問仲間として気に入られ、ついには男爵の位と広い領地まで与えられたということだったのですよ。バリン州は遥か昔に遡る時代から、代々ボウルズ伯爵家が治めてきた。ところが、徳高き武人として知られたボウルズ伯爵は、おそらくその気高き精神がゆえに何かクローディアス王を諫める発言をしたか、あるいはそのようなことを伯爵が言っていると王の耳に囁く者がいたのでしょう。拷問部屋にて、いくつもの恐るべき拷問器具の餌食となり、最後には硫酸風呂に漬けられ、足、膝、太腿と、その肉体は少しずつ溶かされてゆき、ボウルズ伯爵は苦しみの極みで息を引き取ったと、そのように伝え聞いております。代わって、なんの縁もゆかりもないヴァランクス男爵がバリン州へ乗り込んで行き、その後釜に座ったということで、バリン州の民はひとり残らずヴァイス・ヴァランクス男爵と彼に与する者とを憎しみの限りを込めて憎んでいるという、そうした話ですからな。そのくらい、サミュエル・ボウルズ伯爵は民衆から人気のある高潔な方でしたから……」
「そうなのか。だがもしそれであれば、その民衆たちの力を借りれば……」
「いや、それもまた難しいでしょうな。バリン州はボウルズ伯爵が治めていた頃は、内苑州の中でもとても豊かでした。実際、クローディアス王がそのことに脅威を感じたという可能性もあるほど……ですが、ヴァランクス男爵はボウルズ伯を今も慕う民衆たちにイライラと腹を立ててか、ちょっとしたことにも難癖をつけ、州内のあらゆる広場において、見せしめの処刑を行なうことにしているのですよ。役人たちは役人たちで、とにかく定期的に……我々が放ち、情報収集している間者の話によれば、最低でも週に一度は彼らが罪を認めた者を残酷な方法によって処刑するという話でした。その他、あらゆるものに税金が掛けられ、道端の雑草を無断で抜いただけでも「植物税に触れた角で」突然警備の人間に殴られるといった始末。これだけ圧政に震え上がり、税金を取り立てられている状態では、民たちに結託せよと呼びかけるのは……流石にためらわれるものがあります」
(ヴァランクス男爵のことは、それこそ民たちの手によって吊るし上げられることこそ相応しいと思ったが……なるほど。そんな男のことは味方にする価値なしとして殺してしまったほうが良いのだろうな)
このあと、ふたりの間には暫し沈黙が流れた。ハムレットは今という今までの人生の中で、誰かを殺したいと思うほど強い殺意を覚えたことが一度もない。それなのにここのところ連日――架空の中でのこととはいえ、顔すら見たこともなく、その人柄も噂でしか知らない人物のことを殺害する仮定に立ち、政治的・戦略的計画を練ってばかりいるわけである。彼はこのことに対し、この時もふと違和感を覚えたが、それと同時、サミュエル・ボウルズ伯爵の無念の死のことを思うと……やはり沸々と義憤の念が心の奥底から燃え上がってくるのを感じるのだった。
一方、キルデスのほうでもまた、そうしたハムレット王子の複雑な胸中について察してあまりあることから……ほどよいところで会話が途切れた時には、『この話の続きはまた明日に致しましょう』と申し出ることにしているわけであった。
この日も、そのような形でキルデスは「そろそろ就寝することにしたほうが良いかもしれませんね。王子もお疲れになったことでしょう」と言い、ふたりは廊下で別れると、それぞれの寝室へ向かうということにした。
「タイス、何もずっと部屋の前で待っている必要はないと、いつも言っているだろう」
「そういうわけにもいかないと、俺だっていつも言ってるだろう」
ギルデンスターン侯爵はギルデンスターン侯爵で、護衛官らに守られ私室へ引き上げていった。タイスがもし書斎の前で待っていなくとも、それならばそれでキルデスはハムレット王子が居室としている<貴人の間>まで、送ってくれていたに違いないのだが。
「ギルデンスターン侯爵を見てみろ。夫人やふたりの息子らと食事する時でさえ、給仕人だの従者だの侍女だのなんだの、いつも誰かしら傍らに控えているのが普通だ。ハムレット、これからおまえが王になるということは、つまりはそういうことなのだぞ。今この瞬間だって無論油断は禁物だが、それでも今はまだいいさ。そのうち、兄エリオディアスの息子が実は生きていて挙兵したという報は嫌でもクローディアス王の耳に入る。そうすれば、暗殺者を差し向けてくることだって、考えられないことじゃないんだからな」
「…………………」
「ようするに、事はもうおまえひとりの命の話じゃないってことさ。ハムレット王子という旗頭を失った途端、現王のクローディアスを斃すべく兵を挙げたギルデンスターン侯爵もローゼンクランツ公爵もただの逆賊として片付けられる可能性だってある。だが、エリオディアス王がどのような形によって亡くなったにせよ、本来ならば正統な王位継承権はおまえにこそあるのだ。その正義と大義はこの場合、何にも増して重いものだ。これから俺は四六時中おまえのことを見張るからな、ハムレット。つまり、王になるっていうのはそうしたことでもあるんだから」
ハムレットは溜息を着いた。無論、タイスが何を言いたいかはわかっているし、衆人環視の元で王子らしく振るまうことに対しても慣れなくてはいけないと思ってもいる。けれど、ハムレットはやはりまだひとりで考えごとをしたい時くらいは、完全に誰の視線も存在も感じたくないと思ってしまうのだった。
「それで、今日はギルデンスターン侯爵とどんな話をしたんだ?」
「やれやれ。タイス、おまえは結局それだな。本当はオレのことなんかどうだっていいんだ。この国について、何がしかの新しい情報をその賢い頭にさらにインプットしたいという、それだけなんじゃないのか?」
この時、ブロンズ像の並ぶ廊下を歩いていきながら、ハムレットはあえて呆れた口調で言った。確かに、タイスの言うことにも一理ある。キルデスにも何度となく、機会あるごとにこう注意されている。『ローゼンクランツ公爵の城内においても、ライオネル伯爵の城内においても、決して油断なさいますな。「怪しく見える者はすべて暗殺者と思え」とまでは申せませぬが、そうした悲しい裏切りといったものは今後、必ず起きてくるでしょう。そのこと、夢ゆめお忘れなさいませぬように』と……。
「そうとも。俺は今後、出来ることならハムレット、おまえの参謀になりたい。俺は剣と弓はそこそこ扱えるが、それでもディオルグ長老のような武の者として、究極的な場面でおまえを守れるかどうかは心許ない。そこでだ、これからは出来得る限りハムレット王子が得た情報については、俺のほうでも共有させてくれ。また、俺の立てた計略で名案だと思ったことは、王子よ、おまえが考えついたものであるとして人前で言ってくれて構わないから」
「そうだな。どうやらオレはもう、悪王クローディアスを倒すという目的に向かって命と人生の火を燃やすしかなさそうだものな。叔父上の話を聞いていて思うに、もしかしたら今ならばまだ、ヴィンゲン寺院に尻尾を巻いて帰るということも出来なくもないかもしれん。だが、ローゼンクランツ公爵に会ったあとでは、それも絶対的に無理な話となる……公爵はなかなか厳しい方らしくてな、オレを見て王の器でないと感じたとすれば、斬って捨てるほどの覚悟のある方らしいぞ」
ハムレットも、流石に最後のほうは小声になった。今から獅子の如き威厳のローゼンクランツ公爵と会うのを恐れているわけではない。ただ、夜の静かな宮殿内というのは、小さな声でも物凄く大きく響いてしまうからだった。
「ほほう。それは随分頼もしいことだな。だが、公爵にしてもユリウスとは長く親書を取り交わす仲だったというではないか。つまりは、ローゼンクランツ公のほうでもすでに知っているということなのだろう。海のものとも山のものとなるかもわからなかった王子は、いまや<西王朝>を治めるに足る男に成長しつつあるということを……」
「だといいがな。オレとしてはただ、獅子公爵として恐れられるローゼンクランツ公が、オレのことを砂漠に住むマーモット程度の男と判断しなければいいがと願うばかりだ」
惑星シェイクスピアにおいてマーモットと呼ばれる生物は、カメのような甲羅の中に普段は四肢を隠して砂漠の砂のように擬態し、トカゲなどが通りかかった際に突然襲いかかる習性を持つ、実にとぼけた顔の、それでいて鋭い目をした動物のことである。
「ふふん。その点は心配いらぬと親友のオレが保証してやろう。だが、立ち居振るまいにはおまえだけでなく、我々も気をつけなくてはな。ギルデンスターン侯爵はまこと、温情あるお方だ。何故といって、ヴィンゲン寺院からもしそのままひいこら言いながらローゼンクランツ公の領地へ足を踏み入れたとすれば――王子の面目は丸つぶれ、田舎僧として恥を見るばかりであったろうからな」
「本当だ。宮廷におけるマナーがいかなるものかというだけでなく、鎧や盾や、素晴らしい刺繍のほどこされた衣装など……公爵の前に出ても恥かしくないよう、一式すべて揃えてくださったのだからな。大義を果たすことの出来た暁には、この恩情には十分すぎるほど十分に報いても、足りぬほどかもしれぬ」
<貴人の間>へ到着すると、ふたりはそこで待っていたギベルネスとディオルグ、それにホレイショやキャシアスとテーブルを囲み、その日もまた今後のことについて話しあった。彼らはもともと僧であったこともあり、政治的野心なるものが大きかったわけではない。ただ、本当に純粋に、自分たちが住まう国のことを憂い、悪王クローディアスを斃すことさえ出来、その後善政を敷くことについて――輝かしいばかりの夢と希望を抱いていたのである。けれど、ディオルグを除いては、その大義が達成されるまでにどれほどの艱難辛苦が横たわっているかについては……実はまだ遠い世界にある現実といったようにしか、若い彼らは認識してなかったようである。
>>続く。