こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

灰色おじさん-【17】-

2018年11月03日 | 灰色おじさん



 ええと、引き続き前文に書くことがないもので(汗)、またしても絵本の紹介となります♪(^^)

 もしかしたら、わたしが大人になってから読んだからそう思うのかもしれませんが……全体として、<大人向け>の絵本かなといった印象があります。ただ、小さなお子さん(あるいはその子が小学生でも中学生でも高校生でも)が大切な人やものを失くしたときに読んだとしたら……心に慰めを受けるという意味で、とてもいい絵本じゃないかなって思うんですよね

 ではまず、お話のほうのあらすじをば。。。




 >>突然、最愛の友だち・ことりをなくしてしまった、くま。

 くまは手作りの箱に花びらをしきつめて、そっとことりを入れ、持ち歩くようになります。

 箱の中を見るたびに、こまった顔をする森のどうぶつたち。そしてみんな決まって言うのでした。

「くまくん、ことりはもうかえってこないんだ。つらいだろうけど、わすれなくちゃ」

 くまは、くらくしめきった部屋に、ひとり閉じこもってしまいます。

 でも、やがてくまにも、光あふれる、あたらしい時がおとずれて……。

(絵本ナビさんの内容紹介よりm(_ _)m)


 同じく、絵本ナビさんのほうで数ページ読める本文のほうをご紹介しますと。。。


 >>ある朝、くまは ないていました。
 なかよしのことりが、しんでしまったのです。

 くまは森の木をきって、小さな箱をつくりました。
 木の実のしるで箱をきれいな色にそめ、なかに花びらをしきつめました。
 それから、くまはことりをそっと、箱のなかにいれました。

 ことりは、ちょっとひるねでもしてるみたいです。
 さんご色のはねは、ふんわりしているし、
 黒いちいさなくちばしは、オニキスという宝石そっくりに、つやつやしています。

(『くまとやまねこ』湯本香樹実さん作、酒井駒子さん絵/河出書房新社より)
 

 ここまで読んだだけでも、くまにとってことりがどんなに大切な存在だったかがわかります()。

 そして、他の森の動物たちの、>>「くまくん、ことりはもうかえってこないんだ。つらいだろうけど、わすれなくちゃ」という言葉……こうした周囲の無神経や無理解に傷つけられるということは、人生の中で誰もが通ることのような気がします。

 なので、読んでいてここはちょっとハッとさせられるところですよね。。。

 仮にそれが人の死というものでなくても、自分も同じ種類の人の言葉に傷ついたことがあるし、また同時に、自分だって誰かに対して似た心の暴力を振るったことがある――ということについては、ひとつかふたつは誰でも心当たりがあるものですから。

 こうして、森の他の仲間たちに自分の気持ちをわかってもらえなかったくまは、内側から鍵をかけて、自分の家の中に閉じこもってしまいます。

 ちょっと今手許に本がないので(汗)、大体の絵本の内容を覚えているといったところなのですが、絵本の大体の内容は「くまによることりのみとり」です(ギャグじゃないよ!

 大好きで、大切なことりと、ずっとずっといっしょにいたかったくま。

 だからくまは、大切なことりを小さな箱に大切に入れて、ことりが死んだあとも一緒にいようとしました。

 けれども、絵本のタイトルは「くまとことり」でなくて、「くまとやまねこ」ですから、当然その後登場人物(登場動物?)として、やまねこさんも出てくるのです。

 そして、このやまねこさんとの出会いによって……やまねこさんの弾いてくれたヴァイオリンの音色によって、くまはことりさんとの間にあった色々な思い出のことをすっかり思い出すのでした。

 そして、思うんですよね。

 箱の中のことりさんといっしょでなくても、自分とことりさんは、これからもずっとずっといっしょなんだ……ということに。。。

 そしてこのとき、くまはやまねこさんといっしょに、ことりさんをお墓の中に入れるということにします。

 こうして、くまは新しい人生(くま生?)の朝を迎えるのでした。


 ……ちょっと、ネタバレ☆が過ぎた気がしますが(すみませんm(_ _)m)、自分的には「じわじわくる☆」感じの、とても素晴らしい絵本だと思います♪

 絵本ナビさんで、数ページ閲覧できますし、図書館、あるいは本屋さんで是非お手にとってみてくださいm(_ _)m

 それではまた~!!



       灰色おじさん-【17】-

「なんじゃな、その『気まぐれパン屋さん』とやらは?」

「ほら、庭のそこのところに、おあつらえ向きの家型の可愛らしい物置があるじゃない。それで庭のところにパラソル付きのテーブルなんかを出してさ、ちょっとばかりパンを売ったりするの。まあ、儲けは出ないだろうけど、喜ぶ人はきっとたくさんいると思うのよ」

 グレイスは途端、パチンと両手を打ち合わせ、「それ、超いいアイディア!」と言って喜びました。

「そうよ、おじさん!営業時間を決めて毎日なんていうんじゃ重荷だけど、気の向いた日だけ気の向いた時にちょこちょこパンを売るって、素敵だと思うわ。おじさんが作ったパンはあたしやべスやメアリーや……手の空いてる子たちで袋に入れて手渡したり、お金の勘定をするの。ねえ、おじさん。夏休みの間だけでも、ちょっとだけやってみない?」

「そうじゃのう……ま、パンの売れたお金はグレイスとべスとメアリーで、バイト代にでもするがええ。そのためであるのならばまあ、わしも売り物としてパンを作るのもやぶさかではないといったところじゃな」

 おじさんの許可が案外あっさり下りると、グレイスとべスは互いに手を打ち合わせて「やった!」と喜びあいました。自分たちの懐には、結構なお小遣いがこれで約束されたことを喜んだのではなく、ふたりとも「なんだか面白そうでわくわくするわ!」と、直感していたからでした。

 この日、早速グレイスとべスは、家型物置の中のものを整理したり掃除したりしました。パラソル付きのテーブルや椅子などは、ベアトリスのほうで家から持ってきてくれるそうです。初売りからすぐにたくさん売れるということはないでしょうが、ベアトリスなどはどうやら夕方近くになっても売れ残っているようだったら、訪問販売することまで考えていたようです。

「べスって、将来何をやっても成功しそうよね。ほら、こうやってすぐ色んなことを思いつくし、その上バイタリティまで物凄くあるんだもの」

 家型の可愛らしい物置を掃除している時に、グレイスが親友にそう言いました。

「そう?あたし、将来はMBAを取得して、何か商売をするのが夢なの。それが何を扱ったどんな店かっていうのは、やりたいこと多すぎてひとつに絞れないんだけど……まあ、ファッションやコスメ関係の仕事をするのも捨てがたいしね、そういうのはこれから色々アルバイトしたりして、勉強しながら考えていくつもり」

「へえ……あたしなんか、地質学者になりたいって言ったら、『そりゃあまり金にならなそうな仕事じゃな』って、おじさんに笑われちゃったわ」

 実をいうと、グレイスはおじさんの書斎にある石のコレクションを見てそう言ったのでした。大きな孔雀石やラピスラズリやローズクォーツやエメラルドや……「こういう石を発掘する仕事をするには、どうしたらいいのかしら?」と何気なくおじさんに言うと、「そりゃ地質学者かなんかかのう」ということで、「そんじゃあたし、地質学者になるわ!」と答えていたのでした。

「何?地質学者ってことは、グレイス、アンモナイト採掘したりとか、そんなことに興味があるってこと?」

「んー……正確にはちょっと違うかな。まあ、アンモナイトも結構好きではあるけど……おじさんの行きつけのお店にね、すごく綺麗な石とか宝石を扱ってる店があるのよ。店主の人もちょっと変わってて、おじさんはそこの常連っていうか顔なじみなのよ。宝石とかは目玉が飛び出るくらい高いものも多いんだけど、おじさんが買うのは安くて綺麗な石のほうなの。そういう綺麗なものだけ集める人になりたいっていうのと、地質学者っていうのはまあ確かに違うわね」

「じゃあ、そういう宝石を扱う人になったらいいんじゃない?それか、ジュエリーデザイナーとか」

「う~ん。まあ、まだ先の話だものね。あたし、パパがコックさんだったから、同じように料理人になりたいっていう夢もあるのよ。おじさんもパンを作ったりするだけじゃなく、料理も上手じゃない?おじいちゃんもコックだったっていうから、もしかしたら血筋的にそういうのが向いてるかもって思ったり……」

 と、ここまで何気なく話してきて、グレイスは突然ハッとしました。本当はパパともおじさんとも血は繋がっていないとわかった今――「血筋的に向いてる」というのはおかしいということに、今さらながら気づいたのです。

「そうだね。ほら、わたしがおじさんを手伝ったりしてパン種をコネコネしたりする時より、グレイスが同じようにしてる時のほうがすごく向いてるってわたしもそう思ったよ」

 ベアトリスはもう、グレイスの死んだパパとママが血の繋がった両親ではないことを知っていました。それで、実際そのとおりだということもありましたが、あえて慰めるようにそう言ったのです。

「うん……ママはね、今からでもピアノとかバレエとかやってみない?っていうの。本当は、タクシー強盗になんか遭ってなくて、あのままあたしがあのお屋敷にいたら――もっと早くに習うことが出来たのにねって。でもあたし、そんなのよりほんとは、空手か合気道でも習いたいんだけど」

 ここで、ベアトリスが引っくり返りそうなくらい大笑いしたので、グレイスはびっくりしました。

「あっははっ!あんたってやっぱサイコーだよ、グレイス。そういえばアリスってさ、その両方やってるよね。こう言っちゃなんだけど、あの子の場合はなんかピアノやバレエが好きみたいにあんまり見えないっていうか……なんか将来男からモテるために今からバレエやってますみたいな?」

「あたしもべスのそういうとこ、好き。おじさんが相手でも、流石にあたしもそこまでのことは言えないもんね。隣のマクグレイディさんがね、あたしがアリスのこと愚痴ってたら、こう言ってたことがあったっけ。『そんな子、逆にいじめ返しちゃないさいよ』って。三児の母としてはあるまじき発言かもしれないけど、なんか嬉しかった。もちろん実際にそんなことはしないんだけど、だからこそおばさんはそう言ってくれたんだろうなーと思って」

「そうだね。でもグレイスの今のママだってさ、グレイスが学校で誰かにいじめられてるってなったら、きっと命懸けで守ってくれるんじゃない?わたしがユトレイシアの私立校に通ってる時も、そういうタイプの親ってたくさんいたっけ。あんまり過保護で、むしろそこまでだと子どもにとって害になるみたいな……男子に限っていえば、将来絶対こいつマザコン地獄から抜けだせないだろうなっていう感じのママ」

「そういえばべスって、なんでこっちでは私立校じゃなくて公立校を選んだの?」

 グレイスとベアトリスは、狭い物置小屋の中で、身を寄せあって扇風機の風に吹かれていました。首振り機能を使うよりも、こうしたほうが涼しいのです。

「なんかママがさ……まあ、うちの場合はグレイスも知ってのとおり、そんなカホゴとかそういうんじゃないけど、将来いい高校とか大学に進めるようにと思って、最初は私立校選ぼうとしたのよ。で、ペーパー試験を受けたあと、面接があってね。あたしそれ、アーロンと一緒に受けにいったんだけど、ママが途中で激怒しちゃってさあ。なんかこう、権威をかざした感じのいやーな面接官だったの。で、まあ、小学校くらい公立校でもいいんじゃない、みたいになったってわけ」

「べスのパパって、新聞社の記者さんなんだっけ?っていうことは、やっぱりまた何年かしたら転勤とかってあるの?」

 グレイスは、いつかべスと別れ別れになる時がきたら……と思っただけで、胸の奥がズキンと痛むほどでした。

「うーん。どうかな。パパ、政治部の部長だったんだけど、激務でちょっと体壊しちゃってね。で、地方勤務のほうが時間的には楽になるし、療養をかねてこっちには来たっていう感じかな。だからまた呼び戻されたりするのか、それとも今度は別の地方支局に転勤になるのかどうか……でも、わかんないわよ。ママはユトレイシアみたいな都会より、こっちのほうがいいって言ったりしてるし、わたしとアーロンが高校に進学した頃にパパが転勤ってなったら、このままこっちにいるかもね。先のことはわかんないわ」

「そう。なんかわたし、なんでもずっとそのままってことはないんだなあって、今あらためてそう思ってるとこ。その中でも、おじさんとの繋がりだけは絶対変わらないって思ってたのに……」

「それはね、やっぱりお互いの努力次第だよ。それに、今日もグレイスとおじさんのこと見てて、あたし思ったよ。大切なのは血が繋がってるとかそういうことじゃないんだって。おじさん、いつものおじさんとミジンコたりとも変化ないなってわたし思ったもん。つまりはそういうことなんじゃんって」

「うん。あたしもそうは思ってるんだけど……おじさん、セシリアさんが気の毒だから、とりあえずワズワース邸のほうへ帰れっていうんだもん。せっかくの夏休みなのにさあ。なーんかユーウツ。それに、門限なんか五時なのよ」

「ええっ。マジ!?っていうか、それで言ったらもう五時過ぎてるじゃんっ」

 今、時刻のほうはすでに六時を過ぎていました。そのことはグレイスにもわかっていました。そして、グレイスも最初、「仕方ないから守ろうかな」くらいの気持ちはもちろんあったのです。けれども、ベアトリスが『気まぐれパン屋さん』などという面白いことを言い出したものですから……べスとおしゃべりしながら物置を掃除したりしているうちに、もう門限などどうでもいいと、途中からはそう思っていたのでした。

「ほら、これ見てよ」

 グレイスはサイレントモードにしてあった携帯の画面を隣のべスに見せました。ママからのメッセージが三十件以上も到着しています。

「ダメじゃん、グレイスっ。早く帰るかセシリアママに連絡するか何かしないとっ!」

「なんでよ。べつに、家帰った時、叱りたかったら叱ったらいいのよ。むしろあたし、そのほうがママのこと好きになるかも。逆にね、そうじゃなかったらほんとの親子じゃないっていうか」

「そうじゃなくてさ、わたしが言ってるのはおじさんのことだよ。グレイスが時間通りに帰らなかったら、おじさんが監督不行き届きだなんの言われて責められるんじゃないかってこと!」

「あ、そっか」

「『あ、そっか』じゃないよ、グレイス!ほら、一旦家のほうに戻ろ。グレイスが電話に出なかったら、絶対おじさんの自宅のほうに電話してくるに決まってるんだからさ。あと、今からでもママに連絡しなよ。『まだおじさんの家にいるけどこれから帰る』とかなんとか」

「えーっ。あたし、もうこのままおじさんちに泊まるよ。ねえ、べス、知ってる?今日の晩ごはん、おじさんステーキピラフにするって。あたし、あれ大好物なのよ。おじさん、べスの分もちゃんとあるって言ってたわ」

 グレイスはこの時もまだ呑気なものでした。おじさんにそう言いさえすれば、必ず元の自分の部屋でぐっすり眠れるものと信じきっていましたから。

 ところが……。

「グレイスや。ついさっきお母さんから電話がきとってな、なるべく早く家に帰してくれということだったから、帰ったほうがええ。おじさんが送っていってあげるから」

「おじさん、何言ってるの!?ここがあたしの家でしょ?っていうかあたし、今日はもう疲れたし帰りたくない。ママにはあたしのほうから電話でそう言っておくから、ここにいてもいいでしょ?」

「そうじゃなあ……」

 おじさんも食事の下準備のほうが済んでいたので、とても残念ではありました。けれども、あのセシリアのヒステリックな取り乱しようのことを思うと、そうする以外にはなさそうだったのです。

『オードリーにもしものことがあったら、あなたに責任を取っていただきますからね。それと、これからはお宅に伺っても五時前……いえ、五時までにはうちに帰ってこれるようにしていただかないと。それと、その帰り道で何かあってもあなたのせいですからね。おわかりになってます?』

 キツい口調で早口にそうまくしたてられ、おじさんとしてはただたじたじするばかりだったのです。もともと女性と話すのがおじさんは苦手でしたから、とにかくひたすらセシリアに同調して、「はい」とか「ああ」とか「うむ」と相槌を打っているうちに、自然と電話のほうは切れていたといったような具合でした。

「グレイスにもさっき話したじゃろう?パパとママとおまえの間には、時間が必要なんじゃよ。確かに、わしだっておまえにここにいてもらいたいさ。じゃがな、ワズワース夫妻に親としてのチャンスをろくに与えもしないで、グレイスのことをあの人たちから取り上げるようなことは出来んよ。わしだって、この先一体いくつまで生きられるかわからん。そうした時、ワズワース夫妻に頼ることになると思えば……グレイスや、おまえにもいずれいつか、実の親がまだ生きとるということがどれほどありがたいことか、わかるじゃろうよ」

「…………………」

 グレイスはこれまで、おじさんの元にいる間、我が儘らしい我が儘のようなことはほとんど口にしたことがありませんでした。ですから、この時『ここへいたい』と言ったことが、グレイスにとってはおじさんに対して口にした、初めての我が儘のようなものだったかもしれません。

 けれど、そうした自分の気持ちをおじさんから直接跳ね除けられた気がして……グレイスはがっかりしました。どんなことがあってもおじさんだけは自分の味方だと、ずっとそう信じていましたから。

「じゃあ、あたし、帰るけど……」

 グレイスは震える指でペパーミント色のバッグを手にすると、おじさんの顔は見ないでそのままダッと走りだし、家から出ていきました。本当は、「明日もまた来るからね!」と言おうと思ったのですが、言葉が喉から出てきませんでした。

「待ちなさい、グレイスっ。おじさんが送って……」

 ここでベアトリスが、おじさんに対して首を振って止めました。そして、グレイスのことを追っていきつつ、「グレイスのことはわたしがちゃんと家まで送るから!」と最後に言って、おじさんのことを安心させたのでした。

 ベアトリスが追いつくと、グレイスは泣いていました。べスも、自分とグレイスは性格が似ていると思っていましたから、こんなふうにグレイスが泣くということは……よほどのことだというのは、よくよくわかっているつもりでした。

「おじさん、心配してたよ。こんなこと、わたしが言わなくってもさ、グレイスにはもちろんわかってるだろうけど……血が繋がってないとか、そういうことがわかっても、おじさんの気持ちは全然変わってないよ。あんな豪華なステーキを用意して、ピラフまで作ってさ。グレイスの好物だと思って、奮発したんだろうね。でも、グレイスの気持ちもわかるけど、おじさんの立場にしてみれば、ああとしか言いようがないよね。グレイスはさ、『わかった、わかった。そんならここにおったらええ』っておじさんに言ってもらいたかっただろうし、おじさんもほとんどその言葉が喉から出かかってたと思うよ。だけどおじさんはああいう優しい人だから……きっと慣れてるんだろうね。我が儘言わないで、自分の感情を抑えたりとか、そういうことに」

「うん……わかってる。おじさんはなんにも悪くない。でも、だからこそ苦しいの」

 ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、グレイスは泣き続けました。おじさんが腕によりをかけたせっかくのステーキピラフが食べられなかったことも、帰りたくない家に帰らなきゃいけないことも――グレイスには何もかもが悲しいことでした。グレイスは普段、楽観的でポジティブな性格をしていますし、物事の悪い面よりも良い面を探して、そちらの良い面がどんなに小さくても、拡大鏡で大きくするみたいにして見ることが出来るという性格の特性がありました。

 けれどもこの時、そのような明るい性格のグレイスをもってしても、もともといた、そしてこれからも居続けたいと思っている家におられず、突然別の家で寝泊りしなくてはいけないということは……理不尽で嫌も応もなく押しつけられた義務以外の何ものでもなかったのです。それとは逆に、おじさんの家にいるということは、グレイスにとって義務ではなく権利でした。義務という言葉からは、暗い、やらなければならない、何か重いこと――といったイメージが連想されますが、権利というのは太陽のように明るく、公正で、想像するだけでも心が楽しく、面白くなってくるような何かを連想させます。けれど、十歳にしてすでに両親に義務を果たさなければならない今の状況というのは、グレイスにとってはどう考えても奇妙なこと以外の何ものでもなかったのです。

「グレイスのほうから言って、ママのことを説得したりするってことは出来ないの?」

「うん……ママはね、いい人なんだけど、すごく過保護なのよ。なんでかっていうと、タクシー強盗なんていう思いもかけないことで娘のオードリーのことを失ったから、「そんな思ってもみないこと」があたしの身にいつまた起きるかと思って、すごく怯えてるみたいなの。ママのそういう気持ち、あたしも一応わかるから、ある程度のことはね、ママの意に沿って、ママの言うとおりにしてもいいとは思ってるの。だけど、これからもおじさんの家にいるのがなんでそんなにいけないことなのか、あたしにはさっぱりわかんないわ」

「そうだよねえ……」

 ベアトリスも(お手上げ)というように、重い溜息を着きました。それでも、彼女もまたグレイス同様、とても楽観的でポジティブな性格の持ち主でしたので、やはり物事の明るい面のほうを見ることにしたようです。それも、拡大鏡を使って蟻でも見る時のように。

「でも、物は考えようだよ、グレイス。ママは何も、おじさんの家に行っちゃいけないって言ったわけじゃないんだからさ。夏休みの間中、出来るだけおじさんの家に通って『ジョンおじさんの気まぐれパン屋さん』のほうも、あたしたちで成功させようよ。そしたらそのうちママにも、『グレイスはそのくらいジョンおじさんのことが好きなんだ』っていうことがわかって、そのうち土日くらいならおじさんの家に泊まってもいいって言ってくれるかもしれないよ」

「だといいんだけど」

 泣いたことで、気持ちがスッキリしたグレイスは、ハンカチで目許の涙を押さえると、ティッシュで洟をかみました。ワズワース家でも食事は美味しいものばかりが出てきますし、この世には毎日きちんと食べることさえ出来ないみなし子がたくさんいる……と思えば、今の自分の悩みがどんなに贅沢なものかということも、グレイスは一応わかっているつもりでした。

「一番の問題はね、たぶん、おじさんにならあたし、なんでも開けっ広げに話したり出来るけど、ママやパパに対してはそうじゃないってことなの。ほら、今日だって、おじさんの美味しいパンを期間限定で売ることになった――なんて話、あたしふたりにはとっても出来ないわよ。それじゃなくても、おじさんといてどんなに楽しいかなんて話は、パパとママにはあんまりして欲しくない話題なんですもの」

「うーん。そっかあ……」

 ベアトリスもまた、グレイス同様考えこみました。彼女がこの時思いだしたのは、実は以前ユトレイシアの学校にいた頃、みんなから嫌われていた女の子の話で――関係ないかもしれませんでしたが、べスがその話をしてみると、グレイスは隣で笑っていました。

「あのね、ユトレイシアの学校にいた時……親があんまり厳しいことが原因で嫌われてる子がいたのよ。グレイスみたいに、門限があって、みんなが超盛り上がってる時にも「あ、あたしそろそろ帰らなきゃ」なんて言ってね。でも他の子はみんな「じゃ、あんただけ帰りゃいいじゃないの」って感じだったんだけど、その子は「わたしが帰るんだからみんなも帰るべき」みたいなほうにいつも話を持っていこうとするのよね。で、親がすごく厳しくって、砂糖の入ったものはあんまし食べさせてもらえないとかで、ポテトチップスなんかもっての他。だから、他のみんなの家にいくと、そういうのがたくさん出てくるじゃない?そしたらその子、「なんて意地汚いのかしら」っていうくらい、もうムッシャムシャ食べちゃって、まわりのみんなは超ドン引きよ。だから、他の子もみんな彼女のこと嫌ってたわ。正直、その子の性格云々じゃないのよ。ただ、価値観が合わないっていうか……言ってる意味わかる?」

「なんかわかる。それでその子、その後どうしたの?」

 ここでべスは、くすくすと忍び笑いを洩らしてから話を続けました。

「うちのママがね、学校のPTAの集まりがあった時、その子の母親に言ったみたい。『このままいったらお宅のお嬢さん、自分が悪いわけでもないのに仲間外れにされてしまいますよ』って。ほら、うちのママってなんでもはっきりズバッと言って、あとには残らないみたいなサバサバした性格じゃない?そしたらそのお母さん、最後には真っ赤になってたって言ってたわ。だからね、あんまり親が厳しいと、その反動って必ずどっかで出るものなのよ」

「そうよねえ。あたしもママに言ってみようかな。門限が五時だなんて、そんな子他にいないし、このままじゃあたし、みんなから仲間はずれにされちゃうわって」

「それ、いいんじゃない?おじさん云々って言ったら、グレイスのパパやママにしてみたら、自分たちよりおじさんがいいのかみたいになるかもしれないけど……他の友だちに仲間はずれにされちゃうっていうのは、流石に結構効くと思うわよ」

 ――こうして、グレイスはワズワース家の豪邸へ辿り着く頃には、すっかり元気を取り戻していました。べスとおじさんの家とは比較的近いのですが、ワズワース邸から歩いて帰るには結構時間がかかります。そんな遠回りをしてまで、自分につきあってくれたということも、グレイスにはとても嬉しく、心を励まされることだったのでした。

 そして実際、グレイスはリビングでママと顔を合わせると、そのことを早速言ってみることにしたのでした。セシリアは門限を破ったことを叱るというよりも、「どうしてママが何度も連絡したのに出なかったの?」と、困惑した顔の表情をしていました。そんなことされたらママ、とても心が傷つくわ、というように。

(だからママはずるいのよ)と、グレイスのほうでは心の中で溜息を着くのみです。むしろ頭から厳しく「コラッ!!」と叱られたほうがよほどスッキリするのにと、いつも思ってしまいます。

『ママはさあ、美人だからそういう顔したら、いつでもまわりで男の人がちやほやしてくれてどうにかなるっていう人生だったんだろうね。でもそういうの、女子受けは悪いってわかってる?』――というのがグレイスの本音ですが、もちろんこんなこと、実のママに言えるわけがありません。

「門限を破ったことは一応、悪いとは思ってるわ。朝、家を出る時から大して守るつもりもなかったんだから、最初にそう言っておくべきだったとも思う。だけど、今日はべスとおじさんの家で会ってただけだからいいけど、これからもずっと門限五時っていうのは困るわ。だって、みんながすごく盛り上がってるのに、あたしだけ「そろそろ帰らなきゃ」なんていつも言ってたら、ノリの悪い子だと思われて、嫌われるか最悪仲間はずれにされちゃうもの」

「そう。今日はべスと会ってたの」

 セシリアは、以前ベアトリス・ブラッドフォードの母親と『アフリカの孤児たちに愛の手を』という慈善会で会ったことがありました。父親のほうも新聞記者であり、グレイスがつきあうのにそう悪くもない相手……といったようにこの時考えていたかもしれません。

「でも、それならおじさんの家でなくて、うちで会ったらよかったじゃない。ママはね、ただおじさんの家に行くんなら、そのくらいで話も済むだろうと思ってそう言っただけなのよ。それか、遅くなるなら必ず連絡ちょうだいね。何より、そのための携帯でもあるんだから」

「確かに、連絡しなかったのは悪かったわ。だけど、これからもべスとはやっぱりおじさんの家で会うわ。だって、べスの家からだとうちまで来るのは遠くて大変なんですもの」

 本当は、『ジョンおじさんの気まぐれパン屋さん』のためでしたが、グレイスはそのことは黙っていました。セシリアのほうで変にへそを曲げたりされて、おじさんの家へ行けなくなったりしたのでは堪ったものではないからです。

「あら、そうかしら。自転車でならそうでもないんじゃない?何分、この暑さですものね。なんだったらママがグレイスとべスのことを乗せて、おじさんの家までいってもいいしね」

「もう、ママったら!それがダメなのよ。わざわざこんなことのためにべスの家まで車で行ったりしたら、グレイスのママはなんて過保護なのかしらって、あたしがあとでみんなに笑われちゃうんだから」

「そう。それなら仕方ないわね。でも本当、車や変な人には気をつけるのよ。全然知らない人に話しかけられたりしても……」

「わかってるったら!それより、今日の晩ごはんは何?」

 セシリアは、会話の中にある種の<親子らしさ>を感じて、そのことに満足を覚えましたので、『どうして明日もおじさんの家へなんか行くの!?』といったようには言いませんでした。ただ、グレイスがどこへ行くにも、自分が送っていきたい気持ちはやはりありながらも――そこまでするのは異常だという判断力が、彼女の中にもまだ残っていましたから。

 グレイスは、おじさんの家でステーキピラフが食べられなくて残念でしたが、自分の家でもたまたまステーキだということを知って……今度は胸が痛みました。せっかくおじさんがべスの分も含めて夕食の用意をしてくれたのに、今おじさんはひとりぼっちでステーキピラフを食べているのかと思うと……何か罪悪感に近い気持ちさえ覚えたものです。

 結局、夕食の席での話しあいで、門限は七時に伸びました。けれども、五時に一度ママに連絡を入れて、今どこに誰といるのかという報告はすることになりました。グレイスは内心(めんどくさーい!)と思っていましたが、それ以上何か言っても揉めるだけなのは明白でしたから、妥協するということにしたのです。

 ごはんを食べ終わると、グレイスは一度自分の部屋でおじさんに電話することにしました。今日、変な帰り方をしてしまったため、おじさんが心配しているのではないかと思ったのです。

「ごめんね、おじさん。おじさんがせっかく作ってくれたステーキピラフが食べられないと思ったから、ちょっとふてくされたってだけなの!」

 本当の理由は違いましたが、グレイスはとりあえずそういうことにしておこうと思ったのでした。

『ああ。ステーキピラフなら、あのあとべスが戻ってきてわしと一緒に食っていったよ。「うまいうまい」言うて、ムッシャムシャ食べておったっけな。ほっほっほっ』

「ええっ!?べスったらずるーい!あたしだってほんとは食べたかったのに」

『あの子なりに気を遣ったんじゃろうよ。なに、グレイスの分はとっておいたから、明日にでも食べればええて』

「ほんと!?おじさん、あたしね、ほんとはさっきまで結構気分が腐ってたの。だけど、今のおじさんの一言で生き返ってきたわ」

『グレイスはほんと、いやしん坊さんじゃのう。グレイスのパパも食い意地が張っとったからな、そういうとこはほんとそっくりじゃ。が、まあジャックはその頃からすでにコックになるのが夢じゃったから、調理人の資質としてはそれも大切なことだて』

「…………………」

 おじさんの物言いがあまりに自然で、グレイスは思わず感動して黙りこんでしまいました。

『どうしたね、グレイス?明日もうちへ来るのじゃろ?あのあとべスがうちでステーキを食べながら、随分何か熱く語っていっておったからのう。「ジョンおじさんの気まぐれパン屋さんは絶対儲かるわ!」とかなんとかな。ま、わしは作るだけじゃから、あとのことはべスとグレイスとで好きなようにしたらええ』

「おじさん、べスはね、マジでやる気マンマンなのよ。でね、べスみたいな子が本気になったら、それはきっと成功するんじゃないかと思うの。もちろん、材料費や何かを差し引いちゃうと、あたしもそんなに儲けって出るかしらとは思うんだけど……」

『そんな、儲けとかなんとか、最初は考えんほうがええと思うがな。ほら、学校や教会のバザーと一緒で、ただ買った人が美味しいと思ってくれれば、おじさんはそれだけで十分じゃからの』

「もう、おじさんったら欲がないんだから!」

 十歳の姪と六十八歳のおじさんの長電話……というのが、世間にどのくらいあるのかはわかりませんが、この時、グレイスは一時間半ほどもくっちゃべってから、ようやくおじさんに促されて電話を切っていたのでした。



 >>続く。





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