
わたしが「キノコ」というものに本当の意味で興味を持ったのは、ピーター・ラビットで有名なビアトリクス・ポターが、キノコの研究をしていた……みたいに、伝記の本で読んでからだと思います
>>キノコ学に夢中。
ビアトリクスは毎夏、バカンスに出かけるスコットランドや湖水地方での自然観察の散歩中に、妖精たちが住処にするようなキノコに出会い、強い興味を覚えます。彼女のキノコを題材にした最初の水彩画として知られている作品は、1887年の夏のバカンスで訪れた『リングホーム邸』で描かれたものです。
【中略】
この人物(チャールズ・マッキントッシュ)との出会いは、ビアトリクスのキノコへの関心を大きく育むことになります。彼女はマッキントッシュの博識に驚き、心から敬意を払いました。一方、彼はキノコの絵を植物学的に、どのような描き方がキノコの特徴を際立たせるかを、熱心に教えました。研究心が強いビアトリクスは次々と専門書を読破し、その研究の内容を学究的なものへと深めていきます。いつしかビアトリクスは単なるキノコの収集家、写生画家ではなく、アマチュア菌類学者へと変わっていきました。
マッキントッシュや叔父のヘンリー・ロスコウの協力もあり、1897年、31歳のビアトリクスは「ハラタケ属の胞子発生について」という学術論文を、ロンドンに本部を置く「リンネ協会」に提出します。その論文は「論文番号2978」として登録されますが、当時、女性の地位は低く、女性だからという理由だけで、学会への参加は許されませんでした。その論文は受け入れられることがなかったのです。そのとき、ビアトリクスはどれほど悲しく、苦々しい気持ちを抱いたことでしょう。
その後も、菌類の研究は続けましたが、数年後にはだんだんとその興味も薄れ、絵本の創作の世界に進もうと考えるようになりました。
(『ピーターラビットの世界へ:ビアトリクス・ポターのすべて』河野芳英先生著/河出書房新社より)
キノコってなんか、ジメジメしてて暗いイメージがあるわけですけど、TEDのポール・スタメッツさんの回と、天ぷらにある「素晴らしき、きのこの世界」のこのふたつの映像を見ると、わたし同様実はキノコ(菌類)が地球最強の生物なのではないか――と考えるようになる方というのは、実際のところ多いのではないでしょうか
菌類には150万を越える種があり(植物の6倍以上)、この中で2万種がキノコを作るそうです。それで、「素晴らしき、きのこの世界」を見ていて驚いたことのひとつが……人類がいわゆるマジックマッシュルームを食べたことで脳がより進化していったのではないかという仮説です(^^;)。
もちろん、あくまで仮説であって、確かめようのないことではあるとはいえ、わたしたち人類のご先祖さまがキノコを食べてないはずがないということがまず第一にあり、その中でお腹がすいたらちょっと危険かもしれないと思っても、食べてしまう可能性って高そうな気がしませんか?それで、仲間がテングタケを食べて死ぬのを見て、「あれは食べたら死ぬ」といったように覚えていく。でも、マジックマッシュルームってわたし食べたことないのでなんとも言えないものの……雷が鳴るとシイタケって一気に増えるって言いますよね。そういう時、雷の振動によって菌糸が刺激されて生えてくるっていうことなんですけど、ひとつの仮説として、「雷
怖い・危険」→「種の存続の危機やも知れぬ
」→「仲間を増やそう!!
」という、キノコがそうした生存戦略を取ってるんじゃないか、ということだった思います。
それはさておき、今から約200万年前、人間の脳皮質の大きさは3倍になったそうですが、それが何故かはっきりとはわかっていないそうです。ただ、異様に短い期間で脳は進化し、爆発的に発達したことがわかっており……世界中の先住民が植物やキノコといったものに詳しいし、現在もキノコを食べる霊長類はヒトを含めて23種いることから見ても、我々のご先祖さまがキノコを食べていた可能性は極めて高い。ゆえに、実はある種のキノコを食べたことが、今から約200万年前、人類の脳の巨大化をもたらした要因のひとつだったのではないか、という仮説は――本当はどうなのか確かめようがないにしても、ありえそうな話ではないか……というお話だったと思います。
>>世界中の先住民が植物や菌類に詳しく、それらを活用していることを考えれば、変性意識状態を起こす菌類に祖先は出会っていたんだろう。
約200万年前、人間の脳皮質の大きさは3倍になった。異様に短い期間で脳は進化し、爆発的に発達した。進化の上での200万年は一瞬だ。脳に何が?
1970年代後半、マッケナ兄弟が唱えたのは『幻覚を見た類人猿』の仮説だ。現在キノコを食べる霊長類はヒトを含めて23種いる。私たちの祖先は森を出て草原を歩き、動物の糞をたどった。亜熱帯で牛糞から生えるキノコといえば、幻覚作用の強いミナミシビレタケ。
キノコや他の幻覚剤の特徴は、共感覚を誘発することだ。共感覚とは通常の感覚が、別の感覚を呼び起こすこと。色が聞こえるような感覚、音が見えるような感覚……こうした深い経験をして共感覚の境地に達すれば、それが祖先にどれほど影響したか想像できる。幻覚性キノコは受け取る情報量を拡大する。脳内のシナプス伝達に作用すると考えていい。どんな競争にも有利だ。武器や道具をうまく作れれば、生き残る確率が上がる。これが1回や2回でなく、何百万回も繰り返された結果、200万年前、脳の巨大化をもたらしたという仮説だ。キノコを食べて突然そうなったとは言わないが、1つの要因だったと考えている。
(『素晴らしき、きのこの世界』より)
この、「素晴らしき、きのこの世界」と「キノコが世界を救う6つの方法」のふたつの映像は、「人類は人類自身を救いえないだろうが、そんな愚かな人間をキノコは救える可能性が高い」という意味で――この地球の影の支配者は実は菌類(キノコ)なのではないかといったように、見終わったあとで180度考えが変わるという意味でも、本当に面白かったです
そして、次にしめじでもシイタケでもなめこでも、食卓にキノコがあるのを見たら、「キノコさん、今我々があるのはあなたとあなたのお仲間のお陰です。そして、人間がその愚かさゆえに自ら滅びの道を歩んでも、我々人類の死体すらも苗床として、あなた方はますますこの地球という惑星で生き延びていかれることでしょう」なんていうふうに、心の中で話しかけてしまいそうな気がしたり。。。
それではまた~!!
↓日本語字幕をつけて見ることが出来ます♪(^^)
惑星シェイクスピア。-【4】-
本星エフェメラが惑星シェイクスピアを下級惑星としてランク付けしているように、ロルカの生まれたネメシスという星もまた、それよりは文明が進んでいるとはいえ、本星がさして興味を持っていない惑星であることは確かだった。そこへ、上位惑星系の星々にも名を知られた、あるテロ組織が逃げこんできたことで、ちょっとした騒動が持ち上がったわけである。もしそのテロ組織を捕まえたとしたら、本星はネメシスをミドルクラス程度の惑星へランクが上がるよう支援しようということだったから、世界中の警察が互いに協力しあい、テロ団<マルジェロ>を検挙しようとやっきになった。武器も最新式のものが支給されたのみならず、本星からじきじきに捜査指揮官までやって来たものだから、とうとう悪名高い<マルジェロ>も、これで一貫の終わりかと思われた。ところが、窮鼠猫を噛むとはよく言ったもので、<マルジェロ>はもはや手段を選ばなかった。貧乏なスラム街の人々に金をばらまいて味方につけると、富裕階層及び警察組織に楯突くよう仕向けたのである。
惑星ネメシスにおいては、自由や平等の名の元に、実際には皇帝や貴族を頂点として、以下の官僚組織がそれ以下の者たちを監視・搾取するシステムが完成されており、平民に生まれた者は当然死ぬまで平民のままであり、ここへテロ組織<マルジェロ>は革命の火矢を放ったのであった。ロルカもまた、ネメシスの平民の生まれであり、父親も母親も工場で働いており、自分も高等学校を卒業後は両親と同じようになるだろうとわかっていた。いや、彼らの場合は一日七時間程度労働するという毎日でも、それで五人家族の全員が十分衣食住に満足していたから、特段皇帝陛下や貴族たちに不満を抱くこともなかったし、自分たちよりも身分の高い人々として崇敬していたくらいである。
ロルカの通った幼稚園にも小学校にも中学校にも、時の皇帝陛下の写真が飾られていたが、一日の授業がはじまる前に皇帝陛下に学校の授業料が免除されていることや、日々こうして平和に暮らせているのも陛下のお陰であるということを――彼らは国家を斉唱して感謝するという習慣を持っていたわけだが、そのことにも疑問を持ったことなどロルカは一度もない。
けれど、テロ組織<マルジェロ>が自分たちの惑星へ逃亡してきたことで、事態は一変した。テロ組織<マルジェロ>に協力している裏切り者がいるはずだということで、魔女狩りが始まったのである。ロルカはその時の忌まわしい記憶を、今も到底忘れることが出来ない。信頼していた友人が、僅かばかりの金を得るために隣人を裏切り者として売り、こうして疑心暗鬼の感情が市民の間には野火が広がるようにあっという間に広がっていった。
<マルジェロ>はまるで、いない神を信じさせる悪魔であるかの如く平民以下の貧しい者たちを洗脳していき、皇帝軍は圧倒的戦力により、逆らう市民らを問答無用で皆殺しにしていった。こうなると、最初は皇帝や貴族たちの信奉者だった平民らも、マルジェロに寝返るようになっていき――そうした戦乱の中で、ロルカの両親も兄も妹も、親戚や友人や多くの人々が死んでいった。ロルカの両親は熱心な皇帝の信奉者であったので、父が逮捕された時もそう強く主張したにも関わらず、警察に捕まり、最終的には拷問死したのである。兄は父親の死を受けてマルジェロの一味となり、母親は父と兄のことがあって以来、すっかり判断力のない精神薄弱者のようになってしまった。ロルカの妹はそんな母のことを励まし、熱心に看病していたのだが、さらなる悲劇が一家を襲った。何分、この頃には治安のほうも悪くなっており、工場はストライキに次ぐストライキにより、銃声と血によって閉鎖状態だったし、学校のほうにも『検閲』と称して軍の幹部が見張りにやって来たりと、物々しい緊張状態が続いていた。
ロルカの唯一の希望は妹のアイシスひとりきりだったが、この可愛い妹が、帝国軍の兵士たちにレイプされ、物置で首を括って死んでしまったのである。ロルカが高等学校から戻ってみると、母親はただひたすらさめざめ泣くだけであり、家中が荒らされ、金目のものがすべて奪われたのみならず、妹の死体を発見した時には――ロルカはこの世のすべてを呪った。ロルカの母は何かにつけては『今の暮らしがあるのも皇帝さまのおかげ』と、皇帝の写真に向かって祈っているような女であったが、その皇帝軍の立派な軍服を着た兵士らが、自分の家で強盗を働き、それのみならず一人娘に獣のように襲いかかるのを見て……それまで信じていた偶像の姿が木っ端微塵に打ち砕かれたのであろう。最後には彼女は、ほとんど狂死にも近い形によって死亡した。母親が最後にロルカに言い残した言葉は、『これでおまえにもう面倒かけなくて済むね。ああ、よかった』というものだった。
そして、ロルカの兄もまた、皇帝軍らの戦車の下敷きになって死亡したのであったが――ロルカはそれにも関わらず、皇帝や、皇帝以下の権力機構のことを恨まなかった。すべてはテロ組織マルジェロが悪いのだと信じた。親戚のつてを頼り、隣の(と言っても、軽く二億三千万キロメートルは離れている)惑星へ難民として暮らすことが許されたロルカであったが、最終的にマルジェロの一味が死亡するなり逮捕されるなりして内戦状態にも等しかった事態が終息しても、彼はもう故郷の星へは戻らなかった。
絶望的な精神状態のロルカの心を支えたもの、それはあるひとりの教師の残した生き様だった。正直、その社会科の先生を、ロルカも他の生徒らも、あまり重んじていなかったのだが、軍の人間が例によって『検閲』にやって来た時……クラスの悪ふざけの好きなガキ大将が、ジャスパー先生が黒板に向かっている間、先生の顔真似をしたりして、それでいて先生が振り返ると真顔に戻るといったことを繰り返していた。ところが、この様子を見ていた軍人が、スパアン!と物音高くドアを開くと、彼の耳たぶを千切れなかったのが不思議なほどぐいと引っ張り、「その腐った根性、叩き直してやるっ!」と叫び、そのまま校庭まで引きずっていったのである。
ジャスパー先生は驚いて、慌てふためきながらふたりの後を追っていった。「すみません。教師である私の監督不行き届きです」と言い、ジャスパー先生はしきりと軍人に縋りついてあやまったのだが、ガキ大将のアルドナートは顔を思い切り殴られて鼻血まで流し、号泣しているという有様だった。
「このような者、皇帝陛下が授業料を免除してくださる学校の生徒として相応しくないっ!!」
検閲の軍人がピストルをその手に握ると、アルドナートはさらに震え上がった。「どうか、それだけはご勘弁を……っ」ジャスパー先生が縋りつくのを何度となく振りほどき、軍人はピストルの撃鉄を上げた。けれど、次の瞬間――先生がアルドナートの大きな体を庇うようにして立ち、代わりにその銃弾を受けていたのである。
この頃には、学校中の教室の教師や生徒らが、なす術もなくこの悲劇をただ固唾を飲んで見守っていた。ズダアアアンッ!という発砲音と同時に、ジャスパー先生が胸から血を流して倒れると、一階にある一年生の教室から女教師がひとり飛び出して来、アルドナートのことを抱きしめた。立派な髭を蓄えた軍人は「チッ!」と舌打ちすると、「おい、女!名前を聞いておこうか」と言った。彼女が「アネット・レイヴォジワールでございます」と答えると、軍人は他の検閲兵と合流し、その場を去っていった。
この時にはすでに誰しも、軍人が国語の中年女教師に名前を聞いたのが何故か、わかっていた。のちのち危害が及ぶのは何も、彼女本人とは限らず、アネットの両親、あるいは夫、兄弟姉妹や自分の子供、親類縁者となるかも知れなかった。また、このことのゆえに、教師たちは生徒の名前が呼ばれると、次第次第に何も言わず、ただ「校長室へ行きなさい」とだけ言うようになった。つまり、「おまえの父親(あるいは兄や叔父などである場合もある)がこれこれこのような容疑によって捕まったが、おまえは息子として何か知らぬか」というわけだった。場合によっては、その息子や娘はその後二度と教室へ戻って来ないこともよくあった。ただ黙っていたり、「何も知りません」としか言わなかったとすれば(また、その口の聞き方や態度のほうが生意気だったとすれば)「もっと詳しく別の場所で聞くことにしようか」とニヤニヤされるということになったわけである。
教師らはこのことに非常に心を痛めていたが、命を投げだしてまで生徒のことを守り助けたのは、ただひとりジャスパー・リュイド先生ひとりきりだったのである。とはいえ、遅かれ早かれ似たような悲劇は避けられなかったに違いない。最初の頃は特に、教師は生徒の引き渡しに非協力的であったから、検閲兵らは見せしめに出来る誰かをずっと探していたのだから……。
この時、少年ロルカ・クォネスカの心に刻みつけられたのは次のようなことだった。ジャスパー先生は、生徒らにさして人気のある教師ではなかった。だが、事態がそのような深刻さを増すようになる前まで――女生徒らにとてもよくモテていた体育教師も、授業中偉そうに長く説教を垂れていた数学教師も、のちには涙ひとつ流すでなく、生徒の名前を冷静に呼び、校長室へ行くよう促すようになっていったということだ。
どんな悲劇にも、人は馴れることが出来る……とまでは、ロルカも流石に思わない。だが、ロルカも他の生徒らも、教師、大人という存在に対し、それまで持っていた信頼感が完膚なきまでに打ち砕かれたというのは確かである。そんな中で唯一、ジャスパー先生だけは違った。全然生徒から人気もなく、それどころか目立たぬ地味な先生で、授業内容のほうも彼のその性格を反映したかのように退屈極まりなかったものだった。簡単にいえば生徒からもなめられており、それ故にこそアルドナートのように増長する生徒がいたわけだが――けれどこの場合、だからこそ逆に、ロルカの心にジャスパー・リュイドという男の最後の生き様が鮮明に刻印されることになったわけである。
ロルカ自身、色男と褒めそやされることの多かった兄とは違い、容貌のほうは地味で、性格のほうは真面目だったが、学校でも目立たぬほうだった。成績のほうも極普通であり、先生たちからもよく「こんな成績じゃ、一生工場勤めで終わっちまうぞ」とからかわれたものだった。けれどロルカは、工場で一生懸命働きつつ、幸せな家庭を築いている両親の姿を見て育ったから、自分も父や母のようになれたらいいといったような、漠然とした将来設計しか持ってはいなかったのである。
けれど、ジャスパー先生の悲劇的な死により、考えが変わったのだ。おそらく、このひとりの社会科教師の死というのは、広い宇宙の中の小さな点ですらなく、さしたる意味のないもの、蟻が勇気を出してカマキリに立ち向かっていったのに、残念ながら殺された――という意味すら持たないものかもしれない。けれど、このことを通してロルカは何よりも大切なことを学んでいた。地味でも、真面目で誠実なことが一番大切であること、人から蔑まれ、誰からも賞賛されなかったとしてもコツコツ働くこと、また、正義のためにであれば、死ねる勇気を胸の奥に秘めていられるよう、そのことを決して忘れないということだ。
もちろん、ロルカにしても、その後の厳しくつらい人生において、常に正義を実行できたわけではない。むしろ何が正義かわかっていながら、教師らが拷問施設へ生徒らが連れていかれるとわかっていながらその名を呼び、軍人に身柄を引き渡したように――妥協に次ぐ妥協を繰り返してきた人生でもあった。もはや親兄弟とてなく、似た境遇の親戚や同胞らと身を寄せあう以外にない、(なんたのために自分は生きているのか)とすら、問う気力のない人生の中で……やがて彼は同じ郷里の女性と結婚して家庭を持ち、隣の惑星において『邪魔者の難民』として時に惨めに扱われつつ、どうにかこうにか息子と娘を育て上げた。それこそ、あまりに平凡すぎて、この宇宙に記録としてすら残らない生涯のひとつであったことだろう。だが、そんな彼の身の上に変化の起きるあるひとつの出来事があった。
<宇宙的テロ組織、マルジェロの復活>――その瞬間、彼の息子も娘も、その新聞の記事を目にした父親が、いつもは優しく温厚な父親が、初めて憎しみに顔を歪めるのを見た。しかもその後、心臓発作によってロルカは倒れ、病院へ入院することにすらなった。この頃、すでにロルカは孫までいる、人生の荷を下ろしたような身の上であり、同い年の妻は六十七歳で亡くなったが、子供たちも十分良い子に育ち、幸福な人生だったと、彼女は言い残して亡くなっていた。
(自分はもう長くない……だが、マルジェロの復活だなどいうことは断じて許せない。しかも、彼らの首領はとっくの昔に脱獄していて、前とまったく同じように、ありとあらゆる方法を使ってテロを繰り返しているのだとは……絶対に許せん)
テロ組織マルジェロのやり口は狡猾であった。彼らは現在なんらかの理由によって内戦、あるいは星間戦争を行なっている国を常に狙っていた。もちろんそれは危険なことでもあるが、戦争の混乱に乗じて、その惑星の財産を掠め奪い、テロの資金源とするのみならず、洗脳を行って新しいテロリストを生み出すということを繰り返していたのである。マルジェロが惑星ネメシスに行なったのは、当局に追われ、苦しまぎれに逃れた先がたまたま偶然ネメシスであったということだったのだが、この時のことは半ば伝説化されて宇宙中にその噂話がバラまかれる結果となった。つまり、ネメシスは皇帝と貴族階級といった一部の人間が専制政治を行っており、民衆は搾取され苦しんでいた……それをテロ組織マルジェロが解放したのだ――といったように。
そのことを知った時にもロルカは、怒りに気を失いそうになるほどだったが、どうにか堪えた。子供たちもまだ小さく、過去の恨みは忘れ、とにかくひたすら一生懸命に働き、自分の生命を今日から明日、そして明日から明後日へと、どうにかこうにか繋いでいくしかないといった日々でもあった。もちろん、自分の故郷の惑星を出た今、彼にはまた別のもうひとつのこともわかっている。テロ組織マルジェロも間違っているが、かといって惑星ネメシスの政治体制も正しかったわけでなかったということが……現在、ネメシスの専制君主体制はクーデターによって倒され、共和制へ移行している。信頼できる情報筋によれば、ネルロ=ネディス・ネメシス八世は暗殺によって倒れたが、この皇帝暗殺と共和制への移行には、本星エフェメラの情報諜報庁がそのようにシナリオを書いたであろうことはほぼ間違いないということだった。
こうなってくると、一体何が正しくて間違っていたのか――ロルカにも最早わからなかった。また、故郷の星へ一度でもいいから帰り、親族の慰霊をしたい思いはずっとありながらも……宇宙船に乗って帰って来れるだけの金銭的余裕もなく、ロルカも彼の妻ネリスも、結局のところコツコツ溜めた貯金については、子供たちや孫のために使ってしまった。そして、それでいいのだと思っていた。<テロ組織マルジェロ復活>との文字がインターナショナル新聞に踊っているのを見る前までは。
思えば、おそらく自分は両親や兄や妹の無念な思いを、どうにかこうにか胸の奥に封じ込め、生活があるから仕方がないのだと、そのようにずっと言い聞かせ、自己弁護してきたのだ。しかも、その新聞にはこう続いていた。『マルジェロの側近による確かな言葉によれば、彼らの首領は逮捕され、投獄後一年とせず脱獄したということである。私は聞いた。「そのことを証明するものが何かありますか?」と。「そうだな。特別重犯罪刑務所のある流刑星の記録を調べてみるといい。あるいは、その記録を不名誉なこととして刑務所の責任者が残していなかったとすれば……今もそこにはマルタン・マルジェロのクローン人間が収監されたままに違いない」私はマルジェロが釈放なしの無期懲役を受けているはずの刑務所で、彼との面会を申し込んだ。なんと!彼の元へは私だけでなく、その後何人もマスコミから取材が来ており、彼は自分こそはテロ団の元首領であるマルタン・マルジェロであると、そう名乗っているらしい。刑務所の最高責任者である刑務所長にも問い合わせてみたが、やはり「彼こそは悪辣なテロ組織の首領、マルタン・マルジェロに他ならない」ということだった。一体どうやって科学技術の粋を集めた、脱獄不能と言われる刑務所から彼は逃げ出せたのだろうか?そして、今こうしてその後50年もの時が過ぎてそのように部下が告白したのは――そろそろほとぼりも冷め、事の真偽について確かめようがないほど時が経ったからだ、ということらしい。私はさらに聞いた。「それで、当のあなた方の首領は、今どこでどうしているのか」と。「至極元気ですよ。我々はこの広い宇宙にテロリストとして枝葉を伸ばし、それはどんなに刈っても払っても伸びて来る植物、あるいは地下のキノコの菌糸のようなものだ。つまり、当局がどんなに頑張ろうとも、最早根こぎには出来ないということだ。私が言いたかったのはね、記者さん。マルタン・マルジェロが今も存命でシャバの宇宙ですでにもう長く当局を欺き、暗躍し続けてるっていうことなんだ。本星の法律は絶対だって?いや、そんなことはない。みんな、騙されてるんだ。本星エフェメラ発信の情報のうち、どれが間違いなく真実で正しく、あるいは逆にそうでないのか……一体誰に確かめようがあります?我らが首領のことに関してもそうだと、私はそのことを指摘したかったのですよ」彼はテロ団マルジェロの広報係のようなものだという。だが、確かに私にはわからない。マルタン・マルジェロは果たして今も服役中なのか、それとも今もまだ生きていてテロ組織の首領として暗躍しているのか。はたまた、このスポークスマンだという人物は、己の崇敬する首領のことを伝説化すべく世間に伝えたかったという、ただそれだけのことだったのか……」
ロルカは、イグナート星において、ここ数十年の間に発達したインターネットによっても、この件について調べた。本当は、今重犯罪刑務所のある流刑星にて服役しているのがやはりマルタン・マルジェロなのだという可能性もある。だが、致命的な別の記事を見つけてしまったのだ。本星の情報諜報庁において、マルタン・マルジェロが賞金首にかけられていることから見ても、それは明らかなことなのではないか、と……もっとも、当局の広報部の弁としては次のようなことだった。『彼が脱獄ののち、もし今も生きているのだとすれば、姿も性別もまったく違う可能性のほうが高い。だが、確かにテロ組織の首領のマルジェロはもともと自己顕示欲が強く、近ごろ「これは自分たちがやった」というように、わざわざ証拠を残す件数が増えてきたのですよ。あれから随分時が経ち、負けず嫌いな彼は実は自分はその後脱獄しており、罪の意識を感じることなくさらにテロを続け、元気でピンピンしているのだということを――我々に教えたくて堪らなくなったのではないかと考えられるわけです。もっとも、彼らの部下らが自分たちのかつての首領をこの広い宇宙の惑星間で伝説化したかっただけという可能性もなくはない。なんにしても、気の毒なのは服役中の彼のクローン人間ですな。もし彼がオリジナルのマルジェロの身代わりとなり、自分をただのコピーとも知らず、ずっと刑務所にいるだけの人生を送っているのだとすれば……とにかく、マルタン・マルジェロをあらためて賞金首としたのは、自分こそが実はオリジナルのマルジェロであるとの報告が、情報諜報庁に流れてくる件数がここ数年で一気に増加したためです」――こののち、「何故脱獄不能と言われる重犯罪刑務所で、マルジェロが脱獄できたのか」という責任問題について、広報係は「機密事項ですので」とだけ答え、回線を一方的に切ってしまった、ということである。
ロルカの心はざわついた。もし今後の短い余生を心穏やかに孫たちに囲まれて過ごしたいのであれば、マルタン・マルジェロはやはり今も流刑星にいるのだと信じることだ。そうだ、科学の粋を集めた脱獄不能と言われる重犯罪刑務所だぞ。きっと彼の部下らが今ごろになって、自分たちのかつての首領の存在を伝説化したくなったのだ――だが、ロルカはそう信じることが出来なかった。毎日毎日、ただひたすらインターネットでマルタン・マルジェロ及び、テロ組織マルジェロについて調べ、最終的に確信した。おそらく彼は今も生きているし、かつて惑星ネメシスにおいて起きた悲劇についても、さして痛痒を覚えるでもなく、『ああ、そういえば昔そんなこともあったっけな』くらいの記憶しかないのはほぼ間違いないのではないかということを……。
こうしてロルカは、賞金稼ぎ(バウンティ・ハンター)として生きる道を選ぶことにしたわけである。バウンティ・ハンターというのは極めて特殊な職業であり、本人がそうと望むのであれば、大体のところ誰でもそう名乗ることが出来る。宇宙バウンティ・ハンター協会というところがあり、ここへ登録すればバウンティ・ハンターとして活躍するための訓練やその準備金までもが支給されるという。そしてこう聞くと、なかなかに夢のある職業であるように思われるかもしれない。
宇宙バウンティ・ハンター協会は本星エフェメラその他の惑星同盟の協力や援助を受けてもおり、大抵の惑星にその支部があり、ハンターたちが訪れた際には宿泊施設の提供や必要な資金の供与まで受けることが出来る。だがその代わり、危険極まりない職業でもあり、対象者、あるいは対象物を未開の惑星まで追っていき、なんらかの理由により死亡したところで、バウンティハンター協会自体を遺族らが訴えてはならないなど、なんらの責任を負うことは決してない旨、最初に宣誓書のほうにサインしなくてはならないわけである。
そして、『宇宙を舞台に大活躍!!』などと、映画的イメージで売っているバウンティ・ハンター稼業であったが、その仕事を始めて長続きさせることの出来る者は極一握りであった。最初の門は広いのだが、なんらかの成果を出せる者は極めて少ないわけである。無論、こうしたこともまた賞金稼ぎとして登録時に重々説明されるのであったが、ロルカの意志はこの頃には固く揺るぎないものとなっていた。
また、彼が何故バウンティ・ハンターになろうというのか、その理由を知り、協会のほうで新しく若い肉体を用意してもくれた。こうして、実際には七十二歳だったのが、五十四歳ばかりも若返り、ロルカはまずはいくつか協会の斡旋する、比較的簡単と思われる仕事を請け負った。すなわち、他のベテランのバウンティ・ハンターの指導を受けつつ、ある惑星にしか産しない鉱物を希望の惑星まで運んだり、珍しい動物を捕獲して依頼主の元へ届けたりと……最初の頃、ロルカが主に金を儲けたのが、そのほとんどがある種の<運び屋>としてだった。わかりやすく昔の地球風に説明したとすれば、太平洋に浮かぶ小さな島からロシアの首都モスクワにまで、何かのブツを運ぶよう依頼されたとする。この場合、距離や日数はかかるにしても、戦火の中を走り、小型戦術核を運ぶというのでもない限り、報酬のほうが破格であるならば、請け負おうという者はいくらもいたかもしれない。ところが、遥か遠く離れた惑星Aから惑星Zまで移動し、目的のモノを運ぶとしたらどうだろうか?
ロルカは惑星イグナートを最初に離れた時から、次に戻った時には孫でさえも年老い、墓に入っているだろうとわかっていた。だからもう彼には恐れるものなど何もなかったのだ。『テロリスト指揮者、マルタン・マルジェロ』の生死を確かめ、もし生きていたとすれば必ず殺す――その滾る復讐心を胸に、ロルカはバウンティ・ハンターとして情報を収集しながらいくつもの惑星を旅して暮らしてゆくということになる。
そしてとうとう……彼の努力の報われる日が来た。バウンティハンター協会に登録されている彼の記録を見て、本星エフェメラの情報諜報庁が接触してきたのである。『何故かはわからないが、奴は超のつくような辺境惑星へ行こうとしているらしい。我々の意向としては、とりあえずは奴のことを泳がせておき、何をするつもりなのかを見たい』ということだった。『ですが、その男(ロルカはテロ組織マルジェロの首領が男だと信じて疑っていなかった)が間違いなくマルタン・マルジェロだという証拠はあるのですか?』、『あるとも』と、声だけの通話の中で、情報諜報庁の対惑星テロ犯罪情報分析課の諜報部長は言った。『一般には知られていないことだがね、一度、生命再生権を法により剥奪された者にはある消せないしるしがつけられる。つまり、今ある体が年老いて、次の体に脳の記憶データを移植する時、その新しい肉体自体がある信号を常時発するようになるのだ。我々は長きに渡ってこの信号を追って来たのだが……もし奴が辺境惑星に次ぐ辺境惑星ばかりで盗みや殺人でも働いていたとすれば、我々にも捕獲は困難だったことだろう。だが、飛んで火にいる夏の虫とは、まさしく奴のことだ。おそらくもう数度は肉体を乗り替えているのだろう。だからすっかり大丈夫と思って、本星にまでのこのこやって来たに違いない。もちろん、宙港エスタリオンのほうで、奴がかつてのテロ組織の首領であることはすぐにわかった。だが、我々はあの悪党が何をするのかを知りたかったのだよ。何分、当局をコケにして脱獄した張本人だものな。今度という今度こそは、奴自身の落ち度によって処刑もやむなしとされ、その場で頭を打ち抜かれて死んでもらい――新聞にもデカデカとこう見出しに書いてもらわねばな。<かつてのテロ指揮者、間抜けにも辺境ど田舎惑星にて逮捕>とでもいったようにな』
こののち、さらにその人物が間違いなくマルタン・マルジェロなのだという証拠を諜報部長からロルカは受け取った。つまり、殺人といった重犯罪を犯した者はすべて、自分の口でそう自白するかわりに脳の記憶領域を調べられるのだ。そしてそれは映画さながら、スクリーンに映しだして見ることまで出来る技術がすでに確立されているのである。ロルカは一度逮捕されたマルジェロその人の記憶データのコピーを受け取ると、それを最初から最後までじっくりと見た。そして思った。(こんな奴はただ一度普通の死に方をしたというのでは飽き足らない、本物の悪党だ)と……。
現在はニディア・フォルニカと名乗っているマルタン・マルジェロが、地質学者として惑星シェイクスピアなどという超のつく辺境惑星へ行こうというのが何故なのか、理由のほうはわからない。だが、もはや逃げようはないだろう。また、ロルカ自身、自分の身に危害が及ぶといったようにはあまり考えていなかった。というのも、宇宙船カエサルの中で起きていることはすべて、AI<クレオパトラ>がモニターしており、そのモニターされた映像及び音声は、当局にいずれ傍受されることになるだろうからである。
とはいえ、ロルカにしてもすでにバウンティ・ハンターとして経験を積んだ身であったから、用心のほうはしすぎて損をすることはない……という意識によって、己が仇と信じる相手と対するよう十分気をつけていたとはいえる。
ロルカはこの時――燃える復讐心によって胸を躍らせていた。もしマルタン・マルジェロにこの手でとどめを刺すことが出来るなら、彼の生きる目的も終わりを迎え、ようやくそのすべてに幕を下ろすことが出来るだろう……と、心からそう信じていたからである。
(そうだ。オレはこれでようやく惑星イグナートへ帰ることが出来るんだ。もしかしたら、オレの玄孫の孫の孫の孫……が、今も命を繋いでいるかもしれない。それとも、一族で別の惑星にでも転勤で移動することにでもなったろうか?あるいは可能性として、再び惑星ネメシスへ戻った者だってあったかもしれない。とにかくオレは、このことの報告を親父やおふくろやアイシスや兄貴にするつもりだ。そしてオレ自身も今度こそ、同じ墓へ横たえられて死のう)
何分、あれから数世紀もの時が過ぎた。もはや惑星ネメシスへ戻ったところで、まったく同じ場所に墓所があるとも思えない。だがそれでも――これで、あの時、あの時代に起きた悲劇について、その大元となる人間が葬り去られることで……無意味にも思えるやり方で無惨に散っていった命への、せめてもの鎮魂歌と出来ることだろうと、ロルカはそう信じてやまなかったのである。
>>続く。