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惑星シェイクスピア。-【1】-

2023年12月25日 | 惑星シェイクスピア。

 

 久しぶりに新しい小説の連載をはじめようと思います♪

 

 惑星パルミラに続いて、わたしにとっては二作目のSF小説……なんですけど、たぶん内容の8割方はファンタジーかなって思ったり(^^;)

 

 つまり、はじまりがSF設定で、真ん中がファンタジーで、ここが7~8割を占めて、最後にまたSF設定が出て来て終わる……といった形かなと思います。とはいえわたし、あれからSF小説については一冊も読めておらず、この小説を書くに当たっても、ファンタジー関係の設定について調べることが多くて、そっち関係の本についてばかり読んでたというか。。。

 

 あと、タイトル一応「惑星シェイクスピア」なんですけど、わたし、シェイクスピア作品については全然詳しくないです。今回前文にあんまし文字数使えないので、そのあたりについてはおいおい書いていこうと思うんですけど……今回はとりあえず、噴飯ポイント①タイトル「惑星シェイクスピア」なのに、書いてる人が全然シェイクスピアに詳しくないとだけ書いておこうかなって思います(笑)。

 

 いえ、たぶん②以降についてもたくさんありすぎるので……そもそもわたし、もともとシェイクスピアってある先入観によって好きじゃなかったんですよ。初めて読んだのは確か、中学二年生とか、そのくらい。当時、「やじきた学園道中記」という漫画が好きで読んでたんですけど(あ、ちなみにわたし、新のほうは読めてなかったり^^;)、巻末に「やじきた小劇場」というのがあって、ようするになんらかの劇やドラマなどのパロディなんですけど、何巻目かで「ロミオとジュリエット」をやじさんときたさんがやってたわけです。

 

 今ちょっと手許にコミックスないので確認できないとはいえ……やじさんもきたさんも元のシェイクスピア劇のほうにイライラ(?)するあまり、セリフとか色々変えちゃうという(笑)。

 

 それでわたしその時、「シェイクスピアなんて面白くないに決まってる!!」とか、「ロミジュリなんて退屈すぎて死んじゃう!!」とかいうのは、実は自分の思い込みであって、シェイクスピアは面白いのかもしれない、ロミジュリもちゃんと読んだら面白いのかもしれない……と思い、図書館から借りてきて読んでみたわけです。

 

 結果、最後まで読み通すことは出来ませんでした何故かというと、「ロミオよロミオ、どうしてあなたはロミオなの?」とか、「ロミオはロミオだからロミオに決まってんじゃねーかっ!!ジュリエット、おめえはアホか、アホなのか!?」とか突っ込んでしまい、どうにも読んでてつらいんですよね。。。

 

 その後、かなり経ってから映画のロミジュリ見てすごくその良さがわかったわけですけど……わたし、この映画のマキューシオが大好きで、そのお陰でこの小説にも脇役で出すことになりました(笑)。お話全体としては、そんなに重要な役どころじゃないかもしれないんですけど(^^;)。

 

 それで今回、タイトル「惑星シェイクスピア」にしちゃった以上、多少なりシェイクスピアやその作品について調べなきゃなあ……ということになり、少しくらい読んでみたりしたところ、すごく面白いなあと思いました、シェイクスピアって

 

 わたし、大好きな作家のひとりにモンゴメリがいて、松本侑子先生の「赤毛のアンに隠されたシェイクスピア」という本を読んだ時には、「へえ~、そうなんだあ」くらいの感覚だったんですけど、実際のところモンゴメリは相当シェイクスピアが好きなんだなあと思い、いずれシェイクスピアについては詳しくなりたいなあ……とは一応思ってました、その時にも。

 

 それでもうひとり、わたし詩人のエミリー・ディキンスンが大好きなんですけど、ディキンスンも確か、目が悪くなった時に「この世で読むべき本は少ないから助かる」的なことを手紙か何かに書いてたような気がするんですよね。それで、シェイクスピアの作品さえ読んでいたら、他は読まなくてもいいくらい……といったような意味のことを書いてたような記憶があって。

 

 なので、今回それから相当長く時が経って、初めてちゃんとシェイクスピアに興味を持って好きになれたことが……自分的にすごく嬉しかったのですいえ、(日本語に訳されたものを)多少なり読んでみて、「やっぱりわしにはシェイクスピアはわからん☆」となったら、大好きなモンゴメリやディキンスンと感性が違うという意味で、それはわたしにとって悲しいことなので……「シェイクスピア、天才やんか!!」とわかっただけでも、わたし的には大収穫だったというか。

 

 なんにしても、このあたりのことについては、前文に何も書くことない時にでも、おいおい書いていこうかなって思います

 

 それではまた~!!

 

 

 

 

 

       惑星シェイクスピア。-【1】-

 

<惑星シェイクスピア――その軽やかにして華麗な名前の響きに反し、この星は荒廃を極めていた。いや、惑星自体の生態系にはなんら問題となるところはない。ただ、その地表に生命が宿り、やがてそれが一般に<人間>と呼ばれる姿にまで進化し、意識なるものを持つに至ったということ……それはおそらく、惑星自身の関心事では一切なく、たかだか三十~五十年の寿命を与えられたこの<人間>という種族にとってこそ悲劇であったろう。>………

 

 ギベルネス・リジェッロは、宇宙船内にある図書館にて、ここ惑星シェイクスピアが発見されてのち、ずっと見守り続けてきた惑星学者たちの記録書を紐解くと、順に読み込んでいるところだった。たとえば六法全書であるとか、ある裁判の記録についてただ単に情報として暗記したいということであれば――安全な生体チップを媒介に、脳専用の情報集積回路へと情報を流しこめばいいのだが、やはりこうした人の情緒や個性ある文章を読み込む場合には、きちんとその文章を目で追い、じっくり心で味わうという過程が、彼の場合必要なのだった。

 

 ギベルネスがつい三か月前に到着した、この宇宙船カエサルという名の、惑星シェイクスピアの成層圏外、約一万キロほど上方に位置する探査船は、今から約六百六十年ほど前からこの不毛の星の調査を開始したという。現地人が単にアズール(地上の意味。英語のアースにあたる)と呼ぶ、岩石と砂漠に地表の約7割を占められた決して美しいとは言えないこの惑星にシェイクスピアと名づけたのは、発見者であるアントニウス・カエサル船長であり、彼がシェイクスピアを好んでいたことにちなむらしい。彼は出身惑星シーザーにて政治家として失脚してのち、長く政治犯として流刑星で投獄の身となっていた。その後、彼を慕っていた部下たちの協力により脱獄に成功するものの――何分その後は追われる身である。いわゆる宇宙海賊となり、どこかの新しい惑星、新天地を求めて逃亡の旅を続けていたところ……紆余曲折の果てに発見したのが、彼がシェイクスピアと名づけた惑星であった。

 

 本星エフェメラの発布している惑星法によれば、まったくの未開の惑星を人が住めるほどの状態にまで開拓した者は、惑星法務学者を呼びよせ、所定の手続きののち、所属星系の認可さえ下りればその星を自分のものとすることが出来、さらには第三者に売却することも可能であるとされている。また、本星に記録のない惑星を発見する、あるいはそこにすでに文明を築いている異星人を見出した場合――その報告をした者には、多額の報奨金が与えられるのみならず、なんらかの罪科の元にある者はその罪を赦免してもらえるという特権まであった(何故そのように定められているかといえば、もはや数十万以上もの惑星が本星に登録される中、宇宙深部になんらかの新発見があったとすれば、それは宇宙海賊なり逃亡犯である場合があまりに多かったからである)。

 

 こうして、アントニウス・カエサルは自分の出身惑星シーザーとではなく、本星エフェメラと直接連絡を取ることに成功し、惑星名を登録する時――「シェイクスピア」と咄嗟に答えたというわけであった。彼の部下の幾人かは、それぞれの出身惑星へ時間をかけて戻ったというが、カエサル本人と三十名ほどの忠実な部下はそのまま、惑星シェイクスピアの観察師団の一員として宇宙船へ留まったということである。

 

 さて、第一発見者であるカエサルがシェイクスピアと名づけた惑星であるが、本星エフェメラよりその後派遣されることになった二十五名ほどの惑星学者が到着するまでに、軽く百五十年はかかることから、彼らもまた宇宙船内にあるコールドスリープ装置にて、それまで休眠するということになった。そして百六十五年後、それぞれの専門分野を持つ二十五名の惑星学者らと協力し、惑星シェイクスピアの調査がはじまった。だが、調査が進めば進むほど、このシェイクスピアという名の星は遠く長く旅をしてきた彼ら全員を失望させたという。

 

 シェイクスピアの『リア王』にちなみ、仮にリア人と名づけられたこの地の人々は(のちに正式にはアズール人と呼ばれるようになる)、今は亡き地球にあった歴史的観点に立っていえば、大体紀元後千四百年くらいの中世といって良い文明の発達段階に至っていたというのに、彼らの根底には野蛮人の血が色濃く流れており、最初にやってきた惑星観察師団のリーダーであるダービー・ドゥワイトの言によれば、「ソドムとゴモラの子孫が滅びず、今もこの惑星で生き残っていたかのようだ」ということになるらしい。

 

 というのも、ここ惑星シェイクスピアのリア人たちは、乏しい食料しか生まぬ不毛の大地の中で人として進化してきたためだろう、口に入れて食べられると判断されたものはなんでも食べた。そしてそれは、昆虫や動植物のみならず、自分たちの同族――つまり人をも煮たり焼いたりして食べるというカニバリズムの文化を持つに至っていたからである。さらにはそれのみならず、兄弟姉妹といった近親同士、あるいは同性同士で肉欲に溺れることをタブーとしない文化であったため、道徳的にも(あくまで地球発祥型人類の目から見れば)汚れた、低劣な人種であるようにしか思われなかったのも無理からぬ話であったろう。

 

 このダービー・ドゥワイト率いる第一惑星観察師団が調査したのは、主に惑星の地質や動植物の分布といった環境学的なことに留まり、リア人たちの持つ歴史については、過去に遡って百年ほどのことがおおよそ判明したくらいであった。彼らの使用している言語についても、その基本的な文法についてがある程度のところ理解でき、それをコンピューターへ入力し、翻訳変換できるというところまでしか作業は進まなかった。

 

 彼らにしても、このある意味「何もない」とすら思われる惑星の荒野へ降り立った時、何か未知の鉱石群であるとか、エネルギー資源が発見されるといった、革新的で偉大なものが見出されるといったように期待していたわけではまるでない。ただ、第一惑星観察師団の人々が絶望の溜息とともに第二惑星観察師団の到着を待ち侘びたように、この第二惑星観察師団の人々が、次に第三惑星観察師団の一団がいつやって来るかと、到着後そう時も経たぬうちに心の中で思うようになったのには理由がある。さらにその後、第十惑星観察師団と交替する頃には――惑星シェイクスピアは『神なき惑星』、『神に見捨てられた惑星』という通称によって、これらの人々の間で親しまれるようにすらなっていたほどである。

 

 そして、第十三惑星師団の一員として惑星シェイクスピアへギベルネス・リジェッロが派遣されてやって来た頃(つまり今)……もはやこの星は「見るべきものの何もない星」として、本星エフェメラからもまるきり注目されない、宇宙の果てのあってなきが如し惑星として放っておかれたのであった。とはいえ、本星には大体これと似た機械的・事務的作業にも等しく派遣される調査師団など、それこそ星の数ほどあるわけであり、惑星シェイクスピアはその新たなるひとつへ加わっただけだという、これはそれだけの話でもあっただろう。

 

<グロスヴィイ(北)王朝437年>(アズール歴1326年)=第六次血の河戦争はじまる。この戦争により、第47代グロスヴィイ王、アンギニー・グロスヴィイ野蛮王は倒れ、ジリントムニイ・クロスムント狡猾王による、華々しいクロスムント王朝の時代となる。だが、このクロスムント王朝もまた、三百年と続くことはなく、次に台頭してきたゴンザムメンデス大王によって倒され、現在(この記録が書かれた当時)1617年へと至る(ちなみに、この歴史書を読んでいるギベルネスにとっての<現在>は、アズール歴にして1622年である)。

 

<テイカーバイ(南)王朝557年>(アズール歴1342年)=二度に渡る大戦を経て、モンディグロス・テイカーバイ残虐王がもうひとつの大勢力であったマティルカ・コロニウス砂漠大王を倒したことは、歴史的悲劇の繰り返しであるようにしか思われない。もっとも、この惑星においてはこのように血で血を洗う惨劇のような戦争はまったく珍しいことではなく、そこには<正義>や<悪>といった概念すら存在しないかのようだ。この惑星の住人は、欲しいとなれば他人の妻を奪い、盗みを働き、さらには居直って自分の罪を悔い改めることさえない。だが、権力者がこのような者たちに気ままに与える刑罰は実に残虐である。ある者は生きたまま舌を切られ、目を抉られ、歯を抜かれ、罪人のしるしの焼きゴテを悲鳴とともに体のどこかへ烙印されるのだから……。

 

 ギベルネスはここまで読むと、陰気な溜息とともに開いたテキストを閉じたくなった。彼ら第十三惑星観察師団に対し、第十二惑星観察師団の人々は必要最低限の引き継ぎを済ませると、「一刻も早く本星へ帰りたい」とばかり、早々に立ち去り、いそいそと宇宙船のコールドスリープ装置へ入っていったものである。第四惑星観察師団の人々が立ち去って以降、ここ惑星シェイクスピアにおける調査団の任期は五十年ということになり――ギベルネスはまだここへ来て三か月にしかならないというのに、早く残りの四十九年の歳月が流れてくれはしまいかと思いはじめていたから、今では第十二惑星観察師団の人々の、いかにもな事務的態度に対しても(実は彼らを責められないのだな。私もきっと今から五十年後には……まったく同じようにして、どこかいい加減な感じで第十四惑星観察師団の人々に引き継ぎをし、「あばよ」とばかり、この忌々しい惑星から立ち去ることになるのだろう)と、溜息とともに思うようになっていた。

 

「どうやらわたしたち、相当つまらない惑星へ派遣されてきたみたいね」

 

 惑星地質学者であるニディア・フォルニカにそう言われ、ギベルネスはハッとした。第一惑星観察師団の人々から第十二惑星観察師団の人々に至るまでが、それぞれほんの数冊、紙の書籍も持ってきていたことから(そしてそれは大抵の場合、そのまま宇宙船の図書室の棚に置かれたままとなる)、古びた本が棚には百冊以上並んでいたとはいえ――ギベルネスが今見ていたのは、惑星シェイクスピアの公式記録、先代の第十二惑星観察師団の歴史学者が書き残したデジタル文書であった。

 

「つまらないだけならまだしも」と、ギベルネスは溜息とともに苦笑した。ここへ来てから、一体何度目の溜息だったろう。「本当に、知れば知るほどなんとも言えない嫌な気持ちになる星ですよ、ここシェイクスピアというところは。美しいといえば、シェイクスピアという惑星名だけ……もちろん、わかってはいました。一応、どんな星なのかといった情報についてはわかった上で惑星調査員の契約書にサインしたんですしね。けれどやはり、ちょっとした映像資料と文章を読んで判断したことと、こうして」

 

 そう言って、図書室の壁の大きなスクリーンに映しだされた、惑星シェイクスピアの地上からの中継映像を見、ギベルネスは目を逸らしたくなった。シェイクスピアの地上には、いくつかそれとわからぬ形で基地が設置されている。そこからは宇宙船のAI<クレオパトラ>による制御によって、無数の小型の<昆虫>が放たれ――惑星シェイクスピアの地上をある程度まで監視することが可能となっている。

 

 そして今、ギベルネスとニディアの見ている大型スクリーンには、アズール人がルパルカと呼ぶ、ラクダに似た動物に乗り、あるひとりの少女を追う隊商の姿があった。現在の北王朝ゴンザムメンデスにおいても、南王朝テイカーバイにおいても、人身売買は合法であり、売られた者はそれが赤ん坊でも、まだ五つか六つの子供でも――金を払った側の好きに出来る自由があった。粗末な衣服を着た、十にも満たぬように見える少女は、最後には追っ手に捕まり、ひどく殴られたのち、手に縄をかけられて引きずられていった。

 

「現地で起きていることを実際に目にすることの間には、雲泥の差があります。いえ、アズール人だって今後、さらに文化的に成熟して、平和的かつ民主的な国家を築くという希望がないわけではない……いや、いずれ時をかけてそのようになっていく可能性はある。けれど、私たちがここにいる約五十年の間は――反逆者に対する残酷な拷問刑やら何やら、見たくもないものを見ては記録に留めなくてはならないと思うと……まったくもってうんざりすると、そうとしか思えません」

 

「ちょっとおっ!ノーマン・フェルクス、あんたなんでこう見たくもないような場面ばっかに焦点合わせようとするわけ!?もっと他に役立つ、記録すべき視点ってもんがあるでしょうが!!」

 

「そう言うなよ、ニディア」画面が一瞬歪んだかと思うと、惑星物理学者ノーマン・フェルクスの顔がそこに映しだされた。「虫どもがどこへ行って何を映すかは――クレオパトラがランダムに決めていることだからな。もちろん、こちらからだって操作は可能だし、北王国や南王国の王宮深くに虫を飛ばして、そこで一体どんな腹黒い陰謀が張り巡らされているものやら、知ることだって出来るだろう。あとは市井の人々がどんな暮らしをしているか、同じように虫の視点……カメラを通していくらでもなんでも見放題ではある。けどまあ、最初からわかっちゃいることではあるが、とにかくオレたちは<ハズレ>の惑星へやって来たわけさ。第一、もう先代の第十二調査団のお方々までで、山においても海においても川においても、その他森林でもどこでも――そう調べるべきことなんぞ、残っちゃいないんだからな」

 

「まあね。そりゃ確かにね。わたしたちがこれから五十年もかけてやらなきゃならないことと言えば……本当の意味で仕事するっていうよりも、何か「それっぽく仕事しましたよ」的な報告書作りといったところですものね。あ~あ、そうなると歴史学者のアルダンがなんだか羨ましいわ。あいつ、毎日虫をあちこちに手動で飛ばして、早速仕事をはじめたみたいよ。もっとも、先代の第十二調査師団の歴史学者先生のお話によれば、アズール人は身の毛もよだつ呪われた種族だということになるらしいけどね」

 

 ギベルネスも、食堂で一緒に食事した時、この老人と思われぬほど頑健な歴史学者が、色々と興味深い話を一同にしてくれたことを覚えている。惑星シェイクスピアは、大きく分けて二つの大陸にそれぞれ二つの大きな国の勢力があり、そう考えた場合、四つの国がそれぞれ血で血を洗う戦争を繰り返してきたらしい。もっとも、一般に<東王朝>、<西王朝>と伝統的に呼ばれているのは、現地でゴラン砂漠と呼ばれる砂漠を国境として東西に分かれているティターン大陸の人々であり(ティターン大陸と名づけたのは、第二派遣調査団の人々である)、そこから海を隔ててもうひとつ大陸があり、そちらはサトゥルヌス大陸と名づけられていた。

 

 この場合、サトゥルヌス大陸の人々がティターン大陸の人々より劣っているということもなく、民族の文化レベルの習熟度ということで言えば、互いに互いを知らないながらも彼らはまるで平行進化したのかというくらい、ほとんど変わったようなところはない。このティターン大陸とサトゥルヌス大陸の間は海、それから惑星シェイクスピア最大の砂漠地帯に阻まれているがゆえに――今のところ、交わることを知らない。だが、このティターン大陸の人々がエレゼ海と呼び、サトゥルヌス大陸の人々がクルトゥルス海とそれぞれ呼ぶ海は……彼らが詳しくそうと知らないだけで、離れているのが一番広い場所で約四千キロメートル、一番近いポイントを結んだ場所で、約五十キロほどしか離れてはいない。つまり、もっと航海術といったものが発達した暁には――おそらく次なる戦争の惨劇の幕開けとなるはずである。

 

 というのも、サトゥルヌス大陸にて覇権を競っている北王国はヤヌテスラ、南王国はオーディンサと現在呼ばれているが、こちらでは血で血を洗う戦争を繰り返しており、王が民を圧制するのは当たり前、そして身分低く生まれた者たちも、そこに逆らうことを諦めた、強い者が弱い者を支配し、そして弱い者はさらに弱い者を迫害するという、悪循環の地獄の中で日々をどうにか生き抜くしかないという環境であった(こうした事情のほうは、ティターン大陸の西王朝と東王朝においては現在、サトゥルヌス大陸ほどの悲惨さはない)。

 

『つまりな、ティターン大陸の人々は、それぞれ自分たちが<緑の心臓>(グリューネヴァルト)と呼ぶオアシスを中心に文化を発達させてきた。東王朝や西王朝にそれぞれ残る伝承によれば、最初に争いの元となったのは、こうしたオアシスの奪い合い、あるいは井戸の奪い合いによるものだったらしい。民族の全員がすべてのものを平等に分配できるのが望ましいのだろうが、より強い力を持つ者が富を独占し、弱い者を支配するという歴史が、ほとんど有史以来ずっと続いているのだよ。だから、彼ら自身、誰もそのことを疑問に思ってすらいないほどだ。ゆえに、この惑星に生きる人々は誰も、水一杯、一かけらのパンのためにでも簡単に罪を犯す。そのために人すら殺したとしても――さして罪悪感に悩むことはないらしい。さらには殺した人間のことを空腹のあまり貪り食らうということさえ、サトゥルヌス大陸のほうではよくある。そして、そのことが周囲の者にわかっても、そのことを責める者とて誰もいない。簡単にいえばそうした文化なのさ。彼らがアズールと呼ぶこの大地は、有史以来一体どれほどの人間の血を吸ってきたことだろう。だが、どんなに血が流れようとも、「もう満足だ。血なぞ結構」ということにだけはならんのだな。何故なら、この惑星の砂漠は無限に血液を吸収し、「まだ欲しい。喉が渇いた」というような、そんな土地柄だからだ。まったくもって呪わしい民族だよ』

 

 惑星ティンクワーサー出身だというその歴史学者は、惑星シェイクスピアの四つの国の概要を説明したのち、そのように話を締め括っていたものである。(まったくうんざりする)とでもいうように、首を振りながら……。

 

「ねえ、それであんた、どのあたりから仕事をはじめるわけ?」

 

 物理学者ノーマン・フェルクスは、ニディアと軽口を叩いて言い負かされると、「そんじゃオフにすりゃいいだけの話だろ!」と切れてしまい、図書室のスクリーンを黒一色にし、通信を切ってしまったようだった。第一次惑星調査師団は25名いたということだったが、その後派遣されるごとその数は減っていき――現在はたったの七名となっている。そのメンバーはギベルネスの他に、地質学者であるニディア・フォル二カ、物理学者のノーマン・フェルクス、歴史学者のアヴァン・ドゥ・アルダン、文化人類学者のダンカン・ノリス、動物学者のコリン・デイヴィス、自然博物学者のロルカ・クォネスカらであった。

 

 何分、それぞれ抱える事情があるとはいえ、遥か遠い星系の惑星へ<出稼ぎ>に行こうという変わり者同士である。彼らは初めて出会った時から不思議と相通じるものを感じ、ここ惑星シェイクスピアに到着後は――エネルギー流動食を一緒に飲みながら、「せめてもオレたちの間で争いごとだけはなしってことにしようぜ。何分ここでオレたち一緒にきっかり同じ分だけ年をとらにゃあならんわけだしな」と、約束しあっていた。とはいえ、こんなに狭い空間を分け合って、五十年間一度も喧嘩しない……などとは、あまり現実的でないようには思われる。もっとも、先代の第十二観察調査団の人たちに聞いた話によれば(リーダーであるノーマンがそうした質問をした。「喧嘩したり言い争うってことがあった時、どうしたんですか?」と)、『喧嘩したから、それがなんだっていうね?』と、第十二観察調査団のリーダーだった熊のような髭男は言った。『喧嘩したらしたで、話をせんかったらええだけの話じゃろ?ほれ、時間なんぞここにはいくらでもある。ほいだらそのうち人恋しうなってな、自然とまた口なんぞどっちかから聞くようになるもんじゃわい』

 

「どっからって……」

 

 ギベルネスは多少戸惑った。というのも、二ディアは最初から食堂でも必ず自分の隣に座ろうとするなど、好意を見せてくれるのは嬉しいのだが、それは他に五人いるオスたちの反感を買うことかもしれなかったからだ。

 

「だって、あたしは地質学者、そんでもってギベル、あんたは医者にして植物学博士じゃないの。あんた、前に言ってたわよね?特にここシェイクスピアで新しい偉大な発見が出来るとは当然思わない。それでも、植物から取れる成分の化学式を調べて薬作ったりとか、なんかそーゆー研究をしたいんでしょ?」

 

「ええ、まあ……ですが二ディア、あなたにだって地質学者として研究すべきことがあるでしょう?私の仕事を手伝ってくださるのは嬉しいですが、他の――そうですね。たとえばアルダンの歴史年表を作る手伝いをするとか、あるいはダンカンの惑星シェイクスピアにおけるそれぞれの民族の風習をさらに詳しく調べて記録するであるとか……有意義な時間の使い方は、他にも色々あるかと思われますが」

 

 二ディアは腕組みすると、ぶっすーと怒ったような顔をした。彼女は蜂蜜色の髪、それに鳶色の瞳をした二十代後半といった若さの女性だった。最初に出会った時から思っていたことではあるが、ハキハキした元気溢れる女性で、そんなニディアがいかにも陰性植物といった雰囲気の自分と親しくしてくれるのが何故か、彼にしても不思議なことではあった。

 

(そうだよな。彼女に特にお似合いといえば、ロルカかアルダンあたりだ。勉強だけでなく、スポーツをして運動することも大好きだといったような、宇宙船のトレーニングルームで毎日体を鍛えることを欠かさないといったタイプ。その点、ノーマンと私は同じ根暗タイプで、コリンはちょっと毛色の変わった、いい意味でおかしな男だものな)

 

「だって、地質学的なことに関してなんて、もう先代の第十二観察師団の人たちだって、そんなに調べることなんて残ってないって言ってたじゃない。だからわたし、植物のことを一緒に調べたりとかー、とにかくあなたのお手伝いをしたいのよ!ほら、惑星シェイクスピアの地質の年代的なことはすでに調べ尽くしてあるし、あとは北のノルディンのほう?そっちの寒い地方のこと調査しようと思ったら、北極探検隊ばりの装備が必要になるもの。で、そこまでする価値がここシェイクスピアにはないってことで、この話はそれで終わりよ。あと、今あなたが言ったアズール人の歴史年表の作成だの、民族の風習についてより詳しく調べるだの、わたし、はっきり言って向いてないと思うの。だって、わたしも西王朝の王さまが趣味でやってるっていう拷問部屋の様子とかちらっと見たりしたけど――人間、知らないほうがいいってことが、やっぱりあるものよ。さっきの奴隷の女の子がその後どうなったのかだって、わたしたちは知ろうと思えばそりゃあの隊商を虫で追跡することは出来るわ。だけど、わたしたちは結局、ただ観察してそれを記録することしか出来ないのよ。それなのに、そんな心に苦しみが増すだけのこと、あと残り五十年もやってたら鬱病になるか発狂するかしちゃうわよ。だから……」

 

「ですが、先代の地質学者の先生がおっしゃっていたじゃないですか。西王朝はフォルトゥナ山という、活火山の麓に王都テセウスがあります。AI<クレオパトラ>の分析によれば、今ここが近いうちに噴火する可能性というのが極めて高い。そして、今後そのような自然災害に西王朝が見舞われた場合、その時を狙って東王朝が攻め込んで来、ティターン大陸はひとつの国に再び統一されるかもしれない。そしてエルゼ海だって、不規則な偏西風が吹き荒れるせいで、漁師たちが<悪魔の海>と呼んでいるにせよ、航海術の発達とともに北王国の北端に住む人々との交流が、いずれはじまるでしょう。いえ、彼らは今までにだって互いに海で流れてやって来た人たちや、奇跡的に荒波を越えてそれぞれの土地に辿り着いた人たちがいて……一応、知っていることには知っているわけです。どうやら海の向こうにも他の民族がいるらしいということは。ただ、こんなふうに衛星を通して見ている私たちには不思議なことですが、エルゼ海に面している西王朝の人々は、東王朝との戦争ということがあってそのことの重要性に気づいてこなかったし、北王国の人々は南王国との戦争で忙しく、そのことの重要性にまだ気づけていないわけです。二ディア、先代の地質学者の先生がおっしゃっていたでしょう。彼の予測によれば、ここ百年ほどの間にフォルトゥナ山は噴火する可能性が極めて高い。つまり、私たちがここにいる間に、惑星シェイクスピアの国勢図が塗り変わる可能性があるということです。もしそれであれば……」

 

「だって、もし仮にあたしたちがここにいる間にそんなことがあったとしてよ?わたしたち、虫たちが送ってくるそんな映像を見て、『うわー、大変ねえ。がんばって火砕流から逃げてねー。わたしたち何も出来ないけど見守ってるわー』くらいのことしか結局できないじゃない。しかも、見てるだけのことしか出来ないのに、そんな悲惨な形で死んでいく人たちをただ黙って観察しながら死傷者数を冷静に記録するだの、そんなこと、とてもじゃないけどまともな人間のする仕事とは思えないわ」

 

(そうか。なるほど……そういうことか。我々はここに五十年ほどいて年老いる運命にあるが、もしその仕事が終わりさえすれば、あとは結構な額の報奨金が出る。他に、自分で惑星を選んでその星での永住権も得ることが出来るし、オーダーメイドで造ったもっと若い肉体に脳の記憶領域のデータを移し、新しくやり直すことも出来る。つまり、二ディアはここでの五十年は本当にただ<仕事をしてる振り>だけでやり過ごし、次に自分を待っている、楽しい人生計画のことのほうを主に考えているのだろう)

 

「確かに、そうだね。君の選択や考え方はある意味正しいと思う。ここでの五十年は、ある意味ただの長い暇潰し期間……もしかしたら私もそんなふうに考えられたらいいのかもしれない。でもやっぱり、流石に五十年は長いよ。それに、まだはじまったばかりでもある。私はね、やっぱりなるべくなら真面目に仕事がしたい。そのほうが自分の性分にも合っているし、なるべく規則正しく過ごしたいとも考えてるんだ。もちろん二ディア、君と話すのは楽しいよ。だけど……」

 

「わかってるわよ!ようするにあたしって、ギベル、あんたの趣味には全然合わない女ってことでしょ?だけど、あなたがさっき言ったとおり、時間はたーっぷりありますものね。それに、あんたの仕事に興味があるってのもほんと。わたし、ここ惑星シェイクスピアの花から精油を取って、香水を作りたいなーなんて思ってるの。『香水シェイクスピア』だなんて、なんだか素敵じゃない?ギベル、あなたにはこんなこと、女のくだらない暇潰しの趣味にしか思えないことかもしれないけど……」

 

「いや、そんなことはないよ。私はただ、惑星シェイクスピアに自生する草花で、どういった薬を作ることがまずは可能か、そのことでこの惑星の行く末を占いたいと思ってるんだ。必要は成功の母とよく言うように、何かの偶然からでもある種の特効薬をアズール人が見つけた場合……まあ、細菌によってひとつの惑星が滅びた例があるわけですが、先代の観察調査団の人々が彼らを『ゴキブリのように呪わしい』と評したように、もしかしたらゴキブリ並みの生命力によってアズール人は今後も生き延びるのではないだろうかと思ったりしてるんです」

 

「そうねえ。でも、歴代の調査団の人たちはみんな、こう思ってたみたいよ?火山の噴火でも、隕石の衝突でもなんでもいいから、ここ惑星シェイクスピアに住む劣悪なDNAを持つ人々は一度滅びてしまって、新しくまったく別の生命体が進化したほうがよほど彼ら自身の幸福のためにもいいんじゃないかって。『もし自分が神で、ここ惑星シェイクスピアを好きなようにしていいなら』って、先代の地質学者のおじいちゃんも、引き継ぎの時言ってたもの。『キリスト教の神には、ノアやアブラハム、それに自分が選んだ王のダビデやソロモンなど、神自身が「御心にとめる」人間がいたかもしれない。だが、わたしがもし惑星シェイクスピアの神で、この星を自分の好きにしていいとしたら、ソドムやゴモラのように一度全員滅ぼしてしまい、もう一度最初からやり直そうとするだろうね。そして彼らのことは「最悪の失敗作だった」として、二度と思いだすことすらしまい』って」

 

「…………………」

 

 ギベルネスは黙り込んだ。というのも、<虫>が送ってくる映像や音声をもっと詳しく直に分析してみないことには――本当に歴代の観察調査団の人々が言うように、惑星シェイクスピアの住人たちが『劣悪なDNAを持っている』とまでは判断できない気がしたからだ。彼は口に出して言ったことはなかったが、こう考えていた。アズール人たちは、食物に出来るものが乏しい劣悪な環境で進化していく以外になかったのである。ゆえに、何かをきっかけにしてこの点さえ変わることが出来たなら、ゆくゆくは豊かな教育を受けることも出来、そうして戦争のない平和な時代の中、幾世代か世代交代が進んだなら……その後のことはわからない、といったように。

 

(何分、今はなき地球の歴史においてだって、暗黒時代と呼ばれる中世にはこんなものだったというようにも伝え聞くしな。いや、地球だけじゃない。この宇宙に散在する惑星の中にだって、惑星シェイクスピア以上に環境的には恵まれていながら……戦争を繰り返し、互いの物資を奪いあったというような愚かな歴史ばかり持ってるんだ。その点、アズール人たちは、資源が豊かにあるからそれを奪いあってるわけじゃない。そもそも最初から乏しい資源しかないから、その少ないものを奪いあう以外になかったのだ。このふたつの悲劇を見比べてみて、一体どんな違いがあるというのだろう?)

 

「とにかくね」と、ニディアは実は、ギベルネスが考えていそうなことを予測して言った。「まずはわたしたち、組んで一緒に仕事をしましょうよ。何分、シェイクスピアには数千種程度しか調べられるような樹木や草花だってないわけだし、それだって、今までいた観察調査団の誰かがすでにほとんど調査してファイルにしたあとなわけでしょ?それであなたの気が済んだら、今度はわたしたち、アルダンでもダンカンでもコリンでも、誰か手の必要そうな人の研究を手伝えばいいんじゃなくて?」

 

「そりゃそうなんだがね」

 

 ギベルネスは、困ったような溜息を着いた。長い宇宙生活に耐えられるか否か、ここへやって来る前に本星にてテストを受けたところ、特に引っかかる項目はなかったものの――もしや自分はあの時、鬱病になりやすい気質を有しているとして、メンバーから撥ねられていたほうが良かったのかもしれない。

 

「その、君みたいな若い女性に、こんなショボくれたおっさんの私がこんなことを言うのはなんなんだがね……我々のこの7人グループに、女性はニディア、君ひとりだけだ。だから、私たちが今後とも仕事の話しかしなかったとしても――他のみんながどう思うか、私はそんなことが少しばかり気になるね。私にしてもそんなつまらぬことが原因で、他のメンバーとぎくしゃくしたりしたくないし……」

 

 すると、ニディアは一瞬真顔になったのち、堪えきれないように「きゃははっ!」と笑った。

 

「心配しなくても大丈夫よお。わたし、言われなくてもそこらへんはうまくやるつもりだから。うまくやるなんて言っても、もちろん変な意味じゃないのよ。これはあくまでたとえばってことだけど……きのうはロルカと仲良くして、明日はノーマンと親しくして誰かを焼かせて気を惹こうだの、そんなくだらないことに興味ないもの。それにわたし、ここシェイクスピアへ来たのには理由があるのよ。わたしね、前の体が年老いて寿命が来てたの。だけどお金がなくて、オーダーメイドで新しく体を造れそうになかったのよ。それで、ここへ来る前金を全部使って、この新しく若いボディを手に入れたってわけ。何分、これまで地質学者として、辺境惑星の調査や開拓には何度も手を貸したことがあったものだから、その経験を買われてここへは派遣されてきたってわけ」

 

「そうだったんだ。じゃあ君は、今は二十代くらいの若い女性に見えたとしても、実は……」

 

 ここまで口にして、ギベルネスはハッとした。

 

「そうよ。女性に『実はおいくつですか?』なんて聞くなんて、野暮もいいとこ。それに、わたしだってこれだけ長く生きてると、人に話したくないことだっていくつかあるわ。でね、ギベル、あなたは違うかもしれないけど、それって、わたしたち以外の他の五人だってそうだと思わない?こんな超ど田舎惑星まで飛ばされてきてでも金が欲しいとなったら……何か後ろ暗いことだってあるかもしれないし、危険な罪人だって可能性もなくはないわ。流石にこんなところまでは法の追っ手も、よほどのことでもない限り追っては来ないものね。というわけでわたし……直感的にね、ギベル、あなたがそうした意味で一番安全そうに感じたの。『戦争で住んでいた故郷の惑星が滅んでしまい、とりあえず家族と一時的に他星へ避難することになった。けれど、先立つものが何もない。だから、こんな方法によってでもお金を作るしかなかった』って。ねえ、あなた気づいてる?わたしたちの中で何故惑星シェイクスピアへ来ることにしたか、その理由を話したのって実はあなただけよ」

 

「そ、そうでしたっけ……」

 

 実は目の前の若い女性が自分より相当年上だとわかり、ギベルネスは戸惑った。彼自身はまだ彼女のように、肉体を乗り換えるという経験をしたことがなく、今の人生が言わば一度目の人生だった。しかも、大学院を卒業し、美容整形外科医として順調にお金のほうも稼ぎ、婚約者とも来年には結婚しようと約束していたというのに――不幸にも隣の惑星との戦争がはじまってしまったのだ。みな、それぞれのツテを頼って、親戚や知りあいのいる惑星へ避難するなり、あるいは難民として他星へ移住するしかなかった。ギベルネスは中流家庭の出身であったが、家族はみな仲が良く、勉学に励み、一生懸命な努力の積み重ねによって医師免許も取得し……本当に、人生これから、幸せになるのはこれからだという瞬間に、戦争にそうした人生計画を狂わされ、希望のすべてを粉々に打ち砕かれたのだった。

 

 こうした身の上話をする間、ニディアも含めた他の六名のメンバーたちはみな、実に同情的に頷きながら話を聞いてくれたのを覚えている。だが、確かに言われてみると、他の誰からもまだそう詳しい打ち明け話をされていないとギベルネス自身も気づいた。とはいえ、自分にそうした不幸があったように、他の誰しもが人にそう簡単には話せぬ苦しみや悲しみを抱えているものだろう……そうした意識でいたため、特段そのことを不思議にすら感じて来なかったわけである。

 

「わたしね、本当の意味でそのくらい、嘘偽りなく自分をさらけだしてくれたとしたら……その人には自分の過去にあったことだって、少しくらい話せるかもしれないわ。だけど、まだ今の段階ではね、みんな紳士面してるけど、どんな裏の顔を隠し持ってるやらわかったもんじゃないわ、くらいの意識なの。でも、こんな環境で友達のひとりもいないんじゃ寂しいものね。だから嬉しいのよ。ギベル、あなたとならわたし、ある程度なんでも話せるような仲になれそうなんですもの」

 

「そうだったんですか。でも、信頼していただけたのは嬉しいですが、実際のところ、私だってわかったものじゃないかもしれませんよ。惑星ロッシーニからの避難民だというのも実は嘘かもしれない。そうですね。ニディア、私もあなたのことは信頼していますが、他のメンバーとのつきあいにおいては、最初のうち、慎重なことに越したことはないかもしれません」

 

「ふふっ。その点についてはね、わたし、もしあなたに対する自分の勘が外れていたとしたら、それは自分に人を見る目がなかったんだと思って諦めることが出来るわ。まあ、そういうことでこれからも仲良くやりましょうよ。で、ギベル。答えたくなかったらいいんだけれど、その婚約者の女性とはその後、どうなったの?興味本位で聞くんじゃないわ。もしお金を稼ぐために、自分を犠牲にしてその女性と別れたんだとしたら……そう思うと、なんだか想像しただけで苦しくてね」

 

「彼女は……すでに結婚したんですよ。避難した先の惑星で、大きなクリニックを手広く経営している医者の男が相手だと聞きました。随分長いこと、連絡を取りたくても取り合えませんでしたし、次に恋人の消息がわかった時には結婚したと聞いたあとで。それで、思ったんです。もしかしたら彼女は……ある程度金を持っている男でさえあれば、相手は私でなくても良かったのかもしれない、なんてね。まあ、彼女には彼女なりの理由があったんでしょうから、責めることは出来ませんが……」

 

「そうだったの。ギベル、わたしが思ったとおりあなた、本当に優しい人なのね」

 

「いや、そうでもありませんよ。その話を聞いた時、ある意味ほっとした部分もほんの少しだけありましたから。何分、相手がどんな男かもわからなければ、彼女ともそう連絡を取りあえるような通信状態にもなく……だから戦争や運命以外、誰も恨まずに済みました。もし彼女が、ある日突然心変わりしたという理由によって一方的に婚約を破棄してきたとしたら、私はストーカーのように彼女につきまとい、その理由をしつこく尋ねずにはいられなかったでしょう。だから、そうした意味では割合早く諦めのほうがついて良かったんです」

 

「そう……でもギベル、だったら尚更あなた、やっぱり本当にいい人よ」

 

 ――このあと、ふたりは3D画像によって惑星シェイクスピアの草花を表示しては、その抽出できる成分の化学式を見、登録されているその香りを嗅いだ。そして、「綺麗な花ね」とか、「このオレンジ色の花は、ロッシーニ星の私の故郷にあった千寿菊に似ているなあ」といったように、時が過ぎるのも忘れて仕事をはじめた。だからこの時、お互いの会話に夢中になっていたふたりは気づかなかったのだろう。ロルカ・クォネスカが図書室の片隅でそんなふたりの様子を窺いながら……殺意に燃える眼差しによって、ひとりじっと見つめていたことなどは。

 

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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