こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

灰色おじさん-【13】-

2018年10月25日 | 灰色おじさん

【薔薇の魂】ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス


 ええと、このお話、そんなに長くない(はず☆)なんですけど、それでもあと、たぶん7~8回はここの前文に何か書かなきゃならないということで……今回は、シシリー・メアリー・バーカーの詩をご紹介してみたいと思います♪(^^)



     バ ラ

 花の中でいちばんすてきな花

 見ても美しく かいでもかぐわしい

 バラの美しさの半分も

 ことばでは とうてい言いつくせない

 つぼみがだんだん開いてみせる

 幾重にも重なった純白

 優美なピンク、かがやく赤

 ふかく甘い香り

 バラのフェアリーになるなんて

 ほんとに幸せ!

(『にわの妖精』新倉俊一さん訳/偕成社より)


 そうなんですよねえ。どの花の精になりたいかと聞かれたら、やっぱり薔薇とつい答えたくなるものです(笑)

 そしてこの詩を読んでいて、わたしがすぐ思いだしたのが、赤毛のアンの科白だったり(^^;)

「薔薇はたとえどんな名前で呼ばれても甘く香るって本で読んだけれど、絶対にそんなことはないと思うわ。もし薔薇が薊(あざみ)とか座禅草(スカンク・キャベツ)とかいう名前だったら、あんないい香りはしないはずよ」

 このアンの科白は、シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」からきていて、ロミジュリの第二幕第二場に、「名前とはなんでしょう。薔薇と呼んでいる花は、たとえどんな名前で呼ばれても甘く香るでしょうに」とあるそうです(出典:「赤毛のアンへの旅」、松本侑子さん著/NHK出版より)

 確かシシリーは、アザミの花の精もどこかで描いてた気がするんですけど(わたしの記憶違いじゃなければ・汗)、シシリーの手にかかっては、アザミの花の精もすごく可愛らしくなるんですよね♪

 では、次回もまた、シシリーの詩作品をひとつ御紹介したいと思いますm(_ _)m

 それではまた~!!



       灰色おじさん-【13】-

 ヘリコプターで救出されたあと、グレイスが迎えに来てくれたおじさんと一緒に家へ戻ってみると……そこは、地震が起きる前もその後も、そんなに変化などないかのようでした。

 これは、救助のヘリがやって来る前に、グレイスが早朝、みんなとラジオを聞いていて知ったことなのですが、大西洋を震源とする今回の地震は、震度六、マグニチュード7.5と記録されていながら、驚くほど被害の少なかった地震だったといえます。死者二名、負傷者は866名と言われていましたが、この負傷者の中の人のほとんどが軽症でした。

 被害として比較的大きかったものは、道路の破損、それと水道管の破裂により、一部地域で断水があったことなどが大きな被害として報告されましたが、こちらの水道のほうも翌日には復旧しましたし、道路のほうも大きな国道などが破損したというわけではありませんでした。

 そして、グレイスが家に戻った時、あまり地震の被害のあとを見なかったのは理由がありました。おじさんは小さい頃、ノースルイスで大きな地震があったことを覚えていましたし、そのような地震はまた周期的に必ず起きると専門家が言っていましたから、家具などは倒れないようにきちんと固定してありましたし、自分が転んで軽く腰を打ったという以外では、皿やコップの割れた破片が飛び散ったというくらいで、家の被害のほうは済んでいたのです。

 また、地震後のしっちゃかめっちゃかになった室内については、グレイスが帰ってくるまでにおじさんが綺麗に掃除していたため、それでグレイスはまるで地震など起きていなかったかのような自宅のほうへ戻ってきたというわけでした。

 とはいえ、部屋の片付けがなかなか進まなくてヒステリーをあげている隣のマクグレイディ夫人の家へ行ってみると、地震の被害の深刻さがグレイスにもよくわかりました。ケビンJrなどは「すげえな、グレイス!テレビでヘリコプターて運ばれるとこ、見たぜ!」などと言っていましたが、ジュディはとにかく「あんた、自分の部屋を早く片付けなさいよ!」と眉間に皺を寄せて繰り返し言っていたものです。

 それもそのはずで、ケビンJrの部屋のほうへ行ってみると、机の上のものやら本棚の中のものやら、とにかく足の踏み場もないほどすべての物が混ざりあい、混沌としていたからです。ティムの部屋もきのうまではまったく同じ状態だったそうですが、綺麗好きの彼はすでにある程度片付けのほうを済ませていました。

「ケビン、手伝ってあげるから、あんたこれ、少しは片付けなさいよ」

 グレイスはそう言って、学校の教科書類やら何やら、あるいはマンガの本はマンガの本でまとめたりと、そんなことをはじめました。マクグレイディ家はリビングのほうは大体片付け終わっていましたが、グレイスが行った時、ジュディはキッチンのほうを整理している途中でした。割れた食器類のほうは地震後すぐに片付けたそうですが、それ以外の倒れたりぐちゃぐちゃになったりした調味料などを綺麗に整理しているところだったのです。

「何か、手伝うことありますか?」とグレイスが聞くと、「あの馬鹿な子たちを監督して、自分の部屋を綺麗にするようにさせてちょうだい」ということでしたので、再びグレイスはケビンの部屋の片付けを手伝うことにしたわけです。

 そしてグレイスはケビンの部屋の片付けがある程度済むと、メアリーの家のほうへ行きました。電話で話して、お互いの無事のほうは確かめあっていたので安心でしたが、メアリーの家のほうは壁のほうに大きくヒビが入っており、メアリーのパパがパテを入れて塞ぎ、補修しているところでした。

「これ、いいわね。うちもほんの少しだけど、壁にヒビの入っているところがあるのよ。おじさん、こういうのってホームセンターとかに売ってるのかしら?」

「ああ。もちろん売ってるよ」

 メアリーのパパは、「なんだったらうちで使ったやつの残りを持っていってもいいよ。うちはこれでもう、当分使うことはないだろうから」とも言ってくれました。メアリーのママのほうは、「ついでだから」という理由で、ガラスを新聞紙で拭いているところでした。グレイスの見た限り、家のほうはどこも前と同じく綺麗でしたが、メアリーの話では、屋根の煙突が崩れてしまったので、直す必要があるということです。

「じゃあ、結構お金がかかるんじゃない?煙突が壊れたら、直すのにどのくらいかかるのかしら」

「んー、どうなんだろ」と、メアリーは首を傾げています。「うちは結局借家だから、大家さんのほうで費用は持ってくれるらしいわ。それで明日、左官屋さんなんかが来て直してくれるんですって。大家さんの知り合いの人らしくて、少しは費用をお勉強してくれるってことだったけど、パパとママは「うちには関係のない話だ」って言って笑ってたわ」

「そういう時、借家っていいわよね。なんだったかしら……あたしもよくわかんないけど、隣のマクグレイディさんはキッチンの片付けしながら、携帯片手に保険屋さんに怒鳴ってたみたい。たぶん、何かそういうカザイ保険とかに入ってるのね。でも、お金が下りるとか下りないとか、査定がどーのこーのとか……でもきっと、保険屋さんはまだ知らないのよ。自分がどんな恐ろしい人を相手にしてるのかってこと」

 ここでメアリーは爆笑して引っくり返りました。隣のマクグレイディ夫人については、町内の不倫パトロールをしていることなど、グレイスは面白おかしくメアリーに話して聞かせていましたから。

「でもほんと、びっくりしたわ。自分の知ってる人がテレビに出るのって不思議なものね。アリスとエリザベスもちょっとした有名人みたいな感じじゃない?学校がはじまったらどうなるのかしら……みんな、びっくりしたでしょうね。仲が悪いとばかり思ってたアリスとエリザベスとグレイスが一緒にどこかへ出かけていただなんて」

 もちろん、グレイスはサーハン山へ出かける前にそのことを先にメアリーに話していました。そして、「メアリーも一緒に行かない?」と誘っていたのですが、「あのふたりと一緒って、気が進まないわ」と断っていたのです。

「わたしもね、最初はまるっきり気が進まなかったの。でも、地震なんかが起きておじさんに心配をかけたっていう以外では、今は行って良かったのかなって思う。もっともね、電話でも話したとおり、アリスともエリザベスともそれで仲が良くなったかといえば、全然そうじゃないんだけど……嫌々ながらも24時間くらいずっと一緒にいて、向こうの性格とかそういうのがわかったのは良かったかなって思って」

「そうだったの。でも、あのリアム・ガードナーって人、ちょっと格好いいわね。アリスが狙いをつけるだけのことはあるっていうか」

 グレイスはかなり前に、何故自分たちだけがクラスで離れ小島に住むのか、その原因となったことをメアリーに話していました。リアムが自分を好きだとアリスが思いこんでいることが、その理由なのだということを。

「どうなのかしらね」と、グレイスはレモンソーダを飲みながら言いました。今、ふたりはメアリーの部屋にふたりきりです。「べつに、あたしに対する態度も、アリスに対するリアムの態度も、大して差なんてない気がしたけど。それにあいつ、嫌がるアリスに透明な瓶に入った不気味な蝶の幼虫をすりつけたりするのよ。あんな奴のことをどうやって好きになれるのか、あたしには謎でしかないわ」

 メアリーはまたお腹を抱えて笑いだしました。グレイスは前に『リアムの好きはそういう本当の、深刻な好きっていうのじゃないのよ』と言っていましたが、メアリーにはわかっていました。リアムと直接会って話したことがあるわけではないけれど、彼は本当にグレイスのことが好きなのだろうなということが。

「だけど、スケートボードの大会で優勝したりしてるんでしょう?それなら納得だわ。女の子はみんな、そういうスケートボードをやってる人とか、ラップやりながら踊るのが得意な男子とか……そういうほうに目が向くものだものね」

「そうねえ。確かにリアムはそういうのばっかり聞いてるわね。エミネムとかドクター・ドレーとか2パックとか……それも上のお兄さんふたりの影響らしいけど」

(あたしには関係ないわ)というように、グレイスはレモンソーダを飲みながら肩を竦めています。そして、『あたし、レンアイなんか全然キョーミないもん』とグレイスが言っていたこともメアリーは覚えていました。でも、そんな彼女がいつか誰かを好きになるとしたら、それは一体どんな相手だろう……と、そんなふうにも思うのでした。

「それと、あのエリザベスのお兄さんのブレンダン?あの人、何気にすごい人よね。わたし、テレビで見ただけだけど、すっかりあの人のこと好きになっちゃったわ」

「でっしょお!?」

 話が突然ブレンダンのことに及ぶと、グレイスのテンションは俄然上がりました。

「実際すごいのよ、ブレンダンって。釣りも上手だし、あたしたちのこともコドモ相手って感じで馬鹿にしたりもしないしね。もうほんと、エリザベスのお兄さんだって知った時はショックだったわ。でもまあ、ブレンダンとは結局七つも歳が離れてるわけだし、これからも『いいお兄さん』と思ってつきあっていけたらいいのかなとは思うんだけど」

「えっ!?じゃあグレイス、ブレンダンみたいな人が好みってことなの?」

 母親の作ってくれたドーナツに手を伸ばしかけて、メアリーは思わず手を引っ込めました。

「好みっていうか……ブレンダンはとにかくいい人なのよ。すごく優しいし、話も色々よく聞いてくれるし。なんだっけな。高校を卒業したらブレンダン、仕官学校に入るんですって。で、あたし、『国のために尽くすだなんてすごいことだと思うわ』みたいに言ったのね。そしたらブレンダン、『そういうことじゃないんだ』って。ほら、ブレンダンのお父さんってお医者さんじゃない?でもブレンダンは医学学校に入れるほど成績が優秀じゃないし、お父さんが自慢に思えるような他の職業っていうことを考えて、それで軍隊を選ぶことにしたんですって。なんていうか、こう……『息子さんは何をされておられるんですか?』みたいにお父さんが聞かれた時に、恥かしくないっていうか、お父さんが胸を張れるような職業っていうと、唯一自分に出来そうなのはそんなことくらいだとかって」

「へえ。ずっと年下のわたしが言うのもなんだけど、ブレンダンって偉いのね。あたしだったら、パパが公立校で教師してるからって、先生になろうだなんて全然思わないし、自分の好きな職業に就こうって思うと思うけどな」

「まあ、メアリーは今からなりたいものがあるものね。イラストレーターって、とても素敵な職業だと思うわ」

 このあと、グレイスはメアリーがスケッチブックに新しく描いたイラストを何枚か見せてもらってから帰ってきました。大きな地震がやって来て、クラスの好きでもなんでもない子と車中に一泊したけれど、グレイスの世界は今もあまり変わっていませんでした。

 ただ、いくつかグレイスの意識の中で変わったことというのは一応あったかもしれません。まずひとつ目は、アリスがどんな子なのかがはっきりわかったこと、そしてふたつ目が、エリザベスとは確かに、出会い方が違えば割と気が合ったかもしれないということなどです。

 けれども同時にグレイスには、アリスとエリザベスとの間の友情は、これからも変化がないだろうとわかっていました。それはグレイスとメアリーの間の友情が変わらないのと同じくらいはっきりしたことのように思われました。おそらく、エリザベスがブレンダンの妹でさえなかったら、グレイスもこんな複雑な気持ちにはなっていなかったかもしれません。何故なら、アリスとリアムのことさえなかったら、エリザベスとグレイスの間には特にこれといってわだかまりなどなかったはずだからです。

(しかも、あたしがこういうことを考えていても、エリザベスのほうではあたしのことなんて、あの蝶の幼虫みたいに毛嫌いしてるっていうそれだけなんだもんね……)

 確かにこれは、不思議なことでした。エリザベスは100%親友のアリスの味方でしたし、容姿端麗で成績の良い彼女たちふたりに、他の女子たちは右にならえの態度を取り、グレイスとメアリーとは必要最低限接触しようとしませんでした。そして今、あれほど大きな地震があっても、彼女たちの岩のように硬い心はまったく変化しそうにないこと……グレイスにはそのこともまた不思議だったかもしれません。

 残りの夏休みの日々、グレイスは今回の地震に伴うボランティア活動をしたり、あるいはまたブレンダンやリアムと釣りへ行ったり、メアリーとプールへ行ったり……そんなふうにして毎日は過ぎていき、新しい学年の新学期がはじまるということになりました。

 グレイスはエリザベスとは、あのあとブレンダンの家に呼んでもらった時に一度だけ会いましたが、まあ、その時の彼女の態度というのは「ふうん。あっそう」といった程度のものでしたし、アリスとはたまたま偶然、ホームセンターでばったり会いました。

 だからどうしたということもないのですが、それはもう四日後には学校がはじまるという日のことで、グレイスはおじさんと防災関連グッズを買いに行ったのでした。

「非常食のほうもある程度備蓄しておいてじゃな、その缶詰なんかの賞味期限が切れる前に、おじさんがうまく料理しようと思っとるんじゃ。そういうレシピをインターネットのほうで見たもんでな」

「でも、今は一口に非常食って言っても、色々あるのねえ。ドライカレーとかえびピラフとか、クラッカーにコーンビーフ、野菜スープやなんか……あとはなんといってもお水でしょー。それから、非常用簡易トイレは絶対必要よね。サーハン山で一夜を過ごした時、つくづくそう感じたわ」

「その他、着替えやタオルや常備薬に電池、ラジオ付の懐中電灯、カンテラなんかはうちにもあるしな……他には何が必要だったかな」

 ふたりは、「防災対策グッズ」の展開されている売場で、「からだふきシートなんているかしら?」とか、「雨ガッパは家にもあるでな」だのと、色々相談しながら買うものを決めていきました。すると、その時すぐ隣のペット用品売場のほうから、アリスの声が聞こえてきたのです。

「ねえママ、うちのコーマのために、何かおもちゃでも買っていってあげましょうよ」

「あら、コーマちゃんにはおもちゃならもうたくさんあるじゃないの。今日はただ、コーマのドッグフードを買いにきたっていうそれだけですからね。今日はママは、必要なものしか絶対買わないわ。いつもアリスのためにママ、色々買ってあげてるんだから、十分でしょ」

「そんなこと言わないでったら、ママ!あたし、自分のためにお願いしてるんじゃないわ。コーマのかわりにお願いしてるのよ。ほら、この間ボールがひとつ破けちゃったでしょ?だからかわりがいると思うの」

「そうねえ。じゃあ本当に一個だけよ。アリスったら、いつもそんなふうにどうにかママのことを言いくるめて、なんかしら買わせようとするんだから、困った子だわ」

「いいじゃないの!うちはそんな貧乏ってわけでもないんだから、ママったらしみったれたことばかり言わないでちょうだい」

「もう、何がしみったれよ。うちは確かに貧乏ではありませんけどね、だからといって無駄遣いにはママ、断固反対ですよ」

 これがもしメアリーかブレンダン、あるいはリアムあたりだったら、グレイスもすぐ隣の棚のほうへ回って挨拶していたでしょう。けれどもこの時グレイスが思ったのは、レジで並んでいる時か、あるいは他の商品の並ぶ棚を見ている時にもしすれ違ったとしたら――挨拶したほうがいいのか、それとも何も言わないでいたほうがいいのか、それがグレイスにはわからないのでした。

 けれどもこのあと、グレイスとおじさんが必要なものだけ買って、レジのほうへ並ぼうとした時のことでした。おじさんとグレイスはアリスと彼女のママの存在に気づいていなかったのですが、アリスのママのエマ・アディントンがおじさんに気づいて向こうから話しかけてきたのです。

「そろそろ風呂場の洗剤がないから、買っていかんとな。あと、石鹸はグレイス、どれがいい?」

「そうねえ。じゃあこの、レモンライムの香りとかいうのがいいわ!もちろん、おじさんが嫌じゃなければだけど」

 こうして、お風呂場用のいつもの洗剤と、石鹸をカートに入れ、おじさんとグレイスが方向転換してレジのある方向へ向かった時のことでした。同じようにレジに並ぼうとしていたアリスと彼女のママとがすれ違ったのは……。

「あら、グレイさんじゃありませんか!」

 深い意味はありませんでしたが、おじさんはこの時なんとなくギクッとしました。おじさんはもともと<女性>という存在が苦手でしたから。

「先日は教会のほうの修繕をお手伝いいただいて、ありがとうございました。新しく教会を建てるための寄付金がもう少しで目標額まで貯まりそうなんですけど、その前まではあの古い教会堂で我慢するしかありませんものねえ。もともとオンボロだったところにあの地震が来て、牧師館のほうも大打撃ですわ。みなさん、色々分担して手伝ってくださって、修復のほうが思ったより早く済んで、アルバート牧師も奥様も喜んでおられましたもの」

「そうですか。ま、わしとしてはなんですな。教会堂というのは神さまの家ですから……当然のことをしたまでのことですよ。手伝いといってもそんな大したことをしたわけじゃなし」

「あらー、そんなことございませんわ!グレイさんのように控え目な方こそ、本当は偉大な信仰心をお持ちですのね。教会の修繕費のほうもたくさんご寄付いただいて、本当にありがとうございます」

「いえいえ、そんな……」

 実をいうと、アリスのママのエマ・アディントンは、おじさんとグレイスの通うプロテスタント教会で会計係をしていました。それで、誰がどのくらいの献金をしたのかをこの時知っていたのです。ちなみにアリスは、ほんのたまに教会へやって来ることはありますが、毎週ということはないようです。

 この時、アリスとグレイスは一切口を聞きませんでしたし、エマの様子から察するに、グレイ氏の姪と自分の娘が同級生だとは、思ってもみなかったようでした。ゆえに、おじさんとアリスのママとの会話は軽い世間話で終わり、最後は軽く会釈して別れるということになったのです。

「おじさん、アリスのママと知り合いなの?」

「知り合いというかな……アディントン夫人はただの善意の人といったところさ。今の牧師のヘンリー・アルバート牧師も、彼女のことを頼りにしているだろう。まあ、これも時代の流れというのかなんというのか、今は礼拝の最中でも携帯をいじってるようなのがおるからな。わしはまあ、そんなところもなくなんかあったら教会の仕事も手伝うし、寄付もする……そういう相手とはどっかで会ったら挨拶するのが当然と思ったんじゃろうよ」
 
「ふうん。でも変ね。あたし、アリスのことを教会で見かけたのなんて、数えるくらいしかないから、今の人がアリスのママだってことも知らなかったわ」

「ま、そうじゃな。教会の日曜礼拝には百人近い信徒たちが集まるからな……その全員と知り合いなのは、牧師ご夫妻とアディントン夫人のような教会の役員の人たちだけかもしれんしな」

(それにしても、あの子が噂のアリス・アディントンか。確かに可愛い様子をしておるが、ま、うちのグレイスの敵ではないのう)などと、おじさんはそんなことを思っていたかもしれません。買い物袋に防災関連グッズや石鹸なんかを入れながら。

 というのも、アリスが舌ったらずなしゃべり方で、母親に飼い犬の何がしかをねだっている様子を聞いただけでもおじさんにはわかったのです。グレイスはそもそも必要なものしか買わない子ですし、あの歳にして経済観念がしっかりしており、むしろおじさんのほうが節約を求められるくらいでした。「あら、おじさん!そんなにあたしのことを甘やかしちゃいけないわ」といったように。

「ほっほっ。ありゃ、まるっきりグレイスの敵ではないのう」

 その日の夕食時、何かの拍子にアリスのことが再び会話にでると、おじさんは余裕しゃくしゃく顔でそんなことを言っていたものでした。

「あら、おじさんもそう思う?実はね、あたしもサーハン山での一件があってからそう思ってるのよ。最初はね、お人形さんみたいに可愛い子だし、成績もいいしで、そういう子に嫌われるってことは、なんかあたしに人を不快にさせるものがあるのかしらと思わなくもなかったんだけど……なんかあの子、勉強ができるっていう以外では、そんな大したことないのよ。だからあと一年、あんな子と一緒なのは面倒には面倒だけど、メアリーさえいたらきっとどうにか耐えられそうだわ」

「そうじゃのう。が、まあ、なんだの。グレイスは聖書の詩篇でも読んで、『すでに勝利は我がもの』とでも思っといたほうがいいに違いないよ。ただ、相手が間違っておって自分が正しい時でも、寛容に相手を許してやることじゃ。神さまはそういう子のほうを、より祝福してくださるだろうと、おじさんはそう思うでな」

「そうね。おじさんったら、地震の時にもあたしのために神さまに色々祈ってくださったのでしょ?そのおじさんの愛情とメアリーの友情があったら、この世界は生きるに値いする素晴らしいところだわ。たまに変な理由で意地悪してくる子や、あたしの性格をよく知りもしないのに仲間外れにしてくるクラスメイトがいたとしてもね」

 ――こうして、グレイスはこの四日後、小学四年生になりました。三年生からの持ち上がりなので、クラスメイトの顔ぶれに変わりはありませんでしたが、驚いたことに転校生がいたのです。それも、アーロン・ブラッドフォードと、ベアトリス・ブラッドフォードという男の子と女の子の一卵性の双子です。

 このふたりが先生に呼ばれて自己紹介すると、教室はこのふたりに対する注目で騒然としました。というのも、二人は一卵性の双子だというのに、あまり似ていないような気がしたからです。アーロンのほうは眼鏡をかけており、携帯を手から離さない生っ白いもやしっ子のようでしたが、ベアトリスは黒人でもないのに髪の毛をドレッドにしており、肌のほうも日に焼けて真っ黒でした。

 なんにしても、四学年に上がってから暫くの間、4年A組は、このブラッドフォード姉弟のことで持ちきりだったかもしれません。というのも、このふたりは首都ユトレイシアのほうから遠くノースルイスのほうまで引っ越してきていたのです。旅行などでユトレイシアへ行ったことのある生徒もいましたが、やはり向こうは国一番の大きな都市ですから、北東の首都と言われるノースルイスなどとは比べものになりません。

 ブラッドフォード姉弟はそうした国一番の都会の雰囲気を身にまとい、さらには教科書のほうも、ユトレイシアではこちらよりずっと進んでいるとのことで、成績のほうも双子同士で常に一番を競っているような感じでした。しかも、最初は生っ白いもやしっ子のように見えたアーロンですが、彼はバスケットボールが得意でしたし、ベアトリスはユトレイシアではハンドボールのレギュラー選手だったそうです。小学校の体育の授業でハンドボールはやりませんが、それでも他の球技でもベアトリスはいつでも中心人物だったといっていいでしょう。

 こうなると、アリスとエリザベスの連合同盟などは実質無意味なものになってしまいました。アーロンはアダムやクリフと親しくしているようでしたが、ベアトリスは何故かグレイスとメアリーに自分のほうから話しかけていたのです。きっかけは、日本のマンガで、セーラームーンの話をしていたところ、彼女もファンだということがわかったためでした。

 メアリーの家の本棚には、マンガのコレクションがなかなか充実しておりましたので、ベアトリスはよく遊びにくるようになりました。ベアトリスはいい意味でいえばかなりのところ開けっ広げな性格で、悪い意味でいえば空気のまるで読めない子でした。ですから、クラスの中ではアリスやエリザベスにお伺いを立てなければいけない……といった事柄であっても、ふたりのことはほとんど無視して自分の意見をズバズバ言ってのけては、クラスで一番目立つ存在になっていたのです。

 グレイスもメアリーも、裏表のまるでない明け透けな性格のベアトリスのことが大好きでした。ふたりとも、四年生になっても、大体のところ三年生の時に起きた一年が繰り返されるようなものだとばかり思っていましたが、ブラッドフォード姉弟が転校してきたお陰で、突然ガラリとクラス内の空気が変わってしまったのです。

「おじさん、おじさん、ああ、おじさん!!!」

 四年生になってから、初登校第一日目の9月1日、グレイスは家に帰ってくるなり、大好きなおじさんに向かってそう叫んでいました。

「今日ね、すっっごい子が転校してきたのよおっ。あの子に比べたらほんと、アリスもエリザベスもすっかり霞んじゃうような感じ。おじさん、なんだかあたし、これから毎日学校へ通うのがますます楽しくなりそうよっ!!」

「ほっほっ。そりゃよかったのお。それで、その子は一体どんな子なんじゃ?」

 おじさんは、その日も美味しい手製のパンを焼いて、可愛い姪の帰ってくるのを待っていました。けれどもおじさんのほうでも、三年生の時と同じ毎日が繰り返されるものとばかり思っていたのに――グレイスが両の瞳を喜びに輝かせて帰ってきましたもので、実に嬉しかったものです。

(こんな様子のグレイスのことを見るのは、二年生の時以来じゃないかの。あの頃は、フランクと喧嘩したって時でも、今のように元気を爆発させてたもんじゃからな)

「えっとね、転校生はふたりいて、双子なのよっ!!しかも男の子と女の子の双子なのっ。ブラッドフォードっていう苗字でね、女の子のほうがお姉さんでベアトリスっていうの。そんで、男の子のほうはアーロンっていうのよ。でもね、ふたりとも双子なのに全っ然似てないのっ。あたし、今日、少しだけだけどベアトリスとお話しちゃった。ベアトリスったらね、ほんとは白人なのに、黒人みたいなの。肌のほうは夏に海岸やプールで焼いて、髪のほうはドレッドにしてるんだけど、四時間もかかったって言ってたわ。すごく個性的で素敵な子よ」

「ほおお。そりゃ確かに相当変わった子じゃのう。それで、その子とは仲良くできそうなのかい?」

「まだわかんないわ。ただね、あたしが思うに……あの子、絶対アリスやエリザベスとは気が合わないわ。あたし、そのことを思っただけでも、これから毎日学校へ行くのが楽しみで仕方ないの」

 グレイスはおじさんの出してくれたレモネードをごくごく飲み、それからダイニングの椅子に座ると、かぼちゃとホイップクリームの入ったパンにぱくつきました。今日はもうひとつのパンはレーズンとクルミの入ったパンで、これもグレイスの大好きなパンです。

「ほほう。そうか、そうか。わしはそのベアトリスって子に会ったわけではないが、その子はなんだかグレイスと気が合いそうな気がするの」

「そうなのよーう!!」グレイスは、パンの上にのったかぼちゃの種の部分にかじりついて、ご満悦でした。「あたしもね、あの子とは気が合いそうな気がするの。弟のほうは眼鏡かけた生っちろいもやしっ子みたいに見えるんだけど、頭はよさっぽそうな感じ。あたしが『双子なのに似てないのね』って言ったら、「あたしたち、お互いに自己主張が激しいのよ」ですって!!」

 おじさんも、グレイスの向かい側に座ると、ブルーベリー味のベーグルを食べはじめました。実をいうとこれはおじさんが作ったものではありません。きのう、グレイスと一緒に出かけた「もちふわ美味しいベーグル屋さん」で買ってきたもののひとつです。

「なんにしても、おじさんも嬉しいよ。学校へ帰ってくるなりグレイスがそんなに元気なのを見るのは、久しぶりだからの」

「あら、そうだったかしら。でもおじさん、確かにあたしも学校でこんなに興奮することがあったのは久しぶりだと思うわ。それにベアトリスはあたしの席の列の隣の隣なのよ。ベアトリスったら、背なんかすらっと高くて、たぶんクラスの女子の中じゃ一番ね。すっごくスタイルもいいの。なんだかモデルみたい」

 ――こうして、この翌日にはグレイスはベアトリスと仲良くなっていました。メアリーの家に集まる約束までしていたのです。そこでおじさんは、手製のパンをたくさん持たせてグレイスのことを送りだしました。おじさんのパンは誰からも好評でしたので、きっとベアトリスも気に入ってくれるだろうと思ったのです。

 グレイスとメアリーとベアトリスが仲良くなったのはマンガがきっかけでしたが、ベアトリスは特にマンガだけが目当てということもなく、クラスでも三人で一緒にいることが多くなりました。やがて、ベアトリスがメアリーから借りたマンガをアーロンも読むようになり、彼もグレイスやメアリーと親しくなっていきました。そして、そうした中でいつしかメアリーとアーロンはつきあうということになったのですが、このことには正直、クラスの誰もが驚いたようです。

「そう?ユトレイシアの小学校じゃ結構普通よ。ただ、その代わり向こうじゃ別れるのも速かったりするんだけどね」

 メアリーとアーロンがつきあいはじめると、グレイスはベアトリスとふたりきりで会うということが多くなったかもしれません。アーロンは言ってみれば超のつくオタクでした。そしてメアリーも彼と同じくらい日本のマンガやアニメに詳しかったことから……すっかり意気投合したというのが、アーロンがメアリーに交際を申し込んだ理由だったようです。

「へー、そうなんだ。やっぱり都会の子って違うのね。うちのクラスじゃ女子グループと男子グループとできっちり別れてて、つきあうとかなんとか、そういうことは全然ない感じだけど」

「ふうん。なんかつまんないのね。女子はあのエリザベスとアリスっていう子が仕切ってる感じなんでしょ?それで、メアリーに聞いたけど、あんた、一学年上のリアムって奴を巡ってアリスと揉めてるんだって?」

 アーロンとメアリーがつきあいはじめたのは、十二月初めのことでしたから、この頃、ベアトリスは肌が大分元の色に戻りはじめていました。それに合わせてかどうか、髪型のほうもベアトリスはドレッドからポニーテールに変えています。

「んー、なんかそれ、もう情報古いかも。そりゃ、リアムとは今も時々会ってスケボーしたりとか、そういうことはあるけど……ブレンダン経由のエリザベスの話でも、なんかアリスも気持ちのテンションが低くなっちゃったみたい。だからそんな、深刻なことじゃないのよ」

「へえ。じゃ、そのうち会わせてよ、そのリアムって奴に。それまでにわたしも、ママに頼んでリップボード買ってもらうから」

 この数日後、実際にグレイスはベアトリスとリアムをスケートボード場で会わせましたが、ふたりは男同士の友だちがそうであるように、互いに張りあって競争していました。性格的に波長があったせいもあるのでしょう、ベアトリスとリアムは会ったその日のうちに意気投合し、すっかり大親友といったようになっていました。

 けれども、ベアトリスにとってリアムはスケボー仲間としてはいい友達でしたが、メールのアドレスを交換したのは失敗だったかもしれないと、あとで後悔したかもしれません。というのも、リアムは「グレイスってほんとは俺のことどう思ってんのかな?」ということにはじまり、「今日の俺の新技見て、グレイスなんか言ってた?」ということなど、いちいち返信するのが面倒くさいメールばかり送ってきたからです。

 なんにしても、アーロン&ベアトリス姉弟の登場で、4年A組の雰囲気はガラリと変わってしまいました。このふたりの転校生のお陰で、女子たちの間ではアリスとエリザベスから感じる脅威が薄まり、彼女たちふたりの取り巻きである四人の女子生徒を除いては、だんだんグレイスとメアリーとも仲良くしてくれるようになっていきましたし、男子と女子の間に前まであった垣根のほうも随分低くなっていました。

 それはベアトリスが弟のアーロンや、彼が仲良くしているアダムやクリフにも話しかけるため、グレイスとメアリーも彼らと一緒にいることが多くなっていたことが多少影響していたに違いありません。今ではすっかりクラス内の雰囲気も三年生の頃より良くなりましたし、教室全体も活気づいているような感じがします。

 クリスマスにあったブラッドフォード家のパーティも豪華で、とても楽しいものでしたし、グレイスは今はもうすっかり学校で不安なことも心がモヤモヤすることもなく、天気が雨の日も輝き渡った青空のような気持ちで学校へ通うことが出来ていました。

 冬休みもグレイスは、ブラッドフォード家の人たちにスキーへ連れていってもらったり、あるいは近場で橇遊びをしたりスケート場でスケートしたり……グレイスは学校の成績自体は真ん中あたりで平凡でしたが、4年A組では誰の目から見ても今は目立つ存在でした。

 けれども、そんなグレイスにも危機がなかったわけではありません。たとえば、両親の職業について書くという作文の宿題が出た時、グレイスだけは「うちはパパもママも死んでいないので」という前置きをしてから、おじさんが退職前までしていた郵便局での仕事について発表しなくてはなりませんでしたし、どこの家庭へ遊びにいっても、みんなパパとママが揃っていて幸せそうであること……そうした光景を見てまるで羨ましくなかったり、時に寂しい思いをしなかったといえば、それはやっぱり嘘になります。

 でも、グレイスにはおじさんがいました。彼女にとっては誰よりも素敵で、素晴らしいと思えるおじさんが……。

 ですがまさか、そのおじさんとの間に深刻な距離が出来ることになるとは――この時のグレイスにはまるで想像も出来ないことだったのです。



 >>続く。





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