こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

聖女マリー・ルイスの肖像-【42】-

2017年12月19日 | 聖女マリー・ルイスの肖像
【歌を歌う天使たち】ウィリアム・アドルフ・ブグロー


 そのう……なんていうか、今回もなんかあんまし書くことないなっていうことで……適当に何かどーでもいい話でもしてお茶を濁したい(?)と思います

 前回したユーレイの出た安ホテル(笑)の他に、わたし生まれて初めてAPAホテルに泊まったんですよww

 いえ、他のビジネスホテルっぽいところに泊まるよりも料金が安いので、正直、アメニティがどーだとかなんとか、そんなことは一切期待しとりゃしませんでした。。。

 でも、他のビジネスホテルに泊まったりするより、なんか色々なことがとても良かったです

 歯ブラシが柔らかかったりだとか、ベッドや枕が柔らかかったりだとか、バスルームの使い勝手が良かったりだとか、APAホテル創業者の方の経営理念の本や漫画が置いてあったりだとか……むしろ、こうした細かな小さいところで他のホテルと差をつけることで、最終的にそれが人がAPAホテルを選ぶ大きな理由になるんだなって思ったというか。

 そんでわたし、この時生まれて初めてAPAホテルがなんでアパホテルっていうのかの理由を知りました(笑)

「Always Pleasant Amenity」……「いつも気持ちの良い環境を」ということで、実際本当にその通りのホテルだな~とか思いました♪(^^)

 某芸能人の方が愛人の方との逢瀬にAPAホテルを使用していたとのことで、なんとなく「ゲス不倫ホテル」的イメージが予約する時に頭を一瞬よぎりましたけれども(笑)、そんなことは関係なく、普通のビジネスホテルを利用するよりもアパホテルのほうがとてもいいなって自分的には本当にそう思ったというか。。。

 まあまた、観光以外の目的で(あるいは観光目的でも)ビジネスホテルとかに泊まる必要のあることがあったら……是非APAホテルを利用しようと思っています

 はっきり言ってどーでもいいお話なんですけど、ユーレイが出たように感じたホテルと、他にもうひとつ値段的にほぼ変わらないホテルとAPAホテルと三泊することになって、この三つのホテルの中では一番アパホテルが良かったという、そんなお話でした。。。

 ではでは、次回はマリーがアグネス院長にずっと送っていたという手紙の内容についてのお話となります

 それではまた~!!



       聖女マリー・ルイスの肖像-【42】-

「何か、大変なことになってきましたね」

 マグダは実質、屋敷内の人々の指揮を取っていたのだが、教会の友人や知り合いの人々の輪から離れると、イーサンのほうへやって来た。

「ああ。まさかこんな大事になるとは、俺自身思ってなかった。あの修道院長は自分たちの聖堂のほうでマリーの葬儀を執り行いたいんだと。で、そちらのほうの墓地にそのままマリーの棺を納棺したいって……」

 きのうのうちに、マグダにも子供たちにも、マリーがカトリックの孤児院で育ち、元は修道院の修練女であったということは話しておいた。だが、マリーが今どんなことを本当に望んでいるのかなど、誰にもわかりようがないとイーサンは思っていた。修道院を離れて八年……マリーにとってはここが終の棲家のような場所だったんじゃないのか?そう考えたらやはり、うちで葬儀のほうを執り行いたかった。いや、百歩譲って聖堂のほうで葬儀を行うというのでもいい。だが、マリーの遺体を連れ帰るということは、イーサンにとって絶対に譲れないことだった。

「そうですか。もしかしたらそのほうがいいかもしれませんわねえ。もし一般の人が誰でも参列できるっていうことなら、そちらに責任を持ってもらったほうがよくはありませんか?」

「マグダ、人の対応とか色々、任せきりで悪いとは思ってる。だけど、俺はこの家でマリーの葬儀をして、この家の庭にマリーの墓を……それも立派なものを造ってやりたいと思ってる。だがそれだと、何か問題があるだろうか?」

 マグダは少し困ったように首を傾げてから、こう答えていた。

「いえ、イーサンの好きなようになさったらいいと思いますよ。元はカトリックでも、マリー自身は子供たちと一緒にプロテスタントの教会へ通っていたわけですしね。牧師よりも神父に葬式をしてもらったほうがいいとか、そういう問題は気にしなくていいんじゃないでしょうか」

「そっか。そういう問題があるか……」

 このあとイーサンは、マグダに「少しの間でいいからひとりになりたい」と言い、三階の書斎のほうへ行ってひとり考えこんだ。

(マリー、おまえはどうして欲しい?そりゃ六歳の時から十九歳の時まで修道院にいたって言うんなら……だけど、俺はおまえのことを出来るだけそばに置いておきたい。おまえのことを感じていたんだ。それは子供たちも一緒だろう。もしこれが俺たちの我が儘にあたることだったとしても……)

 だが、マリーの葬儀については、この翌日、イーサンの手には届かぬ問題となった。何故といって、ユトランド共和国全体を代表するようなカトリックの枢機卿が――彼女の葬式を執り行うことになったとアグネス修道院長から連絡が来たからである。このカーク・キャメロン枢機卿もまたマリーのことを幼い頃より知っており、その死に胸を痛めているという。

 そのようなわけで、マリーの葬儀のほうはまるで国葬のような壮麗なものとなった。まるで、国の大臣か有名人でも亡くなったかのように扱われ、マリーの遺体を収めた棺はユトレイシア大聖堂のほうへと運ばれていくことになったのである。大聖堂ではパイプオルガンの悲しげな音色が流れ、修道女たちがペルゴレージの「スターバト・マーテル」を歌っていた。

 そうした中でマリーの棺には神父の手によって聖水が注がれ、次に献香がなされた。そして、葬儀のミサの中でキャメロン枢機卿は、ヨハネの手紙第一、第4章7~16節を引用したのち、マリーについて、こんな話をしたのである。

「わたしが初めてマリー・ルイスに出会ったのは、告解室でのことでした。六歳のマリーは、本当にとても小さな、他の子供であれば罪とさえ意識しないようなことで罪の意識を覚え、そのことをわたしに告白したのです。修道院のみなさん方もそうだったでしょうが、マリーに出会った人はみな、彼女に対してある種の感銘を覚えます。なんといいましょうか、「普通の人とは違う特別な何かがこの人の中にはある」と感じるのですな。マリーは神に覚えられるのも早く、修道院へやって来て間もなくの頃からすでに、神の愛の火に焼き尽くされることが自分の望みであると告白していました。つまり、神の前に全焼の生贄として捧げられるということ、殉教ということを極幼い頃から意識していたのです。ですから、修錬女として二年目となり、初誓願を立てるという日がもう間もなくとなったある日のこと……神の召命を受けた時には本人も非常にショックだったようです。けれども、神の御声に従って、彼女は修道院から出ていきました。そのくらい、神の声の促しがはっきりしたものだったので、本人も逆らえなかったのでしょう。それから、産婦人科医院、精神病院、脳神経外科病院、リハビリセンターと、色々な職場で介護の仕事に就き、神が望まれていた「この世の苦労」というものを学んだと本人は申していたと言います……つまり、あのまま修道女になるのではなく、マリーがこの世に出てこの世を照らす光となることを主はお望みになられたのです。事実、マリーは関わったすべての人に光を与えました。そして今はこの世における神の使命を終え、天上で主の御腕に抱かれていることでしょう。「キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです」と聖書に書かれています。マリーもまた、キリストにならって命を捨てる決意をし、そして愛のために死んだのです。みなさんもどうか、愛によって繋がってください。また、どうか主がそのように我々のことを御自身の愛の中へ、焼き尽くすような火の試練の時にも招いてくださいますように。アーメン」

 ――実をいうとイーサンは、マリーの遺体を自分の家まで連れ帰るためにアグネス修道院長とちょっとした喧嘩をしていた。簡単にいうとしたなら、法的権利を持ち出したのである。その法的権利によれば、本当はイーサンたちマクフィールド家の人間には、マリーの葬儀を家族として当然執り行うべき権利がある。だが、そこをあえて譲ろうというのであるから、遺体だけはどうしても自宅のほうへ連れ帰るといって聞かなかったのだ。

 この点については、アグネス修道院長もしぶしぶながら譲歩せざるをえなかったといえる。だが、最後にこうつけ加えることを彼女も忘れはしなかった。「ですが、あなたがもしこれから他の女性と結婚した場合、マリーのことはわたしどもの修道院へ引き取らせていただきますよ。ええ、そうですよ。墓を掘り返して、棺をこちらの墓所にまでその時には運ばせていただきますからね」

 そのようなわけだったから、イーサンは荘厳な大聖堂内で壮麗な葬儀が執り行われる間、そのことばかりずっと心配していたかもしれない。何分、マリーの悲劇的な死のことに多数のマスコミが食いついていたため、マクフィールド家の門の前にもテレビクルーが張り付いているくらいだったのだ。ゆえに、マリーの棺が運ばれる様子もテレビカメラが映しており――もしそのまま墓地のほうへマリーの棺が運ばれていたとすれば、流石にイーサンも「約束が違う!!」などとはとても叫んだり出来なかったことだろう。

 なんにしても、葬儀を終えてマリーを再び家に連れ帰って来た時、イーサンはほっとした。最後のお別れを家族の間だけで終えると、彼女が特に好きだった庭の一角にマリーの棺を納め、そこに土を被せて十字架の形をした墓石を立てた。もっとも、これはイーサンにとってあくまでも仮の墓所だった。いずれ、マリーの墓はもっと立派な、あの葬儀の荘厳さに勝るとも劣らないものをあらためて制作依頼するつもりではいたのである。

 子供たちは四人とも、「ありがとう、おねえさん!!」と叫ぶようにして言いながら献花して、最後のお別れをしていた。「大好き」でも「愛してる」でも「さようなら」でもなく、それらを合わせたすべての言葉が「ありがとう」だった。そして、感謝と愛の言葉以外、何を言ったらいいのか――ただ、万感の想いをこめて、ランディもロンもココもミミも涙とともにおねえさんのことをお見送りしたのだった。

 イーサンも、こんなに切ない思いをするのは、十一の時に母のガブリエルを失って以来だったが、今はその時以上の喪失感に苛まれていたかもしれない。子供たちも泣いても泣いてもまた涙が出てくるといった様子だったが、それでもイーサンの見たところ、マッキンタイア家の人々が来てから、「悲しい」という感情以上に、何か崇高な意味をマリーの死の中に子供たちは見出したようであった。

 そしてイーサンはその時に、(子供たちは必ずいずれ立ち直れる)と確信していたかもしれない。だが、イーサンは(自分は立ち直れない)と感じていた。土の中にマリーのことを埋めるのがあまりにつらく、今からでも墓を掘り返し、マリーの体に防腐処理を施した上、自分のそばに置いておきたいというくらい、それは切なく激しい感情だった。

 だが、何故そうしないのかといえば、答えはひとつだ。そんなことをすれば、子供たちの精神的な健康に影響すると思えばこそ、そんな気狂いじみたことは出来ないと強い制止の気持ちが働いたという、ただそれだけのことだった。だが、もしそうじゃなかったら……。

(マリー、俺はもうおまえがいないと生きていけないんだ。そりゃ、おまえがこの屋敷にやって来る前だって思ってはいたさ。こんな四人ものガキを俺ひとりでどうすりゃいいんだ、とはな。だけど、おまえという天国を見てしまってからでは、何もかもが色褪せて思える。いや、頭の中ではこうするのが正しいとか、ああしなきゃならないとか、そんなことはわかってるんだ。だが、俺はもう自分の意志では指一本ですら動かしたくない……そうしよう、生きようと思う力がまったく湧いてこないんだ)

 いつか、自分の人生で「絶望のあまり、目が見えなくなる」などということが実際に起きてこようとは、イーサンは思ってみたこともなかった。これまで、テレビのニュースではよく見たことがあった。地震や台風で自分の住む場所を失い、絶望した人々や、あるいは何か他の災害で家族を亡くした人々の哀しみを。だが、心の中で同情しながらも、おそらくは全然自分ごとのようには想像していなかったのだろう。けれどいまや、イーサンにはそうした人々の気持ちが心の芯から理解できる。

 生きるための力が湧いてこないし、マリーのことを見本として、これからは自分が子供たちのことを第一に考えて世話をしなければいけないとわかっていても――もう何もしたくないし、何も考えたくもなければ、何も見たくなかった。マリーではなく自分のほうが死ねばよかったとさえ思うくらいに……。

 そしてこの日の夜、イーサンは夢を見た。場所の雰囲気としては、毎年ディズニーランドの帰りに寄っていたあのキャンプ場に少し似ていたかもしれない。イーサンは真っ暗闇の中で寝転がり、草の中で夜空を見上げていた。こんなに綺麗な星空は見たことがないと思うほど、その場所は畏敬さえ感じる神聖さに包まれていた。数百万、いや、数千万もの星屑が瞬き、魂の世界でそのひとつひとつがまばゆいばかりに輝いている。

 このあとイーサンは、自分の横に人の気配を感じて振り返ってみた。マリーがいた。彼女の瞳の中にも、信じられないほど美しい星の光が注いで輝いていた。とても短い夢で、このあとすぐにイーサンは目を覚ましていた。そしてイーサンは、窓の外が夜明けに染まっているのを見て、自分が思った以上に長い時間眠ったらしいことに驚いていた。

 不思議なことだったが、この時に見た夢がイーサンに立ち直る力を与えた。あたりはあまりに暗く、明かりといえば星の光しかないという世界だったが、イーサンはマリーが優しく微笑んでいるのを見た。そして確信した。彼女は今、そのような苦しみも悲しみもない世界にいるのだろうということを……。

(おかしなもんだな。俺は夢の中で、あんなに暗闇が美しいと感じたことは一度もない。だが、本当に完璧に幸福な世界だった。俺も死んで向こうへ行ったら、あの夢の続きが見れるというのは流石に……ロマンチックにすぎる想像かもしれないが、でも本当にそんな気がする。そして仮に俺が死ぬのが五年後でも十年後でも、ああした世界ではもう時間という概念自体が意味を持たないものなんだろう)

 イーサンは窓のカーテンを引くと、マリーの墓に淡いオレンジともピンクともつかない色の曙光が差しているのを見た。

(マリー、心配しなくても、おまえの遺志はしっかり継いでいくさ)

 まだ朝の五時前のことだったので、マグダも起きてはきていなかった。けれど、イーサンはこの日、子供たちのために朝食を作り、なるべく「いつも通り」、「マリーが生きていた頃のとおり」を心がけることにした。

 ランディもロンもココもミミも、またマグダも――イーサンがこんなに料理がうまいとは知らなかったので、とても驚いていた。ランディなどは「おねえさんほどじゃないけど、これはこれで結構イケるよ、イーサン兄ちゃん!」などと生意気な口を聞いていたものである。

「うふっ。にいたんの作った目玉焼きもおいしいれーす!!」

「ミミはようするに、うさぎとかねこの形とかしてたら、なんでもいいんでしょ」

「そんなことないもん。ミミ、ココおねえちゃんの作ったコゲコゲのは絶対食べたくないもん!」

 珍しくココが言葉に詰まるのを見て、ロンとランディは笑った。というのも、この口の達者な妹にいつもこの兄ふたりはやっつけられてばかりいたからだ。

「でもイーサン、食事作りくらいはわたしがしますから、大丈夫ですよ」

 ついきのう、暫くの間はここに以前と同じように住み込んで家事をする約束をマグダはしたばかりだった。イーサンはそのことに対ししきりとすまながったが、近ごろ孫が『どうしてばーばはいつも家にいるの?』と言ったりするので、ちょうどいいのだと答えていた。

「いや、マグダがこのままずっとうちにいてくれるんならいいが、そういうわけにもいかないだろうからさ。俺ももう院のほうを無事卒業するし……ランディとロンは寮暮らしだろ。あと、ココとミミの分の食事作りくらいは努力すればなんとか出来るんじゃないかと思う」

「わたしも、これからはなるべく手伝うようするよ、イーサン」

「ミミもミミもー!!ミミね、おねえさんがどんなふうにしてたかとか、ぜんぶぜーんぶ覚えてるもの。だからきっとにいたんのお役に立てると思うのよ」

「そうだな」と言って、イーサンはミミの頭を撫でた。それに、これからみんな夏休みになるのだ。イーサンはその夏休みの間に今以上に料理の腕を上げようと心に決めていた。

 なんにしても、食卓からお通夜の空気が少しばかり抜けたようだと感じて、イーサンはほっとした。何分、あと三日もしないで学校が休みとなるため、このまま休んでもいい気もしたが、子供たちはみな学校のほうへは必ず行きたいと言った。

「だってぼく、卒業式だもん」と、ロン。「おねえさんに出席してもらえないのは残念だけど、でもきっと、来てくれてると思うんだ。単に目には見えないってだけでさ」

「そうだよ。俺も、結局色々荷物とか取りにいかなきゃならないから、学校のほうには戻んなきゃなんないんだ。それに、もう試験も終わってるから、るんるん気分で授業のほうはテキトーに受けときゃいいだけだし」

「あー、ランディ。おまえの場合はな、無事進級できるかどうか、兄ちゃんはそこんところが一番心配だぞ。あと、ロンの卒業式には俺が必ず出席する。マリーもな、そのための服をちゃんと買ってたくらいなんだが……」

 オーガニックのコーンフロストを食べていたココが、「それ、わたしもデコラデパートに行って一緒に選んだのよ!」と口を挟む。

「そうだったな。まあ、マリーの部屋はこれから先、ずっと永遠にあのままにしておく。あいつもたまに、おまえらのことが心配になったら天国からこの家に戻って来ることもあるだろうからな」

「おねいさん……」

 ミミはまた涙ぐんでしまい、一生懸命服の袖で涙をぬぐった。でもにいたんたちの言うとおり、おねえさんはまだ本当は生きていてこの家にいるのだとミミは思うことにした。今までと違うのはただ、目に見えないというそれだけなのだと……。

 明日から二日だけ学校へいくということに子供たちの間では話が決まり、イーサンは夕方頃、ランディとネイサンのことだけセブンゲート・クリスチャン・スクールへ送っていくということにしたのだが――この日の午後、イーサンはマリーの部屋のものを色々と見ている過程で、彼女の使っていた机の中に手紙の束があるのを発見した。

 そのうちの多くはアグネス・マルティネス修道院長のもので、他はこれまで勤めていた病院の親しかった同僚からのものだった。だが、こちらのほうは数としてはそんなに多くはない。

(そうか。そういえば本当にそうだぞ。マリーのほうからあの院長に手紙を送ってたってことは、あの院長からだって返事のほうが当然来てたってことだ。もし中を読めば、マリーがあの人にどんなことを手紙に書いてたのかも、ある程度は類推することができるだろうし……)

 イーサンはレースのカーテンのかかった窓辺に寄ると、そこからマリーの墓のほうを眺めて、『すまないが、読ませてもらっていいか、マリー』と一言声をかけた。もちろん、『いい』とも『ダメ』という返事のどちらもなかったわけだが、イーサンは手紙を括ってあったリボンをほどくと、切手の消印の古いものから順に読んでいった。

 イーサンはこのアグネス院長からの手紙を、そのあと暫く、夢中になって読んでいった。その手紙を読むと、アグネス・マルティネスがどれほどマリーのことを愛していたのかがわかるのと同時――「いずれは修道院へ戻る」ということを前提とした場合、マリーがどのように「穢れ多きこの世間」という場所で賢く振るまうべきかについても、時に厳しく叱咤するような口調で書いてもあった。

 だが、イーサンは手紙の最初の十何通かを読むと、少し飛ばし飛ばしに手紙のほうを読むことにし(何分、手紙の数が多すぎるため、間の何通かを飛ばしておいて、あとからすべて読むことにしようとイーサンは思ったのである)、少しばかり興味深いことに気づいた。

 マリーがマクフィールド家へやって来ることに決めた時、アグネス院長はかなりはっきりと反対している。あるひとつの家庭に入っていってそこの四人もの子供の面倒を見ることが本当に神の御心なのですか、というわけなのだった。

 そのあと、アグネスからの手紙が暫く途絶えたあと――マリーは少しの間連絡をまったく取らなかったらしい――その次の手紙でアグネス院長は随分マリーの身を案じている。「あなたが万一にも、この世的な何かに惑わされて神の花嫁の身分を失うことのないようにと案じています……」この<神の花嫁>という言葉は、手紙の中で実によく出てくる単語だったため、イーサンとしてもその言葉に出会うたびに、次第次第に胸が重くなっていったものだ。

 また、イーサンにしても確信はないが、おそらくマリーはケネス・マクフィールドと紙の上だけのこととはいえ、結婚したことをアグネス修道院長に告げてはいないものと思われた。もし彼女がそんなことを知ったとすれば、どれほど怒り狂っていたかが窺い知れようというものだったが、この時部屋の時計を見て、イーサンは一度手紙を読むのを中断させることにしたのである。

 時刻が三時半となり、四時にはランディとネイサンを送っていくという約束をしていたからで、その前にイーサンはユトレイシアイエズス会のほうへ電話をしてみることにした。アグネス院長の手紙は実に興味深いもので、その手紙を彼女が書く前にマリーがどんなことを院長宛てに書いていたかを類推すると、イーサンはそのマリーの手紙をどうしても読みたくて堪らなくなった。

 特に、マリーがマクフィールド家にやって来てからのアグネス院長の手紙についてはイーサンは特に熱心に読んでいた。もしこの頃に書いたマリーの手紙がどんなものかさえわかれば……彼女がこの家に来てから何をどんなふうに考えていたのかがよりはっきりとわかるに違いないとイーサンは確信していたのである。

 もちろん、今イーサンとアグネス修道院長とはなんとも言えない微妙な関係にあったわけだが、イーサンはこの件について彼女に頼むためであれば少しくらい自分のほうが下手に出てもいいとさえ思っていた。

 最初に電話に出た女性に「アグネス院長に繋いでいただけますか?」と頼むと、相手は前と同じくイーサンの名前さえ聞かずに「少々お待ちください」と言っていた。少しばかり待たされはしたが、とりあえず最後に相手が電話口に出てくれて、イーサンはほっとしたものである。

「先日は、大変失礼な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした」

 イーサンがそう下手に出てあやまっても、アグネス院長は例の温度のない冷たい口調で対応するのみだったといえる。

『一体これ以上なんの用なのですか?とわたしのほうでも言いたいくらいですけれどね、ちょうどこちらからあなたに電話しようと思っていたのですよ。なんにしても、そちらの用件を先に伺いましょうか』

「マリーの部屋で、彼女との思い出に浸っていたら……アグネス院長、あなたの手紙がたくさん出てきたんです。失礼ながら、そのうちの三十通とか、そのくらいをすでに読ませていただきました。それで……あなたがお持ちであろうマリーの手紙を読ませていただけないかと思ったんです」

『…………………』

 このあと、暫く沈黙があった。そしてアグネス院長は深い溜息を長く着いたのち、こう切りだしたのだった。

『そうですよ、わたしもマリーの手紙のことであなたに話があったのです。わたしはマリーがわたしに宛てた手紙をまとめて――出版しようと思っているのです。また、そののち聖人として列聖されるのに相応しいかどうかの調査がなされるでしょうが、いくつかあなたのお宅ではマリーがそうなるのに相応しくない出来事が起きたようですからね』

「列聖って……マリーはそりゃ、お宅の修道院で育ったかもしれませんし、道徳的に素晴らしい人間でもあったかもしれませんが、流石にそれは無理なのではありませんか?それと、あなたが俺に何をおっしゃりたいのかもわかっています。ですが、俺はロンシュタットにある結婚式場であいつと結婚したも同然ですし、その時にも新郎新婦の格好をしてるところをたくさんの人に見られてるんですよ。いや、見られただけじゃないな。全然知らない人までが写真を撮ってましたから、俺としてはこんなことを言うのは心苦しい限りとはいえ……」

『お黙りなさい』と、この時かなり高圧的な声音で、アグネス院長はイーサンがしゃべるのを止めた。『とにかくあなたはマリーの手紙が読みたいのでしょう?では、こちらに取りに来なさい。話はそれからです』

 このあと、アグネス院長のほうで一方的にそのための日時を決め、イーサンはそのことに従うとして約束を取りつけた。そして、向こうからこれもまた一方的にガチャリと電話を切られると、イーサンは首を傾げていたものだ。

(列聖って……あいつはマザー・テレサじゃないんだぞ。それに、聖人として列聖されるためには死後百年以上経っている必要があるとか、最低ひとつは奇跡を行っている必要があるだの、厳しい条件があったはずだ。あの院長、一体何を考えてんだろうな)

 とはいえ、こうした要件についてはむしろ、アグネス・マルティネス修道院長のほうがよほど詳しいはずである。しかも、紙の上だけのこととはいえ、女たらしとして非常に評判のよろしくない男と結婚していたり、さらには法律上は義理の息子にあたる男と恋仲になっていたりと……どう考えても隠しきれるものではない。

 イーサンはそのあたりのことをあのアグネス院長がどう考えているのか不思議で仕方なかったが、なんにしてもこの翌日、指定された午後二時という時刻ぴったりに間に合うよう、修道院のほうへと駆けつけた。そしてその重厚な石造りの建物内にある応接室に通され、アグネス院長がやって来るのを待っていたのであるが――意に反して彼女は姿を現さなかった。

 かわりに、マリーの手紙の入った箱を、別の年のいった修道女が持ってきて、イーサンに手渡したのである。

「アグネス院長の伝言です。まずはこちらのほうをあなたが読んで、話はそれからだとのことでした。それでは、失礼致します」

 小柄な、眼鏡をかけた白髪頭の修道女は、要件が済むなりすぐに応接室から出ていった。まるで、修道院という神聖な場所では、男と口を聞くことさえ穢れに繋がるとでもいうような、それは硬質でとても冷たい態度だった。

 まるで隣人愛というものの感じられない態度で追いだされても、イーサンは文句を言おうとは思わない。何故なら、マリーの生きた証の一部ともいえる、彼女が頭の中で考えていたであろうことの片鱗を知ることの出来る、大事な大事な手紙が手に入ったことを思えば――イーサンはあの修道女が鎖付きの鉄鎌で自分を追い出していたとしても、おそらくは十分満足したことだろう。

 イーサンはこの日、夕食のことはマグダにまかせて、自分は食卓にもつかず、書斎のほうへ閉じこもりきりになった。一応、「片付けなきゃならない書類仕事がある」と子供たちには言っておいたが、もちろんイーサンは部屋に鍵をかけ、マリーの手紙をじっくりと時間をかけて読むつもりでいたのである。



 >>続く。





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