さて、再び新連載開始です♪(^^)
といっても、かなりのとこ軽い気持ちでテキトーに書いた小説ですので、医療的なことに関する記述などはあちこちものっそ間違ってると思いますww
なんと言いますか、お話の内容としては、脳外科医の桐生奏汰さんは四十一歳で脳外科医としてもベテランの域にあって、家庭のほうも特に問題なく幸せである……そんな自分が不倫?いやいや、自分にはそんな時間も暇も気力も体力もないよ――と思っていたのに、ちょっとした偶然から十八歳も年下の若いおにゃのこ☆とそんな関係になってしまう……といった内容ですかねえ(笑)
そうした真面目で、ゲス不倫の報道なんかを見て「自分はそんな人間じゃないぞ。第一、妻のことも娘のことも愛してる」と思ってる人でも、ちょっとしたきっかけさえあればそーなっちゃうんだなー☆みたいな小説というか(^^;)
たぶん、タグつけるとしたら必ず「三角関係」というのを入れることになると思うのですが(笑)、主人公の奏汰さんの奥さんがそんな夫を見ていてどう思っていたか……というのは、あとから描写が出てくると思います
まあ、「不倫小説」っていうのは、他にタイトル思い浮かばなかったからそう付けてみたっていうだけで(汗)、わたし自身は「不倫のなんたるか☆」とか、そんなのはまるっきりわかってはおりません。。。あと、不倫をテーマにした小説というのもほとんど読んだことがなく、唯一読んだ記憶あるって言えば、トルストイの「アンナ・カレーニナ」くらいかな……という気がしたり
なので、やっぱり男の書き手の方が不倫願望があって、そうした自分の理想を反映して書いた部分もある――みたいのと違って、エロ描写に関しては薄いと思うんですよね(^^;)
自分的に、「アンナ・カレーニナ」の小説の凄さっていうのは、そういうところにもあるのかな~と思ったりもします。いえ、今の時代で「不倫」をテーマにしたら、それはもうエロ的なものが中心に来ると思うんですけど、「アンナ・カレーニナ」は具体的にそうしたエロ系描写があるわけでもなく、そのあたりのことを文学的重厚さによって緻密に描いているわけですよね(^^;)
ちょっとダンボールの中から「アンナ・カレーニナ」を探せてないのがアレなんですけど(汗)……アンナとヴロンスキーが不倫の恋に落ちて肉体関係を持ったらしき描写って、確か「殺人」にたとえられてた気がします。
「まー、古い時代の小説だからねー」とか、「トルストイは自分がクリスチャンだったから、そのあたりの道徳観厳しかったんじゃない?」とか、そんなことも越えて、そこ読んだ時自分的に「トルストイ、すげえな」と思った記憶があります。
夫のある女に手を出して肉体関係を持つ=殺人を犯したあとは、その死体を片付けねばならない……という、確かそうした描写があって、アンナはつまらなくて退屈なカレーニンという男と結婚していたのが、ヴロンスキーによって本当の愛と官能性に目覚めたわけだから、そうした真実の愛を殺人にたとえるなんて――ということではなく、この時代に不倫して一線を越えるっていうのは、後がそのくらい大変で困ることになる……ということでもあるわけですよね。。。
冒頭にある、「復讐は我のすることである。我は仇を返さん」というのは、聖書の一節ですが、禁断の愛の楽しさと官能の甘い蜜を味わった分のものは、因果応報、きっちり返してもらいまっせ☆という、話の筋としてはそういうことだと思うのですが……たまに、この「アンナ・カレーニナ」を現代風にしたらどうなるかな~なんて思ったりします。
いえ、わたしちょっと美貌の妻を寝取られちゃったカレーニンさんが気の毒かな~と思ったりしなくもなかったり(^^;)
これ、現代風のドラマにするとしたら、堅苦しい政治家か何かの美人の奥さんを、若くてちょっと軽薄そうに見える(でも見えるだけ☆)男が寝とってスキャンダルになる……でもこの筋立てだとドラマとしてつまんないんですよねていうか、むしろこれだと旦那さんのほうに絶対同情が集まりそうだし、わたしがつまんなくて退屈な男カレーニンに感じてるのも、何かそうした同情心に近いもののような気がします。。。
確か、「存在の耐えられない軽さ」という小説の中に、このカレーニンに似た犬が出てきていたような記憶があってカレーニンがもし実在したら、こんな顔だろうと思ってたんだ……みたいな犬(笑)
いえ、かなりどーでもいいことなんですけど、「ハウルの動く城」に出てくるあの犬……わたし的にはあのワンちゃんがカレーニンのイメージだったんですけど(最初に見た瞬間からそう思ってた・笑)、その後かなり経ってからあの犬は映画監督の押井守さんがモデルらしいと聞いてちょっと笑ってしまいました。
なんていうか、わたしの中てばカレーニン=押井守監督……いやいや、それは違うから!という、何かそんなところがあったもんですからww
まあ、何かどーでもいい駄文が続きましたが、例によって書くネタ☆ないので、次回は何書こうかな……と思ったりしてます(^^;)
それではまた~!!
不倫小説。-【1】-
その年の暮れ、桐生奏汰(きりゅう・そうた)の務める総合病院でも、忘年会があった。創医会という社会福祉法人があり、この創医会に連なる系列病院は日本全国に三十数箇所にも上り――彼はこちらの系列病院のいくつかに務めてすでに十数年にもなる。年齢のほうは四十一歳で、脳外科医としてはベテランの域に入っていたといっていいだろう。もっとも本人は、医療技術は日進月歩、今主流となっている術式も明日には古びているかもしれず、新しい技術を学ぶべく努力していなくては、すぐにも取り残されるだろう……そうした意味合いにおいて、ただ医師として年数だけが上がり、こなした手術数が増えるばかりがベテランとも言えないだろうと、彼はそうした危機意識を持っているらしかった。
一浪して某有名医大にようやく合格したのだが、その後も優秀な脳外科医の兄と比べられ続けたことが、もしかしたら彼を少し卑屈な性格にしたのかもしれない。きのう、奏太は兄の聡一がテレビに映っているのを見た。それも、「並の脳外科医では 治療困難な位置にある腫瘍」を見事なメスさばき(無論これは比喩だ)によって取り除き、まだ十七歳という若い患者やその両親に神の如く崇められ、感謝される姿を……実際、このアメリカ人の患者のCT画像を見た時、奏太も思った。『これまでに何人もの医師に「手術は無理です」と言われてきた』という、自分もその凡百の脳外科医のひとりに過ぎなかったろうということを。そして、兄の医師としての評判が海外にまで轟いているということに、あらためて驚き、尊敬の念を新たにしていたのである。
そんな優秀な兄を持って、自慢に思いこそすれ、嫉妬したことなど一度もない――ともし奏太が言ったとすれば、もしかしたらどの人の耳にも嘘くさく聞こえたかもしれない。だが、代々続く医者の家系の桐生家では、聡一と奏太のパターンか、兄弟で顔を合わせればいがみあっているかの、いずれかしかなかった。実際、十代の頃など、(この兄を憎めたほうが、自分は楽なのではないか)と思ったことが、奏太は一度ならずある。合格困難な国立の医科大に一発で合格した兄、自分と違って勉強だけでなくスポーツも出来る兄、その上いつでも女性にモテるにも関わらず、「勉学の邪魔になる」との理由で、美人との交際という誘惑すらも簡単に跳ね除けられる兄……また、両親の期待もこの兄の聡一ひとりに向けられ、弟の自分には大して将来を嘱望するような気持ちがないのは明らかであり、奏太はそのことでも兄に感謝していたと言って良かった。
ゆえにこの時も、変にひねくれた思いも持たず、兄に対してメールを一本入れた。『テレビ見たよ。流石は兄さんだね。俺ならとても怖じけて、あんな恐ろしい悪魔のような場所にある腫瘍、手を出すことは出来なかったろう。だけど、テレビに出るなら出るって最初から教えてくれたら良かったのに。もし妻が突然大声で叫びだしたんでなかったら、俺も知らずに済むとこだったよ。まあ、そこが聡一兄さんらしいっちゃらしいんだけど……』といったような文面のメールを。
奏太が兄の姿をテレビで見たのは師走と呼ばれる十二月も中旬のことだった。彼と妻の小百合の間にはひとり娘がおり、今この娘は小学一年生で来月七歳になる。結婚したのは約九年前、三十二歳の時のことだった。彼としても今もって結婚の馴れ初めを聞かれると多少の恥かしさを覚えるのだが、のちに妻となる野間小百合とは婚活パーティで知り合った。その結婚登録所には、年に結構な会費を支払っていたため、奏太としてもそろそろ相手を決めて結婚したいと考えていた。こう聞くと、おそらく桐生奏太というこの医師は、金はあるが女性には一向モテないタイプなのだろう……と想像されるかもしれない。だが、実際はそんなことはなかった。ただ、あまりに優れた兄が上にいたために、性格の内向さに磨きがかかっていたという以外では、彼は外科医らしい肉食系のオスだったし、容貌のいい兄ほどではなかったにせよ、いわゆるイケメンの範疇に十分入る整った顔立ちをしてもいた。
けれど、女性に対しては唯一、あまり積極的に出れない性格をしており、その上奏太はロマンティストだった。もし自分に将来結婚しうる女性がいるならば、何か運命のようなものがそうした女性に巡り合わせてくれるはずだ……と信じているようなところがあった。
ところがそんな相手はとんと現れず医師道に邁進するうち、三十歳も過ぎてしまったというわけだった。何より母から「来年こそは結婚を」とか「いい縁談がある」といった類の話を電話でされるのが嫌さに、婚活サイトに登録し、忙しい時間の合間を縫って婚活パーティなどというものに参加していたわけだった。
どうせ結婚するのなら、器量も性格も良く、料理も上手くて床上手……などということを考えていた記憶は奏太にはなかったが、あとになってみると、自分はそのような色眼鏡によって女性を選別し、また向こうのほうでも「顔良し、年収よし、性格よし……」などと、□の中にレ点でも入れていたのだろうことがわかる。
もちろん、プロフィールに書かれていること以上の、いわゆる「会った瞬間のフィーリング」というのも大切ではあったろう。だが、奏太の頭にあったのはどちらかというと、両親が大切にするだろう家柄の良さや、父や母が納得するだろう学歴や経歴、また自分にとっての容姿の好みなどだったかもしれない。彼は「第一印象」といったものをあまりアテにしてはおらず、その場のノリや雰囲気に流されるでもなく、あくまで理性的かつ分析的な目でテーブルにつく女性を眺めていたかもしれない。
そして、そんな中でようやくすべての条件を満たしたのが現在の妻の小百合である――とは、奏太は実は思っていない。まず、奏太が小百合に惹かれたのは、彼女の職業だった。そこには医療秘書とあり、しかも、小百合は母と同じ女子大を卒業している……この点でまず、何かと口うるさい母・小夜子の口を封じることが出来ると思った。その上、兄聡一の妻ほどではないが、彼女も美人の部類に十分入る綺麗な女性で、奏太の中で条件としてはこれ以上の相手はもういないと思ったのである。
そして、小百合のほうでも大体のところ似た感情を未来の夫に対して抱いただけでなく、彼らは境遇のほうまでよく似ていた。小百合には物凄い美人の優秀な姉がおり、自分だって容貌的にそう悪くもなければ、名の通った大学にだって進学したのに、両親の期待は常に姉の上にしかなかったというのである。
「かくなる上はね、姉以上のものすっっごい経歴の男とでも結婚して、家族を見返してやろうと思って、あの結婚相談所には登録したってわけなのよ」
ちなみに、小百合の姉の瑤子は長きに渡って男性遍歴を重ね、日本のみならず世界的に有名な彫刻家の鷹橋陽一郎と結婚していた。そのことを知った時、「どう考えても、俺に勝ち目はなさそうだな」と奏太は妻に言ったが、「十分タイは張れてると思うわよ。少なくとも、わたし的にはね」と、小百合は嬉しそうに笑っていたものだ。
「ああいう芸術家肌の人っていうのはねえ、気難しい上に女性っていう存在がみんな女神に見えるらしいのよ。自分に聖なる芸術のインスピレーションを与えてくれる女神。わかる?表面上はともかくね、姉さんの結婚生活はあんまりうまくいってないみたい」
その後、姉の瑤子が結婚して一年も経たない頃、小百合はそう言っていたことがある。
「でもわたし、姉さんが不幸そうで嬉しいなんて思ってない自分が何より嬉しいわ。なんていうか、わたしはあなたと結婚した時点で、姉さんに対するコンプレックスからは完全に解放されたも同然だったから……今じゃ姉さんに純粋に同情できる自分にほっとしてるの。だってあなたは姉さんの理想をすべて兼ね備えてるのに、他の男の人と違って姉さんの魅力にはまったく興味ないって態度だったんですものね。それも、終始一貫して」
――姉に対してどういったコンプレックスを抱いているかについては、初めてのデートの時から奏汰は何度も聞かされていた。けれど、奏太はその時にはただ聞き役に徹し、自分の身内のことや、兄に対する屈折した思いなどについてなどは一切語らなかった。ただ、奏太は小百合のことを頼もしく、生命力にあふれ、自分にないものを持っている女性だと感じ……出会って三か月後にはプロポーズしていたわけである。
このびっくりするようなスピード婚には、周囲も驚いたが、誰より奏太自身が一番驚いたかもしれない。何分、彼はどんな行動ひとつ起こすにも慎重なほうだったし、小百合のほうからぐいぐい来られるような感じであったとしても、やはり引いていただろう。だが、小百合のほうで他にも候補者が数人いるといった素振りを見せたことから――優柔不断な彼のほうでも事を速めることが出来たというわけなのだった。
もっとも、彼は妻と結婚して九年が過ぎた今も知らない。小百合には他に候補者などいなかったこと、また第二、第三の候補者という意味ではいなくもなかったが、本命は出会った瞬間からずっと奏太以外ありえなかったこと、その他、プロフィール画像も出会った時に印象が下がるのではなく、上がるように計算して撮影されたものであること等など……そうした細かな計略に実は自分はまんまと引っかかっただけでなく、妻のほうで「思った以上に夫は簡単に引っかかってくれて良かった」と思っていたことなども、幸いかな、今もまったく知りもしないわけだった。
* * * * * * *
婚活パーティで知り合った女性の策略にうまく乗せられ、その三か月後に早速とばかりスピード婚した男……などと聞くと、「その男はよっぽと冴えない、愚鈍な男なんだろうね」と多くの人には想像されるかもしれない。だが、桐生奏太・小百合夫妻は幸せだったし、結婚一年後には子宝にも恵まれ、夫の転勤で自分のまったく知らない土地へ行かねばならないことが二度あったという以外では――妻の小百合に、夫に対して不満などひとつもなかったといって良い。
おそらく、あまりにずば抜けた才能の兄が上にいたためだろう、彼自身だってそう悪くもない……いや、いい点や性格上の美点をたくさん持っているのに、奏太自身は常に謙虚で控え目な性格をしていた。普通の人であれば尊大に振るまってもおかしくないところでも大人し目で、奢るようなところがひとつもなかった。その上、妻や子供に対しても優しく、この夫が自分に隠れて浮気するなどとは、小百合には到底想像することが出来なかったし、また友人やサークル仲間などにもよくそう吹聴していたものである。「うちの夫が浮気するっていうことだけはまず絶対ないわ。第一に、仕事が忙しいというのがあるし、主人は性格が優しい人だから、まずもってわたしに嘘をつくっていうことが出来ないのよ」と……。
そしてこのことは、事実、妻の言うとおりでもあった。何故といって、奏太自身も自分をそのような人間であると信じていたからだ。先ごろ何かと話題になった、<ゲス不倫>に関する一連の報道――医局の部長室を出る前などに、ちらとテレビで見たことがあるが、彼はそれらの騒動を自分とはまったく関係のないこととして見ていた。妻の小百合も言っていたように、まず仕事で忙しいし、不倫なぞということに割く、時間も気力も体力もないと思っていた。また、彼は医師らしく道徳観のほうもしっかりしており、妻のことを裏切るなどということは考えつかないだけでなく、愛人と寝た腕で可愛い愛娘を抱きあげるなどとは、言語道断だと思ってもいたのである。
けれど、その年の暮れ……彼は出会ってしまったわけだった。彼自身の人生の安定や安寧を揺るがしかねない十八歳ばかりも年下の女性に。事の顛末はこうだった。その年の暮れにあった忘年会で、奏汰は偶然ある女性の隣になった。一口に病院、といっても、個人病院でなく、総合病院の忘年会である。医師だけでなく看護師や検査技師、理学療法士などなど、そのホテルの座敷に連なるテーブルには、おそらく全部で二~三百名近くは各部署の職員がいたに違いない。先週も、脳外科に所属する職員だけでの忘年会があったが、奏汰はこちらには脳梗塞の急患があったために参加することが出来なかった。また、奏汰は昔から、こうした急患、あるいは予後の気になる患者がいて病院に泊まりこまねばならぬ……といった理由によって、院内の行事関係については避ける傾向にあった。だが、何故今年に限り参加することを余儀なくされたかといえば……たまたま偶然、エレベーターで病院長とふたりきりになった時、ポツリとこう言われたせいだった。
「桐生くんは、今年の忘年会、まさか欠席したりしないよねえ」と。
病院長は心臓外科の権威として知られた人物であるとはいえ、奏汰の直属の上司は脳外科のトップである副院長のほうである。だが、この時奏汰は反射的に「もちろんです」と答えてしまっていた。
「今の若い子なんかに結構多いみたいなんだよねえ。病院の通常業務だけでも疲れるってのに、そんな忘年会だのゴルフコンペだの、いちいちつきあってられっか!っていうのがさ。けど、医者だってサラリーマンみたいなもんだからね。結局、そういうところで自分を何気にアピールできた奴が出世したりするんだよねえ」
そして院長は、「君には期待してるよ」と、奏汰の肩をぽんと叩いて、エレベーターを降りていたのである。もちろん、奏汰は思った。もし今年の忘年会に自分が出席しなかったとしても、今後の出世云々といったことに差し障りなど出るものだろうか?いや、出まい……だが、そうとわかっていながらも、特別他に理由を出っちあげる気にもなれず、翌日が非番だったせいもあり――この十二月二十三日にあった忘年会のほうへ、参加することにしていたわけである。
それに実際、参加してみて良かったとも奏汰は思った。内科、外科、消化器科、循環器科、皮膚科、眼科、耳鼻咽喉科などなど、それぞれの科で必ずひとつ出し物をしなければならないことに決まっており、それがまたとても面白いのだった。内科にやってくる患者あるあるというのを漫才風に演じてみせたり、外科病棟の日常をミュージカル仕立てにしていたり……ひとつの演目が終わるごとに、客席のほうでは拍手喝采、雨あられの盛り上がりようだったといっていい。しかも最後の締めは、院長と副院長によるちょっとしたコントまで用意されていたのである。奏汰も腹を抱えて笑いながら、(なるほど。確かにこれは院長が忘年会に来いと言うわけだな)とつくづく納得したものだった。
そして最初、奏汰のまわりは脳外科チームのメンバーで大体のところ固まっていたはずなのだが、この脳外科チームのほうでも出し物があったり、あるいは合間合間にカラオケタイムがあったりゲームが催されたりで、ふと気づくと最初にいたメンバーはいつの間にか別の科の職員と入れ代わることになっていた。というのも、この機会に席をそれぞれ替えて、違う科の知らない職員とも知り合いになりましょうということで、ずっと同じ席にい続けたのは奏汰の他、病院のこうした会に不慣れな数名の職員くらいなものだったのである。
そのようなわけで、奏汰がふと気づくと、隣に全然知らない女性がいたのも無理のない話だった。また、彼は知らなかったが、こうした機会に意中の誰かと懇意になる……ということがよくあるらしいのだが、その若い女性がそのような理由で自分に近づいてきたという発想自体、彼には思い浮かばなかったと言ってよい。
「君、大丈夫?」
何分、宴会場のほうはほぼ無礼講のような雰囲気になっており、奏汰にしてもそろそろ帰ろうかと思っていたところだった。ところが、隣に顔を青くしている女性がいるために、(どうしたものか)とこの時戸惑っていたのである。
「俺も帰るところだから、タクシーを呼ぼうか?」
奏汰がこう聞いたのは無論善意からであり、下心などまったくなくてのことだった。何分、相手はどう見ても二十くらいは年下の、彼から見て看護学生のようにしか見えない若さの娘である。
奏汰はこの時、彼女が「……すみませんが、お願いします」と消え入りそうな声で言うのを聞いて、彼女を連れてホテルの外へ出た。こういう時は、まず夜気に当たるだけでも気分が変わるものだし、それで吐き気や悪心といった症状が治まればと思っていたのである。
ところが、彼女のほうではタクシーに乗り込む前にダダダッとホテルの壁際に走っていったかと思うと、「うおえっ」と大きな声を上げていた。吐いたというわけではない。軽く餌付いたものの、結局のところ吐くべきものが何も出てこなかったわけである。
「こういう時は、一度吐いちまうと楽になるんだけどな……」
(君、今回の忘年会が、いわゆる社会人デビューとかってやつじゃないよね?)と、奏汰としてはそんなことを思いつつ、隣に跪くと、若い女性の華奢な背中をさすってやったのだった。
「君、家どっち方面?とりあえず、送っていってあげるから、安心しなさい」
このあと、女性のほうではしきりと「すみません」という言葉を口の中で繰り返してばかりいた。タクシーの車中にいる間も、顔面が蒼白なだけでなく、ハァハァといかにも苦しそうで……奏汰としても気の毒になるばかりだった。
彼女を送っていくとかなりの遠回りになるのは明らかだったが、何分病院で配布しているタクシーチケットを使えるため、そうした心配は無用だったとはいえる。
十階建てマンションの正面に乗りつけてもらうと、彼女はそのマンションの七階に住んでいるという。「七階の何号室?」と聞くと、「701です」との返事。奏汰は「悪いけど、カバンの中を見せてもらうよ」と断ってから、部屋の鍵を探して開けた。部屋のほうは1LDKで、部屋のちょうど真ん中に仕切りのためのアコーディオンカーテンがあり、その向こう側にシングルベッドが置いてあるのが見えた。突然の他者の訪問という割には部屋のほうは片付いていたとはいえ――そうした色々なことについて考える余裕は、彼女のほうにはまったくなかったようだった。とにもかくにも、まずは台所へ行き、再び吐こうとして吐けず、結局水をごくごく飲むと、その場にしゃがみこんでいた。
「ほら、無理してでも薬を飲んで、少し横になりなさい。薬箱とか、そういうのあるかい?それか、常備してる頭痛薬とか、そういうのがある場所……」
四つ引きだしのある台所脇の棚に彼女が取りつこうとしたため、奏汰は手の震えている彼女に代わって、薬を探してやった。そして頭痛や吐き気、悪心などに効く白い錠剤を二錠彼女に飲ませると、肩を貸してやって女性のことをベッドに寝かせるということにしたのである。
繰り返すが、今この瞬間に至るまで、奏汰には彼女に対して下心のようなものは一切なかったといってよい。ただ、忘年会で偶然隣にいた具合の悪そうな女性を善意によってその部屋まで送ってきたというそれだけである。
けれど、人間おそらく、どんな真面目な人間にも<魔が差す>ということはあるものなのだろう。とはいえ、(自分も酔っていたから)というのは理由にならないということは、この時でさえ彼自身にもはっきりしていた。にも関わらず、「寒いから」という理由によって、まずはポータブルストーブをつけ、ストーブをつけたあとは、彼女のほうに半ば意識のない状態であるにも関わらずこれを放置できないとの理由によって……そのまま女性の部屋に居続けた。そしてもう一度彼女のほうを見ると、ハァハァと息をあえがせるようにしながら苦しそうに寝返りを打っていて――。
「だ、大丈夫かい?」
奏汰は彼女のそば近くまで行くと、もう一度そう聞いた。この時たぶん、女性の唇からは、「(大丈夫ですから)帰ってください」といったようなか細い声が聞かれたように思う。だが、奏汰はその声を無視した。いや、無視したのみならず、彼自身信じられないことには……気づくと女性の上に覆い被さり、キスしていたのである。もちろん、彼女のほうで応える気配はなかったし、なおかつ、震える手で抵抗するような素振りさえ見せた。けれど、彼はこんなことは初めてだった。抵抗するに出来ない、か弱い女性が目の前にいて、体を震わせている……おそらく、十代の頃だろうか。彼自身まだ女性を知らなかった頃、そうしたシチュエーションを幾度も思い浮かべたことがある。設定のほうは、実は相手の女性は自分を嫌っているという場合さえあったのだが、とにかく媚薬その他の薬物により、そうした状態に陥った女性を自分の欲望のままに捩じ伏せるという……だが、無論こうしたことはすべて空想上の産物であって、彼は現実にそんなことを実行しようと思ったことはない。
けれど今、そのほとんど忘れかけていた妄想が、奏汰の中で現実になっていた。時折女性のほうで「やめて……っ!」と掠れ声で言うところまで、思春期の頃の夢想そのままだったといえる。
抵抗できない女性にディープキスしただけでなく、奏汰の行動はさらにエスカレートしていった。女性の服の下に手を入れて服を半ば脱がせ、ブラジャーのホックを外し……ここまで来るともう、彼にも自分で自分を止められなかった。女性の手を自分のそれで抑えつけたまま乳首やその周囲をなめ、さらには揉みしだいてそうした。「若い女の体」というだけで妙に興奮したし、最後には自分の妻にさえしたことのないことをして、自分の欲望を満たしていたわけである。
この日の夜、奏汰はほとんど初めて、妻に連絡せずに無断外泊していた。それでも、<病院の忘年会>という名目があるため、彼自身その点は何も心配ないだろうと思っていた。けれど、この翌日、まだ名前も知らない若い女性の部屋で目覚めてみると――流石の彼にも罪悪感が真夏の入道雲の如くむくむくと湧いてきた。そしてこの時彼の取った行動というのは……あとから思いだしてみても最低極まりないのだが、その場から急いで逃げるということだった。実際、奏汰は殺人でも犯した犯人でもあるかのように、急いで服を着ると、女性がまだ目覚めないように、ということをしきりに願いながら――殺人現場、いや、姦淫の現場より目を背けるようにして慌てて逃げ帰っていたわけである。
>>続く。