(YOU+MORE!様よりm(_ _)m)
あ~、今回はここの前文に何書こうかな、なんて思いつつ……今回はとりあえずうさちゃん祭り(?)ということにしてみました♪
(YOU+MORE!うさぎを飼っている気分の収納ケースの会様より)
(YOU+MORE!うさぎきんちゃくポーチの会様より)
(YOU+MORE!もっちり子うさぎポーチの会様より)
(YOU+MORE!うたっちペットボトルタオルの会様より)
そして、こういったうさちゃんグッズを通販のカタログなどで見る、マリーとミミとうさしゃんの三人(というか、二人と一匹?)。。。
ミミ:「えっとね、うさしゃん。マリーおねえさんは月にひとつずつ、うさしゃんのお仲間のうさぎのぬいぐるみさんとかを買ってもいいっておっしゃるの。だけどね、ミミ。こんなにきゃわわなうささんをいっぺんに見てしまうと……う゛ーん、う゛ーんって、とっても迷ってしまいますうっ(@_@)」
マリー:「そうねえ。おねえさんもミミちゃんにいっぺんに色々買ってあげたいけど……でもそうすると、イーサン兄さんがね、ちょっと甘やかしすぎなんじゃないかってお叱りになるものだから」
ミミ:「いいの、いいのよ、おねえさん。イーサン兄たんのいうことはもっともなことなの。ただミミ、この中でどのうささんと最初におともだちになるべきなのか、とっても迷ってしまうっていう、それだけなのっ(>_<)」
マリー:「一口にうささんと言っても、いろんなうささんがいらっしゃるのねえ。ネザーランドドワーフちゃんに、チンチラうさぎちゃんに、ホーランドロップイヤーちゃん……みなさん、なんてきゃわわでいらっしゃるのかしら」
ミミ:「でもね、でもね、ミミはこの中でもいっとううさしゃんが一番きゃわわでいらっしゃると思うわ♪(^^)」
(マリーがうさしゃんに、照れたような仕種をさせる☆)
マリー:「そうね。ミミちゃんのいうとおりね。でも、うさしゃんは自分よりミミちゃんのほうがずっときゃわわだと思うってそうおっしゃってるわ」
ミミ:「まあ、そんなー。ミミはプリンセスのうさしゃんほどにはかわゆくありませんけどー……え?なあに、なあに?」
(ミミはぬいぐるみのうさしゃんに耳をくっつけると、何かの言葉を聞いたようでした☆)
ミミ:「うさしゃんがね、マリーおねえさんもとってもきゃわわな人だと思うっておっしゃってるわ。そうよねー、おねえさんはとってもきゃわわな人だとミミもいつも思ってるのっ」
マリー:「まあ、うさしゃんはわたしに気を遣ってくれたのね。嬉しいわ。きゃわわなふたりにそう言ってもらえるだなんて、とても光栄なことですもの」
ミミ:「うふふー。おねえさんはいつでも、ミミよりきゃわわな人ですうっ」
マリー:「あらー、おねえさんなんかよりミミちゃんのほうがずっときゃわわよー?」
ミミ:「そんなことないんですう。おねえさんのほうがミミよりずっときゃわわなんですよーだ!」
マリー:「まあ、どうしましょう。おねえさん、照れてしまうわ(//_//)」
ミミ:「うふふっ。じゃあ、ここはふたりとも……うさしゃんも入れて三人ともきゃわわということで……」
マリー:「そうね。さあ、そんなきゃわわな三人は、そろそろおやつにでもしましょうね♪(^^)」
ミミ:「わあーい!!ヾ(〃^∇^)ノ」
(この話を子供部屋の前のほうで聞いていたイーサンは、「俺にとっても三人はきゃわわさ(//_//)」とか思いながら、書斎のほうへ上がっていきましたとさ♪笑)
~おしまい☆~
……まあ、なんのオチ☆もない話ですみませんww
ではでは、次回は確か「犬かネコか、それともうさぎか」みたいなそんな話(?)だった気がします(^^;)
それではまた~!!
聖女マリー・ルイスの肖像-【30】-
翌朝、ロンはいつもより早めに起きて学校のほうへ向かった。というのも、人目の少ない時に少し確認しておきたいことがあったからだった。
学校近くの空き地には誰も人がおらず、ロンはそこから二メートルはあるウェザビーさんの板塀を見上げた。まず第一に、どうやってここに上るかという問題があったし、第二にそんなことをしてウェザビー家の人々に何か言われないだろうかということが気になっていた。けれど、板塀には一部破損箇所があり、そこに足を突っかければどうにか上れそうだった。そしてロンはウェザビー家の庭の大きな樹木の陰になるようにして、そっと板塀の向こうを窺った。そこはちょうど裏庭にあたっており、たまたま家のどの窓もこちら側を向いていないということがすぐにわかる。
(変だな。ということはあいつ、このことを知ってたっていうことだ。たぶんあいつも、野球のボールかサッカーボールかわかんないけど、何かそういうものを取りにウェザビーさんの庭に入ったことがあるんじゃないか?それか、ここの人たちと実は知り合いで、何かあっても自分だけはお咎めを受けずにすむとか、そういう何かがあるかの、おそらくはどっちかだ)
それ以前にロンは、果たして自分がこの板塀の上を足を震わせずに真っ直ぐ歩けるだろうかということが心配だったし、軽く数歩歩いてみただけでも、バランスが一瞬ぐらついた。そして、そんなことをしながら庭の様子を窺っているうちに――あることに気づいたのである。
「…………………!!」
今は二月で、庭の大抵の樹木は葉を落とし、雪を被っている。けれど、泥棒対策用なのかどうか、板塀のすぐ真下にはいばらの生垣がびっしりと張り巡らされているのだ。このことの内に、ウェザビー家の人々の暗い心根を見る思いがして、ロンはそれだけでも精神的にダメージを受けるのを感じた。
(もしあいつにはたき落とされるか何かして、空き地側じゃなく、ウェザビーさんの家側に落とされたら……ただじゃ済まないぞ。いばらの生垣に突っ込んで、全身棘に刺されることになる)
ロンは何故ジョンがハンデと称してこんな勝負を自分に申し出たのかが、初めてわかった気がした。自分のことをイバラの生垣側に叩き落とし、自分は板塀の上で仁王立ちとなってその様子を高々と見下ろしてやろうという魂胆に違いない。
(そうはさせるもんか。第一、どちらが有利かってことで言ったら、あいつのほうが体重が重い分、この場合は僕より絶対不利なはずなんだ。それに、もしあいつが僕をはたき落とそうとしたって、ただでなんか絶対落ちてやらないぞ。こっちの生垣側にあいつのことも絶対道連れにしてやる……!!)
だが、この時ロンは板塀から下りようとして、最後に実に不吉なものを見た。チャリ、とかジャリ、という音がしたのでなんだろうと思ってよく見てみると――裏庭の端のほうに朽ちかけたボロい犬小屋があり、そこからのっそり大きな犬が出てくるところだった。
(ロットワイラー犬だ……!!)
その黒と茶の犬の凶暴な顔つきを見るなり、ロンは心底ぞっとした。おそらく、距離的に見て、ロンがイバラの生垣に落ちたとしても、あの犬に襲われることはないだろう。だが、子供がひとり自分のテリトリーに侵入したとなれば、気が狂ったように吠え出すに違いない。
(クソッ。あいつ、ここまで計算してたんだ。僕が生垣側に落ちて、痛みに大声をだして泣き叫ぶ、しかもそこへあんな大型犬まで吠え立てたとしたら……もしぼくがこのことを知らなかったら、それこそ度肝を抜かれて泣き叫んだところだ。だが、このことがわかった以上、絶対にぼくのほうがあいつに泣きを見せてやる……!!)
この日のお昼休み、ロンは図書室でロットワイラー犬について調べた。もちろん、そんなことを調べたところで、ジョン・テイラーとの間に何か勝てる勝算が増えるわけではない。ただ、そうせずにはいられなかったのだ。
そしてこの時……『もともとは闘犬である』とか『犬による人間死亡事故のうち、ピットブル犬に次いで多いのがロットワイラー犬である』といった記述を読み、感じやすいロンは心底ぞっとした。
(いや、犬小屋のある位置からして、咬まれたりする心配は絶対ないはずだ。ただ、吠えだされたりすると、そのことにびっくりして、勝負の前から足を滑らせて向こう側に落ちるとか、そういうことはあるかもしれない)
けれど、それとて自分はもう犬がそこにいると先にわかっているのだから大丈夫なはずだ――ロンはそう自分に信じ込ませることにした。親友のショーンだけでなく、ロンの友達はみな、『今日、本当にあいつと決闘するのかい!?』とか『本当にそんなことして大丈夫なのかい!?』、『応援するよ』、『ロンって本当に勇気があるんだなあ』……などなど、彼を取り囲んで色々心配してくれたり、励ましてくれたりした。
一方、ロンはといえば、本当は今からドキドキしているのに、一生懸命なんでもないような振りをするので精一杯だった。授業のほうもいまいち頭に入ってこず、一度、先生から当てられた時に答えられなかった時は恥かしかった。しかも、視線を感じて振り返ると、ジョンの奴がニヤニヤして、まるで何かすべてを見通しているかのようだった。(おまえ、放課後のことを今から考えてばかりいて、勉強にも身がまるで入ってないみてえじゃねえか)……何かそうした嘲りがジョンの視線の中には含まれているような気がしてならない。
やがて放課後になると、とうとう勝負の時がやって来た。ロン陣営、ジョン陣営のそれぞれの仲間が見守る中、お互い、板塀の破損箇所に足を突っかけ、どうにか板塀の上まで上る。足をかけられる幅は十センチほどで、両足で立ち、下のほうをちらと見ただけで、ロンは一瞬ふらつきそうになった。
一方、ジョンはといえば、自信満々な様子で、シュッシュッとボクシングをするような構えすら取り――最初、優勢に事を進めたのはジョンのほうだった。ロンは防戦一方というより、あとずさりした時に一瞬後ろを見てしまったりして、危うく体勢を崩しそうになったことさえあった。けれどもロンは、兄のイーサンにキックボクシングの稽古をつけてもらったそのお陰かどうか、その後も巧みにジョンの攻撃をかわし続けた。
「こんのお!」
とうとうジョンは両手を振り上げてロンに襲いかかってきた。「ロン、がんばれー!!」、「ジョン、負けるなー!!」という大声援を下のほうから受けながら、ふたりは一度取っくみあい、次の瞬間にはロンがジョンのことを突き飛ばし、足をなぎ払った。実をいうとロンは、ずっとジョンの足を攻撃できる瞬間を待ち続けていたのだ。
こうして勝負は一瞬にして決まった。けれど、ジョンの足をなぎ払ったその反動で――ロンはウェザビー家の生垣側へ落ちてしまった。一応、先に空き地側へ落ちたのはジョンではあったかもしれない。だが、ロンは高い塀の向こう側へ落ちてしまい、彼がどうなったのかが少年たちにはまるでわからなかった。しかもそこへ、追いうちをかけるように激しい犬の吠え声まで聞こえてきたため……男の子たちは蜘蛛の子を散らすようにワッと空き地から逃げだしていた。
もちろん、ショーンもロンの他の友達のエディやアーサーも、ロンのことを心配していた。けれど、彼らは結局ウェザビー家の正門前を暫くうろうろしただけで、そのままおのおの家のほうへ帰ってしまったのである。
こうして友達から見捨てられたロンは、いばらの生垣に突っ込んだせいで、さんざんな目にあっていた。まずはとにかく足が痛かった。それも、両足とも、下半身全体がだった。しかも、生垣から抜けでるだけでも一苦労で、その間に感じた痛みも、涙が滲んでくるほどのものだった。そうして生垣から抜けだしてからも、ロンの受難は続いた。何分、上は厚いコートで守られていたのでそれほどでもないが、とにかくズボンのほうがいばらの棘だらけになっていて、一歩歩くごとにあちこち棘が刺さって痛いのだ。
そんな状態だったから、ロンは三歩ほど歩いただけで、殺風景なウェザビー家の庭に膝をつかざるをえなかった。庭のほうは今のところしーんとしていて人のやってくる気配さえなかったが、とにかくこの家の人に見つかる前に逃げなくてはと、ロンの頭にはそのことしかなかったといえる。
だが、泣きっ面に蜂と言うべきか、こんな惨めな状態のロンに追いうちをかける出来事が起きた。なんと!鎖が短くて到底ここまではやって来れまいと思っていたロットワイラー犬が――今やロンのすぐ間近にまで迫っていたのである。
(……咬まれる!!)
逃げようにも、足を引きずって歩くしかないロンは、万事休すだった。この犬は運動不足解消のためか、鎖のほうが鉄製のレールを通っており、それに沿ってかなり広範囲に走ることが出来るのだ。
そしてロットワイラー犬は、ロンのすぐ間近にまで迫ってくると……最後はハァハァと荒々しい息をしながら、ロンの手のひらを舌でべろりと嘗めた。ロンはびっくりした。だが、犬のほうでは凶悪そうに見えた顔をほころばせ、しきりと尻尾を振っている。
「は……ははははっ!!」
ロンが思わず笑いだすと、犬のほうではしきりと「構ってほしい」とアピールするように、ロンの体に頭を撫でつけてくる。
そこでロンは、この意外に愛嬌のある顔つきをした犬の頭を何度となく撫でてやった。犬の体は相当くさかったが、ロンは気にしなかった。すると犬のほうでもロンの顔を慰めるように嘗めてきた。
「そうか。おまえ、ほんとはいい犬だったんだな。そういえば図鑑にも、警察犬に適しているとかなんとか書いてあったっけ……」
ロンはいばらの棘の痛みのために、なかなか起き上がることが出来ず、暫くロットワイラー犬のされるがままになっていたが、犬にいばらの棘が刺さってはいけないと思い、徐々に体を遠ざけはじめた。
「こうとわかってたら、パンか何か持ってきたんだのにな。ほら、駄目だぞ。棘が刺さっちゃったりしたら大変だからな。おお、よしよし。次にここへ来た時には何かお礼に持ってきてやるよ。絶対に約束だぞ」
そんな独り言じみたことをロンは口走ると、少しずつ犬から体を離し、びっこをひきひき、ウェザビー家を出た。最後に門のところで振り返ると、犬が尻尾を垂れ、最後にクゥンと情けない声を出しているのが見える。
こういった経緯で、ロンがなかなかウェザビー家から出てこなかったため、ショーンたちは恐ろしくなって逃げてしまったのだが――ロンはそのことを情けないと思うと同時、(これで良かった)と思いもした。一応、勝ったのは自分であったにしても、受けたダメージが遥かに大きかったのはこっちのほうだったと、彼はこの時そう信じて疑わなかったからである。
それにしても、犬になめられている間は忘れていられたが、衣服に深く刺さったいばらの棘はロンが一歩歩くごとに彼のことを苛んだ。一番いいのは、この棘だらけのズボンを脱いでしまうことだったが、もちろんそんなわけにもいかず、また一本二本棘を抜いたところでどうにもならず、しかもこのズボンの棘というのが抜こうとしてもなかなか取れないのだった。
そんなこんなでロンは、半分泣きそうになりながら、イエス・キリストが歩いたというヴィア・ドロローサを歩くにも似た気持ちで、その一歩一歩を足を引きずりながら歩いていった。そんなに遠くない家までの帰り道が、いつもの三倍以上にも遠く感じられる。こんな惨めな姿を誰にも見られたくなかったとはいえ、それでも友達みんなに見捨てられたというのは惨めだった。
(それに、ぼくがあいつと決闘なんていう馬鹿な真似をしようとしたのも、全部みんなのためだったのに……)
ロンは最後、そんな自己憐憫の気持ちから、棘の痛みのためとは別の涙が出そうになったが、ぐっと堪えて、どうにかマクフィールド家の煉瓦色の屋敷へ辿り着いたのだった。緑色のドアを開けると、妖精の鈴の音がシャラアンと鳴ったが、それと同時にロンは玄関広間に倒れこんでいた。すぐにもズボンを脱ぎたくてたまらないが、おそらくココが先に帰宅しているだろうことを思うと、そんなみっともないことも出来ない。
「一体どうしたの、ロン!?」
マリーはロンがいばらの棘のためにもはや動けずにいるのだとも知らず、とにかく倒れているロンの元に駆けつけた。
「いばらの生垣に落ちちゃって……」
この時になって初めて、マリーはロンの身の上に何が起きたのかを理解した。もちろん、この真冬に何故彼がそんなことになったのか、その理由まではわからない。ただとにかく、早くいばらの棘だらけのズボンを脱がせ、足の怪我の様子を見なくてはならないと思った。だが、マリーがロンのベルトに手をかけようとすると、彼は抵抗した。
「その前に、新しいズボン持ってきて。そのあとなら、なんでも言うこと聞くから」
ロンがあんまり惨めな様子をしているため、玄関広間のほうまで出てきたココもランディも、からかおうという気さえ起きなかった。ココはあっけに取られて口が聞けなかったし、ランディは「一体どうしたんだよ、ロン!?」と心配そうに聞いた。
「だから、いばらの生垣に落ちたんだって……」
痛みに顔をしかめながらそうロンは答えた。もちろん、マリー同様ココやランディにも、この真冬に何故いばらの生垣になど彼が落ちたのか、そうならざるをえないシチュエーションというのが一切思い浮かばない。そこでココは、兄がズボンを着替えるようなみっともないところを見られたくないだろうと思い、ダイニングでおやつの続きを食べることにした。自分がいくら心配したところで、ロンの痛みが軽くなるというわけでもないからだ。
一方、ランディは弟がズボンを履きかえる間も、「ほんと、一体どうしたんだよ、おまえ!?」と、ハエかハチのようにロンのまわりにまとわり続けた。
「よくこんなんで、歩いて帰ってこれたわね。よく我慢したわ」
マリーはズボンにたくさんイバラの棘が深く突き刺さってるのを見て、そう言った。
「このズボンはもう捨てちゃうしかないけど……ほら、足をよく見せてちょうだい。いばらの引っかき傷で血が出てるでしょ?薬を塗らなきゃ絶対だめよ」
ロンはズボンを履き替えたことで、地獄から解放された気分だった。だが、立ち上がった瞬間に太腿のあたりが痛み、手でそのあたりを探ってみると、棘がひとつ刺さっているのがわかって、それをそのまま抜いた。
「ここじゃなんだから、ロンの部屋のほうにでも行きましょう。歩くのがつらかったら、そっちの客間のほうでもいいわ」
「いや、いいよ。ベッドとか、血で汚しちゃうといけないから……あのズボンを履いてた時に比べたら、普通に歩けるってだけでも天国だもの」
ランディはここで、弟に何か質問するのをやめにして、ココ同様ダイニングに引っ込むと、おやつの続きを食べることにした。色々一段落したら、おねえさんかロンのどちらかが、事情のほうをあとから知らせてくれるだろうと思ったのだ。
ロンは少し恥かしかったが、下着一枚の格好になると、足の怪我の自分で軟膏を塗れるところは塗り、そうでないところはマリーに薬を塗ってもらった。あちこちについた引っかき傷は浅いものでそれほど大したことはなかったが、マリーは終始深刻そうな顔をしていたものだ。
「念のため、病院に行ったほうがいいんじゃないかしら」
「ええっ!?そんな大袈裟なことじゃないよ。今じゃもう痛みもほとんど全然ないしね。問題はあのズボンを履いてた時だけさ。明日になったらもう足の傷のことなんか、ぼく自身忘れてるよ」
「そう?だったらいいんだけど……それで、一体何があったの?」
ロンはズボンを履き直すと、ベッドでマリーの隣に腰かけ直した。もちろん、ここまで色々面倒をかけておきながら、何も説明しないわけにもいかない。そこでロンは、ジョン・テイラーと決闘することになったこと、決闘の方法はジョンが決めて、自分はそれに従ったこと、その結果、ジョンのことを先にはね飛ばしてやったまではよかったものの、自分はいばらの生垣側に落ちてしまったことなどを順に説明していった。
いばらの棘のズボンとおさらば出来た今は、ロンは清々しい思いで一杯だった。なんにせよ、自分はあのジョン・テイラーに勝ったのだ。その代償もまた大きいものだったが、ロットワイラー犬にも咬まれずにすんだし、今となってはすべてがこれで良かったのだという気さえしてくる。だから、彼の口調も実に明るく、若干誇らし気ですらあったのだ。
「いやあ、でもあの犬が予想に反してぼくのところまで飛び出してきた時にはびっくりしたな。絶対咬まれると思ったし、もう万事休すだと思ったよ。たけどあの犬、ぼくの手や顔をなめたりしはじめてさ、遠くから見た時はおっかなそうな顔をしてるように見えたけど、人懐っこくして案外愛嬌のある顔してるんだ。あの犬のことを知れたのは、この惨めな一件の中で、唯一のぼくの慰めといってよかったよ」
「だけど、二メートルくらいある塀の上からジョンも落ちたのでしょう?もしどこか怪我でもしてたら……」
「その心配はないよ」ロンはケロリとして言った。むしろ、着地した時に足の骨でもあいつは折ってればいいとしか思わなかった。「帰りに空き地の前を通りかかったけど、誰もいなかったからね。ただ、確かに意味のない虚しい勝利だとはぼくも思うよ。ぼくはさ、みんながなんとなくぼくのことを頼ってくるから、こんな決闘なんていう馬鹿な真似まですることになったのに……実際はみんな、ぼくのことを見捨てて逃げちゃったんだから。いばらの棘に刺されながら歩いてた時にぼくが思ったのはね、イエスさまもきっとつらかったろうなってこと。みんなのためを思って色々いいことしたのに、最後は自分の弟子にまで裏切られて、その全員が逃げちゃったんだもんね。しかもそのあと十字架につけられたりなんだり……ぼくならとても耐えられないよ」
「まあ、ロン……」
マリーは彼のこの言葉にすっかり感じ入り、ロンのことを胸に抱くと、そのこめかみのあたりにチュッとキスした。イエス・キリストの受難や苦難のことに思いを至せていたというのなら、彼は十分反省しているのだと思ったし、これ以上自分から叱ったりすることは何もないと思った。それ以前に、罰ならばいばらの傷によって十分受けていると思ったからだ。
「でももう、決闘なんて危ないことしちゃ駄目なのよ?そのことだけ、おねえさんに約束してちょうだい」
「うん。約束するよ。だって、決闘なんてしてもまるで馬鹿みたいだってことが、これでよくわかったらね。でもジョンがまた何か横暴な真似を誰かに働いてるようだったら、やっぱり守ってあげなくちゃとは思うけど……」
一瞬この時ロンは、(あんな奴らのために、ぼくがこれ以上何かしてやる必要なんかあるだろうか?)と思ったが、すぐにそうした自分の考えを打ち消した。何かいちいち見返りがなければ行動を起こさないというのは、本当の正義ではない。
「そうね。今回のこと、おねえさんもどうしたらいいかわからないけど、あとでお兄さんが帰ってきたら……」
マリーはそこまで無意識に言いかけて、ハッとした。昨夜、酔っていたせいもあったのかもしれないが、自分も色々忙しい、だからそんなに子供たちのことで煩わせるなと、そう言われたばかりなのを思いだしたせいだった。
(わたしもつい、当たり前みたいにイーサンに頼ってしまうけど……でも、今回のことはやっぱり、イーサンの耳にも入れておかなきゃいけないことだし……)
「イーサン兄ちゃん、怒るかなあ?」
「ううん、たぶん大丈夫よ。男の子はそのくらいでなきゃいけないとか、あとはなんにしてもジョンに勝ったって聞いたら、イーサンは喜ぶようなタイプだもの。だけど、あとから陰湿にやり返されたりしたら……」
ジョンがハンデと称して、勝つためにいかにずる賢い計算をしたかを思うと、マリーはそのことが心配だった。ところが、ロンはといえば至って明るい顔をして、自信ありげにこう言ってのけたものである。
「大丈夫だよ、おねえさん。今度のことで面目を失ったのはあいつのほうで、ぼくのほうじゃないんだもん。もちろん、イバラの棘だらけになった上、ぼくが犬にも咬まれた大怪我したとかだったらね、また話は別だったろうけど……なんかねえ、おねえさんぼく、今度のことであいつのことが大して怖くなくなったんだ。だから、なんでかわかんないけど、とにかく何かが大丈夫だって、自信を持って言えるんだよ」
「あれだけ痛くてつらい思いをしたのも、無駄じゃなかったっていうことね」
「そういうこと」
ここでロンがベッドの上に引っくり返って笑いだしたため、マリーも思わず一緒になって笑った。
「なんにしても、お腹すいたでしょ?足が痛いんだったら、ここまでおやつ持ってくるけど、どうする?」
「いいよ。ぼくはそんな大した重傷ってわけじゃないんだ。下で一緒に食べるよ。だけど、ココやランディにはこの話、あんまりしたくないなあ。どうせココは「男子ってどうしてそんなに馬鹿なの?」としか言わないだろうし、ランディは呆れるだけかもしれないから……だけどぼくはやっぱり幸せだよ。だって、こんなに色々心配したり、怪我の手当てもしてくれるおねえさんがいるんだもん」
そんな話をしながらふたりはエレベーターでダイニングのほうへ戻り、ロンはランディやココにも事の経緯を説明した。すると、ココはやはり、口に出しこそしなかったとはいえ『馬鹿じゃないの?』という顔をし、ランディはといえばあわや咬まれるかと思ったロットワイラー犬に非常に興味を持ったようだった。
「へえええっ。あの家でそんな犬を飼ってたとはなあ。おっかねえやっ。でもほんと、よくロンは命があったよなあ。俺だったらビビってションベン漏らしちまうな。いやいや、俺の弟ながら大したもんだ」
「もうっ。食事中にションベンだのなんだの、なんでこう男子ってデリカシーがないのよ?」
そう言いながらも、ココは珍しく大して怒ってもいなかった。何故といって、馬鹿とは思うものの、ロンのした話が結構面白かったからだ。
「ロンにいたん、おけが痛くないのー?」
隣に座るロンに、パンダクッキーを渡しながら、ミミは心配そうに聞いた。ミミはろっとわいらー犬がいかなる犬か知らなかったが、それでもブルドッグのような凶暴な犬なのだろうと漠然と想像していた。
「うん。おねえさんに薬も塗ってもらったから、もう全然平気さ。ミミも、いばらには注意しなきゃダメだぞ。不用意に手を伸ばして手を怪我したりしないようにな」
「はあ~い。ミミもうさしゃんも気をつけまっす!」
ロンがここでとても愉快そうに笑ったので、マリーもほっとして一緒に笑った。怪我のほうは実際、そう深刻なものではないし、ロンも精神的打撃を受けたように見えて、むしろそのことで何かスッキリしたというような、そういう種類の明るい顔をしていたからだ。
この日の夜、やはり例によってイーサンの帰りは遅かった。金曜の夜なのだから当然といえば当然だったが、マリーは自分の部屋で待つとはなしに彼の帰りを待っていて――(やっぱりそろそろ寝よう)と思っていた十二時過ぎに、イーサンは帰ってきたのだった。
「あ、あの……」
イーサンが冷蔵庫からミネラルウォーターを出していると、ダイニングのドアのところにマリーが立っていた。彼はこの日、ルーディと飲んでいたところを逆に女性から声をかけられ――少しばかりそんな時間を過ごしていた。といっても、ホテルへ行ったとかそうしたことはなく、結局のところイーサンはルーディのことを置いて中座し、こうして帰ってきたのだった。
「なんだ?どうせあんた、あれだろ?ロンのことで俺に話があるんだろ?」
ボルヴィックをぐいっと飲むと、イーサンは椅子に座り、マリーにも座るよう目で促した。
(結局、俺はこいつのことが好きなんだ。結構可愛い子だったのに、全然その気にならないどころか……そんなことをしてるとマリーが他の男のものになる気がするだなんてな。俺も随分焼きがまわったもんだ)
「あの、お疲れのところ、わたしも申し訳ないとは思ってるんですけど……」
「あんた、そりゃ嫌味か?べつに俺は疲れてなんかないさ。ルーディの奴と飲んでて――まあ、そのあとちょっと遊んで帰ってきたってだけだ。それに、あいつらと半分血が繋がってるのは俺であってあんたじゃない。なんにしても、好きなことを話せよ」
マリーは順に、今日ロンに何があったかを話していった。ジョン・テイラーとウェザビー家の板塀の上で決闘したこと、ロンは勝ったものの、その代わり生垣の側に落ちてひどい目にあったこと、ロットワイラー犬に咬まれると思ったのに、むしろ嘗められたこと、などなど……。
「ふうん。ま、あいつにしちゃ上出来といったところだな。一体、なんのためにジムへ行って体を鍛えたのかわからんような結果だが、最終的に勝ったっていうんなら、それはそれでいいんだろう。あのジョン・テイラーとかいう悪ガキもこれに懲りて少しは大人しくなるといいがな」
「いえ、ロンが言うには、ジムで体を鍛えていて良かったと言ってました。どっちかっていうと、精神的な意味で……その部分で多少自信がついていたから勝てたんだと思うって。なんにしても、ズボンが一本ひどい有様になったので、そのうちデパートにでも一緒に行って買ってこようと思ってます」
「そうか。で、あんたが俺に話したいことってのは、それだけか?」
「…………………」
マリーは少しの間黙りこんだ。来週の月曜日以降、学校へ行ってみないことにはロンの今後のクラスでの立場であるとか、そうしたことははっきり見えてこないだろう。けれど、マリーは自分がイーサンに何かを期待していたらしいと気づいた。彼なら、弟にとてもいいアドバイスをしてあげられるのではないかと、何かそうしたことを。
「まあ、きのうは俺も悪かったよ。軽く酔ってたし、あんたはあんたで俺にあいつらの話しかしないだろ?だから、ちょっとイラついたっていうのもあったってーか……」
「?」
「あんた、気づいてるか?俺とあんたはあいつらのことしか話してない。まるで、他に話すことなんかまるでないみたいにな。そんなの、絶対変だろ。だって、俺とあんたは夫婦ってわけでもないし、俺はあいつらの兄であって父親ってわけじゃない。だから、もう少し、なんていうか、こう……」
ここでイーサンが言葉に詰まっても、マリーもまたしばらく黙ったままでいた。彼が何を言いたいのか、彼女には見当がつきかねたし、何分イーサンは自分以上に論理的に物を話すので、きっと何か説明したいことがあるのだろうと、そう思ったのだ。
けれど、それ以上何もないらしいと察して、マリーは自分から別のことを話した。
「あの、わたしも申し訳ないなと思ってて……わたしもつい、何かあるとすぐあなたのことを頼ってしまって。正直、イーサンが具体的に何かしてくれるとかそういうことじゃなくても――誰かに話せるっていうだけでも、わたしの中で随分落ち着くものですから。でも、わたしが自分の気持ちを安心させるためだけに、一方的に色々話されてもイーサンも困るだろうなって、きのうそう思ったんです」
「いや、きのうは俺も悪かったと思ってる。ちょっと疲れててイライラしてるっていうのもあったし、そういう時に『それで、一体俺にどうしろっていうんだ?』って話をされると、普段なら普通に聞ける話に対しても、対応がぞんざいになるというかな……」
この時イーサンは、マリーがどこかほっとした顔をしたのを見て、自分でもほっとした。彼女は間違いなく、自分が何をいわんとしていたのか、100%に近い確率でわかってなどいないのだ。
「べつに、今までどおりあいつらの話をしてくれて構わない。というか、さっきも言ったみたいに、あいつらと血が繋がってるのはあんたじゃなくて俺なんだしな。それなのに、損な役目を押しつけてばかりいて悪いとは、普段から思ってはいるんだ」
「損な役目だなんて……そんなこと、一度も思ったことありません」
マリーはこの時、いかにも心外だという顔をしたあと、にっこりと笑った。彼女としては、これまで通りイーサンにランディやロンやココやミミの話を聞いてもらえるのはとても重要なことだった。そのことさえ約束してもらえるなら、彼女のほうでこれ以上言うべきことは何もない。
「お水、いただいてもいいですか?」
「あ、ああ……」
マリーはイーサンの飲んだボルヴィックの水のキャップを取ると、そこに口をつけて二口ほど飲んでから、「おやすみなさい」と言って、そのまま部屋を出ていった。彼女のしたことがあんまり自然だったので、イーサンは一瞬気づかなかったが――(これ、一応間接キスだよな?)と、彼としてはじっとミネラルウォーターを眺めずにはいられない。
それから、マリーが口をつけたあとのボルヴィックをもう一度飲み、そのままそのボトルを手にして自分の寝室へ向かった。
(間接キス程度で喜んでるなんて、俺は中学生か……)
そう思ってイーサンとしてもおかしくなるが、マリーのような女を相手にした場合、時間をかける必要があるというのは、彼自身よくよくわかっていたことである。
『そんなこと聞かれたって、俺にもあの女ことはわからんさ。何せ、イーサンの家まで行って顔くらいは見たとはいえ、話なんかほとんどしなかったんだからな』
以前まで、アメフト部の連中とよく入り浸っていたスポーツバーで、イーサンはルーディとカウンターで飲んでいた。店の中央にある大画面ではバスケットボールの中継が生放送されており、客たちはみなそちらをガン見しながら、しきりと野次を飛ばしたり酒を煽ったりしている。
そんな中、イーサンとルーディだけは試合の様子を見るとはなしに見つつ会話していたのだった。
『ほら、ルーディは色んなタイプの相手とつきあったことがあるだろ?だから、マリーみたいなタイプの女はどういうふうにアプローチすればいいかとか、そういうことがおまえならわかるんじゃないかと思って』
『わっかるわけねえって、そんなの』と、ルーディは大声で笑った。『それに俺、ラリーと違ってマリー・ルイスみたいな女は全然タイプじゃねえもん。だって、一度手を出したが最後、結婚するっきゃねえようなタイプの女には、俺、手を出したりしねえの。だから、イーサンにアドバイスできることなんか、あるわけないって』
ルーディはジントニックを飲みながら、快活に笑った。つまみのカシューナッツを空中に放り投げると、ぱくっと口の中でキャッチする。
『ラリーの前では死んでも言えんことではあるがな、ようするに多少強引にでもやっちまえばいいんじゃねえのか?それを俺がもしやったとしたらただの性犯罪者かもしれんが、イーサンくらいの男となると、話は当然違ってくる。女のほうでも悪い気はしないだろうし、ああいう手合いの女は結局先に既成事実さえ作ってしまえば、『責任とって結婚してください』みたいになるだろうからな。この場合、イーサンのほうにその心の準備があるってんなら、何も問題ないんじゃないか?』
『それが出来れば、何も苦労はないんだがな』
イーサンはといえば、大好物のマティーニを飲みながら溜息を着いた。
『ほら、あいつ、部屋の入口のところに幼な子イエスを抱いたマリア像の小さいのを飾ってたりするんだよ。で、夜寝る前はミミと一緒にお祈りしてからベッドに入ったりさ……ああいうの見てると、流石に俺でも良心が痛んでひるむってーか。最低でも同意くらいは取りつけるか、もっといいのは「なんとなくそういう雰囲気」になって、マリーのほうでも抵抗しなかったっていうのが理想的ではある』
『はははは。悩め、悩め。この色男めっ。どうせおまえ、これから先も恋愛のことでは大して悩みそうにないからな。俺なんか、大学のロビーに例の貼り紙されてからは散々だぜ。構内のフェミニストどもからは睨まれるし、べつにフツーに用事があって話しかけただけなのに、最低のカス男みたいな目で見られ続けたんだからな。もちろん、俺の場合は自分の素行に問題があったんだから自業自得ではある。それに、その間十分楽しんだってことを考えあわせると、この結果でも十分釣りが出たしな』
『それに、それでもいいからつきあいたいっていう物好きな女もいたしな』
『そうだ、そうだ。人の噂も七十五日とはよく言ったもんだぜ。一年後にはなんの手垢もついてない子ウサギちゃんたちが入学してきたし、文藝部のほうでちょっとばかし詩の一節でもそらんじてみせればもう一発だ』
『おまえもまったく懲りない奴だな』
そう言ってイーサンが笑っていると、それまで熱心にバスケの応援をしていた女性がふたり、こちらへやって来た。こうしたことは彼らはこれが初めてではない。ついでにいうと、彼女たちが次に何を聞いてくるかも、ルーディにもイーサンにもわかっていたといえる。
『あの、ユトレイシアガーディアンズのイーサン・マクフィールドですよね?』
ここでイーサンが首肯してみせると、黒い髪をブロンドに染めた娘と、その友人の茶褐色の髪にブルーの瞳の娘は「やっぱり!!」と叫んで興奮していた。
『でももう選手ではなくなったから、元っていうことだとは思うけどな』
彼女たちはブロンド娘のほうがローリー・コリンズと言い、もうひとりのほうがリンダ・オブライエンと言った。ふたりはきゃあきゃあ騒ぎ立てながらかなり積極的にリンダがルーディの隣に、ローリーのほうがイーサンの横に座りこんでいた。
『わたしたち、カークデューク大でチアガールをしてたんです』
『じゃあ、いわば我々は敵同士じゃないか』
ルーディがそう言っても、リンダもローリーもまるで気にしてない様子だった。
『いいんですよ。だって、わたしたちももう卒業したんですから!!うちの大学でも、イーサン・マクフィルード選手は大人気だったんですよ。どうして、プロリーグでプレイすることにしなかったんですか?みんな、そのことをすごく不思議がってて……』
イーサンにも当然、マーティン同様アメフトのプロリーグからはいくつも誘いがあった。だが、彼は他の人間から見れば不可解と思われる理由によってそれらをすべて断っていたのである。
『まあ、人には色々事情があるから』と、イーサンはルーディと話していた時とは別の、外向きの顔をしてそう言った。『それでも、他の大学の人にまでそう言ってもらえるのは嬉しいよ』
(まったく、イーサンときたら深窓の王子って役を演じるのがうまいんだからな)
彼女たちはすでに、ローリーはイーサン、リンダはルーディといったように、お互いの間で相手を決めてからこちらに話しかけてきたらしかった。けれど、その後も色々と話が盛り上がったにも関わらず――イーサンはトイレに行くのに一度席を外すと、ルーディにメールを一本打ってそのまま帰るということにしたのである。
>>『おまえがその子たちとうまくやってくれ。俺は帰る』という文面を十秒とかからずして打ちこみ、送信したあとは厨房のほうにある裏口から出ていくことにした。ここのバーのマスターとイーサンたちユトレイシアガーディアンズは親しく、熱烈なファンと出会って困った時などには、これと似たことがこれまでに何度も繰り返されていたのである。
イーサンにしても、父親がもし母の要望に応じて自分を認知してくれなかったとしたら――あのまま下町の貧しい環境から抜けだせず、アメフトのプロリーグに入ることで大金を稼ぐということを間違いなく選択していたに違いない。だが、父親の莫大な財産を受け継ぐことで、絶えず怪我に悩まされるか脅えるかしながらアメフトのプロチームで闘うという選択肢があまり魅力的でないものになってしまったのだ。
(それでも俺の肩に四人弟妹の今後の生活のすべてが懸かっているとでもいうのなら……俺も死ぬ気でアメフトのプロチームで戦うことに懸けていたろうけどな。そのかわり、金と女にだけは不自由しなかったとしても、そんなことを本物の成功と呼ぶことは出来ないと、俺は親父が金を残してくれたことで、気づいてしまったわけだ)
そして今、イーサンの欲しいものは実際、金で手に入らないものだった。マリーがマクフィールド家にやってきたばかりの当時、彼は現金と同時にクレジットカードを持たせた。クレジットのほうは明細のほうをチェックすれば大体何にいくらくらい使ったのか、金の流れを追うことが出来るため、現金のほうは何かあった時のためといった程度渡しておいた。
だが、今に至るまでマリー・ルイスの使った金のことで不審に感じたことは、イーサンはほとんどなかった。もっとも、1ドルたりとも無駄に使っていないとか、そういう意味のことイーサンは言いたいわけではない。実際、子供たちのためには『こんなくだらんものをまた買って……』と思うことがイーサンはよくある。けれど、彼女が自分のために何か無駄に金を使ったといった形跡を、イーサンは認めることが出来なかった。
また、今はもうそんなことをしていないが、彼女がインターネットを使ったあとの履歴というのも、イーサンは調べたことがある。だが、その大体が<おやつの作り方>だの、<子供のための栄養学>だの、そうしたサイトである場合が多い。マリーに履歴を消すといった技術を使える能力があるとも思えないことから――良心の咎めを感じたこともあって、以降はイーサンもそんなことは一切しなくなってしまった。
おそらく、他の人間にはわかりにくだろうが、イーサンがマリーに手を出せないというのか、出しにくいのは、こうしたところに起因しているといっていい。人間、必ず裏を調べていけば、何かひとつくらいは弱いところ、やましいところが出てくるものだ。イーサンにしても、もしマリーが余計なこと(たとえばエステや宝飾品といったもの)にでも金を使っていてくれたら、おそらく彼女に対して今よりずっと口説きやすかったことだろう。
けれど、心が清く正しい人間と思われる人物のことは、それなりに遇さなくてはならないものだ。その上で彼女が「いいえ」と答えるなら、その言葉を尊重しなくてはならないし、今やイーサンのほうにこそマリーには多大な返しきれないほどの借りがあるという状態になっている。ゆえに、イーサンとしてもそうしたことを考えあわせると、マリーに対して何か強硬な態度にでるということが出来ないのだ。
(ははは。俺も、あのローリーとかいう子と寝ることをまるで考えなかったわけじゃないんだけどな。でも、話してる間中、ずっとマリーのことが思い浮かんで……実際、変な感じだな。キャシーとつきあってる時でさえ、最終的に寝ることさえしなければ、話すことくらいは俺の中では浮気の範疇には入らないと思っていたんだがな)
そしてイーサンは、ナイトテーブルの上に置いたボルヴィックのボトルを見ると、それを二口ほど飲んでから、我ながらおかしくて堪らなくなった。
(この俺が、間接キス程度で我慢してるとはな)
けれどこの時イーサンは、何故か不思議と女性の誘惑をはねのけておいて良かったと思っていた。何分、今のこのご時勢、よく知らない相手と寝るというのは危険でもあるのだ。何人かの友人に自慢するためだけに、寝たあとの写真を知らない間に撮られるとか、それがネットの世界に流出するとか……アメフト部にもそうしたチームメイトは何人もいたものである。
にも関わらず、とりあえず相手と寝たあとでそうしたことについては考えればいいとばかり、大抵は鼻先にぶら下がったニンジンに飢えた馬よろしく齧りついてしまうものだ。だが、イーサンは今回の場合は本当にそうしておかなくて良かったと感じていた。
(とりあえず、間接キスまでは進んだ。次期、実際にキスして、そこまで進めばあとのことは……そう時間はかからないはずだ)
イーサンはそう楽観的に考えることにして、とりあえず彼の恋愛的戦略としては「もう少し待つ」という選択肢を選ぶことにしたのである。
>>続く。
あ~、今回はここの前文に何書こうかな、なんて思いつつ……今回はとりあえずうさちゃん祭り(?)ということにしてみました♪
(YOU+MORE!うさぎを飼っている気分の収納ケースの会様より)
(YOU+MORE!うさぎきんちゃくポーチの会様より)
(YOU+MORE!もっちり子うさぎポーチの会様より)
(YOU+MORE!うたっちペットボトルタオルの会様より)
そして、こういったうさちゃんグッズを通販のカタログなどで見る、マリーとミミとうさしゃんの三人(というか、二人と一匹?)。。。
ミミ:「えっとね、うさしゃん。マリーおねえさんは月にひとつずつ、うさしゃんのお仲間のうさぎのぬいぐるみさんとかを買ってもいいっておっしゃるの。だけどね、ミミ。こんなにきゃわわなうささんをいっぺんに見てしまうと……う゛ーん、う゛ーんって、とっても迷ってしまいますうっ(@_@)」
マリー:「そうねえ。おねえさんもミミちゃんにいっぺんに色々買ってあげたいけど……でもそうすると、イーサン兄さんがね、ちょっと甘やかしすぎなんじゃないかってお叱りになるものだから」
ミミ:「いいの、いいのよ、おねえさん。イーサン兄たんのいうことはもっともなことなの。ただミミ、この中でどのうささんと最初におともだちになるべきなのか、とっても迷ってしまうっていう、それだけなのっ(>_<)」
マリー:「一口にうささんと言っても、いろんなうささんがいらっしゃるのねえ。ネザーランドドワーフちゃんに、チンチラうさぎちゃんに、ホーランドロップイヤーちゃん……みなさん、なんてきゃわわでいらっしゃるのかしら」
ミミ:「でもね、でもね、ミミはこの中でもいっとううさしゃんが一番きゃわわでいらっしゃると思うわ♪(^^)」
(マリーがうさしゃんに、照れたような仕種をさせる☆)
マリー:「そうね。ミミちゃんのいうとおりね。でも、うさしゃんは自分よりミミちゃんのほうがずっときゃわわだと思うってそうおっしゃってるわ」
ミミ:「まあ、そんなー。ミミはプリンセスのうさしゃんほどにはかわゆくありませんけどー……え?なあに、なあに?」
(ミミはぬいぐるみのうさしゃんに耳をくっつけると、何かの言葉を聞いたようでした☆)
ミミ:「うさしゃんがね、マリーおねえさんもとってもきゃわわな人だと思うっておっしゃってるわ。そうよねー、おねえさんはとってもきゃわわな人だとミミもいつも思ってるのっ」
マリー:「まあ、うさしゃんはわたしに気を遣ってくれたのね。嬉しいわ。きゃわわなふたりにそう言ってもらえるだなんて、とても光栄なことですもの」
ミミ:「うふふー。おねえさんはいつでも、ミミよりきゃわわな人ですうっ」
マリー:「あらー、おねえさんなんかよりミミちゃんのほうがずっときゃわわよー?」
ミミ:「そんなことないんですう。おねえさんのほうがミミよりずっときゃわわなんですよーだ!」
マリー:「まあ、どうしましょう。おねえさん、照れてしまうわ(//_//)」
ミミ:「うふふっ。じゃあ、ここはふたりとも……うさしゃんも入れて三人ともきゃわわということで……」
マリー:「そうね。さあ、そんなきゃわわな三人は、そろそろおやつにでもしましょうね♪(^^)」
ミミ:「わあーい!!ヾ(〃^∇^)ノ」
(この話を子供部屋の前のほうで聞いていたイーサンは、「俺にとっても三人はきゃわわさ(//_//)」とか思いながら、書斎のほうへ上がっていきましたとさ♪笑)
~おしまい☆~
……まあ、なんのオチ☆もない話ですみませんww
ではでは、次回は確か「犬かネコか、それともうさぎか」みたいなそんな話(?)だった気がします(^^;)
それではまた~!!
聖女マリー・ルイスの肖像-【30】-
翌朝、ロンはいつもより早めに起きて学校のほうへ向かった。というのも、人目の少ない時に少し確認しておきたいことがあったからだった。
学校近くの空き地には誰も人がおらず、ロンはそこから二メートルはあるウェザビーさんの板塀を見上げた。まず第一に、どうやってここに上るかという問題があったし、第二にそんなことをしてウェザビー家の人々に何か言われないだろうかということが気になっていた。けれど、板塀には一部破損箇所があり、そこに足を突っかければどうにか上れそうだった。そしてロンはウェザビー家の庭の大きな樹木の陰になるようにして、そっと板塀の向こうを窺った。そこはちょうど裏庭にあたっており、たまたま家のどの窓もこちら側を向いていないということがすぐにわかる。
(変だな。ということはあいつ、このことを知ってたっていうことだ。たぶんあいつも、野球のボールかサッカーボールかわかんないけど、何かそういうものを取りにウェザビーさんの庭に入ったことがあるんじゃないか?それか、ここの人たちと実は知り合いで、何かあっても自分だけはお咎めを受けずにすむとか、そういう何かがあるかの、おそらくはどっちかだ)
それ以前にロンは、果たして自分がこの板塀の上を足を震わせずに真っ直ぐ歩けるだろうかということが心配だったし、軽く数歩歩いてみただけでも、バランスが一瞬ぐらついた。そして、そんなことをしながら庭の様子を窺っているうちに――あることに気づいたのである。
「…………………!!」
今は二月で、庭の大抵の樹木は葉を落とし、雪を被っている。けれど、泥棒対策用なのかどうか、板塀のすぐ真下にはいばらの生垣がびっしりと張り巡らされているのだ。このことの内に、ウェザビー家の人々の暗い心根を見る思いがして、ロンはそれだけでも精神的にダメージを受けるのを感じた。
(もしあいつにはたき落とされるか何かして、空き地側じゃなく、ウェザビーさんの家側に落とされたら……ただじゃ済まないぞ。いばらの生垣に突っ込んで、全身棘に刺されることになる)
ロンは何故ジョンがハンデと称してこんな勝負を自分に申し出たのかが、初めてわかった気がした。自分のことをイバラの生垣側に叩き落とし、自分は板塀の上で仁王立ちとなってその様子を高々と見下ろしてやろうという魂胆に違いない。
(そうはさせるもんか。第一、どちらが有利かってことで言ったら、あいつのほうが体重が重い分、この場合は僕より絶対不利なはずなんだ。それに、もしあいつが僕をはたき落とそうとしたって、ただでなんか絶対落ちてやらないぞ。こっちの生垣側にあいつのことも絶対道連れにしてやる……!!)
だが、この時ロンは板塀から下りようとして、最後に実に不吉なものを見た。チャリ、とかジャリ、という音がしたのでなんだろうと思ってよく見てみると――裏庭の端のほうに朽ちかけたボロい犬小屋があり、そこからのっそり大きな犬が出てくるところだった。
(ロットワイラー犬だ……!!)
その黒と茶の犬の凶暴な顔つきを見るなり、ロンは心底ぞっとした。おそらく、距離的に見て、ロンがイバラの生垣に落ちたとしても、あの犬に襲われることはないだろう。だが、子供がひとり自分のテリトリーに侵入したとなれば、気が狂ったように吠え出すに違いない。
(クソッ。あいつ、ここまで計算してたんだ。僕が生垣側に落ちて、痛みに大声をだして泣き叫ぶ、しかもそこへあんな大型犬まで吠え立てたとしたら……もしぼくがこのことを知らなかったら、それこそ度肝を抜かれて泣き叫んだところだ。だが、このことがわかった以上、絶対にぼくのほうがあいつに泣きを見せてやる……!!)
この日のお昼休み、ロンは図書室でロットワイラー犬について調べた。もちろん、そんなことを調べたところで、ジョン・テイラーとの間に何か勝てる勝算が増えるわけではない。ただ、そうせずにはいられなかったのだ。
そしてこの時……『もともとは闘犬である』とか『犬による人間死亡事故のうち、ピットブル犬に次いで多いのがロットワイラー犬である』といった記述を読み、感じやすいロンは心底ぞっとした。
(いや、犬小屋のある位置からして、咬まれたりする心配は絶対ないはずだ。ただ、吠えだされたりすると、そのことにびっくりして、勝負の前から足を滑らせて向こう側に落ちるとか、そういうことはあるかもしれない)
けれど、それとて自分はもう犬がそこにいると先にわかっているのだから大丈夫なはずだ――ロンはそう自分に信じ込ませることにした。親友のショーンだけでなく、ロンの友達はみな、『今日、本当にあいつと決闘するのかい!?』とか『本当にそんなことして大丈夫なのかい!?』、『応援するよ』、『ロンって本当に勇気があるんだなあ』……などなど、彼を取り囲んで色々心配してくれたり、励ましてくれたりした。
一方、ロンはといえば、本当は今からドキドキしているのに、一生懸命なんでもないような振りをするので精一杯だった。授業のほうもいまいち頭に入ってこず、一度、先生から当てられた時に答えられなかった時は恥かしかった。しかも、視線を感じて振り返ると、ジョンの奴がニヤニヤして、まるで何かすべてを見通しているかのようだった。(おまえ、放課後のことを今から考えてばかりいて、勉強にも身がまるで入ってないみてえじゃねえか)……何かそうした嘲りがジョンの視線の中には含まれているような気がしてならない。
やがて放課後になると、とうとう勝負の時がやって来た。ロン陣営、ジョン陣営のそれぞれの仲間が見守る中、お互い、板塀の破損箇所に足を突っかけ、どうにか板塀の上まで上る。足をかけられる幅は十センチほどで、両足で立ち、下のほうをちらと見ただけで、ロンは一瞬ふらつきそうになった。
一方、ジョンはといえば、自信満々な様子で、シュッシュッとボクシングをするような構えすら取り――最初、優勢に事を進めたのはジョンのほうだった。ロンは防戦一方というより、あとずさりした時に一瞬後ろを見てしまったりして、危うく体勢を崩しそうになったことさえあった。けれどもロンは、兄のイーサンにキックボクシングの稽古をつけてもらったそのお陰かどうか、その後も巧みにジョンの攻撃をかわし続けた。
「こんのお!」
とうとうジョンは両手を振り上げてロンに襲いかかってきた。「ロン、がんばれー!!」、「ジョン、負けるなー!!」という大声援を下のほうから受けながら、ふたりは一度取っくみあい、次の瞬間にはロンがジョンのことを突き飛ばし、足をなぎ払った。実をいうとロンは、ずっとジョンの足を攻撃できる瞬間を待ち続けていたのだ。
こうして勝負は一瞬にして決まった。けれど、ジョンの足をなぎ払ったその反動で――ロンはウェザビー家の生垣側へ落ちてしまった。一応、先に空き地側へ落ちたのはジョンではあったかもしれない。だが、ロンは高い塀の向こう側へ落ちてしまい、彼がどうなったのかが少年たちにはまるでわからなかった。しかもそこへ、追いうちをかけるように激しい犬の吠え声まで聞こえてきたため……男の子たちは蜘蛛の子を散らすようにワッと空き地から逃げだしていた。
もちろん、ショーンもロンの他の友達のエディやアーサーも、ロンのことを心配していた。けれど、彼らは結局ウェザビー家の正門前を暫くうろうろしただけで、そのままおのおの家のほうへ帰ってしまったのである。
こうして友達から見捨てられたロンは、いばらの生垣に突っ込んだせいで、さんざんな目にあっていた。まずはとにかく足が痛かった。それも、両足とも、下半身全体がだった。しかも、生垣から抜けでるだけでも一苦労で、その間に感じた痛みも、涙が滲んでくるほどのものだった。そうして生垣から抜けだしてからも、ロンの受難は続いた。何分、上は厚いコートで守られていたのでそれほどでもないが、とにかくズボンのほうがいばらの棘だらけになっていて、一歩歩くごとにあちこち棘が刺さって痛いのだ。
そんな状態だったから、ロンは三歩ほど歩いただけで、殺風景なウェザビー家の庭に膝をつかざるをえなかった。庭のほうは今のところしーんとしていて人のやってくる気配さえなかったが、とにかくこの家の人に見つかる前に逃げなくてはと、ロンの頭にはそのことしかなかったといえる。
だが、泣きっ面に蜂と言うべきか、こんな惨めな状態のロンに追いうちをかける出来事が起きた。なんと!鎖が短くて到底ここまではやって来れまいと思っていたロットワイラー犬が――今やロンのすぐ間近にまで迫っていたのである。
(……咬まれる!!)
逃げようにも、足を引きずって歩くしかないロンは、万事休すだった。この犬は運動不足解消のためか、鎖のほうが鉄製のレールを通っており、それに沿ってかなり広範囲に走ることが出来るのだ。
そしてロットワイラー犬は、ロンのすぐ間近にまで迫ってくると……最後はハァハァと荒々しい息をしながら、ロンの手のひらを舌でべろりと嘗めた。ロンはびっくりした。だが、犬のほうでは凶悪そうに見えた顔をほころばせ、しきりと尻尾を振っている。
「は……ははははっ!!」
ロンが思わず笑いだすと、犬のほうではしきりと「構ってほしい」とアピールするように、ロンの体に頭を撫でつけてくる。
そこでロンは、この意外に愛嬌のある顔つきをした犬の頭を何度となく撫でてやった。犬の体は相当くさかったが、ロンは気にしなかった。すると犬のほうでもロンの顔を慰めるように嘗めてきた。
「そうか。おまえ、ほんとはいい犬だったんだな。そういえば図鑑にも、警察犬に適しているとかなんとか書いてあったっけ……」
ロンはいばらの棘の痛みのために、なかなか起き上がることが出来ず、暫くロットワイラー犬のされるがままになっていたが、犬にいばらの棘が刺さってはいけないと思い、徐々に体を遠ざけはじめた。
「こうとわかってたら、パンか何か持ってきたんだのにな。ほら、駄目だぞ。棘が刺さっちゃったりしたら大変だからな。おお、よしよし。次にここへ来た時には何かお礼に持ってきてやるよ。絶対に約束だぞ」
そんな独り言じみたことをロンは口走ると、少しずつ犬から体を離し、びっこをひきひき、ウェザビー家を出た。最後に門のところで振り返ると、犬が尻尾を垂れ、最後にクゥンと情けない声を出しているのが見える。
こういった経緯で、ロンがなかなかウェザビー家から出てこなかったため、ショーンたちは恐ろしくなって逃げてしまったのだが――ロンはそのことを情けないと思うと同時、(これで良かった)と思いもした。一応、勝ったのは自分であったにしても、受けたダメージが遥かに大きかったのはこっちのほうだったと、彼はこの時そう信じて疑わなかったからである。
それにしても、犬になめられている間は忘れていられたが、衣服に深く刺さったいばらの棘はロンが一歩歩くごとに彼のことを苛んだ。一番いいのは、この棘だらけのズボンを脱いでしまうことだったが、もちろんそんなわけにもいかず、また一本二本棘を抜いたところでどうにもならず、しかもこのズボンの棘というのが抜こうとしてもなかなか取れないのだった。
そんなこんなでロンは、半分泣きそうになりながら、イエス・キリストが歩いたというヴィア・ドロローサを歩くにも似た気持ちで、その一歩一歩を足を引きずりながら歩いていった。そんなに遠くない家までの帰り道が、いつもの三倍以上にも遠く感じられる。こんな惨めな姿を誰にも見られたくなかったとはいえ、それでも友達みんなに見捨てられたというのは惨めだった。
(それに、ぼくがあいつと決闘なんていう馬鹿な真似をしようとしたのも、全部みんなのためだったのに……)
ロンは最後、そんな自己憐憫の気持ちから、棘の痛みのためとは別の涙が出そうになったが、ぐっと堪えて、どうにかマクフィールド家の煉瓦色の屋敷へ辿り着いたのだった。緑色のドアを開けると、妖精の鈴の音がシャラアンと鳴ったが、それと同時にロンは玄関広間に倒れこんでいた。すぐにもズボンを脱ぎたくてたまらないが、おそらくココが先に帰宅しているだろうことを思うと、そんなみっともないことも出来ない。
「一体どうしたの、ロン!?」
マリーはロンがいばらの棘のためにもはや動けずにいるのだとも知らず、とにかく倒れているロンの元に駆けつけた。
「いばらの生垣に落ちちゃって……」
この時になって初めて、マリーはロンの身の上に何が起きたのかを理解した。もちろん、この真冬に何故彼がそんなことになったのか、その理由まではわからない。ただとにかく、早くいばらの棘だらけのズボンを脱がせ、足の怪我の様子を見なくてはならないと思った。だが、マリーがロンのベルトに手をかけようとすると、彼は抵抗した。
「その前に、新しいズボン持ってきて。そのあとなら、なんでも言うこと聞くから」
ロンがあんまり惨めな様子をしているため、玄関広間のほうまで出てきたココもランディも、からかおうという気さえ起きなかった。ココはあっけに取られて口が聞けなかったし、ランディは「一体どうしたんだよ、ロン!?」と心配そうに聞いた。
「だから、いばらの生垣に落ちたんだって……」
痛みに顔をしかめながらそうロンは答えた。もちろん、マリー同様ココやランディにも、この真冬に何故いばらの生垣になど彼が落ちたのか、そうならざるをえないシチュエーションというのが一切思い浮かばない。そこでココは、兄がズボンを着替えるようなみっともないところを見られたくないだろうと思い、ダイニングでおやつの続きを食べることにした。自分がいくら心配したところで、ロンの痛みが軽くなるというわけでもないからだ。
一方、ランディは弟がズボンを履きかえる間も、「ほんと、一体どうしたんだよ、おまえ!?」と、ハエかハチのようにロンのまわりにまとわり続けた。
「よくこんなんで、歩いて帰ってこれたわね。よく我慢したわ」
マリーはズボンにたくさんイバラの棘が深く突き刺さってるのを見て、そう言った。
「このズボンはもう捨てちゃうしかないけど……ほら、足をよく見せてちょうだい。いばらの引っかき傷で血が出てるでしょ?薬を塗らなきゃ絶対だめよ」
ロンはズボンを履き替えたことで、地獄から解放された気分だった。だが、立ち上がった瞬間に太腿のあたりが痛み、手でそのあたりを探ってみると、棘がひとつ刺さっているのがわかって、それをそのまま抜いた。
「ここじゃなんだから、ロンの部屋のほうにでも行きましょう。歩くのがつらかったら、そっちの客間のほうでもいいわ」
「いや、いいよ。ベッドとか、血で汚しちゃうといけないから……あのズボンを履いてた時に比べたら、普通に歩けるってだけでも天国だもの」
ランディはここで、弟に何か質問するのをやめにして、ココ同様ダイニングに引っ込むと、おやつの続きを食べることにした。色々一段落したら、おねえさんかロンのどちらかが、事情のほうをあとから知らせてくれるだろうと思ったのだ。
ロンは少し恥かしかったが、下着一枚の格好になると、足の怪我の自分で軟膏を塗れるところは塗り、そうでないところはマリーに薬を塗ってもらった。あちこちについた引っかき傷は浅いものでそれほど大したことはなかったが、マリーは終始深刻そうな顔をしていたものだ。
「念のため、病院に行ったほうがいいんじゃないかしら」
「ええっ!?そんな大袈裟なことじゃないよ。今じゃもう痛みもほとんど全然ないしね。問題はあのズボンを履いてた時だけさ。明日になったらもう足の傷のことなんか、ぼく自身忘れてるよ」
「そう?だったらいいんだけど……それで、一体何があったの?」
ロンはズボンを履き直すと、ベッドでマリーの隣に腰かけ直した。もちろん、ここまで色々面倒をかけておきながら、何も説明しないわけにもいかない。そこでロンは、ジョン・テイラーと決闘することになったこと、決闘の方法はジョンが決めて、自分はそれに従ったこと、その結果、ジョンのことを先にはね飛ばしてやったまではよかったものの、自分はいばらの生垣側に落ちてしまったことなどを順に説明していった。
いばらの棘のズボンとおさらば出来た今は、ロンは清々しい思いで一杯だった。なんにせよ、自分はあのジョン・テイラーに勝ったのだ。その代償もまた大きいものだったが、ロットワイラー犬にも咬まれずにすんだし、今となってはすべてがこれで良かったのだという気さえしてくる。だから、彼の口調も実に明るく、若干誇らし気ですらあったのだ。
「いやあ、でもあの犬が予想に反してぼくのところまで飛び出してきた時にはびっくりしたな。絶対咬まれると思ったし、もう万事休すだと思ったよ。たけどあの犬、ぼくの手や顔をなめたりしはじめてさ、遠くから見た時はおっかなそうな顔をしてるように見えたけど、人懐っこくして案外愛嬌のある顔してるんだ。あの犬のことを知れたのは、この惨めな一件の中で、唯一のぼくの慰めといってよかったよ」
「だけど、二メートルくらいある塀の上からジョンも落ちたのでしょう?もしどこか怪我でもしてたら……」
「その心配はないよ」ロンはケロリとして言った。むしろ、着地した時に足の骨でもあいつは折ってればいいとしか思わなかった。「帰りに空き地の前を通りかかったけど、誰もいなかったからね。ただ、確かに意味のない虚しい勝利だとはぼくも思うよ。ぼくはさ、みんながなんとなくぼくのことを頼ってくるから、こんな決闘なんていう馬鹿な真似まですることになったのに……実際はみんな、ぼくのことを見捨てて逃げちゃったんだから。いばらの棘に刺されながら歩いてた時にぼくが思ったのはね、イエスさまもきっとつらかったろうなってこと。みんなのためを思って色々いいことしたのに、最後は自分の弟子にまで裏切られて、その全員が逃げちゃったんだもんね。しかもそのあと十字架につけられたりなんだり……ぼくならとても耐えられないよ」
「まあ、ロン……」
マリーは彼のこの言葉にすっかり感じ入り、ロンのことを胸に抱くと、そのこめかみのあたりにチュッとキスした。イエス・キリストの受難や苦難のことに思いを至せていたというのなら、彼は十分反省しているのだと思ったし、これ以上自分から叱ったりすることは何もないと思った。それ以前に、罰ならばいばらの傷によって十分受けていると思ったからだ。
「でももう、決闘なんて危ないことしちゃ駄目なのよ?そのことだけ、おねえさんに約束してちょうだい」
「うん。約束するよ。だって、決闘なんてしてもまるで馬鹿みたいだってことが、これでよくわかったらね。でもジョンがまた何か横暴な真似を誰かに働いてるようだったら、やっぱり守ってあげなくちゃとは思うけど……」
一瞬この時ロンは、(あんな奴らのために、ぼくがこれ以上何かしてやる必要なんかあるだろうか?)と思ったが、すぐにそうした自分の考えを打ち消した。何かいちいち見返りがなければ行動を起こさないというのは、本当の正義ではない。
「そうね。今回のこと、おねえさんもどうしたらいいかわからないけど、あとでお兄さんが帰ってきたら……」
マリーはそこまで無意識に言いかけて、ハッとした。昨夜、酔っていたせいもあったのかもしれないが、自分も色々忙しい、だからそんなに子供たちのことで煩わせるなと、そう言われたばかりなのを思いだしたせいだった。
(わたしもつい、当たり前みたいにイーサンに頼ってしまうけど……でも、今回のことはやっぱり、イーサンの耳にも入れておかなきゃいけないことだし……)
「イーサン兄ちゃん、怒るかなあ?」
「ううん、たぶん大丈夫よ。男の子はそのくらいでなきゃいけないとか、あとはなんにしてもジョンに勝ったって聞いたら、イーサンは喜ぶようなタイプだもの。だけど、あとから陰湿にやり返されたりしたら……」
ジョンがハンデと称して、勝つためにいかにずる賢い計算をしたかを思うと、マリーはそのことが心配だった。ところが、ロンはといえば至って明るい顔をして、自信ありげにこう言ってのけたものである。
「大丈夫だよ、おねえさん。今度のことで面目を失ったのはあいつのほうで、ぼくのほうじゃないんだもん。もちろん、イバラの棘だらけになった上、ぼくが犬にも咬まれた大怪我したとかだったらね、また話は別だったろうけど……なんかねえ、おねえさんぼく、今度のことであいつのことが大して怖くなくなったんだ。だから、なんでかわかんないけど、とにかく何かが大丈夫だって、自信を持って言えるんだよ」
「あれだけ痛くてつらい思いをしたのも、無駄じゃなかったっていうことね」
「そういうこと」
ここでロンがベッドの上に引っくり返って笑いだしたため、マリーも思わず一緒になって笑った。
「なんにしても、お腹すいたでしょ?足が痛いんだったら、ここまでおやつ持ってくるけど、どうする?」
「いいよ。ぼくはそんな大した重傷ってわけじゃないんだ。下で一緒に食べるよ。だけど、ココやランディにはこの話、あんまりしたくないなあ。どうせココは「男子ってどうしてそんなに馬鹿なの?」としか言わないだろうし、ランディは呆れるだけかもしれないから……だけどぼくはやっぱり幸せだよ。だって、こんなに色々心配したり、怪我の手当てもしてくれるおねえさんがいるんだもん」
そんな話をしながらふたりはエレベーターでダイニングのほうへ戻り、ロンはランディやココにも事の経緯を説明した。すると、ココはやはり、口に出しこそしなかったとはいえ『馬鹿じゃないの?』という顔をし、ランディはといえばあわや咬まれるかと思ったロットワイラー犬に非常に興味を持ったようだった。
「へえええっ。あの家でそんな犬を飼ってたとはなあ。おっかねえやっ。でもほんと、よくロンは命があったよなあ。俺だったらビビってションベン漏らしちまうな。いやいや、俺の弟ながら大したもんだ」
「もうっ。食事中にションベンだのなんだの、なんでこう男子ってデリカシーがないのよ?」
そう言いながらも、ココは珍しく大して怒ってもいなかった。何故といって、馬鹿とは思うものの、ロンのした話が結構面白かったからだ。
「ロンにいたん、おけが痛くないのー?」
隣に座るロンに、パンダクッキーを渡しながら、ミミは心配そうに聞いた。ミミはろっとわいらー犬がいかなる犬か知らなかったが、それでもブルドッグのような凶暴な犬なのだろうと漠然と想像していた。
「うん。おねえさんに薬も塗ってもらったから、もう全然平気さ。ミミも、いばらには注意しなきゃダメだぞ。不用意に手を伸ばして手を怪我したりしないようにな」
「はあ~い。ミミもうさしゃんも気をつけまっす!」
ロンがここでとても愉快そうに笑ったので、マリーもほっとして一緒に笑った。怪我のほうは実際、そう深刻なものではないし、ロンも精神的打撃を受けたように見えて、むしろそのことで何かスッキリしたというような、そういう種類の明るい顔をしていたからだ。
この日の夜、やはり例によってイーサンの帰りは遅かった。金曜の夜なのだから当然といえば当然だったが、マリーは自分の部屋で待つとはなしに彼の帰りを待っていて――(やっぱりそろそろ寝よう)と思っていた十二時過ぎに、イーサンは帰ってきたのだった。
「あ、あの……」
イーサンが冷蔵庫からミネラルウォーターを出していると、ダイニングのドアのところにマリーが立っていた。彼はこの日、ルーディと飲んでいたところを逆に女性から声をかけられ――少しばかりそんな時間を過ごしていた。といっても、ホテルへ行ったとかそうしたことはなく、結局のところイーサンはルーディのことを置いて中座し、こうして帰ってきたのだった。
「なんだ?どうせあんた、あれだろ?ロンのことで俺に話があるんだろ?」
ボルヴィックをぐいっと飲むと、イーサンは椅子に座り、マリーにも座るよう目で促した。
(結局、俺はこいつのことが好きなんだ。結構可愛い子だったのに、全然その気にならないどころか……そんなことをしてるとマリーが他の男のものになる気がするだなんてな。俺も随分焼きがまわったもんだ)
「あの、お疲れのところ、わたしも申し訳ないとは思ってるんですけど……」
「あんた、そりゃ嫌味か?べつに俺は疲れてなんかないさ。ルーディの奴と飲んでて――まあ、そのあとちょっと遊んで帰ってきたってだけだ。それに、あいつらと半分血が繋がってるのは俺であってあんたじゃない。なんにしても、好きなことを話せよ」
マリーは順に、今日ロンに何があったかを話していった。ジョン・テイラーとウェザビー家の板塀の上で決闘したこと、ロンは勝ったものの、その代わり生垣の側に落ちてひどい目にあったこと、ロットワイラー犬に咬まれると思ったのに、むしろ嘗められたこと、などなど……。
「ふうん。ま、あいつにしちゃ上出来といったところだな。一体、なんのためにジムへ行って体を鍛えたのかわからんような結果だが、最終的に勝ったっていうんなら、それはそれでいいんだろう。あのジョン・テイラーとかいう悪ガキもこれに懲りて少しは大人しくなるといいがな」
「いえ、ロンが言うには、ジムで体を鍛えていて良かったと言ってました。どっちかっていうと、精神的な意味で……その部分で多少自信がついていたから勝てたんだと思うって。なんにしても、ズボンが一本ひどい有様になったので、そのうちデパートにでも一緒に行って買ってこようと思ってます」
「そうか。で、あんたが俺に話したいことってのは、それだけか?」
「…………………」
マリーは少しの間黙りこんだ。来週の月曜日以降、学校へ行ってみないことにはロンの今後のクラスでの立場であるとか、そうしたことははっきり見えてこないだろう。けれど、マリーは自分がイーサンに何かを期待していたらしいと気づいた。彼なら、弟にとてもいいアドバイスをしてあげられるのではないかと、何かそうしたことを。
「まあ、きのうは俺も悪かったよ。軽く酔ってたし、あんたはあんたで俺にあいつらの話しかしないだろ?だから、ちょっとイラついたっていうのもあったってーか……」
「?」
「あんた、気づいてるか?俺とあんたはあいつらのことしか話してない。まるで、他に話すことなんかまるでないみたいにな。そんなの、絶対変だろ。だって、俺とあんたは夫婦ってわけでもないし、俺はあいつらの兄であって父親ってわけじゃない。だから、もう少し、なんていうか、こう……」
ここでイーサンが言葉に詰まっても、マリーもまたしばらく黙ったままでいた。彼が何を言いたいのか、彼女には見当がつきかねたし、何分イーサンは自分以上に論理的に物を話すので、きっと何か説明したいことがあるのだろうと、そう思ったのだ。
けれど、それ以上何もないらしいと察して、マリーは自分から別のことを話した。
「あの、わたしも申し訳ないなと思ってて……わたしもつい、何かあるとすぐあなたのことを頼ってしまって。正直、イーサンが具体的に何かしてくれるとかそういうことじゃなくても――誰かに話せるっていうだけでも、わたしの中で随分落ち着くものですから。でも、わたしが自分の気持ちを安心させるためだけに、一方的に色々話されてもイーサンも困るだろうなって、きのうそう思ったんです」
「いや、きのうは俺も悪かったと思ってる。ちょっと疲れててイライラしてるっていうのもあったし、そういう時に『それで、一体俺にどうしろっていうんだ?』って話をされると、普段なら普通に聞ける話に対しても、対応がぞんざいになるというかな……」
この時イーサンは、マリーがどこかほっとした顔をしたのを見て、自分でもほっとした。彼女は間違いなく、自分が何をいわんとしていたのか、100%に近い確率でわかってなどいないのだ。
「べつに、今までどおりあいつらの話をしてくれて構わない。というか、さっきも言ったみたいに、あいつらと血が繋がってるのはあんたじゃなくて俺なんだしな。それなのに、損な役目を押しつけてばかりいて悪いとは、普段から思ってはいるんだ」
「損な役目だなんて……そんなこと、一度も思ったことありません」
マリーはこの時、いかにも心外だという顔をしたあと、にっこりと笑った。彼女としては、これまで通りイーサンにランディやロンやココやミミの話を聞いてもらえるのはとても重要なことだった。そのことさえ約束してもらえるなら、彼女のほうでこれ以上言うべきことは何もない。
「お水、いただいてもいいですか?」
「あ、ああ……」
マリーはイーサンの飲んだボルヴィックの水のキャップを取ると、そこに口をつけて二口ほど飲んでから、「おやすみなさい」と言って、そのまま部屋を出ていった。彼女のしたことがあんまり自然だったので、イーサンは一瞬気づかなかったが――(これ、一応間接キスだよな?)と、彼としてはじっとミネラルウォーターを眺めずにはいられない。
それから、マリーが口をつけたあとのボルヴィックをもう一度飲み、そのままそのボトルを手にして自分の寝室へ向かった。
(間接キス程度で喜んでるなんて、俺は中学生か……)
そう思ってイーサンとしてもおかしくなるが、マリーのような女を相手にした場合、時間をかける必要があるというのは、彼自身よくよくわかっていたことである。
『そんなこと聞かれたって、俺にもあの女ことはわからんさ。何せ、イーサンの家まで行って顔くらいは見たとはいえ、話なんかほとんどしなかったんだからな』
以前まで、アメフト部の連中とよく入り浸っていたスポーツバーで、イーサンはルーディとカウンターで飲んでいた。店の中央にある大画面ではバスケットボールの中継が生放送されており、客たちはみなそちらをガン見しながら、しきりと野次を飛ばしたり酒を煽ったりしている。
そんな中、イーサンとルーディだけは試合の様子を見るとはなしに見つつ会話していたのだった。
『ほら、ルーディは色んなタイプの相手とつきあったことがあるだろ?だから、マリーみたいなタイプの女はどういうふうにアプローチすればいいかとか、そういうことがおまえならわかるんじゃないかと思って』
『わっかるわけねえって、そんなの』と、ルーディは大声で笑った。『それに俺、ラリーと違ってマリー・ルイスみたいな女は全然タイプじゃねえもん。だって、一度手を出したが最後、結婚するっきゃねえようなタイプの女には、俺、手を出したりしねえの。だから、イーサンにアドバイスできることなんか、あるわけないって』
ルーディはジントニックを飲みながら、快活に笑った。つまみのカシューナッツを空中に放り投げると、ぱくっと口の中でキャッチする。
『ラリーの前では死んでも言えんことではあるがな、ようするに多少強引にでもやっちまえばいいんじゃねえのか?それを俺がもしやったとしたらただの性犯罪者かもしれんが、イーサンくらいの男となると、話は当然違ってくる。女のほうでも悪い気はしないだろうし、ああいう手合いの女は結局先に既成事実さえ作ってしまえば、『責任とって結婚してください』みたいになるだろうからな。この場合、イーサンのほうにその心の準備があるってんなら、何も問題ないんじゃないか?』
『それが出来れば、何も苦労はないんだがな』
イーサンはといえば、大好物のマティーニを飲みながら溜息を着いた。
『ほら、あいつ、部屋の入口のところに幼な子イエスを抱いたマリア像の小さいのを飾ってたりするんだよ。で、夜寝る前はミミと一緒にお祈りしてからベッドに入ったりさ……ああいうの見てると、流石に俺でも良心が痛んでひるむってーか。最低でも同意くらいは取りつけるか、もっといいのは「なんとなくそういう雰囲気」になって、マリーのほうでも抵抗しなかったっていうのが理想的ではある』
『はははは。悩め、悩め。この色男めっ。どうせおまえ、これから先も恋愛のことでは大して悩みそうにないからな。俺なんか、大学のロビーに例の貼り紙されてからは散々だぜ。構内のフェミニストどもからは睨まれるし、べつにフツーに用事があって話しかけただけなのに、最低のカス男みたいな目で見られ続けたんだからな。もちろん、俺の場合は自分の素行に問題があったんだから自業自得ではある。それに、その間十分楽しんだってことを考えあわせると、この結果でも十分釣りが出たしな』
『それに、それでもいいからつきあいたいっていう物好きな女もいたしな』
『そうだ、そうだ。人の噂も七十五日とはよく言ったもんだぜ。一年後にはなんの手垢もついてない子ウサギちゃんたちが入学してきたし、文藝部のほうでちょっとばかし詩の一節でもそらんじてみせればもう一発だ』
『おまえもまったく懲りない奴だな』
そう言ってイーサンが笑っていると、それまで熱心にバスケの応援をしていた女性がふたり、こちらへやって来た。こうしたことは彼らはこれが初めてではない。ついでにいうと、彼女たちが次に何を聞いてくるかも、ルーディにもイーサンにもわかっていたといえる。
『あの、ユトレイシアガーディアンズのイーサン・マクフィールドですよね?』
ここでイーサンが首肯してみせると、黒い髪をブロンドに染めた娘と、その友人の茶褐色の髪にブルーの瞳の娘は「やっぱり!!」と叫んで興奮していた。
『でももう選手ではなくなったから、元っていうことだとは思うけどな』
彼女たちはブロンド娘のほうがローリー・コリンズと言い、もうひとりのほうがリンダ・オブライエンと言った。ふたりはきゃあきゃあ騒ぎ立てながらかなり積極的にリンダがルーディの隣に、ローリーのほうがイーサンの横に座りこんでいた。
『わたしたち、カークデューク大でチアガールをしてたんです』
『じゃあ、いわば我々は敵同士じゃないか』
ルーディがそう言っても、リンダもローリーもまるで気にしてない様子だった。
『いいんですよ。だって、わたしたちももう卒業したんですから!!うちの大学でも、イーサン・マクフィルード選手は大人気だったんですよ。どうして、プロリーグでプレイすることにしなかったんですか?みんな、そのことをすごく不思議がってて……』
イーサンにも当然、マーティン同様アメフトのプロリーグからはいくつも誘いがあった。だが、彼は他の人間から見れば不可解と思われる理由によってそれらをすべて断っていたのである。
『まあ、人には色々事情があるから』と、イーサンはルーディと話していた時とは別の、外向きの顔をしてそう言った。『それでも、他の大学の人にまでそう言ってもらえるのは嬉しいよ』
(まったく、イーサンときたら深窓の王子って役を演じるのがうまいんだからな)
彼女たちはすでに、ローリーはイーサン、リンダはルーディといったように、お互いの間で相手を決めてからこちらに話しかけてきたらしかった。けれど、その後も色々と話が盛り上がったにも関わらず――イーサンはトイレに行くのに一度席を外すと、ルーディにメールを一本打ってそのまま帰るということにしたのである。
>>『おまえがその子たちとうまくやってくれ。俺は帰る』という文面を十秒とかからずして打ちこみ、送信したあとは厨房のほうにある裏口から出ていくことにした。ここのバーのマスターとイーサンたちユトレイシアガーディアンズは親しく、熱烈なファンと出会って困った時などには、これと似たことがこれまでに何度も繰り返されていたのである。
イーサンにしても、父親がもし母の要望に応じて自分を認知してくれなかったとしたら――あのまま下町の貧しい環境から抜けだせず、アメフトのプロリーグに入ることで大金を稼ぐということを間違いなく選択していたに違いない。だが、父親の莫大な財産を受け継ぐことで、絶えず怪我に悩まされるか脅えるかしながらアメフトのプロチームで闘うという選択肢があまり魅力的でないものになってしまったのだ。
(それでも俺の肩に四人弟妹の今後の生活のすべてが懸かっているとでもいうのなら……俺も死ぬ気でアメフトのプロチームで戦うことに懸けていたろうけどな。そのかわり、金と女にだけは不自由しなかったとしても、そんなことを本物の成功と呼ぶことは出来ないと、俺は親父が金を残してくれたことで、気づいてしまったわけだ)
そして今、イーサンの欲しいものは実際、金で手に入らないものだった。マリーがマクフィールド家にやってきたばかりの当時、彼は現金と同時にクレジットカードを持たせた。クレジットのほうは明細のほうをチェックすれば大体何にいくらくらい使ったのか、金の流れを追うことが出来るため、現金のほうは何かあった時のためといった程度渡しておいた。
だが、今に至るまでマリー・ルイスの使った金のことで不審に感じたことは、イーサンはほとんどなかった。もっとも、1ドルたりとも無駄に使っていないとか、そういう意味のことイーサンは言いたいわけではない。実際、子供たちのためには『こんなくだらんものをまた買って……』と思うことがイーサンはよくある。けれど、彼女が自分のために何か無駄に金を使ったといった形跡を、イーサンは認めることが出来なかった。
また、今はもうそんなことをしていないが、彼女がインターネットを使ったあとの履歴というのも、イーサンは調べたことがある。だが、その大体が<おやつの作り方>だの、<子供のための栄養学>だの、そうしたサイトである場合が多い。マリーに履歴を消すといった技術を使える能力があるとも思えないことから――良心の咎めを感じたこともあって、以降はイーサンもそんなことは一切しなくなってしまった。
おそらく、他の人間にはわかりにくだろうが、イーサンがマリーに手を出せないというのか、出しにくいのは、こうしたところに起因しているといっていい。人間、必ず裏を調べていけば、何かひとつくらいは弱いところ、やましいところが出てくるものだ。イーサンにしても、もしマリーが余計なこと(たとえばエステや宝飾品といったもの)にでも金を使っていてくれたら、おそらく彼女に対して今よりずっと口説きやすかったことだろう。
けれど、心が清く正しい人間と思われる人物のことは、それなりに遇さなくてはならないものだ。その上で彼女が「いいえ」と答えるなら、その言葉を尊重しなくてはならないし、今やイーサンのほうにこそマリーには多大な返しきれないほどの借りがあるという状態になっている。ゆえに、イーサンとしてもそうしたことを考えあわせると、マリーに対して何か強硬な態度にでるということが出来ないのだ。
(ははは。俺も、あのローリーとかいう子と寝ることをまるで考えなかったわけじゃないんだけどな。でも、話してる間中、ずっとマリーのことが思い浮かんで……実際、変な感じだな。キャシーとつきあってる時でさえ、最終的に寝ることさえしなければ、話すことくらいは俺の中では浮気の範疇には入らないと思っていたんだがな)
そしてイーサンは、ナイトテーブルの上に置いたボルヴィックのボトルを見ると、それを二口ほど飲んでから、我ながらおかしくて堪らなくなった。
(この俺が、間接キス程度で我慢してるとはな)
けれどこの時イーサンは、何故か不思議と女性の誘惑をはねのけておいて良かったと思っていた。何分、今のこのご時勢、よく知らない相手と寝るというのは危険でもあるのだ。何人かの友人に自慢するためだけに、寝たあとの写真を知らない間に撮られるとか、それがネットの世界に流出するとか……アメフト部にもそうしたチームメイトは何人もいたものである。
にも関わらず、とりあえず相手と寝たあとでそうしたことについては考えればいいとばかり、大抵は鼻先にぶら下がったニンジンに飢えた馬よろしく齧りついてしまうものだ。だが、イーサンは今回の場合は本当にそうしておかなくて良かったと感じていた。
(とりあえず、間接キスまでは進んだ。次期、実際にキスして、そこまで進めばあとのことは……そう時間はかからないはずだ)
イーサンはそう楽観的に考えることにして、とりあえず彼の恋愛的戦略としては「もう少し待つ」という選択肢を選ぶことにしたのである。
>>続く。