こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

惑星シェイクスピア。-【20】-

2024年02月17日 | 惑星シェイクスピア。

 この本をわたしが最初に図書館で手に取って読んだのは、一体いつのことだったでせうか……と思うんですけど、密林さんで見てみると出版の年月日が2020年12月になってるんですよね(^^;)。

 

 わたし、中学生だったか高校生だったか、それともそれ以後に手に取ったのかはっきり覚えてないんですけど、2020年どころか相当昔に出版されてる本だといったように記憶してます

 

 その頃からファンタジー大好きっ子だったので、自分で書くのに図書館で色々調べものをしてました。なので、そうした中での数少ない「(自分的)ヒット本」として、見つけた瞬間、物凄く胸が高鳴ったのをよく覚えています

 

 あれから△年過ぎた今、自分で購入して読み返してみても、この本の魅力は少しも衰えていません。もちろん、だからこその息の長い世界的ベストセラーなのでしょうけれど、紹介されているお城のほうは14世紀(1350年)頃のものだそうです。

 

 今ファンタジーを好きな人も、たぶんみんなそうだと思うんですけど、わたし自身はこうした中世のお城や湖、騎士やお姫さまや妖精の出てくるお話がとにかく大好きでしたSFは明らかに読む人の好き・嫌いが分かれるところがあると思うんですけど(でもこれもわたしと同じく、大抵の方が食わず嫌いといった部分が大きいような?^^;)、お城や湖、騎士やお姫さまや妖精の出てくる中世の世界観が大好きなんだあ~っ!!という方は、大体もう「生まれつきそうなの」系の方が多いため、これはもう本能みたいなものなんですよね。「ファンタジー大好き!!」っていうのは。

 

 というわけで、今後ともファンタジー人気は隆盛を極め、その人気に影が差すことは絶対にないと断言できるわたしですが、その中でゲームの影響っていうのはすごく大きいだろうなと思ってますというのも、「中世は幸せな時代だったか」と言われれば決してそんなこともなく、「暗黒時代」と呼ばれるにはそれ相応の理由があると思うものの……あんましお風呂に入ってなくて人々不潔だったらしい、ノミや床ジラミとは親友同士か親戚といった密接な関係性、食べ物だってそんなに美味しそうじゃない、というか、腐りかけなのを誤魔化すのにスパイスやハーブが必須だったらしい、庶民が飲むようなワインはそんなに寝かさず出してしまうため酸っぱかったりドロドロしてたり……農民に生まれた日には税金に多くを取られてしまって、「働けど働けど我が暮らし楽にならざり、じっと手を見てる暇があったら働け状態」――その他、何かの間違いによって牢獄へ入れられた日には、たとえ無罪でも悲惨な末路が待っていたことから、誰もが国家権力というものを非常に恐れていた……といったような、そんな時代。。。(←?)。

 

 そんな時代に憧れる人がこんなにも多いのは何故なのかっていう話ですよね(^^;)。でも、わたしもそうですけど、物語として書く分には異世界という設定にすれば、そちらの中世くらいの時代設定の人々は最低でも週に一回はお風呂に入ってたとか、市の温泉施設がとても人気だったとか、衣服についてもインド綿的なものがたくさんあって(広大な綿花畑の広がる地域が王都近くにあるなど、設定は適当にでっちあげる・笑)、大抵の市民の衣装はカラフルだったとか、その世界にしかない特別なハーブがあって、それは化学薬品ばりの効果を発揮するため、人々はノミに噛まれて死ぬほど痒くなることは稀だった……などなど、その他食べ物についてもなんとか鳥はパイにするととっても美味しいとか、その世界にしか生息しない美味しい生き物を作り出せば良かったりと、とにかく創作できる範囲はファンタジーの場合ほとんど無限と思うわけです

 

 つまり、中世=暗黒時代ではなく、明るく楽しい異世界にすることはいくらでも可能なわけで、このバリエーションっていうのは、創作者によっていくらでも可能なことになるわけで(^^;)。

 

 本当は本の内容について軽く紹介しようと思ってたのに、何やら余計な話が長くなってしまいましたなので、今回あんまし前文に文字数使えないので、一部文章を抜粋させていただいて終わりにしようかなと思いますm(_ _)m

 

 >>職人と技能。

「何やってんだ!いいかげんにしろ!」

 中庭では毎日、職人たちのどなり声やわめき声が響きわたった。作業場は中庭の城壁近くに集まっていて、うまくいかないことがあると、しかりとばされるのはたいてい、まだ若い見習い職人だった。

 ものをつくったり加工したりする仕事の大半は、城の中や近くでおこなわれた。木の車輪に熱い鉄輪を付けると蒸気がたちこめ、よろいの鉄をたたく音が鳴り響き、あいまにかすかに聞こえるのは、ろくろが回る音、風車の羽根が風を切る音――。醸造されたビールの香りがただよってきたかと思えば、ろうそくをつくる油のとけたにおいが鼻をついた。

 

 >>もっと、ろうそくを!

 城のような広大な屋敷のろうそく職人は、とりわけ冬になると大忙しだった。冬の一晩で使われるろうそくは、じつに1300本。材料の蜜蠟と獣脂に換算すると45kgだ。

 

(「ヨーロッパの古城」スティーブン・ビースティさん画・リチャード・プラットさん文・赤尾秀子先生訳/あすなろ書房より)

 

 前にも文章を引用させていただいた「中世の食卓」に、エールとビールの違いについて書いてあったので、そのことでも良かったのですが、今回はとりあえず蝋燭づくりについて軽く触れてみようかなって思いました

 

 突然話飛びますが、「赤毛のアン」の時代って19世紀の終わり頃と思うので、「五百年以上も話飛ぶのかよっ!!」という話なのですが、わたしの持ってる「『赤毛のアン』の生活事典」に、蝋燭のつくり方について出てきます。これもまた、一応ちょっと何かの参考までに(まあきっと、ネットでググれば色々出てくるとは思うものの^^;)。

 

 >>ろうそく作り。

 ろうそくは牛脂が材料であるため、牛を屠畜したあとに作るのが習慣だった。牛脂を鍋で煮溶かし、木綿の芯をその溶かした牛脂に漬けて作る。

 芯は数本ずつ棒にかけられ、何度も溶けた牛脂に浸けて充分な太さになるまでくりかえされた。これはいちばん古い作り方で、その手間のかかる仕事をうんと楽にしてくれたのがろうそく型だ。ろうそく型は金属製の管で、その管に芯を入れ、煮溶かした牛脂を注いでろうそくを作ることができた。ろうそく作りには牛脂の他に羊脂も使われ、羊脂で作ると硬めのろうそくができた。

 

(「『赤毛のアン』の生活事典」テリー神川先生著/講談社より)

 

 以前、HKで、「ターシャからの贈りもの」という、ターシャ・テューダーの番組をやっていて、その中でターシャが蜜ろうそくを作っている場面があったと思います。いえ、もう気が遠~くなりそうになるくらい、ものすごおお~く、気長~~~、かつ丁寧に時間をかけてターシャは一本一本蜜ろうそくを作っていて……こちらも、もしご興味のある方がいらっしゃれば、何かの参考になるかなって思ったり♪(ターシャ大好き!!)。

 

 それではまた~!!

 

 

       惑星シェイクスピア。-【20】-

 

 ローゼンクランツ公爵の住まう宮殿がある城砦は、外郭がちょうど星型の五角形をしていた。無論これは、そのような形をしているローゼンクランツ城砦を、ちょうど真上から衛星画像によって見たことのあるギベルネスのみが知っていることであって――他のハムレット王子一行にとっては、その広大さと威容を誇る高い石壁がどこまでも続くようにしか見えなかったことだろう。

 

 ギルデンスターン城砦もそうだが、そもそも城砦といったものは設計のほうをかなり細かいところまで詰めてから建設のほうがなされる。それは、一度建設されると変更が容易でないせいでもあるが、とはいえ、塔を増築したり、一部改築されるということはよくあることであった。だが、ローゼンクランツ城砦の特殊な点は、建設されてからここ八百年以上もの間、その姿を一度も変えていないことであったろう。

 

 今から約九百年近くもの昔、時のローゼンクランツ公爵は失脚・追放の憂き目にあい、自分の腹心の部下たちと砂漠の地を彷徨っていたという。当時、ローゼンクランツ公爵は現在のクロリエンス州とラングロフト州を合わせたほどの、広い領地を治めていた。彼は王の息子たちとも兄弟同然のようにして育ち、狩猟や乗馬やスポーツを共にして過ごすという間柄であったのだが――王都におけるローゼンクランツ公の名声が大きなものになってくると、時の王はこの従兄弟という名のかつての親友に激しく嫉妬するのみならず、その存在を脅威に感じ、ローゼンクランツ公に汚名を着せることに成功した。そして、公爵から爵位と領地のすべてを奪うと、何もない砂漠の土地を一から開拓するよう命じたわけであった。

 

 この時、失意のどん底にあったローゼンクランツは、天幕を張って眠った夜中、こんな不思議な夢を見たという。天使たちが手に持った金や銀の杓杖を振ると、砂漠の上に数え切れないほどの流れ星が藍色の空を横切っていった。そして、その時に夢の中でこんなお告げを受けたのである。『元気を出しなさい、我が子よ。いずれ再びあなたは爵位を取り戻し、以前にも増して豊かになる。そのために、今からわたしたちの授ける設計図に従い、城砦を築くのです。そうすれば、二度とあなたも、あなたの子孫にとっても、揺るがない基礎を永遠に築くことが出来るでしょう』……ローゼンクランツは夢の中で、外郭が五角形の星型をした、またその内部構造についても事細かく指定された城砦の設計図を脳内の記憶領域に刻印された。この翌日、彼は忘れぬうちにと思い、紙蜘蛛が作った天然の紙を広げ、ペンでその設計図を細かいところに至るまでいちどきに描き込んだという。

 

 外周、約二十キロメートル、外壁は塔部分を除いて十七メートルもの高さがあるのみならず、五メートルもの厚みがあった。砂漠三州においては、飲料水が極めて貴重であるという関係性から、堀に水を引き込む――などという発想自体、基本的に存在しないものだった。だが、ローゼンクランツは天使のお告げの設計にしつこく拘り続け、彼の部下のみならず、周囲の誰しもが彼の計画に強い熱情を持って賛同していた。この周囲、というのはこの頃すでに城砦を築いていた時のギルデンスターン領地の領主や、現在のライオネル伯爵領あたりを当時治めていた領主、それに、オアシスを中心として群落や町を築いていた諸部族の族長らなどである。

 

 また、驚くべきことには、これだけの城砦が、たったの約五年半という脅威のスピードによって建設されてもいた。爵位を剥奪された上、追放されたローゼンクランツを気の毒がり、仕事を請け負う人夫たちが数多く集まってきたというのは事実である。また、ギルデンスターンやライオネル領地の時の領主の元にも、極めて有能な石工棟梁や石材裁断師、採石師、建設棟梁、工芸師……などが幾人も集まっていた。だが、それら有能な人々の力を総結集して造られた城砦だという以上の不思議な力を、ここを訪れるすべての人が感じるようである(事実、ローゼンクランツに爵位を戻したその後の王は、この城砦を初めて訪れた時、『恐るべき難攻不落の要塞』として、賞賛の言葉を惜しまなかったという)。

 

 この日、跳ね橋が上げられるギリギリの時刻にハムレット一行はローゼンクランツ城砦へ辿り着いていたのだが、赤砂岩で出来た城壁は、暮れゆく太陽に照らされて、不思議な薔薇色に輝いて見えたものである。ここ、ローゼンクランツ城砦からさらに南西、八十キロほど向かった先に、赤砂岩の採れる地層と、その上に同じ色によって聳える奇岩群があるのだが、砂岩自体はそこからはるばる運搬されてきた。また、このくらいのことは当然、人海戦術、人の頭数がそれなりにあれば出来る、もしかしたら常識の範囲内に属することであったかもしれない。だが、ローゼンクランツ城砦にはどこか、人の手にはよらぬ神秘の力で満ち満ちているような圧倒的存在感があったのである。

 

 その最大の特徴がやはり、この薔薇色の外郭を囲む堀に満ちている青い水であったろう。無論、城壁内の街並みも、主であるローゼンクランツ公爵が代々住まう宮殿も、それは壮麗で素晴らしいものではあった。だが、それらの細かいところまで細工の施された建築群も、堀の空の青を映した水や、そこを泳いでいるらしき魚影ほどには、砂漠の民の心を奪いはしなかったのである。

 

「不思議だ……雨期も終わり、そろそろ完全な乾期に入る頃合なのに、まだこんなにも水が滾々と湧き出ているとは。それともそのうちだんだんにこの美しい水も水量が減り、来月あたりには完全に水がなくなってしまうのだろうか」

 

 一行は疲れきっていたせいもあり、ハムレット王子がいかにも不思議そうな口ぶりでそう呟いても、誰も答える者すらないほどであった。そこで、誰からも返事がないらしいのを見たギベルネスが、王子に対しこう答える。

 

「ここ、ローゼンクランツ城砦では、乾期の真っ只中の間もずっと、このように水で溢れているそうですよ。なんでも伝承によれば、天使たちのお告げを受けたとおりに城砦を築いたまでは良かったものの――最後の最後、堀に水を満たす方法まではわからなかったということでした。困りきった公爵たちは、僧院の僧らと一緒にどうすれば良いかと祈り続けていたそうですが、とうとう祈っていたとおり、彼らにある不思議な助け手が与えられたのだとか。ある夜、ローブを深くかぶった背の高い男が現れ、一面砂漠しかない中のどこに水脈が眠っているかを言い当てたそうです。以来、ここローゼンクランツ城砦はそこから水を引くことで、一年中水に困らなくなったのだとか」

 

 ギベルネスが何故そんなことを知っていたかといえば、理由がある。やはり、同じようにローゼンクランツ城砦が水不足に悩まされないのが何故かの理由を詳しく調べて論文にした惑星学者が過去にいたのだ。そして、ギベルネスもまた、空から見たローゼンクランツ城砦の形を不思議に感じ、何故そのような形に城砦が建設されたのかを調べていたことがあったわけである。

 

「ああ、そうだ。その話は俺もユリウスからそんなようなことを聞いたことがあったっけ」と、ディオルグが思い出したように言う。「ここへ来たことがあるのもたった一度だけだが、まったく美しい夢のような都だ。だが、その分重税を課せられたのでは、確かに公としても堪ったものではなかったろうな」

 

「それだけ王は諸侯の叛旗を恐れているということだろう」掘にかかっている跳ね橋を見て、タイスはその構造に驚いていた。このようなものを直に見るのは初めてだったからである。「重税を課しておけば、軍備にまでそう力を回せなくなるものな。これから話してみなければわからんが、ローゼンクランツ公爵もおそらくギルデンスターン侯爵と同じく、野心の強さがハムレットを王としたい理由ではないのだろう。取り立てられる税金がもっと少なくなれば、その分民たちに豊かな生活を送らせることが出来る……きっとそんな理由だろうな」

 

(おそらくそうだろう)――そう思いつつ、ハムレットはルパルカに乗ったまま橋を渡り、円形平面城塔に挟まれた門を守る守衛二人に声をかけた。すると彼らは、落とし扉を上げ、金属によって補強された木製扉も開き、恭しく膝をついたままの姿勢で、一同を通していた。ローゼンクランツ公爵から前もってそのように聞いていたに違いない。

 

 城門塔を通り抜ける間、その複雑で考え尽くされた構造に本当の意味で気づいたのは、実はディオルグとギベルネス、それにタイスだけだったかもしれない。ディオルグは<西王朝>にて、元は名のある武人であったからであり、ギベルネスはローゼンクランツ城砦の不思議な形に魅せられて、同じことを感じていたらしい先代の惑星学者がその内部構造を写真とともに解説した論文を読んでいた(写真撮影のほうは例によってハエにさせたらしい)。また、タイスはユリウスから<ガイヤール、軍事学概論>という本を授けられ、過去にあった戦争について細かくその勝因と敗因を分析した本を読み、城砦の攻略法について学んでいたお陰で知っていたわけであった。

 

 壁面には弓箭兵が矢を射るための矢狭間があり、天井には<殺人孔>と呼ばれる、石を落としたり、熱湯や熱した油を敵兵にかけるための開口部が設置されている。さらに、一見まるでそれと気づかないが、床のほうも落とし穴仕様となっており、このようにして城門にて敵を食い止める工夫が最大限なされているわけであった。

 

「隙のない作りですね」

 

「城砦の中でどこが一番大切かといえば、それは城門だからな」

 

 感心したように呟くタイスに対し、ディオルグが答えて言う。

 

「当たり前といえば、あまりに当たり前のことだが……敵の兵士がまず突破しようとするのが、基本的には城門のある場所だ。さらに、ここを抜けても一気に軍馬に突破されぬよう、城下町に続く通りまでは城壁によって囲み、狭い作りになっているな。まあ、戦争における基本中の基本の防備といったところではあるが……」

 

 ディオルグとタイスは城門塔を抜けると、ルパルカを降り、兵の案内によって馬屋のほうへ向かった。そこにはレンスブルックと同じ馬丁や馬番がおり、ルパルカや砂馬の世話をしているところであった。

 

「ハムレットさま、オラ、ここでちょっとルパルカの世話をしててもいいだぎゃか?ほれ、オラみてえなこんな醜い小男みたら、公爵さまもびっくりしちまうだよ。そんなんでハムレットさまの格っつうもんを落としたくないだぎゃらして……」

 

「そんなこと……レンスブルック、おまえはオレたちにとって大切な旅の仲間だ。それに、食事だってきっと美味しいものを出してくださるだろう。気にせず、一緒に来るといい」

 

 実際のところ、馬屋にいた馬丁も馬番も、レンスブルックの姿を見るなり、一瞬ギョッとした顔をしたのは確かである。それで彼のほうでも、(そうだぎゃ。近ごろ忘れておったぎゃ、これが他の人間のオラに対する標準的な態度ぎゃ……)と思い出していたわけだった。

 

「じゃあ、私もレンスブルックと一緒に残ろう」

 

 ギベルネスは、自分が乗っていたルパルカから手綱を外してやりながら言った。彼らもまた、客人のルパルカや砂馬の世話をするよう命じられている立場なのだろう。まだ若く見える馬丁は馬番と話すのをやめると、「わたしがやります」と慌てたように言い、ギベルネスからルパルカを預かろうとする。

 

「ハムレットさまは、ローゼンクランツ公爵とお会いになってください。私ものちほど、レンスブルックと共に参りますゆえ……その後、合流いたしましょう」

 

「べつに、みんなで行けばいいじゃないか」

 

 そう言って、ディオルグがおかしそうに笑う。キリオンはぼんやりしたままだったが、ウルフィンは旅の荷物が詰まった背負い袋を異母弟の分まで担ぎ、ホレイショやキャシアスもまた、おのおのルパルカから旅の荷物を外しているところだった。

 

「我々の荷物はすべて、ローゼンクランツ公爵の荷物番に預けるということにしよう。もし何か盗まれたりしてなくなっていたとすれば、それは領主さまにとって大変な恥となることだからな。ま、そもそも我々の持っているものの中に大した資産価値のあるものはないにせよだ、とにかく、しきたりとして大体そのように決まっていることらしいから」

 

「公爵さまのお客人の荷物は、わたしたちのほうで預かりましょう」馬番の中年の男が言った。「ここから、公爵さまがお住まいになっている上城にある宮殿までは、結構な距離があります。ご心配されずとも、わたしたちは盗みなど働きません。そのようなことをして公爵さまの顔に泥を塗ろうなどという者は、この城下にはひとりもおりませんから」

 

 こうしてハムレットたちは、ルパルカの世話を馬丁に、旅の荷物については馬番に預け、身軽な身となってから守備隊長の案内により、一番高い場所に位置する、<砂漠の赤い薔薇>、あるいは<砂漠の赤い宝石>とも称される宮殿のほうへ向かった。

 

 ギルデンスターン城砦を見た時も、その暮らしの豊かさにハムレットもタイスも驚いていたが、ローゼンクランツ城砦内はそれ以上だった。ギルデンスターン城砦の城下町は、ローゼンクランツ城砦よりも区画整理が進んでおらず、もっと雑然とした形で人々の住居や商家などが隣あっていたのだが、ローゼンクランツ城砦内においては聖職者らが住む場所(下城の一番良い区画を占めている)、公爵に仕える騎士らとその家族の住居区画(剣術教室や武術教室、馬術教室などもここにある)、その他職工たちの住む場所については、鍛冶屋は鍛冶屋、馬具屋は馬具屋、皮なめし職人の住む区画は彼らのギルドのみで占められていたりと――そのような形で、初めて来た人間であっても、街角にある地図を見るか、あるいは道端の住人に道を聞くだけで、目的地のほうへは比較的辿り着きやすかったに違いない。

 

 また、ギルデンスターン城砦とローゼンクランツ城砦における住居の一番の違いは、レンガで出来た四階建てほどの高さの立派な住居が石畳の通りを挟み、整然と並んでいたことだったろうか。

 

(確かにまあ、多くの人口をある一定の定まった土地で暮らしてもらうには、建物を高くするか、地下室でも増やすしかないということになるだろうが……)

 

 コーヒーや紅茶、それに胡椒やシナモン、カルダモン、サフラン、クローブ、セージ、タイム、ナツメグ、バジル、ミント、ディル、マジョラム、ローズマリー、レモングラス、アニス、フェンネル……といった、数え切れないほどの瓶に入った各種スパイスや乾燥させたハーブを売っている店、その隣にある薬種商、果実酒やワイン、リキュール、シードルといったアルコール類を扱っている酒屋、ナツメヤシやクルミや乾燥イチジク、各種野菜やチーズ類、鶏やアヒル、ガチョウの卵などが並ぶ食料品店、ベーコンやソーセージ、塩漬け肉といった保存食の他に、ポークパイやミートボールなどの惣菜も扱っている肉屋、アーモンドクッキーやレーズンパイ、ナッツタルト、プラム入りケーキなどが透明なガラス容器に並んだ菓子店、また、そうした店の間々にある食堂などなど――城下町の通りは賑やかだった。様々な柄の反物や布類、色とりどりの糸の並ぶきらびやかな裁縫店もあれば(衣類に関係した店は大抵、蜘蛛の描かれた看板が目印)、靴や鞄を専門に扱う店、他に、男性のための理髪店や女性のための美容院まであった(美容院においては髪型を整えるのみならず、しみやしわを取るといった施術も行っている)。その他、身を飾る装飾品を扱うアクセサリー店もあれば、細々とした生活雑貨を売る小さな商店などは狭い店内に出来る限りの品物を並べ、客に上手い口上でしつこいまでに呼びかけていたものである。

 

 そうした店先や、通りから流れてくる声は常に賑やかだったと言える。この点だけは、ギルデンスターン城砦でもローゼンクランツ城砦でも変わりのないことだったに違いない。

 

「坊主!うちの売りもんに汚い手で触るんじゃねえぞっ」

 

「ねえ、これ、もう少し負けてくれない?」

 

「あら、あんたのそのサンダルいいじゃない。どこの靴屋で買ったのよ?」

 

「今月の家賃払えねえだって!?じゃまあ、出ていってもらうしかねえなあ」

 

「蝋燭が一本、蝋燭が二本……ねえ、やっぱり数足りないわよ。絶対誰かが盗んでいったんだったらっ!ねえあんた、聞いてんの!?」

 

 宇宙船<カエサル>にいた頃から、こうした人々の暮らしぶりについて、ギベルネスはまったく知らなかったわけではない。それでも、衛星を介した映像でしか見たことのない石畳の床を直に自分の足で歩き、食堂などで一緒に食事してみると(これはギルデンスターン城砦にて、という意味だが)――彼にも新しく見えてくることがあった。

 

 無論、ギベルネスにしても、今でも一日も早く宇宙船カエサルのほうへ戻りたいという気持ちのほうに変わりはない。それでも、天上から見下ろすばかりで、直接関わることは一切ないという状況を今後五十年近くに渡って続けるよりも……ギベルネスは今からすでに(<カエサル>へ戻ったら、私にしか出来ないことがあるだろう)と、そう思っているほどだったのである。

 

 案内係の守備隊長が最初に言っていたとおり、上城の宮殿へは結構な距離があるのみならず、だんだんに道のほうも坂道になってきた。旅の一行の疲れを感じ取ってか、守備隊長は一度、ポンプ式の井戸が設置された広場にて、「ちょっと休みましょうか」と声をかけてくれていた。

 

 水飲み場のある広場では、女性たちが屋根の下のベンチで涼みながらおしゃべりしたり、あるいは小さな子供たちが追い駆けっこをして遊んだりしている。ハムレット王子らは有難い思いでポンプを手押しし、傍らにあったブリキのコップで順に水を飲んだ。

 

(なるほどな。城の麓といっていいこのあたりは、貴族の館が多かったり、身分の高い人々の居住区といったところなんだろうな……)

 

 ベンチに座っている女性はふたりとも、商店の並ぶ通りではあまり見かけない髪形や服装をしており、それだけでも身分の高さについて窺い知れた。きつくカールさせた前髪や、複雑に編み込まれた後ろ髪は、おそらくメイドに手伝わせて結ったものだろう。衣服のほうも清潔そうに見えるだけでなく、パリッと糊がきいているようにさえ見える。

 

(まあ、家に仕えている者たちに洗濯させているんだろうが……だが、糊っていうのはここの人々はどこからどんな方法によって入手しているものなんだろうな。デンプンを元にした天然のものだろうか?そもそもアイロンなんていうものだってないだろうし……)

 

 ギベルネスはいつでも、市井の暮らしにおける、こうしたほんの些細なことが気になった。答えについてはのちに、洗濯石鹸については獣脂と灰汁を材料にして作ったアルカリ性石鹸が使われており、他に人間の尿を混ぜた特殊な溶液が使われることもあるようだった(糊のほうはじゃがいもから取ったデンプンである)。また、アイロンについては鉄や金テコ状のものを温め、その熱気によって皺を伸ばすらしい。さらには、絹やレースやフリルなど、衣類の種類によって使う道具や熱する温度を変えるなど、城砦都市の洗濯職人のプロの技には、遥か文明の進んだ星からやってきたギベルネスをして、舌を巻くものがあったと言える。

 

 この時、子供たちは珍しい格好の旅の一行を見て、少し離れたところからじっと観察し、その子らの母親である高貴な身なりの夫人たちは、こそこそ話しては何かをくすくす笑いあっていた。ハムレットやタイスがなかなかの美少年であったため、彼女たちは『愛人に欲しいわね』などと話していたのだったが、女性たちからそうした視線を受けるのは、何もこれが初めてというわけではない。それはギルデンスターンの城下町でもまったく同じだったのだから。

 

「さてと、王子さまが王都にて、現王のことを引きずり下ろす前に……女の色香に迷わされない保証というのはどこにもないかもしれんな」

 

 ディオルグが冗談めかしてそう言うと、ギベルネスは困ったように小首を傾げた。彼としては正直、よくわからないのである。今まで生活の中に女性のいない環境で育ってきて、もし初めて心を通いあわせた異性が存在したとすれば、それはおそらくとても激しい恋になるだろう。それが王子の身分に相応しくない女性であったとすれば……ディオルグは今から諌めるつもりがあるという、そうしたことなのだろうか?

 

「ハムレットはそんなに馬鹿じゃないよ」

 

 キリオンがあくびしながら、のんびりとした口調で言う。

 

「ぼくだって、遊びでそこらへんの女性と恋愛しようなんて全然思わないもん。それにこれから会うの、あのローゼンクランツ公爵だよ?あ~あ。ぼく、今から気が重いなあ。ローレンツおじさまときたら、ぼくがギルデンスターン侯爵の後を継ぐとしたらいささか心許ないだのなんだの、本当のことはっきり言うんだもん。その上、そこらへんの町娘にでも手を出したなんてことが知れてごらんよ。馬上試合で本当に刺されるかってくらい、ぼくのことをこてんぱんにのそうとしてくるだろうね」

 

「まあ、確かにな。俺も一度しかお目にかかったことはないが……ローゼンクランツ公爵は確かに、こちらの背筋がピシッと伸びるような、いささか厳しいお方だものな」

 

「いささかどころじゃないよ」

 

(まったく、みんなわかってないなあ)というように、キリオンは溜息を着いている。(けどまあ、これから直接会えば、嫌でもわかることだからまあいいか)とも思う。

 

 ほんの十五分ほど休憩すると、一行は木製ベンチから立ち上がり、再び薔薇色の砂岩に白大理石の象嵌が美しい<砂漠の赤い薔薇>とも<砂漠の赤い宝石>とも称される、ローゼンクランツ公爵の宮殿を目指した。公爵さまの宮殿のお膝元とも言える貴族たちや城に仕える高官らが住まう区画には城下町のような喧騒はなく、ひっそりとして静かだった。リヤカーのような台車に、何がしかの商品を戴せているみすぼらしい行者、それに貴族たちの館に出入りしている御用伺いなど、他にすれ違ったといえば数匹のネコくらいなものだったに違いない。

 

(大したものだな……)

 

 ローゼンクランツ公爵の宮殿へ務める高官たちの私邸ひとつ取ってみても、白い壁に囲まれた広い庭付きである場合が多く、その庭にはほとんど必ず繁栄の印しでもあるかのように、緑の樹木が植えてあった。さらには、小さな噴水を備えている庭園まであり、もし現国王が崩御し、次代の王が重税を課さなかったとしたら――民たちは今以上に潤いのある生活を送れるということなのだろう。

 

「そういえば、毎年一度、王は外苑州か内苑州のどこかを選んで休暇を過ごしにくるという話をユリウスがしていたことがあったよな」

 

 隣のハムレットが自分と同じことを考えているに違いないと思い、タイスはそんなふうに聞いていた。

 

「ああ。たぶん、オレが想像するには……ギルデンスターン城砦にネズミが紛れ込んでいるとキルデス叔父が言っていたように、そうした間者の報告を聞いて気になったところへ視察に出かけるということでもあるんじゃないか?あるいは、その時にかなりこじつけめいた落ち度を公爵や伯爵たちに発見して、相手を失脚へ追いこんだり、あるいは処刑する口実にする可能性だってあるだろう。まったく、恐ろしいことだよな」

 

 そのあとのことはふたりとも口にしなかったが、互いに心の中で意見は一致していた。(それであるならば、どんな繁栄を手にしようとも、一瞬にしてそれらを奪われる可能性もあるわけだ。だったら、そんな専制君主にはとっとと御退場願いたいというのが、まともな神経を持つ領主の思うことだろうな)といったように。

 

 ローゼンクランツ公爵の宮殿は、そこから放射状に伸びる、すべての市街区を見下ろすような丘の上にあった。守備隊長が宮殿の正門前にいる守衛に用向きを伝えると、彼らのうちひとりは伝令として奥へ走っていき、もうひとりが門を開いてくれる。

 

 黄金の装飾飾りの見事な門をくぐり抜けると、そこは緑の楽園とも言うべき大庭園だった。真ん中に色鮮やかな大理石の噴水があり、中央の一番大きな通路には両側にオレンジ・ビターの樹木が植えられ、可憐な白い花からはなんとも甘やかな香りが風にのって運ばれてくる。他にミルトスの樹やエニシダも白い花を満開にさせており、他のオリーブや月桂樹などはあまり丈が高くなかったが、芝生のほうは幾何学模様を描き、さながら貴婦人の優雅な緑のドレスの裾のようにどこまでも広がっていた。

 

 ここ以上に緑の溢れているのが当たり前すぎる環境の惑星からやって来たギベルネスであったが、照りつける太陽とベージュ色の砂しかない……そんな環境にずっといたせいだろうか。三人の美しい花の乙女たちが手を繋ぐ彫刻像から噴き上げる噴水の水、見事に手入れされた花壇にはジャスミンや色とりどりのスミレ、可愛いひなげし、美しいギンカソウ、忘れな草などが咲き乱れ――それらは実際以上の歓喜を彼の瞳と心に与えていた。本当は、彼は自分の故郷の惑星にて、大きな公園や博物館の庭などで、このくらいの規模の庭園であればいくらでも目にしたことがあったはずなのに。

 

(そうだな。王都テセウスにはこんな砂漠の真ん中にぽつりぽつり存在する城砦都市にある緑などより、比べものにならないほど大きな森が周囲にあり、水のほうも豊富だ。無論、そんなことはローゼンクランツ公爵にしてもご存知なことだろう……だが、そうした王都や王都周辺の緑と水が豊かな環境から、突然こんな砂漠しかない環境を一から開拓せよと命じられたローゼンクランツ公のご先祖さまという方がいかに絶望の底へ落とされたかは……今なら私にもよくわかるような気がする)

 

「ギベルネ先生、すまねえだぎゃ。そろそろオラのこと、下ろしてくれてもええだぎゃよ」

 

「ああ。べつに私は気にしないがね。でもまあ、これからお会いする公爵さまに、自分の子をおぶっているのかと聞かれたら……私も冗談を言おうかどうしようか迷うところだから、そうしようか」

 

 実はギベルネスは、坂道を遅れがちについてくるレンスブルックのことが気になり、途中から彼を背中に背負っていた。確かに、背が低いとその分歩数も多くなるわけであり、ギベルネスにしてもレンスブルックが思った以上に軽くて驚いたものである。

 

「ギベルネ先生。先生は本当に親切ないい人だぎゃ。このご恩返しは必ずするぎゃ。そのこと、よく覚えててくんろ」

 

「いや、こんな程度のことでいちいち元を取ろうと考えるほど、私はケチじゃないよ」

 

 この時、何故レンスブルックが照れたように顔を赤くしたのか、理由のわかっているキリオンとウルフィンは笑った。レンスブルックはギルデンスターン城砦の城下町では、頭にドがいくつもつくケチとして有名だったからである。

 

 赤砂岩に白大理石が象嵌されたローゼンクランツ宮殿は、中へ入るとまず、列柱の並ぶ大広間となっている。床は総大理石であり、さらに中央には、天使から啓示を受けたという時のローゼンクランツ公の姿が見事な彫刻作品として安置されていた(またここには、そのローゼンクランツ公爵と夫人の遺体も共に眠っているのだった)。

 

「こちらを左へ行くと官吏たちの働く市庁舎に通じています。ですが、戻ってきた先ほどの守衛の話によれば、みなさまのことは貴賓の間のほうへお通しするようにとのことでしたので……どうぞ、こちらへ」

 

 大広間の天使の彫刻の見事さと、風通しのいい涼しさに驚きつつ、一行はただ守備隊長の後ろに黙って付き従っていった。そこから荘厳な列柱回廊を通り、いくつもの見事な装飾の施された大きな扉をやり過ごすと――一番奥にあるのが普段ローゼンクランツが客をもてなすのに使っているらしき<貴賓の間>だったのである。

 

 やはり、天使からお告げがあって造られた城砦だからなのだろうか、左右の壁も天井も、天使をモチーフにした彫刻や絵画、タペストリーで飾られている場合が多い。他にはそれらに挟まれる形で、代々のローゼンクランツ公爵や公爵夫人、あるいは一族の肖像画などが立派な額装に収められているといったところである。

 

「遠いところ、よくぞ参られた」

 

 真紅の毛氈の敷かれた先、床から階段を数段上った高い位置に、ローゼンクランツ公爵は座していたが、ハムレット王子を先頭にした一同の姿に気づくと、彼は手にしていた巻物を見事な寄木細工の机の上へ置き、そこから下りてきた。

 

「ハムレット王子よ、お待ち申しておりました」

 

 初対面ということもあり、ハムレットはまず自分が膝を曲げて公爵に挨拶すべきと思ったが、ローゼンクランツ公はその微妙なところを読み取り、先に王子の前に膝を屈めていた。

 

「ユリウスから書簡にて話は聞いておりましたが、本当にご立派に成長されましたな。先王のエリオディアスとは、ギルデンスターン侯爵のように親友というほどの仲ではありませんでしたが、友人として極親しい関係ではあったのですよ。これから王子さまが本来継ぐべきであった王として就任した暁には……エリオディアスもまた墓の中で喜ぶことでございましょう」

 

「公爵が今は亡き父と親しいご友人であったとは、オレもキルデス叔父から聞いています。まだまだ若輩者ゆえ、人生経験豊かなローゼンクランツ公の目を通してみたとすれば、力も知恵も備わっていないように見えるかもしれません。ですが、必ずや公の期待にお応えしてみせることは、今ここにはっきりお約束できます」

 

 ハムレットはキルデスから、どのような態度をローレンツ=ローゼンクランツ公爵の前で取るべきかについてまで指南されていたわけではない。だが、ギルデンスターン侯爵から聞く限りにおいて、実際にそれが達成できるかどうかの自信のあるなしに関わらず――そのくらいの自尊心と気概のある人物のほうを公爵は好むに違いないとは、その時から思っていたわけである。

 

「これは、頼もしい限りですな。そろそろ御到着されるだろうと思っておりましたので、料理の準備のほうは万端整えておったのですが、もう少々お待ちください……また、政治の込み入ったことなどは、食事のあとにゆっくり腹を割って致すとしましょう。ところで、ハムレットさまは馬上試合のほうはお好きでしたかな」

 

「ええ。自分で戦うのも、見るのも好きです」

 

 これは、正確には少々違ったが、ローゼンクランツ公爵は武勇のない男を軽蔑する嫌いがあるとキルデス叔父から聞いていたため、ハムレットとしては話を合わせておく必要があると感じたのである。

 

「そうでしたか。ギルデンスターン領地でもそうでしょうが、ちょうど五旬祭の頃、ここローゼンクランツ城砦でも騎士たちは馬上試合を一般市民に公開する時節なのですよ。年に何度かそうした機会があるのですが、普段騎士たちは自分たちだけで剣術や武術や馬術を磨くことに励み、その姿を見せることはありません。一応、トーナメント形式にはなっているのですが、市民に楽しんでもらうための余興の面が強く、本気でぶつかりあって相手を倒すといった種類のものではなく……まあ、ご覧になっていただければわかることですが、馬上試合という名の公開稽古を見て、ローゼンクランツの軍隊はなんだか弱そうだ――などと、王子さまに思われるのは心外ですので」

 

 ここでハムレットは愉快そうに笑った。

 

「もちろん、心得ております。そういえば、ギルデンスターン侯爵も似たようなことをおっしゃっておりました。本気のぶつかり稽古などを見せたとすれば、円形闘技場の観客席にいる繊細な神経のご婦人方の中には失神する者もあるかもしれない。ゆえに、本気のぶつかり試合は普段の稽古の中でして、市民に公開するのはあくまで見世物としてのそれなのだといったように」

 

「左様でございます。ですが、ハムレット王子よ。ようく覚えておおきなされ……これから王子さまが王都テセウスにまで攻め上ったとすれば、王都の円形闘技場では、本当に恐ろしい公開処刑が行なわれておりますのでな。試合のほうも、騎士道精神を大切にした礼儀正しい馬上試合なぞ退屈だということで、必ず片方が死ぬまで戦うという条件下で、命を懸けた武術大会が毎日のように繰り広げられているという話。私も王のそば近くの座席にて、一緒に見ていたことがありますが……非常に残酷なものです。また、ほんの極まれに負けたにせよ、その戦いっぷりが素晴らしかったとすれば、恩給とともにそのまま釈放されることもあるとはいえ、大抵はその後トラやライオンと戦わされるなどして、最終的にもっとひどい形で死ぬことのほうが多いのですよ。ようするに、その時の王の御機嫌次第によって、そのあたりのことは決定されるわけですな」

 

「…………………」

 

 ハムレットがその話について詳しく聞こうかどうか迷っていると、公爵の従者が恭しく頭を垂れつつ<貴賓の間>へ入って来て、こう告げた。

 

「公爵さま、食事の仕度のほうが整ってございます。こちらへお運びするということでよろしかったでしょうか?」

 

「ああ、結構だ。くれぐれもハムレット王子と大切なお客人たちに粗相のないようにな」

 

「かしこまりましてございます」

 

 ハムレットはこの時も少々驚いた。ギルデンスターン領地においてもそうだったが、キルデス叔父は自分のことを本当に何気なく『王子』と呼んだが、そのことに対して何か不審に感じたり、驚いたりするような部下がひとりもいなかったことに対して。

 

 テーブルセッティングのほうは、あくまで手際よく華麗になされた。見事な刺繍のテーブル掛けが敷かれたかと思うと、人数分の椅子がセッティングされ、料理をのせた皿が次々と運ばれてくる。

 

 ギベルネスにとって、衛星から見下ろしていただけではわからなかったこととして――こうしたアズール人たちの文化的な物事の扱い方ということがあったに違いない。この時、運び込まれてきた料理の品のほうは、豚の丸焼きや仔牛のカツレツといった御馳走、レンズ豆とラム肉の煮込み、キジやウズラのソテー、ローストビーフ、ソーセージにハム、籠いっぱいのパン、香辛料で味つけされた肉団子入りシチュー、それに新鮮な野菜や干し果物入りのパイといったところであった。だが、特に左手でフォークを持ち、右手にはナイフを……といった形式ばったマナーによってではなく、この時公爵は自ら手づかみでパンを取り、それをちぎってシチューに漬け、おもむろにバクッと食べてみたりと、このあたりの砂漠の民らと同じ食べ方をしていたのである。

 

 ローレンツ・ローゼンクランツは、若い頃は宮廷にて内苑州の有力貴族らとも肩を並べて食事をしていたから、そのあたりのマナーについてはよく心得ていた。だが、彼自身の治める砂漠州の地方豪族や部落の族長といったものは今も大抵手づかみで食事しており、それが互いに心を許しあっているというしるしでもあったから――ローレンツはヴィンゲン寺院でも大体同じであろうと考え、ハムレット王子らに万一恥をかかせてはと、ギルデンスターン侯爵とはまるきり逆の意味で気を遣ったようなのである。

 

 そこで、ユリウスに教えられたことを、ギルデンスターン侯爵の食卓にて復習していたハムレットたちは、ローゼンクランツ公爵の気遣いに驚きつつも、同じように手づかみでパンを取り、シチューにつけて食べ、あまりマナーといったことには拘らず、気兼ねなくざっくばらんに歓談しつつ食事が出来たわけだった。

 

(外苑州の貴族たちは、内苑州の王侯貴族らから、時に田舎者扱いされることがあると聞いたが……特にこのあたりの砂漠の民たちは生活の根底に、食べる物や飲み物があるだけでいかに有難いか身に沁みているせいだろう。客が大きな音を立てるくらいスープを飲んだとすれば、それだけ相手が満足したということだと考え、意地汚いくらいの食べ方をしたとしても……むしろ客が十分満足したしるしと考えるといった文化なのだ。ナイフやフォークを使ったマナーなぞということは、内苑州あたりではともかく、こちらでは騎士階級以下の民衆に根づかせることは難しいということなのだろうな……)

 

 ギベルネスはこの時何故か、クローディア・リメスと婚約後、彼女の両親と緊張しながら高級料理店で食事したことが懐かしく思い出されていた。だが、今はそれよりも、王子や公爵と呼ばれる身分の高い人々と、ざっくばらんに食事している自分に何より驚いてしまう。

 

(このリキーネと呼ばれる野菜と、アーティチョークに似た形の植物のフリッター(揚げ物)は、花の部分が意外にも美味しいんだな。例のフーディと呼ばれるサボテンに似た植物をずっと探してるんだが、ここローゼンクランツ領のどこかにでもないものだろうか……)

 

 もしフーディの果肉をある程度採取できたとすれば、ギベルネスとしてはそれを保存食として携行していきたいのだった。またその場合、どの程度で腐りはじめて食べられなくなるか、あるいは防腐剤となる香辛料を混ぜて加工すればどの程度日持ちするかも確認しておきたかったということがある。

 

 大きな円卓を囲って食事する他の仲間たちとは違い、ギベルネスはそうした色々なことを考えつつ柔らかい白パンや切り分けられた羊・山羊・豚・家禽類の肉をそれぞれ食べていたのだったが――そんな自分のことを実はローゼンクランツ公爵がそれとなく観察しているとは、この時まるで考えてもみなかった。ローレンツにしても、ヴィンゲン寺院から送られた急使により、星々の女神たちの顕現、またその予言の内容、さらにはギベルネという男が鍵を握っているらしいということについてはすでに伝え聞いていた。また、その人物の顔がユリウスそっくりだということも……。

 

(キルデスも、『信頼のおける、実に賢い男です』と手紙に書いて寄こしていた。だが、わしにしてみると……女神たちも随分酷なことをしたように思われてならん。何故なら、クローディアスの耳にもいずれ、エリオディアスの忘れ形見の王子が旗を挙げ、王都を目指しているということは入るであろう。そして、ハムレット王子に予言されたことの内に、ギベルネという男の存在があると知ったとすれば……必ずなんとかして消しにかかるはずだ。もし彼を亡き者にすることが出来たとすれば、女神たちの予言も、ハムレットの王位継承権もすべて否定できると考えて……しかも、あのユリウスと瓜二つと来ては尚更だ。何分、クローディアスもガートルードも、ユリウスが再び甦ってきたのだと思い、その幽霊の存在に怯えるといったような玉ではまったくないからな。むしろ何度甦ってきても葬り去ってやると考え、何人でも暗殺者を送ってくるに違いない)

 

 この時、ローゼンクランツ公爵から(この男はどの程度「出来る」男なのだろうか)と値踏みされているとも知らず、ギベルネスのほうでは保存食のメニューについて色々検討していたわけだが、無論、ローレンツ=ローゼンクランツは知らない。ギベルネスはズダ袋の中の物で見られて困るものはすべて、衣服に密着させる形で携行している。その中のいくつかの物は――現在の惑星シェイクスピアの人々にとっては、彼が魔法のように何かを爆発させたり、体が電気によってビリビリ震えたり、さらには瞬殺する威力まである武器だったということなどは……。

 

 >>続く。


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