こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

惑星シェイクスピア。-【21】-

2024年02月21日 | 惑星シェイクスピア。

(※映画「薔薇の名前」についてネタばれ☆があります。一応念のため、ご注意くださいm(_ _)m)

 

 今ごろ感満載なのですが……「薔薇の名前」を初めて見ました♪

 

 それで、見事に嵌まってしまいました(〃艸〃)。

 

 いえ、昔から「読んでみたいな」とはずっと思っては来たのです。ただ、わたしなぞより遥かに頭のいいお友達が「薔薇の名前?んーっ、一応最後まで読んだんだけどさあ。意味、よくわかんなかった」みたいに言ってたんですよね。そのことを覚えていたもんで、「そんじゃあ、頭のいいAちゃんが読んでわからんのだから、わたしなんかが読んでも到底わかるはずなし!!」みたいに思い、なんかそのままになってたというか。。。

 

 そのあと、この映画の内容が大好きすぎて「100分de名著」も見てしまいました。すると、まだ原作読んでないので、新たにわかったことが色々あって、すごく面白かったです

 

 >>ヨーロッパで宗教裁判の嵐が吹き荒れていた1327年。北イタリアのベネディクト修道院に、修道士のウィリアムと見習修道士のアドソが、重要な会議に出席するためにやってきた。荘厳な修道院に着くとすぐ、ウィリアムは若い修道士が不審な死を遂げたことを知る。修道院長によると、死んだ彼は文書館でさし絵師として働いていたという。事件の解明を頼まれたウィリアムが調査を進めてゆく中、第二の殺人が起きる……。

 

 というのが冒頭あたりのストーリーなのですが、「クリスチャン・スレーター、わっか!!」、「こんなに可愛かったのに、その後色々……ゴホゴホっ!!」なぞということはともかく、お話のほうは大体のところミステリー調で、ウィリアム=シャーロック・ホームズ、アドソ=ワトソンといったような役割によって物語は進んでゆきます。

 

 異端審問官であるベルナール・ギーがやって来る前に、修道院長のアッボーネはウィリアムにこの事件の真相を解き明かして欲しかったらしい。ところが、アデルモという挿絵師(細密画家)が死んだのに続き、ヴェナンツィオという修道士が(犬神家の某氏を思わせるような格好で死亡・笑)、続いて、△□、○△、□×○……といったように(ネタばれ☆防止のために、一応名前伏せます^^;)、とにかく次々修道士が死んでゆき、その犯人が誰か――という謎に、ウィリアムとアドソは挑んでいく。

 

 この件には、どうやら『本』が絡んでいるらしい。というのも、この修道院には禁書を含めた数多くの本が収蔵されており、アデルモはそうした蔵書の挿絵師であったらしい。みな、この禁書の中の『ある本』にどんなことが書かれているかと、そのことが知りたいあまりに次々命を落としていく……そして、そんな中結局のところ異端審問官のギーを含む教皇使節団が到着し、彼はこの一連の殺人罪に直接は関係のない三名の人間を犯人であると決めつけ、火炙りの刑にかけようとします。

 

 ウィリアムは隠された禁書の在処を知るため、アドソと暗号に挑み、暗号の解読に成功しますが……まるで迷路のような図書館内で、彼らが対峙することになるその真犯人に当たる人物とは!?

 

 超のつく過去の有名作であるとはいえ、これからもし見る方がいる場合のことを考え、ネタバレ☆については避けたいと思うものの――わたし、この完璧なストーリー展開には99%くらい「見事だ!!」と思うのと同時、ちょっと肩透かし食ったような気持ちもほんの少しあったわけです。。。

 

 そこで、「100分de名著」を見てみたところ、解説してくださった中沢新一先生が、「肩透かしを食うような終わり方」みたいにおっしゃっていて、「あっ、そう思うのわたしだけじゃないんだ」と思ったわけです。あと、その問題の禁書というのがアリストテレスの「喜劇」について書かれた本であるらしく……つまり、アリストテレスのような権威ある哲学者が「喜劇」について書いていたということがわかれば、人々は「笑うこと」を肯定するようになるっていうんですかね。

 

 もちろん、今のわたしたちにとって「笑い」は人生になくてはならないものだと思うのですが、中世のこの頃の価値観、特に修道院のような厳粛な場所ではそのような軽薄なものは否定されねばならないというか、そこでこの禁書が外に出ることを犯人(?)は何がどうでも避けたかったらしい。もちろん、「そんなら燃やすかどうにかすれば良かったのでは?」という話なのですが、この人物は『本』というもの自体をとても愛している人物で、絵画を愛好する芸術家がレンブラントやラファエロ、カラヴァッジョの絵を、燃やすことなど到底できないように……芸術作品とも言える本を燃やすようなことは決して出来ない。それに、ようするに「誰も読まなければ」問題はないというわけで、ひた隠しにしようとしたわけです。

 

 ところが、蚕蛾がメスのフェロモンを感じると激しく動きだすように、<知の誘惑>に負けた者たちは、その当の源である禁書を探し出さずにはおられず(そしてこれはウィリアムもまったく同じ)、次々と命を落としていった……その~、わたし映画の最後のほうとか、「この場面自体が一歩間違えると『喜劇』、お笑いなんでは?」と思いましたし、謎のほうは確かに見事なまでに解かれて終わりますが、この頃にはもう「犯人は誰ッ!?」ということに夢中になるあまり、タイトルがなんで『薔薇の名前』なのかについてもすっかり忘れてるくらいなのに……ちゃんとその意味についてもわかる形で映画のほうは幕を閉じます。

 

 いえ、物語のほうは本当に素晴らしく完璧なのです。でもきっと、自分が知識足りなくてわかってないことがたくさんあるんだろうな~と思い、結局本も注文してしまいました(*/ω*)キャッ!!

 

 ところがですね、注文してから「100分de名著」を見て……難解すぎて最後まで読み通せない人が多い――みたいに語られているのを聞き、ちょっと((((;゚Д゚))))ガクブル!!しました。。。

 

 いえ、まだ資料として読まなきゃならない本がたくさんあるので……「このあたり、原作ではどんなふうに表現されてるんだろう?」っていう、細かいところを知りたいな~っていうそんな感じではあるのですけれども

 

 それではまた~!!

 

 

P.S.現在、全8話のドラマのほうも見はじめ、さらに本も届いたのですが……たぶん、こちらのドラマのほうが原作により忠実なのかなって思うものの、やっぱりわたし自身は映画の「エンタメ作品として出来るだけわかりやすいように」してある世界観のほうが好きなようです(俗っぽい凡人☆^^;)。本のほうは、パラパラ見たり、最初のほう数行読んだだけでも――完全に一字一句逃さず読む……という読み方をするのであれば、確かにヒマラヤ登山を麓で諦めるみたいな、そんな感じになりそうだというのをひしひしと感じるものであります(うんべると・ええこ先生ってば天才っ!!)。

 

 

 

 

       惑星シェイクスピア。-【21】-

 

 ハムレット王子一行は、ギルデンスターン領内にいた時と同じく、ローゼンクランツ城砦においても、約一か月ほど滞在した。その間、公爵とハムレットを中心として、晩餐後は必ず葡萄酒やシードルを嗜みつつの、王都テセウスへ攻め上るまでの戦略会議が開かれていたのである。

 

 最初、ギベルネスは公爵の私室にて、みながあれやこれやと今後の見通しについて意見を出すのを黙って聞いていたのだが――ある瞬間ふと気づいた。ローレンツ=ローゼンクランツがある種、自分のことを値踏みするような観察眼によって見てくる、その鋭い眼差しに……。

 

 そこで、ギベルネスにしても(ずっと黙っているのも不自然だし、ところどころ何か意見したほうが良いのだろうな。何分<神の人>なぞという触れ込みでやって来た男を見てみたら、どうということもない痩せたひょろ長い男だったとしか、ローゼンクランツ公爵に見えぬのも無理のないことだし)と思い、ちらほら言葉を差し挟めてみることにした。するとくだんの公爵は、「ギベルネどのは、もしや王都で暮らしていたことがおありなのですか?」とか、「どちらの御出身なのですか?」といったように疑問に感じたことを色々質問してくるようになったわけである。

 

(やれやれ。困ったな……)

 

 そう思ったギベルネスは、結局のところローレンツ=ローゼンクランツとは、失礼にならない程度、距離を取るということになった。とはいえ、ギベルネスはローゼンクランツ公爵のことは、ひとりの人間として強い好感を持っていた。そしてローレンツのほうもそれは同じであったのに、彼は賢いがゆえに鋭く議論を戦わせるのが好きだという男であったがゆえに――ギベルネスは結果として、公爵とはあえて話す機会を少なくせざるを得なかったわけである。

 

 ローレンツ=ローゼンクランツという男の中で、ギベルネスが一体何に一番好感を持ち、さらには強く興味を惹かれたかといえば、それは彼が「馬気違い」と呼ばれるほどの馬好きであったことだろう。最初、公爵が長いプラチナブロンドの髪をなびかせつつ、ハムレット王子に挨拶した時は、(なんと威厳のある、体格も立派な御仁であることだろう)という、ギベルネスの公に対する第一印象は大体そんなところであった。また、キリオンやディオルグが「背筋がピシッとなるような、厳しいところのある人物」と評した理由も、すぐそれと感じ取っていたと言える。

 

 だがある時、ローゼンクランツ公爵が片足をやや引きずり気味にして歩くのを見て――(足をどうかされたのですか)とは、自尊心の高い公爵に聞くことはギベルネスには到底出来ぬことのように思われた。そこで、公爵の侍従のひとりにこっそり訊ねてみたわけである。すると、「公爵さまは馬上試合で無理をされたことがあって、その時落馬し、不幸なことには……興奮した馬が公爵さまのお体を踏んでしまい、その時あばら骨を骨折する他に、左足のほうもお悪くされてしまったのでございます」とのことであった。

 

「ですが、公爵さまは今も馬気違いと時に呼ばれるほど、馬のことが変わらず大好きだということなんですね」

 

「左様でございます。時折、『人間以上に信頼できる』などと、愛馬に話しかけておられることもあるほどで……大厩舎のほうで飼われている馬たちは、城下町にいる寄食者などより、もしかしたらよほど幸せなのではないかと思われるほど、公爵さまは大切になさっておいでですね」

 

 ギベルネスが驚いたことには、自分を踏みつけにして生死の境を彷徨わせた馬に対しても、殺処分を命じたりすることはせず、その後も変わらぬ友情を築いたままだったという。この話を聞くと、ギベルネスのほうでもすっかり、公爵という人物に対する信頼度と好感度がさらに増していたものである。

 

(レントゲンでも撮って、公爵の足が治るよう治療出来ればいいのだが……そういうわけにもいかないのに、足の状態のほうを見せてくれとまでは頼めないものな)

 

 実際のところ、ローゼンクランツ公爵のことのみならず、ギベルネスが城下町の通りで誰かしらとすれ違うたびに考えるのは次のようなことだった。腰の曲がっている老人や、公爵が意志の力を駆使して引きずる足を隠そうとしているのとは違い、はっきりそうせざるを得ない中年の男性、あるいはまだ若いのにリウマチであることがわかる指の曲がった女性など……もっと言えば、女性の出産の場に立ち会った場合、ギベルネスはそこでまったく罪のない赤ん坊が生き延びるため、また女性が産褥死しないため、医術師や産婆らにアドバイスできることがたくさんあるとわかっていた。

 

(だが、そんなことまでして、本来であればここにいないはずの私が、この惑星の歴史を大きく変えるわけにもいかないことだし……)

 

 町中で顔にひどい火傷のある女中が、家の女主人に小突き回されているらしいのを見かけた時にも――ギベルネスはまったく苦しい思いを味わったものである。何故なら、そうした患者を彼自身何人も診てきたのだったし、そうした女性や男性が、幹細胞を培養して出来た新しい皮膚を移植したことにより明るい笑顔を取り戻したということも……彼の経験では何十回となくあったことだからである。

 

(もちろん、そんなことを言ったらレンスブルックの眼球のない左目だって、本星では幹細胞を培養して造りだすだけでなく、それを超微細手術によってコンピューターが人間に代わって出来る技術まであるってことだものな……)

 

 ギベルネスはそんなふうに、町のどこかで見かける病人にまず真っ先に目が向かったが、(治せもしないのに何故そんなことをするのだ)と己に問うてみても、彼は気づくとまた、自分で少しくらい何か治療できるような患者はいないかと、やはり目で探しては溜息を着くばかりなのだった。

 

 ローレンツ=ローゼンクランツ公爵に対しても、ギベルネスはその後、足のことを聞くことの出来る機会があればと思いつつ、やはり口に出せずにいた。というのも、公爵の高いプライドのことを考えると、「そんなことには誰も気づいてない」振りをするのが最善なのだろうと思われたからである。

 

 また、これはあくまでギベルネスが想像するにということではあるのだが、ローゼンクランツ公爵には、王都テセウスから徴収される重税から来るプレッシャー、あるいは何かしら身に覚えのない因縁をつけられ、突然ギロチン刑か拷問刑にかけられるやも知れぬという問題の他に――もうひとつ、世継ぎのことでも公が悩んでいるのではないかと推察された。

 

 というのも、ローゼンクランツ公爵と夫人の間には子供が五人いるのだが、この子供たちは五人とも、全員が女性であった。そして長女のテルマリアはクローディアス王とガートルード王妃の間の息子、レアティーズ王子の元に嫁ぐことが、すでにほとんど決まっているのだという。

 

「ただの嫌がらせですよ」

 

 そう言ったのは、ギベルネスが親しくなった公爵の侍従キャスカだった。彼は代々ローゼンクランツ公爵に仕えている家系の者で、それゆえにローゼンクランツ家のことに関してはこの城砦が建設された頃に遡り、彼の祖先もまたその目撃者であったらしい。

 

「テルマリアさまは現在、すでに十九歳……美しい娘の盛りだというのに、七歳も年下のレアティーズ王子に輿入れすることがずっと昔から決まっておりましたもので、あまり外にお出になることも出来ず、静かにお暮らしになっておられます。城下町に住んでいる町娘であればいざ知らず、貴族階級の娘といったものは基本的に上にいる姉が結婚しないことには、下の娘たちも結婚できない……といったような暗黙のしきたりがあるものですから、テルマリアさまがレアティーズ王子と実際に御結婚するまでは、他の四姉妹たちも恋人を持つことすらままなりません。第一、それだってクローディアス王がこのローゼンクランツ城砦へ滞在された折に、そのように口約束されたに過ぎないことですから――テルマリアさまもそろそろとうが立ったな……なんていう年頃になってから御破算になる可能性だってあることなんですよ」

 

「クローディアス王はいつ頃こちらに来られて、そのように取り決められたのですか?」

 

 ローゼンクランツ公爵の美しい細君と、その五人姉妹については、宴会の席上で紹介され、ギベルネスもその容貌については知っていた。いずれも、両親の気高さや気品、優雅さを受け継いだといったような娘たちで、クローディアス王がそのような「意地悪」をしたというのも――なんとはなし、わからなくもないのだった。

 

「もう六年ほども昔の話ですよ」

 

 病気で死んだ父親の後を継ぎ、ほんの半年ほど前に公爵付きの侍従長になったばかりのキャスカは、まだ二十三歳と若かった。彼はすでに結婚し、子供もいる身なのだが、小さな頃から一緒に育った公爵家の娘たちには「お兄ちゃん」として慕われているようだった。

 

「王さまは年に一度、必ず王都のあるテセリオン州を除いたいずれかの州で休暇を過ごされますからね。王が滞在中の一月弱ほどの間、選ばれた州都では上や下への大騒ぎですよ。出された葡萄酒が不味かったとすれば献酌官長の首が飛び、料理が不味かったとすれば給仕頭の首が飛ぶといった具合ですからね。何分、王の一番の目的であろう御遊興のプログラムについても日程を組んでよくよく考えなくてはなりませんし……」

 

 その時のローゼンクランツ公爵と我が父をはじめとする、侍従たちの苦労ときたら……とばかり、キャスカはぐるりと目玉と首を同時に回していた。彼はローゼンクランツ公爵が居館としている宮殿に、家族と共に住んでいるため――ギベルネスはこの時、彼が執務室としている侍従長室にて、お茶をご馳走になっているところだった。

 

「それは、大変ですね。十一州あると考えた場合、大体約十年に一度の苦労……であったとすれば良いですが、そういうわけでもないのでしょう?」

 

「そうなんですよ!やっぱり、地理的に見て、内苑七州は王都から睨みを利かせやすいですからね。それに、近隣の州にであれば、わざわざ一月近くもいずとも、親戚縁者もいるのですから、普通にちょっと視察がてら出かけて帰ってくる……そんなこともあったりされるでしょう。ですから、ナーヴィ=ムルンガ平原や、さらに砂漠の海を越えた外苑州のうちいずこかへ来られるってことがどうしても多くなるわけです」

 

「なるほど。ですが、公爵さまの美しい五人姉妹のうち、上の三姉妹はそろそろお年ごろなわけですし……特に騎士殿の間には、姫さまたちに懸想しているような方もおられるのではありませんか?こんなことは言っても詮なきことですが、公爵さまにお世継ぎがおられれば何も問題なかったのでしょうが、なんとも悩ましいことですね」

 

 キャスカは今度は大きな溜息を着いた。彼は侍従長として、ハムレット王子一行と細々したことで連絡を取りあわねばならぬ関係性から、最初はタイスと打ち合わせればいいだろうかと思っていた。だが、結局のところギベルネスが一番話しやすく、馬が合ったわけである。

 

「そうなのです。五人目のお子さまが女の子であるとわかってから、公爵さまはとうとう二番目のギネビアさまにお婿を取って、ふたりの間に男児が生まれたら爵位を継がせようと、そのようにお考えになっておいでで……三女のビアンカさまと四女のエリザさまと五女のシーリアさまは、おそらくそれぞれギルデンスターン侯爵家やライオネル伯爵家へ嫁ぐということになるでしょうしね」

 

『ぼく、たぶんあの五人姉妹のうちの誰かをお嫁さんとして押しつけられるんだ』と、キリオンが言っていたのを思いだし、ギベルネスは少しだけおかしくなった。彼が頬を染め、どこか嬉しそうだったからである。『それがもし最終的にテルマリアだったとしても、ぼくは気にしないよ。ほら、クローディアス王はあんなだから、急に気を変えて別の州の貴族の娘を王子に娶ろうなんて考えるかもしれない。その頃にはマリアはちょっと年がいってるかもしれないけど、ぼくだってその頃にはちょうど……適齢期っていうの?そういうのになっててむしろちょうどいいかもしれないし』

 

「次女のギネビアさまのお婿候補としては確か……騎士団長の息子のランスロット殿が最有力なのではと聞いておりますが」

 

 天幕に用意されたハムレット王子の席の隣で、ギベルネスはローゼンクランツ公爵の擁する騎士団が、二手に分かれて模擬戦を行なうのを見物したことがある。その中で最も目立ち、人物の評判としても武勇の誉れ高いのが――騎士団長カーライル・ヴァン=ヴェンウィックの息子、ランスロット・ヴァン=ヴェンウィックだった。

 

 戦争の模擬戦のほうは、城砦外の砂漠にて、昼日中の暑い最中に行われた。普段騎士たちは、城砦内にある広い円形闘技場にて腕を磨いている。また、砂漠での戦争というのはまだ涼しい夜明け前にはじまるか、あるいは一日のうち気温が一番下がる夜中に奇襲をかけるといった戦術の使われることが多いらしい。だが、結局のところ戦いが長引けば炎天下の中、槍や剣や盾を振るうことになるため……暑い中でどれほど持久力と忍耐力があるかが試されることになる。

 

 もうもうと舞う砂埃の中で――一番うまく長槍を扱い、次々と騎士たちを落馬させていく騎士がいたが、何も他の兵たちは、彼が騎士団長の息子だからというので遠慮しているわけでもなさそうだった。ハムレットもそのことに一早く気づき、隣の椅子に座すローゼンクランツ公爵を振り返ると、「あの者は……?」と疑問を投げかけていたほどである。

 

「騎士団長カーライル・ヴァン=ヴェンウィックの息子、ランスロットです」公爵の顔は武人としての誇りで光り輝いてさえ見えた。「ハムレット王子よ。わたしは、もし東王朝のあの口裂け王に一対一で戦い得る者がいたとすれば、我が軍のランスロットではないかと自惚れているのです」

 

<東王朝>の口裂け王については、ローゼンクランツ公爵の私室にて夜毎持たれる軍事会議において、時々名前が出ていた。ギベルネスもそれで覚えていたのだが、<東王朝>は現在、前王のリア老王が三年ほど前に没し、それまで広い公爵領を治めていた第一王子のリッカルロがその後釜に座ったと言われている。このリッカルロ王子が生まれつき口が裂けていたことで、リア王と第一王子であった彼との間には長く確執があったと噂されるものの――結果として第二王子でも第三王子でもなく、長子の彼が王座に着座したわけである。ちなみに、この第二王子と第三王子は双子であり、リッカルロ王子の御母堂が亡くなって以後、前リア王が娶ったふたり目の夫人との間に出来た子供である。

 

 また、このリッカルロ口裂け王、戦争においては鬼神か悪魔かというほどの強者であり、彼ひとりで三百の騎兵に匹敵するとして、<西王朝>の兵士らの間でも非常に恐れられているという。のみならず、リッカルロ自身知略に長けてもいるのだが、彼にはさらに優れた参謀のティボルト、騎兵たちをまとめるのに非常に人望が厚いと評判の、マキューシオというふたりの有能な副官までいたのである。

 

 もし、この<東王朝>のリッカルロ王がハムレットが内乱を起こしたと見て、アル=ワディ川を渡ってきた場合――クローディアス王の軍勢のみならず、ハムレット王子の軍勢をもまとめて征服しようと考える可能性というのは大いにありうるという話であった。

 

「そのリッカルロ王のことを味方につけることは出来ないのですか?」

 

 何度目かの軍事会議において、ギベルネスが何気なくそう口にすると、ローレンツは吹きだしそうになっていたものだ。

 

「まずもって無理ですな。我々にとって唯一の救いは……リッカルロ王が少なくとも、一時的にであるにせよ、クローディアス王と手を組み、こちらを挟み撃ちにすることだけはないというくらいなものですよ。<西王朝>と<東王朝>は、千年ほど前までは今のようにアル=ワディ河を挟んで分かれてはおらず、現在のように州ごとに領主がいるというのでもなく、何人かの王が統治しており、一度だけひとりの大王がこの広大な世界を統一することに成功しました。そしてその後、今の<東王朝>の領土のすべてを掌握したのが、現在のリア王朝の始祖です。そして、アル=ワディ河を挟んだこちらでも、いくつか大きな戦争が起きてのち、<西王朝>と呼ばれる王国が建国されました。つまり、ハムレット王子の祖先、ペンドラゴン王朝のはじまりというわけですな。このふたつの王朝は、その長い歴史の中で和睦した期間がないでもないとはいえ、ほとんど敵対関係を続けてきたわけです。まあ、前リア王はクローディアス王のことを真の意味での統治能力のない愚王として蔑み、クローディアス王のほうでは<東王朝>の王なぞは、そもそも最初から正統でない反逆の徒が王国を形成しているに過ぎぬという、そういった考え方だからなのですよ」

 

 こうした話を聞く間も、ギベルネスは考え込んだし、ハムレットにしても色々思うところがあったようである。というのも、そのリッカルロ王という、自分より十も年上の人物に対し、王から疎まれている立場だった……ということでは共通するものを感じ、さらには前リア王が生きていた頃、どちらかを王位に就けたかったらしいと噂されるエドガー第二王子とエドマンド第三王子とハムレットは同じくらいの年頃だったせいでもある。

 

「そうなんですよ。騎士ヴェンウィック親子ほど、ローゼンクランツ公爵が信を置いている部下は他におりません。幸い、サー・カーライルには奥方との間に他に四人息子がおりますからな。おふたりとも時折ご冗談で、世が平和で何も問題なくば、お互いの五人の娘と息子をそれぞれ結婚させても良いほどなのに、何分こうも世知辛い世というのではそういうわけにもいかぬ……などと申されることもあるほどで。それに、人の恋心といったものも、まったく人知の及ぶところでないと言いますか、なんとも言えない難しい種類のものですよ」

 

 ギベルネスはキャスカが再び溜息を着くのを聞いて、過去の思考が組み合わさった様々な記憶から、一気に意識を引き戻された。<東王朝>の動静についても考慮に入れなければならないことを考えると――三女神の予言と守護がなんとも疑わしく感じられてならないが、ギベルネスとしてはとにかく、ハエや蚊や蜂、あるいは砂漠飛びバッタなどを介し、宇宙船<カエサル>からの接触がない以上、ハムレット王子と彼が王位に就くことを助けることが、おそらくは電波障害が取り除かれる最善の策なのだろう……と、そう信じ続けるしかなかったわけである。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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