読書の記録

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京大的アホがなぜ必要か カオスな世界の生存戦略

2019年04月30日 | 哲学・宗教・思想

京大的アホがなぜ必要か カオスな世界の生存戦略

 

酒井敏

集英社

 

タイトルは挑戦的だが、ずっと示唆と含蓄に富む内容だった。なんとなくぼんやりと断片的に思っていたことがカシャカシャカシャとつながったかのようである。

 

我々はついついこの世の中というものーー社会も行政も企業も学校もーー因果関係がはっきりしたもので構築されているという世界観で思い込む。機械システムのように原因と結果によるユニットが組み合わさるかたちでこの世の中ーー社会も行政も企業も学校も、その組織や構成は成り立っているとみなす。近代合理主義イコール「機械システム」という世界観と言えよう。

「機械システム」という言い方は僕の個人的な表現で、もしかしたらべつの言い方があるのかもしれない。本書では機械システム観を「樹形図構造」的な世界観と呼んでいる。政府のガバナンス構造とか会社の組織図はみんな樹形図である。憲法や法律の体系も樹形図である。”マーケティングは4P(Price・Place・Product・Promotion)からできている”なんて要因分解的な見方も樹形図構造の一種だ。

また、樹形図構造は因果関係の繰り返しで系統をつくるという見立てを持つから、歴史観にも使える。よく歴史の教科書の巻頭見開きとかにある歴史上のイベントをいくつかの線状に配置し、離合集散のさまをみせる図解があるが、あれも樹形図構造といってよいだろう。樹形図構造は、スタートからゴールまでの道筋がわかるという特徴がある。(道筋があるはずという前提がある)

したがって、樹形図構造すなわち機械システムは、なんらかのゴール目標とすべき状態というのがある。そのゴール目標状態にむかってすべてのアクターが動く。経済指標だったり、秩序の維持だったり、生産高だったり、業績だったり、無事故だったり、いろいろなKPIだったりする。そのゴール目標状態から逆算し、各々アクターの立ち振る舞いが決定されるわけだ。示達予算も成果評価のクライテリアも目標偏差値も学校の成績表も校則もみんなそうである。原因と結果を方程式のようにつくりあげ、そこに沿うようにアクターを集合させるのである。

 

で、そんな「機械システム」観が閉塞感を生んでいる。システムに乗れない人は社会から排除されるし、無理やりシステムに乗った人はストレスで心身を病むし、システムのど真ん中でノリノリの人も、ちょっと局面が変わったときに何もかも失ったりする。

つまり、「機械システム」観を前提としてこの社会をとらえ、生きていく限り、疲弊は免れないのだ。

 

そこでもう一つの世の中の見方が登場する。人間組織や社会構造を「機械システム」のようにとらえるのではなく、エコシステムすなわち「生態系」のようにとらえてみよ、ということである。

「機械システム」は近代合理主義の申し子である。しかるに人類は400万年、生命は40億年の歴史がある。ここには生態系というもうひとつのダイナミズムがあるのだ。社会を、地域を、企業を、学校を、コミュニティを生態系としてとらえ、ではそれぞれのアクターはどうやって生存していくかを考えると、「機械システム」の生存術とはまったく異なる地平が見えてくる。

本書の言及もふまえながら、僕なりに機械システムの世界観と生態系の世界観を比べると以下のようになる。

 

機械システム観    生態系観

・近代社会論     ・40億年生命論

・因果律       ・カオス

・樹形図       ・複雑系

・ピラミッド組織   ・自己組織化

・予測可能(なつもり)・予測不能が前提

東京帝国大学・京都帝国大学

・社会学       ・文化人類学

・Scieiety      ・World

・対象を要因別に分解 ・対象は何かの一側面

・選択と集中     ・発散と選択

・均質性の要求    ・多様性の担保

・予定調和      ・結果オーライ

・ルールは変わらない ・ルールは変わることがある

・ランダム分布    ・スケールフリー分布

・正規分布      ・べき分布

・漸次変化      ・臨界と相転移

・設計主義      ・ブリコラージュ

・計画表       ・行き当たりばったり

・花壇        ・ビオトープ

・PDCA      ・OODA

・官僚型組織     ・ティール組織

・金太郎あめ     ・七人の侍

・因果応報      ・運不運

・世界公正仮説    ・世の中は不平等

・負けに不思議なし  ・勝ちに不思議あり

・マルクス史観    ・文明の生態史観

・二元論       ・陰陽思想

・専門能力      ・教養

・条件と選別     ・無限抱擁

・役に立つかどうか  ・おもろいかどうか

・真面目な勤勉    ・アホな好奇心

ここにまるで違う世界相が出現する。

機械システムの世界観で世の中をとらえて行動する限り、閉塞は免れない。今一度、この世の中を大海原の生態系としてとらえ、このコスモスでどう生存戦略をはかるかという眼差しを持つことは、令和の時代に生き抜くための大いなる知恵である。


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