
(昨日の続きです)
民主集中制の生みの親であり、スターリン主義生成に大きな責任があると目されるレーニンですが、彼ほどボリシェビキ内外で盛んに論戦を繰り広げた人はいないでしょう。特にニコライ・ブハーリンとも派手に論戦を行っています。レーニンの講演録を読んでいますと「・・・同志ブハーリンが演壇の後ろで、盛んに私を批判している声が聞こえてくるが、残念なことに彼は間違っている・・・」といった記述があって面白いのです。講演会に参集する大衆の面前でボリシェビキの幹部同士が公然と批判しあっているのです。こんなことは、現在の日本共産党内ではご法度でしょう。
レーニンはブハーリンの著作『過渡期の経済』にも事細かに評註を行っており、その評註自体が後世に読まれるべき古典『経済学評註』(大月書店刊 1974年)として日本語にも翻訳されています(上の写真です。両書とも私の本棚に並んでいます)。しかしレーニンの後を継いだスターリンは一切そういう手間をかけず、ブハーリンを銃殺して終わりにしてしまいます。スターリン主義の生成にレーニンの責任は免れないと思うのですが、全く一緒にもできないと思いますのでは、こういった背景からです。