過疎化、高齢化による「地方消滅」という危機的事態を内田樹氏の書物から実感した。若者の地方移住をどうやって支援するかということが国家的急務だと内田は力説している。
内田樹の『生きづらさについて考える』に次のように限界集落化について書いてある。
『先日、私がある席で隣り合わせた岐阜県の人は、故郷の村は200戸あるが、子供たちが引き続き村に住むと言ってあるのは、2戸だけだと悲しげに語っていた。
おそらくあと20年もすれば彼の故郷は無住の地になるだろう。
まだ集落としての体をなしているうちは移住者の受け入れもできる。だが、ある地点で、受け入れる主体そのものが消えてしまう。
だから、地方移住はある意味で時間との競争なのである。このまま高齢化、少子化が進めば、20年後には「地方移住希望者をぜひ受け入れたい」と切望する集落そのものがなくなってしまう。
気を付けなければいけないのは、地方の人口はなだらかな曲線を描いて減るのではなく、ある地点で一気に垂直に下降してゼロに近づくということである。先にあげた「200戸の集落が2戸になる」ケースを考えてみればわかる。
2戸だけしか住人がいない集落にはもうバスも通らないし、学校もないし、病院もないし、警察もないし、消防署もない。
住みたければ住んでもいい。「そういう生き方」を自己責任で続けたいという人を止めることはできない。
だが、同じ地方自治体の他の地域の住民と同じクオリティーのサービスを行政に期待することはできない。
家族の中に子供がいる場合は学校が近くになければ困る。介護看護を要するものがある場合には病院が近くになければ困る。
だから、人口減によって行政サービスが劣化した地域の人々は、生業を捨てて、地方都市へ移住することを余儀なくされる。』
高齢化、少子化問題と地方集落問題は密接に関係している。国や行政はまるで危機感がなく、なるようになるとのんびり静観している。
こういう問題こそ国と地方自治体がタッグを組んで、本気でいろんな手を打ってもらいたい。都市部集中型の日本社会の在り方にもう限界がきていると思う。