のぞみ号(東京都千代田区)
こんにちは。
今日も皆様、ありがとうございます。
基本的に、遠慮は美徳です。
考えてもみて下さい。
人への尊敬の念もないような図々しい人ほど、醜く見えるものはないと思いませんか。
自分が偉くて当たり前とか、人は利用するものだとか考える、つまりは、自己中心的な人と関わっていると、
心も荒んで(すさんで)しまいますよね。
お互いへの思いやりをベースに繋がりを築くのが、人間にとっては自然な流れだと、私は思うのです。
しかし。
「それでは、思いやればなんでもいいのか」というと、それがまた、単純にはいかないのも現実だったりします。
たとえば、「毎日挨拶したい」という人と、「挨拶がなくたって、気が通っていればいいじゃない」という人がいたとします。
そうすると、挨拶をするような場面になるたび、この二人には壁ができてしまいます。
挨拶をしたい側から、挨拶を重視しない側に声をかけることになりますが、
「いやいや、挨拶なんか要りませんから」と言われると、どんなに善意があっても、挨拶を言うことそのものが「悪い」とされてしまうわけですよね。
つまり、です。
遠慮をするというのは、「してはいけない線を引く」ことと同じ意味になってしまうのです。
せっかくいいことをしようとしても、「いやいや、いいですよ」と突き返すということは、
逆に言えば、「親切ではなくて、迷惑に思う」と、
相手の価値観をそのまま否定することになるからです。
さて、困りましたよね(笑)
遠慮をしないと、図々しくなる。
さりとて、遠慮をすると、相手を萎縮させてしまったり、自分の側こそ相手に善意や好意を差し出せなくなる。
これでは、どちらがいいのか、わからなくなってしまいます。
では、どうするか。
私が思うに、「遠慮」の使い方は、得てして意識が「自分の側」にしか向いていない時に間違えるのだと思うのです。
相手の気持ちを信じられるかどうか、ここが、ポイントです。
相手が、見返りを求めない、純粋な気持ちの人かどうか。
この一点です。
もちろん、私達は人間ですから、下心やプライドは、完全に消し去ることはできません。
でも、悪質商法を見るまでもなく、下心があればあるほど、
遠慮をしたほうが正解にはなる。
その代わり、純粋な心なり善意なり、愛情なるがあればあるほど、
むしろ、受け取るほうが、相手の気持ちを大事にしたことになります。
しかも、そのほうが、こちらからも気持ちを差し出しやすくなるのです。
遠慮の多さは、壁の厚さです。
遠慮をしなければ、こちらからの気持ちも、むしろ、受けとってもらいやすくなるのではないでしょうか。
こんにちは。
今日も皆様、ありがとうございます。
基本的に、遠慮は美徳です。
考えてもみて下さい。
人への尊敬の念もないような図々しい人ほど、醜く見えるものはないと思いませんか。
自分が偉くて当たり前とか、人は利用するものだとか考える、つまりは、自己中心的な人と関わっていると、
心も荒んで(すさんで)しまいますよね。
お互いへの思いやりをベースに繋がりを築くのが、人間にとっては自然な流れだと、私は思うのです。
しかし。
「それでは、思いやればなんでもいいのか」というと、それがまた、単純にはいかないのも現実だったりします。
たとえば、「毎日挨拶したい」という人と、「挨拶がなくたって、気が通っていればいいじゃない」という人がいたとします。
そうすると、挨拶をするような場面になるたび、この二人には壁ができてしまいます。
挨拶をしたい側から、挨拶を重視しない側に声をかけることになりますが、
「いやいや、挨拶なんか要りませんから」と言われると、どんなに善意があっても、挨拶を言うことそのものが「悪い」とされてしまうわけですよね。
つまり、です。
遠慮をするというのは、「してはいけない線を引く」ことと同じ意味になってしまうのです。
せっかくいいことをしようとしても、「いやいや、いいですよ」と突き返すということは、
逆に言えば、「親切ではなくて、迷惑に思う」と、
相手の価値観をそのまま否定することになるからです。
さて、困りましたよね(笑)
遠慮をしないと、図々しくなる。
さりとて、遠慮をすると、相手を萎縮させてしまったり、自分の側こそ相手に善意や好意を差し出せなくなる。
これでは、どちらがいいのか、わからなくなってしまいます。
では、どうするか。
私が思うに、「遠慮」の使い方は、得てして意識が「自分の側」にしか向いていない時に間違えるのだと思うのです。
相手の気持ちを信じられるかどうか、ここが、ポイントです。
相手が、見返りを求めない、純粋な気持ちの人かどうか。
この一点です。
もちろん、私達は人間ですから、下心やプライドは、完全に消し去ることはできません。
でも、悪質商法を見るまでもなく、下心があればあるほど、
遠慮をしたほうが正解にはなる。
その代わり、純粋な心なり善意なり、愛情なるがあればあるほど、
むしろ、受け取るほうが、相手の気持ちを大事にしたことになります。
しかも、そのほうが、こちらからも気持ちを差し出しやすくなるのです。
遠慮の多さは、壁の厚さです。
遠慮をしなければ、こちらからの気持ちも、むしろ、受けとってもらいやすくなるのではないでしょうか。