青裸々日記 Aorara Diary

真面目で一生懸命な人に寄り添うブログです(^^/
あったかい未来が、きっと待っています。

スピリチュアリズム。

2013年01月29日 22時38分19秒 | 青裸々日記。
和田倉公園から(東京都千代田区)

 こんにちは。
 今日も皆様、ありがとうございます。



 精神世界、かみ砕いて言えばスピリチュアルな考え方が、ここ数年で流行りだしました。
 科学で証明しきれないものを、何か霊的なものが作用して働いているかのように説明がなされ、
 だからこそ、その霊的なものと上手く付き合っていきましょう…というのが、だいたいの要旨です。


 しかしこれ、盲目的に信じるとか、精神世界のことに全てを入れ込むのは、いささか危険な気がします。

 目に見えないことでも、信じれば救われたり、幸せになったりできることは、たしかにあるでしょう。
 たとえば、宗教では、科学的には不可解なことが語られたりします。
 しかし、そこで信仰をするから、正しい道を歩いたり、人に優しくできたり、真面目に生きる素晴らしさがわかったり、
 つまり、たとえ科学的な裏付けがなくても、宗教は人に多くの幸せをもたらしてきたのは事実ですよね。
 だから、究極的には、「本人が幸せになれるかどうかは、科学的な裏付けの有無は、実はあんまり関係ない」ということが、言えると思うのです。


 さて。

 これ、逆のことも言えなくはないですか。
 科学的にどうなのかは、幸せにはさほど問題でないことがわかりました。
 しかし、だからこそ、人を傷つけたり、「幸せ」を破壊するような考え方は、厳に慎むべきではないでしょうか。


 たまに、「スピリチュアル的にはいいことだから」と、現実に適応できなくなってしまったり、
 そうでなくても、人との意思のやり取りが上手くできなくなってしまう人がいます。
 しかし、本来、精神的だろうとなんだろうと、それは幸せになるためにやっていることで、
 目の前にある、与えられた幸せや恵み、豊かさを壊すようなら、果たしてそれはなんのための「精神世界」なんだろうかと思います。

 自分の世界なり、価値観なりは、それはそれで、個人の自由だし、大切にしたほうがいいものです
 しかし、現実を壊すのは、結局は「精神世界」で言うところの「恩恵」なりを壊すことと同義で、
 本質的には、全然「スピリチュアル」ではないのです



 どうやったら、幸せになれるか。
 それは個人の自由ですが、人のテリトリーに踏み込むのは、結果として誰も幸せにはなれません。


 自分の世界は、賢く強く、しなやかに深めましょう。

大井車両基地から

2013年01月29日 06時24分28秒 | 雑感、雑記
 こんにちは
 今日も皆様、ありがとうございます。



 先日、大井埠頭にある、新幹線の車両基地に行ってきました。

 私は新幹線が大好きで、子供みたいにはしゃいで撮っていました(笑)
 たまに行きたくなるスポットのひとつです。


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