約10年前までは春先になるとじっとしておれずにザックにオニギリを詰め込んで、残雪が残る渓流に一人踏み入ったものだ。何故一人かと言えば、山奥の渓流は狭くとても複数では入れないからと、渓流魚は物音や音に敏感で、忍者のように自然に溶け込んで静かに竿を出さないと釣れないからだ。
誰も居ない山奥の渓流は自分一人の世界で恐怖のうちにも高揚感が肌で感じられ好きだった。イワナや山女魚を求めて一日溪流を遡上し、汗だくになって下山車に戻り、ホット一息つき今日も無事だった事を確認するその緊張感がたまらなく好きだった。
年月を経て冒険心が無くなり最近は熊が頻繁に出没するなどの事もあってすっかり遠のいてしまったがその名残は我が庭に留める。
本当はいけない事だろうが行く先々で見かける好きな植物を我が庭で育ててみたいとの誘惑にかられ、クラ―ボックスに入れて持ち帰り30数年前移植したものが今でも春先になると庭で季節の到来を知らせてくれる。
開けた湿地で大きな白い花をつけていた水芭蕉と、沢のせせらぎに白い小さな花を付けていた山ワサビ、そして沢の斜面に薄紫の可憐なカタクリ、この3種が今渓流に行けない私を慰めてくれている。
まさか今日の現実を想定して持ち帰った訳ではなかったが密かに楽しませてもらっている。他に小さい庭にははコゴミ、シドケ、ゼンマイ等あるがまだ早いようだ。言えた立場ではないが、賢明な皆さんはなさらないでしょうが、くれぐれも真似をなさらないように、謹んで山の神様ににお詫びいたします。
当時から比べるとだいぶん小さくなりました。花の後の実で増えたものです。
庭で水気は無いのですが毎年季節になると出てくれて白いきれいな花を付けます。いずれも白い花が好きなようです。