前立腺の解剖
前立腺とは、オス犬の唯一の副生殖腺で精子の運動能力を活発にする精液を分泌する、生殖機能にかかわる組織である。
前立腺は、膀胱頚部に二葉性に尿道を囲むように存在し、前背側は腹膜に腹側は脂肪に覆われ、背側は繊維性組織で直腸に付着している。また前立腺への血管神経は全て背側から分布している。(因って手術時は背側の分離は行わない)
前立腺疾患
6、7歳以上の、特に去勢していないオス犬が血尿、排尿障害、排便障害を起こした場合、前立腺肥大、前立腺嚢胞、前立腺膿瘍などの前立腺の病気を患っている可能性が高くなる(ただし、前立腺腫瘍の場合、去勢の有無と関係なく発症する)。
前立腺肥大とは、前立腺組織の過形成のこと。前立腺嚢胞とは、前立腺肥大が進行して、組織内にすき間ができ、そこに体液や血液がたまる症状。また、前立腺膿瘍とは、前立腺嚢胞からさらに状態が悪化したもので、感染症を起こして化膿し、膿がたまるものをいう。
前立腺疾患の原因(腫瘍以外)
オス犬が老齢期に入り、精子生殖機能が衰えてくると、活躍の場が減少した精巣ホルモンの作用によって、前立腺組織の過形成(肥大)が引き起こされる。
前立腺疾患の症状
前立腺肥大になれば、その中心を通過する尿道が圧迫されは排尿困難となる。無理に排尿しようとすれば、尿道や前立腺周辺の毛細血管を傷つけて出血することもある(結果、血尿となる)。また、排尿障害で常に膀胱内に尿がたまった状態となれば、膀胱炎にもなりやすい。排尿障害が持続すれば腎後性の尿毒症を引き起こす。
そのほか、前立腺肥大が進行すれば、前立腺の背側を通る直腸を圧迫して、排便障害を起こす。そのうえ、通常、骨盤腔内に位置する前立腺が、肥大化して骨盤腔外(会陰部方向)に飛び出し、会陰ヘルニアを引き起こすこともある。
これら前立腺疾患は、早ければ3歳すぎで発症する犬もいるが、一般に発症のピークは7~9歳ごろである。
前立腺疾患の治療
前立腺肥大には、外科的治療法と内科的治療法がある。内科的治療法では、精巣ホルモンの働きを抑制する黄体ホルモン剤を投与する。しかし、薬剤の効果は100%ではないし、ホルモン剤の投与を中断すれば再発する。
酢酸クロルマジノンの内服錠剤を(2mg/kg SID)投与するか、同薬のジースインプラント製剤を皮下に埋め込むことで前立腺のサイズは2分の1に縮小する。インプラント剤の効果は1~2年持続するが効果発現に時間がかかるので、効果発現するまでの間、錠剤を使用する。
確実な治療法は、去勢して、肥大化の要因となる精巣ホルモンを分泌する睾丸を取り除く外科的治療法である。前立腺肥大の初期段階であれば、去勢するだけで前立腺組織は3分の1程に収縮する。
もっとも、症状が悪化して、前立腺嚢胞や前立腺膿瘍になれば、去勢しただけでは治療効果はほとんどない。抗炎症剤(CM.CLDM,ST,ENR,EMなどを6週間以上)を投与しつつ、経皮的に嚢胞や膿瘍を吸引、洗浄した後、95%エタノールやティーツリーオイルを注入する方法がある。
前立腺摘出手術も時には行われるが前立腺の周辺には膀胱や尿道の排尿機能にかかわる神経や血管があり、手術の難易度が高い。そのため、手術時にそれらの神経や血管を傷つけてしまい、膀胱の働きが損なわれて尿のたれ流し状態に陥る恐れが大きいといえる。 なお、前立腺腫瘍の場合、悪性度が高く、腸骨下リンパ節を経て椎骨転移や肺転移をしているケースが多いため、前立腺摘出や抗癌剤投与をしても予後不良に終わることが多い。
大正動物医療センター 06-6551-5106