腹水とは、腹壁と内蔵の間である腹腔内に出た漏出液または滲出液を意味します。
腹水の原因
・うっ血性心不全および静脈灌流障害を生じる疾患。
- 腎臓または消化管疾患に起因する不適切な蛋白喪失による血漿蛋白の減少:蛋白喪失性腎症または蛋白喪失性腸症。
- 腫瘍性閉塞による大静脈や門脈またはリンパ排液系の閉塞。
- 明らかな腫瘍性滲出。
- 腹膜炎:感染性または炎症性。
- 電解質異常、特に高ナトリウム血症。
- 肝硬変。
障害器官
- 心血管系。
- 消化器系。
- 腎/泌尿器系。
- 血液/リンパ/免疫系。
シグナルメント
- 犬および猫。
- 種あるいは品種特異性なし。
徴候
- 一時的な虚弱。
- 元気消沈。
- 腹部膨満。
- 触診時の腹部の不快感。
- 腹部膨満あるいは胸水に起因した呼吸困難。
- 食欲不振。
- 嘔吐。
- 体重増加。
- 陰嚢あるいは陰茎浮腫。
- 横臥時のうなり声。
要因
- ネフローゼ症候群。
- 肝硬変。
- 右心系のCHF。
- 低蛋白血症。
- 膀胱破裂。
- 腹膜炎。
- 腹腔内腫瘍。
- 腹腔内出血。
診断
鑑別診断
滲出液以外の腹部膨満
- 臓器腫大:肝腫大、脾腫、腎腫大および子宮留水症。
- 腹腔内腫瘍。
- 妊娠。
- 膀胱膨満。
- 肥満。
- 胃拡張。
鑑別疾患
漏出液:ネフローゼ症候群、肝硬変、右心系のCHF、低蛋白血症および膀胱破裂。
- 滲出液:腹膜炎、腹腔内腫瘍および出血。
一般血液検査/生化学検査/尿検査
- 全身感染の症例では好中球増加症。
- 肝合成障害、消化管喪失あるいは腎性喪失のみられる症例では、アルブミンが低値を示す。
- 肝合成障害を有する症例ではコレステロールが低値を示す。
肝酵素
- 肝合成障害の症例では、低値から正常値を示す。
- 肝炎、副腎皮質機能亢進症、胆嚢閉塞および慢性受動性うっ血の症例では高値。
総および直接ビリルビン
- 肝合成障害の症例では低値から正常値を示す。腫瘍、胆嚢拡張または閉塞による胆管閉塞の症例では高値。
BUNおよびクレアチニン
- 腎不全症例では高値。
- 肝合成障害または副腎皮質機能亢進症の症例では低値。
血糖値
肝合成障害の症例では低値。
その他の臨床検査
- 低蛋白血症の検出:蛋白電気泳動および免疫機能検査。
- 蛋白尿の検出:尿蛋白:クレアチニン比(正常は0.5:1以下)。
画像診断
- 胸部および腹部X線検査が有用なことがある。
- 肝臓、脾臓、膵臓、腎臓、膀胱および腹部の超音波検査は原因の特定に役立つことが多い。
診断法
腹水の評価
剥離細胞の細胞診と細菌培養および抗生物質感受性試験:滅菌的操作によって約3~5mlの腹水を採取。
漏出液
- 無色透明。
- 蛋白は、2.5g/dl以下。
- 比重は1.018以下。
- 細胞数は1,000/mm3以下:好中球および中皮細胞。
変性漏出液
- 赤色またはピンク色。わずかに混濁していることがある。
- 蛋白は、2.5~5.0g/dl。
- 比重は、1.018以上。
- 細胞数は、5,000/mm3以下:好中球、中皮細胞、赤血球およびリンパ球。
滲出液(非敗血症性)
- ピンク色または白色。混濁。
- 蛋白は、2.5~5.0g/dl。
- 比重は、1.018以上。
- 細胞数は、5,000~50,000/mm3:好中球、中皮細胞、マクロファージ、赤血球およびリンパ球。
滲出液(敗血症性)
- 赤色、白色または黄色。混濁。
- 蛋白は、4.0g/dl以上。
- 比重は、1.018以上。
- 細胞数は、5,000~100,000/mm3:好中球、中皮細胞、マクロファージ、赤血球、リンパ球および細菌。
出血
- 赤色。透明な遠心上清および赤色沈殿物
- 蛋白は、5.5g/dl以上。
- 比重は、1.007~1.027。
- 細胞は末梢血と一致。
- 凝固しない。
乳び
- ピンク色、麦わら色または白色。
- 蛋白は、2.5~7.0g/dl。
- 比重は、1.007~1.040以上。
- 細胞数は、10,000/mm3以下:好中球、中皮細胞および多数の小リンパ球。
- その他:冷蔵時に試験管内の液がクリーム状の層に分離。Sudan IIIで脂肪滴が染色される。
偽性乳び
- 白色。
- 蛋白は、2.5g/dl以上。
- 比重は、1.007~1.040。
- 細胞数は、10,000/mm3以下:好中球、中皮細胞および小リンパ球。
- その他:冷蔵時に試験管内の液がクリーム状の層に分離しない。Sudan IIIで染色されない。
尿
- 透明ないし淡黄色。
- 蛋白は、2.5g/dl以上。
- 比重は、1.000~1.040以上。
- 細胞数は、5,000~50,000/mm3:好中球、赤血球、リンパ球およびマクロファージ。
- その他:膀胱破裂が12時間以内に生じた場合、尿中グルコースおよび蛋白はおそらく陰性である。膀胱破裂が12時間以上前に生じた場合、尿は血漿の限外濾過液とともに透析液として働き、尿中グルコースおよび蛋白は陽性となる。
胆汁
- わずかに混濁し、黄色。
- 蛋白は、2.5g/dl以上。
- 比重は、1.018以上。
- 細胞数は、5,000~750,000/mm3:好中球、赤血球、マクロファージおよびリンパ球。
- その他:尿スティックによってビリルビンが検出される。黄疸のない症例では胆嚢破裂、胆道系からの漏出あるいは近接の腸管破裂の可能性がある。
治療
- 治療は経過観察を原則として外来で行うが、全身状態および基礎疾患によっては入院治療を行う。
- 動物が横臥時に顕著な不快感を示したり、ストレスによって呼吸困難を呈する場合、この徴候を緩和するために十分な腹水除去を考慮する。
- 食物性塩分制限は、CHF、肝硬変または低蛋白血症による漏出液貯留の制御に役立つことがある。
- 滲出性腹水の制御のためには、基礎疾患を特定する。しばしば外科的修復が必要となり、続いて特殊療法を行う(例えば、脾臓の腫瘍の症例では、腫瘍除去、腹部出血の制御、輸血)。
- 保存療法および食物療法に反応しなくなった肝不全あるいはネフローゼ症候群の症例において、LeVeenの腹膜静脈シャント法によって、非敗血症性腹水の再循環が可能となる:外科的に腹部正中領域から頸静脈内に装着した一方向性カテーテルによって、腹水を短絡輸送する。この自己輸液は犬において成功例は限られている。
薬物
- 肝不全あるいはCHFの症例:ナトリウム制限とヒドロクロロチアジド(2~4mg/kg、経口、12時間ごと)およびスピロノラクトン(1~2mg/kg、経口、12時間ごと)といった利尿薬を併用。十分に制御できない場合はフロセミド(1~2mg/kg、経口、8時間ごと)をスピロノラクトンと併用しているチアジドの代わりに用いる。カリウムの不均衡を防ぐために血清カリウム濃度を監視する。
- 敗血症性滲出性腹水の症例では、細菌同定および感受性試験に基づいて抗生物質を全身投与する。
経過観察
- 原疾患によって異なる。
- 利尿薬を投与している症例では、ナトリウム、カリウム、BUN、クレアチニンおよび体重の変動を定期的に監視する。
考えられる合併症
積極的な利尿薬投与は低カリウム血症の原因となり、基礎疾患として肝疾患のある症例では代謝性アルカローシスおよび肝性脳症が悪化しやすくなる。アルカローシスは、NH4をNH3に変える原因となる。