大槻雅章税理士事務所

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№191 判例評釈:役員退職慰労金の大幅な減額支給

2025-01-01 | ブログ
2025.01.01

在任中に過剰な浪費をしていた取締役について、社内規定の基準額を大幅に減額して退職慰労金を支給した取締役会の決議に法令違反があるか争われた裁判例があります(最高裁令和6年7月8日判決、令和4(受)1780)。

今回は、在任中に会社に与えた損害額を退職慰労金から減額することが許されるか否か考察したいと思います。

1.事実の概要

代表取締役Aは在任中に社内規程の上限額を超過する宿泊費等を受領し、また、社内規程の額を大幅に超過する交際費を会社に支出させた。さらにAは会社の海外旅費規程を改定させ、改定前の海外旅費規程よりも多い額を会社に支出させた。
会社には取締役の退職慰労金に関する内規があり、「在任中特に重大な損害を与えたもの」に対し基準額を減額できる旨の定めがあったが、減額の具体的な範囲・内容は定めていなかった。
そこで弁護士等の中立的な調査委員会を設置して損害額を算定し、取締役会はAの退職慰労金から当該損害額を減額する決議をした。

原審は、当該減額規定は特に重大な損害を与えた行為による損害相当額のみを減額できると解釈し、本件取締役会決議は裁量権の範囲の逸脱またはその濫用にあたるので退職慰労金を減額することは許されないとしていた(福岡高裁宮崎支部令和4年7月6日判決、令和3(ネ)182)。

2.最高裁の判決要旨

本件減額規定の趣旨は、取締役会が取締役の在任中の行為について適切な制裁を課すことにより取締役の職務執行の適正を図ることにあるものと解される。
株主総会が退任取締役の退職慰労金について本件内規に従って決定することを取締役会に一任する旨の決議をした場合、取締役会は当該退任取締役が会社に特に重大な損害を与えたという評価の基礎となった行為の内容や性質、当該行為によって会社が受けた影響、当該退任取締役の会社における地位等の事情を総合考慮して判断をすべきである。
そして、取締役会の決議に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるということができるのは、この判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理である場合に限られると解するのが相当である。
これらの事情を総合考慮すると、「在任中特に重大な損害を与えたもの」に当たるとしてAの退職慰労金の額を減額した取締役会の判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理であるということはできない。

以上によれば、本件取締役会決議に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるということはできない。

3.まとめ

取締役の退職慰労金は、株主総会で支給が決議され、支給金額・支給時期・支給方法を取締役会の決議に一任するのが一般的です。
本件最高裁の判決は、株主総会から取締役会に至るまでの減額決定手続きに裁量権の逸脱や権利の濫用は無いと判断し、外部の中立的な専門家に損害額の調査を依頼して認定された損害額を社内規定の退職慰労金の基準額から控除したことには合理性があると判断しています。

以上を総じて、本件の争いは減額の詳細を定めてなかったことに起因しています。そこで、「特に重大な損害を会社に与える行為の内容、当該行為によって会社が受ける影響、当該退任取締役の会社における地位等の事情を勘案して取締役会の裁量に基づき退職慰労金の減額を決議できる」と減額規定を明定しておくことが重要と考えます。

また、本件は取締役会の裁量権の範囲や濫用に関し、民法や会社法の解釈が争点となりましたが、所得税法や法人税法の取扱いにも関心があります。
すなわち、在任中に社内規程を超過する経費を受領した取締役は、給与所得とみなされて所得税を課税されています(判決文中に源泉所得税が課税された旨の記載があります。)。一方、法人に対しては、当該臨時給与は役員賞与の損金不算入となって法人税が課税されたはずです。

この場合、減額された退職慰労金は在任中に給与所得として課税済みのため、退任した取締役の退職所得としての課税関係は生じませんが、法人側の課税関係はどうでしょうか?
法人が退任した取締役に退職慰労金の基準額を一旦支払った後に、減額した退職慰労金を損害金として受け取ったと考えれば、益金として法人税が課税される可能性があり得ます。

(完)