法律は千差万別の価値観を普遍的なものとして纏めあげたものと言える。夫々の法律の底流にある価値観は別々のものであってはなら無い。その普遍的価値観を直接法律の条文として編纂されたものが憲法なのだ。憲法はあらゆる法律の基本法である。総ての法律はこの憲法と矛盾するものであってはなら無い。
この連載は法が如何なる価値観を具現したものかを読者と共に探るものである。法文の解釈には様々な異論があるのだが、その中で有力な解釈と言われているものを再検証することで、最終的には憲法の背景にある普遍的価値観とは如何なるものかを知ろうではないか。
民法は私人間の権利関係の調整を図る法律と私は解釈する。ある意味で民法こそ先の普遍的価値観を最も端的に具現した法だとも言えよう。何故なら、公権力とは直接関り無い中での私人の権利と義務を如何に具現していくべきかを定めた法が民事法だからだ。つまり、民法は国民が普通に社会生活をする上での価値観を法文で具現したものなのだ。
*解説は条文の順を追っていくのを原則としますので、後に、同じような項目が出てくることがあります。先ずは司法の基本法である民法の条文から「総則編」に記述された規定を考察してみる。
早速、先ずは民法総則編から始めてみよう。
(基本原則)
第1条
1 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3 権利の濫用は、これを許さない。
第1条の解釈
1. 私権とは私法関係における権利主体である自然人や法人がもつ権利であり公権と対比される。公共の福祉とは社会一般に共通する幸福や利益である。私人の権利は絶対では無く、社会全体の利益との調整を図って主張されるべきものである。
2. 権利や義務とされるものを実行する場合は、うそや偽りがあってはならず、真摯な姿勢をもって行わなければなら無いのだ(信義誠実の原則)。
3. 公共の福祉に反したり、信義誠実の原則に反する権利の行使は認め無い(権利濫用の禁止)。
判例
権利の濫用(宇奈月温泉事件)・・・妨害排除請求権の事件。
裁判年月日:大審院昭和10年10月5日第3民事部判決(最高裁判所民事判例集14巻1965頁)
富山県黒部川上流にある宇奈月温泉は、上流から木管で湯を引いて営業していたところ、全長約7キロのうち6メートルほどがAの土地を利用権の設定等受けずに通過していた。なお、同地は黒部川に沿った急斜面の荒地で利用価値もなかった。ところがこれに目をつけた原告XがAからこの土地を譲り受け、隣接するXの土地約3000坪を合わせて時価の数十倍の価格で買い取るようにY(被告)に要求した。Yが拒絶すると、Xは土地所有権にもとづく妨害排除の訴えにより引湯管の撤去を求めた。これに対して大審院は、Xの請求が権利の濫用であるとして請求を棄却した。
大審院は原告の要求を権利の濫用に当たるとして妨害排除請求権を棄却した。もし、この訴えが原告Xでは無く、所有権の侵害を受けた最初の所有者Aであったならば、大審院は如何判断したであろうか。この場合には原告の妨害排除に限った要求は認めらたであろうか?私権への制限はたとえ公権によるものであっても慎重に為されなければなら無いものだ。公権による制限が必ずしも公共の福祉に適うものとは言い切れ無い。況してや、利潤追求を最大の目的とする私企業に私人の所有権を侵奪したことを許せば自由経済主義を否定することにもなる。ただ、此処で問題になるのは、地理学上、撤去した部分の迂回の方法が無いと言うことであれば、木管全体が不要の長物になってしまうので、木管敷設に掛かった多額な費用も無駄になり社会経済上の損失が生じ、温泉を楽しみにしている利用者の温泉の社会的貢献も無視することになってしまうので、これ等のことをことを法律上如何調整していくかが争点となっただろう。
先ず、木管の撤去が社会経済上の損失に当たるのかということを検討してみる。実は、大審院はこの損失は社会経済上の損失だと判断している。はたして、私企業の投資にも公益性があるものか甚だ疑問となる。私企業の設備投資に公益性を認めることには私は抵抗を感じる。無論、時代的背景による価値観の差はあろうが。次に、温泉利用を楽しみにしていた利用客への社会的貢献に公共の福祉の概念を適用出来るのかと言うことを考えてみる。これは私権の行使が常に第三者の幸福や利益を優先して考えて行わなければなら無いものなのかということを提示する。所有権自体排他的権利のものであることから考えれば、福祉への消極的阻害までをいけないとするならば、元々排他的な権利作用をする物権自体の存在を否定することにはなら無いか?元々私企業の違法な行為から生じたものを、所有権を犯された者に責任を転嫁するようなことにはなら無いであろうか?現実には、この部分の木管を流れる温水を自然流下に任せず、温泉側の責任で工夫させたり、和解や調停により問題を解決出来るのではないか?
権利の濫用(信玄公旗掛松事件)
大判大正8年3月3日民録25・356
権利の行使が社会観念上被害者において認容することができないものと一般に認められる程度を超えたときは権利行使の適当な範囲にあるものとはいえず不法行為となる(受忍限度論)。
名将武田信玄がかつて旗を立てかけたという個人所有の由緒ある松が、近くを通る蒸気機関車の煤煙と振動によって枯死した事件で、鉄道事業という公共性の高い業務行為であっても不法行為に当たり損害賠償の責めを負うとされた事例。
これは被告側の権利濫用を認めたものであり、原告の請求を全面的に支持した判例である。権利濫用の判断基準としては「受忍限度論」のほかにいくつかがあるが、近時は「権利濫用論」から離れて「利益衝量論」をもって解決していく方向にある。
権利失効の原則昭和30年月22日 最高裁判所第三小法廷判決 昭和28(オ)1368 仮処分異議 民集第9巻12号1781頁
この判例は権利執行原則に反するものは解除が許されないと解すべき一事例となった。
権利執行原則←権利の上に眠るものはこれを保護せず。(例)解除権を有する者が久しきに亘りこれを行使せじ、相手方においてその権利はもはや行使されないものと信頼すべき正当の事由を有するに至つたため、その後にこれを行使することが信義誠実に反すると認められるような特段の事由がある場合には、右解除は許されないと解するのが相当である。
この判例の権利執行原則に関するものとしては、原審認定の事実関係の下における解除権の行使は、未だ右の場合に該当するものと認めることはできない。結局、上告を棄却した。
民法177条(登記の対抗要件),民法1条2項(信義誠実の原則)
民法540条1項・・・契約又は法律の規定に依り当事者の一方か解除権を有するときは其解除は相手方に対する意思表示に依りて之を為す。
民法612条(賃借権の譲渡及び転貸の制限)・・・賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。
2 賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる。
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