よみがえるケインズ

ケインズの一般理論を基に日本の現代資本主義を読み解いています。
カテゴリーが多岐に渡りすぎて整理を検討中。

4.無駄とは何か?負担とは何か?なぜ貯蓄・投資バランスという概念は消滅したのか?

2023年05月15日 | 先進国の経済学
 借り手のいない貯蓄は余剰資金である。日本経済は余剰資金に溺れているということを二回に分けて書いてきた。筆者が経済学の勉強を始めた頃、貯蓄-投資バランス(ISバランス)は中心的な分析手段だった。今やすっかり見なくなってしまった。その経済思想史的分析は脇に置いて余剰資金の発生原因について考えてみたい。

1.余剰資金で公的債務を削減すればいい。  のか?

 のか?と書いたが、財務省がこう考えていることは間違いない。もっとも単純にこの考え方をまとめれば次のようになるだろう。
  • 余剰資金が発生するのは税と社会保険料が低すぎるからだ。
  • かといって企業に対する増税はハードルが高い。むしろ企業からの減税の圧力は大きく、現に企業減税は実行されてきた。
  • 所得税に手を付けると政権が危ない。
  • 年金改革で社会保険料も天井だということにしてしまった。
  • さすれば道は二つ。消費税率を上げるか支出を絞って公的債務の償却に充てる。コスト削減は企業が皆やっていることではないか。選挙の結果も「ムダを省け」の大合唱だし、社会保障や少子化対策の拡充を唱えれば「財源はどうするんだ」と怒号が飛んでくるではないか?国民も財政再建を求めているのだ・・・。
 この中で①だけは半分(企業に関して)正解である。「日本経済の将来を展望する? 99%の悲観論に抗して ③ なぜ家計の負担だけが増えていくのか」で見たように企業減税は社会正義を害するほどに行き過ぎている。

 しかし最も大きな問題は余剰資金がなぜ発生するのか?なぜ貯蓄の対応物である投資が不足するのか、という問題である。そこに回答をもたずに「財政再建」を至上命題にしているからこういうことになる。もし、「なぜ貯蓄の対応物である投資が不足するのか」と聞けば少子高齢化社会だから仕方がない
とでも答えるのだろうか?

  その前に、今の状況下で財政が再建されたら何が起きるのだろうか?

2.余剰資金の発生がもたらす事態

 発生の原因の前に、それがもたらすであろう事態を考えてみよう。
 家計と企業が資金を余らせているときに政府までが「財政再建」を果たせば何が起きるだろうか、ということである。一国経済は家計・企業・政府に分けて(*)分析される。三部門とも資金を余らせるということは、国内には十分な借り手がいないということだから余剰資金は海外に向かわざるを得ない。海外に投資された資金は現地で利潤を生み日本へ送金されるだろう。そうでなければ撤退するだろうし。
*海外と非営利部門はここでは考慮しない

 この送金は企業の経常利益を形成し、余剰資金が発生するということは国内に十分な投資先がないのだから、企業の内部留保か株の配当となる。賃金と違って株の配当は国民全体に還元されることはなく格差を広げる方向に働く。所得格差の拡大は更なる総需要の減退を招く。現に起きている事態である。

 次に起きることはもっと深刻だ。国内投資の代わりに海外に投資するのだから国内の生産力は劣化していく。財の生産が海外に移っていくその先を考えみよう。いろいろなものを輸入しなければならなくなるが、その原資は輸出代金ではなく海外投資からの送金となる。これは国民に広くは還元されない。生活物資が高騰するが国民にはそれを購入するカネがない。

 2021年4月⇒2023年3月で消費者物価指数は総合5.3%の上昇だが内訳は財が9.6%、サービス1.0%の上昇となっている。サービス価格の大半は賃金だからサービス業従事者の生活は確実に低下している。それが今起きつつある事態であり、財政再建という総需要抑制策の行き着く先である。

3.   余剰資金発生の原因とその「対策」

余剰資金で財政再建をしてはいけないのだが、そもそも余剰資金発生の原因は何だろうか?世に言われていることは少子高齢化社会だから仕方がないという、議論も研究も拒否した諦めの態度である。このような知的退廃が世を支配し有象無象が天下を取っているのが現状だ。

  1. 国民経済計算によると2012年から賃金総額(*)は増え続けている。賃金構造基本統計調査を分析すると増加の重要な要因は勤続年数の上昇にあった。賃金の上昇に一番必要なもの、それは安定した雇用環境である。
  2. ところがGDPの成長率は賃金総額の増加率を下回っている。賃金の上昇が消費に回っていない。
  3. 1997年から2021年までの消費支出の伸び率の平均は0.2%であり、2013年の消費増税を前にした駆け込み需要と2021年のコロナ禍の影響という両極端を除外すると0.1%という結果となる。いずれにせよ誤差の範囲であってこの間消費は全く動かなかったということだ。
  4. 原因は可処分所得の低迷にある。賃金はようやく1997年の水準に戻ったかどうかというときに社会保険料は1997年の1.52倍になっている。社会負担控除後の賃金は1997年からマイナス7%となっているうえに、この間消費税は5%から10%になっている。
  5. 一方企業の税負担は減り続けている。特に資本金10億円以上の大企業の実効税負担率は1991年の58%から2021年の18%と激減している。
  6. 家計に重く企業に軽い税・社会負担となっているのは、利益を確保したいという企業側の思惑と政府が結託しているためである。
  7. しかしその結果、総需要は伸び悩み、利益を確保したいという思惑と裏腹に国内での企業の持続的利益確保は難しくなっている。
  8. 企業負担を軽くしたにもかかわらず資本の海外逃避は進んだ。需要のないところから需要のある所へ資本が移動するのは極めて自然なことである。
  9. 1997年から始まった日本経済の長期停滞はいまだに続いている。いまや没落する日本というのが前提になってしまっているが、長期停滞には明確な原因があり、明確な原因がある以上、宿命などではなく克服できる課題に過ぎない。
  10. それでも日本経済の底が抜けなかったのは高齢化の進行によって年金を媒介とした再分配が進んだからである。

 1997年からの日本を振り返ってみると、アジア通貨危機、リーマン危機、コロナパンデミックという世界全体を襲った危機以外に日本特有の問題がある。世界全体を襲った危機を日本以外の国は克服してきた。日本はその特有の問題ゆえに長期停滞から抜け出せない。

 特有の問題とは何か?それは債務処理である。企業部門において2001年から必要のない「不良債権処理」を強行し「痛みを伴う改革」に突き進んだ(*)。必要のない「不良債権処理」が終わった後には政府の財政再建が始まったのである。

 「不良債権処理」や「財政再建」も債務償還である。債務償還は収入から支出を引いた中から遂行される。企業の場合は賃金の圧縮によって、政府の場合は国民負担の増大によって遂行されるのだ。
 
 その結果、巨額の巨額の余剰資金が発生したのである。

 財政再建が進み政府すらも金融資産を抱えるようになったとしたら、子孫には巨額の貯金を残せるかもしれないが、その時には全体としての供給力はやせ細り、そのお金で買うものが国内には何もないということになるのである。

 老朽化したインフラ。陳腐化した機械設備。荒廃した商店街。絶望的に拡大した貧富の差。

 これが「財政再建」の結果、将来への負担として残るものなのだ。
 
 企業部門と家計部門で余剰資金が発生しているときに政府部門まで余剰資金を発生させたら、総需要の縮小を招き上記のような事態に陥る要因となる。それをかろうじて救っているのが高齢化による再分配の拡大である。これはこのシリーズでみてきた。しかし長期には続かない。団塊の世代はいずれそのボリュームを失くし、年金支給総額も減っていく。そのときまでに年金以外の再配分構造を社会に組み込めるか?が最も重要な課題である。
 
 

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