ほぼ週刊 私の人に言えなかった過去と日記。

毎週のように更新する個人的な日記と黒歴史です。

遅くなりました。昨日のことを書きます。

2018-07-29 17:48:33 | 日記
こんにちは。今週の投稿です。
今週は、昨日(7月28日)のことを書きます。昨日はあの東日本大震災以来、会っていなかった大学時代の友人に久しぶりに再会しました。
その子とは、大学卒業後、いわゆるネットワークビジネスで一度再会しました。もう8年くらい前です。
そのときはそのネットワークビジネスのディストリビューターにならないかということでした。
今、冷静に考えると妙な話ですが、当時の私は友人が少なく、遊びたいさかりに仕事漬けでストレス解消も出来ず、悶々とした日々を過ごしていました。そこで遊びに出かける口実ができ、その遊びに出かけました。
ご存知の通り、ネットワークビジネスとは下からの上納金があって、成り立つものです。その一番下にいたのが、その友人でした。
その子から熱烈なアプローチもあり、こちらも最初はやる気でしたが、何せ商品である化粧品の説明が長いのと、決して高いわけでないが、そこそこの値段をしていて、薄給の私はためらっていました。その姿が煮え切らない態度ととられたようで、とうとう複数人でひたすらディストリビューターになるよう説得される日が来ました。
自宅から何時間も離れた遠い場所で、しかも終電後というまさに追い詰められた状態でした。
私は、その日も煮え切らない態度を取り続け、外が白み始めた頃に、申し訳ないと思いつつ友人に殴りかかり、暴言を吐いて、その場で暴れ始めました。さすがに疲れ果てたのか、皆さんあきらめて解散となりました。
始発すらない時間で、一人の方が自宅への通り道だからと車でお送りして頂きました。
それから、彼らと考えのすれ違いが続き、勝てない喧嘩や激しい口論、絶交宣言や殺人予告までしてしまいました。
とても今では考えられない!
そうこうしている内に彼からネットワークビジネスを止めたというメールが来ました。そして、彼は海外へ飛び立っていきました。
さすが、占いでペガサスと言われた男です。(因みに私は狼でした。風貌は違いますよ。)
さてさて、それから幾星霜。
それが今月上旬に彼からかなりシリアスかつ重たい内容のメールが来ました。いわば土下座して、号泣して赦しを乞い、ダメなら切腹するぞと言わんばかりの内容でした。
私自身は、すっかり「記憶にございません」状態で、ただただびっくりしていました。
感情的にならず冷静にメールを返信して、そして、昨日会うことになりました。
その昨日は朝から台風直撃の予報が出る中、錦糸町へ向かいました。
時間前に既に彼は着いており、かなり待たせてしまって、申し訳ないと伝えると大丈夫だと言ってくれ良かったです。
本日の目的は、そこにある福岡県の郷土料理店での飲み会ですが、お昼に着いてしまい、ファミレスとドトールコーヒーをはしごして、時間を潰しました。その間にお互いのこれまでやネットワークの思い出を話しました。
上記の話もそこで思い出しました。
積もる話が尽きない中、いよいよ郷土料理店へ向かう時間となりました。
雨風が強くなる中、お店に入るなり、大歓迎を受けました。その後もお客様が来店される度、雨雲までふっ飛びそうな店員さんたちの声のトーンに若干退きながら、彼の誕生月祝いの鉄板餃子やもつ鍋や串ものなどを食べ、ビールを飲みました。私は下戸なので、ほとんどソフトドリンクになってしまいましたが、彼は所謂体育会系で鍛えられたのか、大ジョッキ生を何杯も呷って、タバコもスパスパ吸い、時には浴衣の店員さんも交え、台風など忘れ、私たちは楽しく過ごしていました。
話は旧友のこと、男と女のお話などをしましたが、残念ながら、福岡県福岡市博多区の話は一厘も出ず、テレビで仕入れた「むっちゃん万十」の話も出来ませんでした。
だいたい食べ終え、次はいつ会うかという話になりました。
お互いに忙しい身として、スケジュールを確認すると結局12月までダメだと分かり、次回は師走の忙しくなる前にしようかとなりました。
寒い時期ですので、温泉という話も出ましたが、予算オーバーかつスケジュールが合わないので、東京の下町上野の銭湯へ行こうとなりました。
お会計を済ませ、外へ出ると、生暖かい風が吹いているものの、雨は上がっていました。
そのまま駅へ向かい、電車で東京駅まで出て、別れました。
昨日1日のことを書くのに一時間もかかってしまいました。
今日はこれでは終わります。