世間にはあまりひと目につかない印刷物が出回っている。そうした印刷物にけっこう良いものがあったりする。もちろん世間にあまり出回っていないので、引用されることもあまり無いわけであるが、研究誌でなければますます研究に利用されることもない。したがって文献一覧にそうした印刷物が取り上げられることもなく、残念だが埋もれてしまっている資料でもある。
そういえば昔、妻の実家に取材があったという話は聞いていて、取り上げられた雑誌を見たことがあったのかもしれないが、すっかり記憶からは消えていた。年を越した正月に妻が戸棚の整理をしていて見つけ出したのがその雑誌。雑誌というよりは広報誌のようなものだが、前述したように内容はなかなかのもの。発行していたのは飯田信用金庫で、タイトルは『飯田・下伊那 生活と文化』というもの。その昔、どこかで眼にしてその際にも気にはなったものだったが、わたしには飯田信金との接点が無かったため、読むことも無かった。あらためて調べてみると飯田信金のホームページで紹介されているが、残念ながらバックナンバーを閲覧することはできない。2003年から2011年までのものについて表紙と目次一覧だけ紹介されているが、中身は見ることができない。2011年の夏号を最後に廃刊となっていて、紹介ページには「93号をもちまして終わります」と記されている。年間4冊春夏秋冬に発行されていた本雑誌は、1988年から2011年までの間発行されていた。
前述したように取材を受けたのでもちろんその掲載号はいただいたものだったのだろう。その1冊だけ我が家に残されていた。2006年秋号である。毎号表紙絵は飯田下伊那でよく知られた場所が描かれている。同号は飯田松川の妙琴橋の紅葉の絵が描かれていて永井郁さんという方が描かれている。ずっとこの方が描かれていたようで、2010年の夏号から平岩洋彦さんという方に変わった。雑誌はA4版縦の幅だが、高さが数センチ短い変形版である。手元にあるものは表紙も含めて16ページ立てで、全面モノクロのページは1ページもない。何部発行されていたか不明だが、そこそこお金がかかっていたに違いない。編集制作が新葉社であるから、当時盛んに地域文化を伝えようとしていた風潮に乗った雑誌だったとも言える。なお、新葉社は平成23年に事業停止し、その後倒産している。ようは本雑誌が廃刊になったのは、新葉社が事業停止した時期と整合しているから、新葉社の倒産と関係しているようだ。
本号の掲載記事は、次のようなものだった。
切り絵の四季花の情景
切り絵・文/藤野在崇
ふるさとの四季と自然松川町片桐ダム上(写真/佐藤信一)
21世紀の道標 子どもたちが健全に成長できる環境づくり
清内路の手作り花火(文・写真/松島信雄)
生命の誕生朱色は血の色に通じる生命源の色(投稿/清水秀人)
子ども風土記白っ栗(文・画/熊谷元一 ナナカマド画/熊谷忠夫)
土蔵のある光景喬木村富田 味噌蔵(文・写真/山本宏務)
風の地名風吹(文・写真/今村理則)
もう昔の話
鍬不取の老桑樹 (写真/宮下徹)
『飯田・下伊那 生活と文化』2006年秋号(飯田信用金庫)より引用
この中でとくに興味深い記事は今村理則氏の「風の地名風吹」である。「風吹」は「かぜふき」とふり仮名がある。今村氏によると「カゼフキは全国の地図には一カ所も載っていない」という。しかし飯田下伊那の小字にはそのカゼフキが4箇所もあるという。「その一つ、天龍村神原の向方にはカゼフキ小字が三筆ある。いずれも村松春男さん宅の宅地とその周辺で、村松さんのお宅の屋号にもなっている。南西の風が強いという。風地名の多くは、避けたいもの、退散させなければならないものとして名付けられている。なぜカゼフキとしたか。焼畑と関連があると思われるが、それを証明するものはない。」という。風が吹くから単純にカゼフキと称されただけではないよう。今村氏は焼畑とのかかわりを指摘する。
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