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伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

松本市内田北花見の御柱

2015-01-14 23:03:21 | 民俗学

 

 

 

 「この忙しいのに何をやっているのか」と言われそうだが、御柱の最盛期だけに「今日だけは」、と思い足を運んだ。今もって1月14日、いわゆる小正月に御柱を必ず建てている松本市内田の北花見(きたけみ)の御柱建てを拝見した。北花見の御柱にかかわっているのは、現在26戸という。その26戸がすべて北花見にあるのではなく、かつて北花見に住まいがあって、近隣の地区に移り住んだ方も何人か仲間になっている。この26戸を家順にトーヤが回っていき、よそに住んでいる方にもトーヤは回るという。トーヤになると御柱に飾るオンベの竹、紙、その他材料を用意するものと決まっている。竹が容易に手に入るわけではなく、トーヤによっては購入する方もいるらしい。

 午後1時から内田公民館第5分館で準備が始まる。時間を目安に集まってくる人々は、分館に集まると参加費となる1400円を払う。参加しないと出不足金が3000円が取られると言うから、全戸から参加する。かつては1戸一人というわけではなく大勢が参加したとも。この御柱を行う集団を「北花見講」と言っている。この日は北花見地区内にある重要文化財馬場家住宅の催しで御柱見学者が10人ほど、さらにこれも毎年のことという近くの保育園児も10名ほど飾りの製作に加わり、賑やかな中で行われる。講仲間のうち男女がほぼ半々といったところ。女性は紙きり、男性は切られた紙を巻く竹の製作で始まる。オンベにつける色紙の幣束は見本を見ながら切り込んで折るが、1年に1度のことだけに、女性陣で相談しながら作るがなかなかうまくいかない。以前は男性の上手な方がいて、その方に依存していたという。トーヤに渡すオンベの幣束は色紙5枚で、あとの各戸に配られる幣束は4枚の色紙を重ねて折る。オンベの数は26戸分と地区内にある公共施設に配る分を足して作られる。オンベとともに配られるのがソバと言われる、よそでいうイネバナにあたるものである。幣束ができるとオンベに挟むのは男性が、ソバ用の紙を巻きつける作業は女性によって進められる。柱にオンベを結わえた後にオンベを固定するように縄でつなぐわけであるが、その縄に挟み込む紙の飾りはとくに呼び名はないが、4枚の色紙を捻って作る。聞くところによるとこれは簡略化されたもので、かつてはキンチャクだったという。隣の塩尻市南内田の御柱にはキンチャクが付けられるものがある。

 ほぼ1時間でオンベとソバが完成し、分館の床の間に揃えられると、お神酒が全員に渡され、トーヤの音頭で二礼二拍手一礼が行われ、お神酒をいただく。終わるとすぐに柱を建てる県道寺村南松停車場線の内田信号のある四辻にオンベとソバを手にして下る。この四辻に道祖神が立つ。四辻の北側の県道端へ柱を持ち出すと(現在は毎年同じ柱を使っている)、柱への飾り付けが始まる。頭には松が付けられ、オンベ2本を交差しながら梯子状に結わえつけていく。最下段には藁が縛り付けられ、反転して固定したところにソバを2、3本挿す。これで柱を横たえた状態での飾り付けは終わり、柱建てとなる。ところが信号機のある交差点である。上を見上げると電線が煩雑に走っている。聞けば以前の柱はもう少し長かったと言うが、電線にあたってしまうため短くしたという。その柱を建てようとすると、電線にひっかかって右だ、左だ、と移動させながら建てていき、建てた後に今年の恵方に向ける(西南西)。建て終った柱に結わえ付けられた縄が電線に接触しているのでは、と思うほど。電線が邪魔だったため、少し移動してもらったというものの、いまだ柱を建てる環境は好ましくない。支柱に縛り付けて固定したのち、残りのそばを藁に挿しこんで柱建ては終わる。午後3時ころのことである。講仲間はこののち分館に戻り、懇親会となる。柱が倒されるのは20日の午前6時ころの予定。


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