睡眠の本当の姿を知りましょう。・・・② (睡眠本体への序章)
五官の世界を閉じてからの睡眠時間の摩訶不思議。
眠りたい心、眠りたく無い心、眠ってからの夢の世界、心が覚めてからの朦朧とした不確かな世界、何故このような状態が存在するのであろうか。
睡眠は脳髄疲労の生理的回復以上の(あるもの)を含んでいることが創造される。
前回の心臓の如き、心の想念を転換する時の間隙における休息だけでも脳髄の休息は充分であると思われる。
脳髄は仕事等の転換によって休息することが出来ると云われている。
例えば数学の勉強をしていて疲れている時に国語の勉強をすると新たなる元気が出たりする。
吾々は上手に従事する仕事の種類を変化することにより、脳髄に休憩を与え、
昼休みの如き休憩をとらずして、同様の休憩の効果を脳髄に与え、
一日中の仕事の能率を上げる生き方もあるのである。
脳髄の生理的研究が進み、脳髄は部分に従ってその機能を異にし、
『理性』を司っている部分と『美性』がどの部分に作用しているなど役割が異なっている。
従って理性が働くときには、美性を司る脳髄部分は休息するから、
上手に仕事を変化させて精神的転換を行なう時には脳髄の休息する必要がなくなるはずである。
故に睡眠が単に脳髄の休息ならば睡眠の必要がなくならばならないのである。
しかし如何に仕事を変化して、精神の働く種類を上手に転換しても、
普通の人々においては必ず睡眠の必要を感ずるのは何故であろうか、
ここに生理的消耗を補う休息以上の『あるもの』が『睡眠』の本体の中に含まれている事を暗黙のうちに示しているのである。
・・・・・続く
五官の世界を閉じてからの睡眠時間の摩訶不思議。
眠りたい心、眠りたく無い心、眠ってからの夢の世界、心が覚めてからの朦朧とした不確かな世界、何故このような状態が存在するのであろうか。
睡眠は脳髄疲労の生理的回復以上の(あるもの)を含んでいることが創造される。
前回の心臓の如き、心の想念を転換する時の間隙における休息だけでも脳髄の休息は充分であると思われる。
脳髄は仕事等の転換によって休息することが出来ると云われている。
例えば数学の勉強をしていて疲れている時に国語の勉強をすると新たなる元気が出たりする。
吾々は上手に従事する仕事の種類を変化することにより、脳髄に休憩を与え、
昼休みの如き休憩をとらずして、同様の休憩の効果を脳髄に与え、
一日中の仕事の能率を上げる生き方もあるのである。
脳髄の生理的研究が進み、脳髄は部分に従ってその機能を異にし、
『理性』を司っている部分と『美性』がどの部分に作用しているなど役割が異なっている。
従って理性が働くときには、美性を司る脳髄部分は休息するから、
上手に仕事を変化させて精神的転換を行なう時には脳髄の休息する必要がなくなるはずである。
故に睡眠が単に脳髄の休息ならば睡眠の必要がなくならばならないのである。
しかし如何に仕事を変化して、精神の働く種類を上手に転換しても、
普通の人々においては必ず睡眠の必要を感ずるのは何故であろうか、
ここに生理的消耗を補う休息以上の『あるもの』が『睡眠』の本体の中に含まれている事を暗黙のうちに示しているのである。
・・・・・続く