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合元寺の壁は豊前の豪族 宇都宮鎮房の手勢を襲撃した時散った血の色だ

2015年03月20日 00時00分00秒 | 名所 旧跡

 

合元寺(ゴウガンジ)の壁は

豊前(ブゼン)の豪族 宇都宮鎮房(シゲフサ)の手勢を襲撃した時散った血の色だ。

大分 中津市 城下

 (2014年12月23日~2015年3月8日 九州一人旅の記録) 

 

黒田官兵衛が

姫路から恵心僧都作(エシンソウズ)と伝わる阿弥陀如来(アミダニョライ)を移して、

空誉上人(クウヨショウニン)と言う僧を開山に迎えて建立しました。

 

黒田官兵衛の入国に反対した宇都宮鎮房が

中津城内で黒田長政によって誘殺されたとき、

宇都宮鎮房の従臣たちが待機していたこの合元寺にも

黒田の手勢が押し寄せました。

鎮房の従臣は奮戦しましたが、ことごとく切り伏せられ、

壁はその血で赤く染まったそうです。

その後、

壁は何度白く塗っても血が染み出してくるので、

ついに赤く塗ったといいます。

別名、赤壁寺の名を持つお寺です。

説明板より

 

城下町

 

合元寺

 

 

 

本堂

内部にも争った跡が残っているそうです

 

 

 

如水とは

黒田官兵衛 出家後の名前

地名になっているのですね。

 

西蓮寺

 

 

円応寺

 

 

 

河童の墓

宇都宮鎮房が誘殺されたとき

一の太刀をあびせた野村太郎兵衛祐勝の墓だといわれている



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