JA7GOG - 宇宙は生成と衝突破壊の繰り返し

仮説、通説、迷信、誤解、目指せ間違い脱皮。勿論ここにも。
縄文時代、ペルシャ人が岩手で金を製錬。痕跡を探る。

ラピスラズリ

2010-11-01 10:02:00 | 縄文のペルシャ人
岩洞湖周辺に散らばる土器の破片を集めながら弥生時代に思いを巡らしている。徐福が求めた物は、不老不死の薬草ではなく、金だったのではないか。

土の中に埋もれていた様々な時代の土器は、土が波に洗い流され、今、地表面に年代不詳の破片となって並んでいる。縄文らしき物、弥生らしき物。破片をルーペで覗いていると、製法の変化が見えてきておもしろい。

弥生土器の特徴は、つなぎに砂を混ぜ強度を上げていることなそうだが、砂が入っている物の中に、弥生後期だろうか、ロクロを使ったと思われる滑らかな局面を見せている物がある。興味深いのは、この砂、ただの砂ではない。透明なのだ。ということは水晶か。更に微小だが金と思われる光沢を放つ粒が入っている。

徐福が製鉄の技術を持ち込んだと言われているが、私は弥生時代に変えた人物と思っている。鉄を持ち込んだ徐福は金を西に運んでいたのだ。金のあるところには必ず鉄があるという。メソポタミアから海路の、東端の勢力、斉、いくつかの集団が金を求めて渡来し、やがて定住し日本の各地に徐福伝説を残したのだろう。

歴史的には、姫神山周辺の金山の採掘は安倍貞任の時代に始まったとされているようだが、土器の水晶は弥生時代に既に採掘されていたと言っているように思えてならない。とすれば、西から持ち込まれていた物もあるはず。

その日は、何か落ちていないかと、犬を追って湖畔に入った。直後、それは、待っていたと言わんばかりに鮮やかに目に入ってきた。ラピスラズリ、アフガニスタンに産し、古代、金よりも高価であった。偉い物を見つけたと思ったのも束の間、水に溶けるとなると、そんな物が地中に2000年も眠っているはずがない。同じことを考えていたアマチュア考古学者が戯れに置いていった物かもしれない。ネットで1個買い、試しに水に浸けて3週間になるが、まだ、溶ける気配がない。土中から発掘された例はあるのだろうか。時代を特定できるような形をしていれば嬉しいのだが、守護石か。

またしても、お騒がせか。
○安倍貞任の時代、土器は素焼き。
○藤原3代が栄華を極めていた頃、その周辺では、縄文土器が使われていたことが、発掘で明かになっている。
となると、藤原に集められた鉱夫が使っていた土器と考えるのが自然か。水晶片の何故が残る。

坂の上の雲、板垣退助の台詞に「建国から2000有余年、日本国存亡の危機・・・」、正確ではないが。
2000有余年前というと、除福渡来から間もない頃ではないか。

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