
両親を無くし、パードリックと暮らす読書好きな未婚の妹シボーン
何もないイニシェリン島からの脱出を心に秘めている
自分の「指を切り落とす」ほどの拒絶とは?
「イニシェリン島の精霊」には映画ならではの象徴的モチーフと場面(場所)が設定されている
一つは、対岸の本島から聞こえる砲弾の音と立ち上る煙、昨日まで親しかった仲間同士が戦う「アイルランド内戦」
もう一つには、アイルランドに色濃く残る「ケルト文化」の象徴である「ケルティック・ハイクロス」(ケルト的キリスト教)と「パブ」、対照的に「マリア像」と「教会」が映し出される
【参考】

ケルティック・ハイクロス
【参考】

アイルランドのマリア像
「ケルト文化」は、古代にアルプス以北に暮らしていたケルト人の文化で、自然崇拝と多神教を特徴とし、
文字を持たないため口伝、音楽で物語を伝えてきた
彼らの宗教はドルイド教と呼ばれ、現世と死後の世界は繋がっていて、幽霊や精霊が存在し、「死の預言者」バンシーが敬われた
ケルト人は、古代ローマ人からはガリア人と呼ばれ、北に追いやられた
アイルランドは古代ローマ帝国の影響が少なかったためケルト文化が色濃く残っている

パブでフィドル(ヴァイオリン)を弾くコルム
映画の重要な場所の一つにに「パブ」がある
地元の人々が酒を飲み交わす社交場であるが、コルムにとってはなにより音楽を楽しむ場所だ
ケルトには文字がなかったため、「音楽」は最も重要な伝達手段であり、パブは情報交換の場所でもある
「イニシェリン島の精霊」はコルムが作曲した曲だ
カトリックは、12世紀にアイルランドがイングランドの支配下に置かれると勢力を強めてきた
キリスト教は「聖書」に基づく「言葉」の宗教であり、カトリック教会は神の言葉を聞き、罪を告白する「告解」の場所だ
コルムが教会に行き「告解」するシーンがある
村人、パードリックから情報を得ていた牧師が「なにか悩みがあるのか… 男が好きか?と聞く」コルムは牧師に「お前こそ男色家だろう!」と悪態をつき、牧師は「地獄に堕ちろ!」と激昂する
ここに、物語の深層があるのではないか?!
パードリックとコルムは男色関係にあるのではないが、友情には何かしらの恋愛感情がある
相手に好かれようと思うし、独占したいとも思う
コルムに絶交を告げられ、音楽仲間と楽しげに演奏する様子を見たパードリックは嫉妬にかられ、音楽仲間を島から追い出そうと嘘(お前の父が交通事故て危篤だ)を吹き込む、それを知ったコルムは心底パードリックを軽蔑する…
無くなる事がない「ストーカー殺人」事件
加害者の男からすると、昨日まであんなに愛し合っていた恋人から突然別れを告げられる
男はパニックになり、別れの理由を聞いて、立て直そうとするが、女は昨日までの事がなかったように連れない
男は諦めきれずつきまとい、ついには嫌われることで関係を維持しようと倒錯し、嫌がらせや暴力にエスカレートする、そして…
最悪の結末になることもある
昔からの仲間同士が戦う「内戦」もある種の関係を維持するために、戦をするのだろうか…
コルムの家には、世界中の呪術的人形や仮面がある、芸術家の彼は世界中を旅したのかもしれない
その中でも日本の「能」の小面と般若が目立つ
「能」も幽霊や精霊、死者との対話が軸になっている
一方、パードリックの家には何もない、ロバと馬、乳牛がいるだけだ
素朴な羊飼いの生活だ
彼にとって、精霊は存在しないし、対岸の内戦も自分には関係のない事
一生、何もないイニシェリン島で生涯を終えるだろう
ある日「俺に近づくな、話しかけたら、自分の指を切り落とす!」とはコルムの並々ならぬ決意を表明するもので、パードリックが属する世界との決別であり、自分の芸術、ケルト音楽に心身を捧げる宣言だ
禅に「慧可断臂」の逸話がある
『禅宗の初祖・達磨が少林寺において面壁座禅中、慧可という僧が彼に参禅を請うたが許されず、自ら左腕を切り落として決意のほどを示したところ、ようやく入門を許されたという有名な禅機の一場面である』

国宝 雪舟 慧可断臂図
室町時代 1496年
作家性の強い映画が好き、
象徴、暗喩を探りたいという
好事家にお勧めします
映像はそれを超えて美しい
★★★★★